117 / 136
カナデ編
第十九話 白皇様のお姿
しおりを挟む
「こちらをどうぞ」
宮司さんは掛け軸を広げ、古い本を蒼汰さんに手渡した。
掛け軸には古い絵が……。
「これは……、あのお狐様ですか? 白皇様……」
古い、もう色褪せてしまっている絵。しかしはっきりとそこには白い動物が描かれていた。
蒼汰さんが絵を見ながら言葉にしたことに対し、宮司さんは頷いた。
「えぇ、白皇様の姿絵だと言われております。いつの時代に描かれたものかは定かではないのですが、恐らくまだ白皇様が存命だった頃に描かれたものだろうと」
「白皇様……」
皆がその絵に言葉を失った。
そこに描かれている白皇様。神社の入口にある像になっていたお狐様とは少し様子が違う。
そこに描かれている白皇様は……、狐ではなかった。いや、狐にも見える。しかし狐ではないと分かる。なぜならその姿は明らかに狐と違うものが付いていたから。
白い毛並みに太い四肢。鋭い牙、鋭い爪、色褪せていて分かりにくいが恐らく青い瞳、太いふさふさとした尻尾。
そして…………、大きな耳の間、額には一本の鋭い角が生えていた。
「これって…………、狐じゃない……よね」
希実夏さんが呟いた。
「狐じゃないどころか、こんな動物見たことない……」
直之さんも目を見開く。
「だよね……」
「これは……」
皆、言葉が出ない。
私は…………、少し怖かった。何だか……、何と言うか……、この生き物は私が元いた世界の生き物と似ている気がする……。
私が子供の頃に襲われたといわれる魔獣。勉強をして知り得た魔獣や野獣たち。実際に見たことはないが、本に書かれているものを見たことはある。
それらはこちらの世界にはいない生き物たち。姿形が異なる生き物たち。その生き物に見えて仕方がない。
でも違うかもしれない。そもそもあちらの魔獣や野獣が異世界に渡るなど聞いたこともない。
変な緊張感が走る中、蒼汰さんが口を開いた。
「この生き物は一体……、あのお狐様はお姿が違いますが……」
そう、鳥居をくぐってすぐにいるお狐様。あのお狐様とは明らかに違う。
あの像には角などなかった。
「元々こちらは普通の稲荷神社だったのです。しかしこの辺り一帯を全て飲み込んでしまう大きな洪水が起こり、この神社も御神体をはじめ、社やお狐様の像も流されてしまいました」
宮司さんが蒼汰さんの手元にある古い本を開きゆっくりと話す。先程蒼汰さんが話していたこの神社の逸話ね。
「ご存知のようですが、その後この地は様々な災いが降り注ぎ多くの住人が死に絶えていきました。そんなあるとき突然この白皇様が現れ、この神社があった場所に住み着き、災いを払ったとされています」
宮司さんは掛け軸の白皇様をそっと撫で柔らかい顔で言った。
「白皇様が天に召されてからこの神社は再建され、白皇様を御神体とし祀られています。そのときあのお狐様の像も再建されたのですが、最初はそのままのお姿で造られたそうなのです。しかしやはり角があるお姿というものは、異形の姿。この地に住む者たちには尊いものでも、他所の者からすると異質なのです」
異質……、確かにこの掛け軸の絵のような生き物はこの世界では見たことがない。異質なものは受け入れられない。よくある話かもしれない。
「異形の姿を異質だと嫌って、他所から何か嫌がらせとかあったんですか?」
蒼汰さんが皆の問いを口にする。
「えぇ、やはり異質なものは受け入れられないのですよ。何度となく嫌がらせがあったと言われております。そして最終的には像を壊されたと……」
「酷い!!」
希実夏さんが叫んだ。一哉さんも直之さんも眉間に皺を寄せながら頷いている。
「えぇ、理不尽なことです。そのお姿で誰に迷惑をかけたでもない。それなのに異質だというだけで破壊されたのです」
宮司さんは悔しそうな顔をしていた。
そう、そんな理不尽なことは辛いに決まっている。自分たちの信じている神を破壊されるだなんて。
「そのため再度再建されたときには、本来のお姿ではない姿、角のないお姿で再建されたのです」
「それでこの掛け軸の絵とあの像が違うのですね……」
「えぇ」
しかし角がないだけで、この掛け軸のお姿そのままで像が造られている……、それで少し狐のようなそうでないような気がしたのね。
この掛け軸の絵は角がなかったとしても不思議な感じだ。狐と言われれば狐に見える。しかし狐と言われなければ違う動物にも見える……、だからあちらの世界の生き物のようにも見えたのだ。
「水嶌さんはあの像が狐じゃないように見えるって言ってたよね」
「え、あ、あの」
突然蒼汰さんに話を振られギクッとした。まさに今考えていたものだから焦ってしまう。まさか異世界の生き物みたいです、とは言えない。ど、どうしよう。
「この絵を見ている限り、確かに狐とは少し違うよね。だからあの像も狐とは少し違うかったんだね。水嶌さん凄い! よく気付いたよね!」
蒼汰さんは目を輝かせ見詰めて来た。うぅ、純粋な瞳が痛いです。
「あのお狐様の像を狐ではないと思われた方は今まで聞きませんね。あの像にしてからは破壊行為もなくなったようですし」
宮司さんがにこりと援護射撃を……、うぅ、何だか居心地が……。
「この絵を見る限り、角のことがなかったにしても普通の狐とは少々外見が違う。だからなおさら当時の住人は神のように崇めたのかもしれません」
皆が納得するように頷いていた。私はというと居心地が悪いままです……。
やはり私がいた世界、所謂この世界からすると異世界からやって来た獣なのかしら。
あちらの世界の魔獣は魔法のような技を使う。もしかしたら何か魔法でも使ったのかしら。いくら考えたところで答えの出るものでもないのだけれど。
蒼汰さんは宮司さんに丁寧にお礼を言い、皆、頭を下げ蔵から外へと出た。
「あの本殿に御神体が祀られていて、鳥居には違和感がある……、やっぱり御神体から何か霊力でも出てて結界でもあるのかなぁ」
蒼汰さんが腕組みをしながら顎に片手を添え呟いた。
「何かあるかもな。本殿はちょうどこの神社のど真ん中だしな。行方不明事件があるのもちょうどこの付近だし」
一哉さんは鳥居を指差し言った。
そうだった、行方不明事件との繋がりでパワースポットを探しているのだったわよね。あのお狐様に夢中ですっかり忘れてしまっていた。
あの白皇様がもし本当に異世界から現れたのだとしたら……、本当にもしかしたら異世界へと通じる道がどこかにあるのかもしれない……。さすがにそれは口には出せないけれど……。
まさかの展開に少し緊張感が走る。まさか本当に異世界と関係があるかもしれないとは思いもしていなかった。これがもし本当ならばどうしたら良いのかしら。いや、私にはどうすることも出来ないのだけれど。でも……うーん。
モヤモヤと考え込んでいたら一哉さんに頭をポンと撫でられた。
「なーに、悩んでんだ? あんまり深く考えたところで答えはすぐになんか出ないぞ? 俺たちが今まで調べてても何にも分かってないんだからな。今日が一番収穫あったくらいだ」
一哉さんが苦笑しながら言った。
「ちょっと真崎さん! そんな落ち込むこと言わないでくださいよ! 今日の収穫がきっと良いことに繋がるはず!」
「仕方ないだろうが、事実なんだから」
蒼汰さんがムッとしながら一哉さんに文句を言っているが、一哉さんは呆れ顔。それが少しおかしくてクスッと笑った。
「うーん、とりあえず今日の白皇様の逸話は良い収穫だったとして、行方不明事件との関連だよね。今後それを調べていくかなぁ」
蒼汰さんは真面目に悩んでいるが、そこに直之さんが水を差す。
「なー、腹減った」
「ん、同じく~!」
希実夏さんもそれに同意。蒼汰さんはがくりと肩を落とし俯いた。
「せっかく良いところだったのに……」
「まあ、ぼちぼち良い時間だしな。今日はこの辺で終了で良いんじゃないか?」
確かに徐々に夕方に差し掛かろうとする時間だった。
「あー、じゃあ今日は解散しようか、水嶌さん、今日はバイト? 店に行くなら送って行くけど」
「俺! 俺も送ってく!」
蒼汰さんがそう言ってくれると直之さんが「はいはい!」と片手を突き上げ言った。
「あ、今日は夜から少しだけなので、まだ時間は大丈夫です」
「そうなんだ、じゃあ皆で食べてから店に行く?」
「ねぇ、奏ちゃんのバイト先って洸ちゃんの店なんだっけ?」
希実夏さんがおもむろに口にした。
え? 洸ちゃん? 洸樹さんのことですか?
宮司さんは掛け軸を広げ、古い本を蒼汰さんに手渡した。
掛け軸には古い絵が……。
「これは……、あのお狐様ですか? 白皇様……」
古い、もう色褪せてしまっている絵。しかしはっきりとそこには白い動物が描かれていた。
蒼汰さんが絵を見ながら言葉にしたことに対し、宮司さんは頷いた。
「えぇ、白皇様の姿絵だと言われております。いつの時代に描かれたものかは定かではないのですが、恐らくまだ白皇様が存命だった頃に描かれたものだろうと」
「白皇様……」
皆がその絵に言葉を失った。
そこに描かれている白皇様。神社の入口にある像になっていたお狐様とは少し様子が違う。
そこに描かれている白皇様は……、狐ではなかった。いや、狐にも見える。しかし狐ではないと分かる。なぜならその姿は明らかに狐と違うものが付いていたから。
白い毛並みに太い四肢。鋭い牙、鋭い爪、色褪せていて分かりにくいが恐らく青い瞳、太いふさふさとした尻尾。
そして…………、大きな耳の間、額には一本の鋭い角が生えていた。
「これって…………、狐じゃない……よね」
希実夏さんが呟いた。
「狐じゃないどころか、こんな動物見たことない……」
直之さんも目を見開く。
「だよね……」
「これは……」
皆、言葉が出ない。
私は…………、少し怖かった。何だか……、何と言うか……、この生き物は私が元いた世界の生き物と似ている気がする……。
私が子供の頃に襲われたといわれる魔獣。勉強をして知り得た魔獣や野獣たち。実際に見たことはないが、本に書かれているものを見たことはある。
それらはこちらの世界にはいない生き物たち。姿形が異なる生き物たち。その生き物に見えて仕方がない。
でも違うかもしれない。そもそもあちらの魔獣や野獣が異世界に渡るなど聞いたこともない。
変な緊張感が走る中、蒼汰さんが口を開いた。
「この生き物は一体……、あのお狐様はお姿が違いますが……」
そう、鳥居をくぐってすぐにいるお狐様。あのお狐様とは明らかに違う。
あの像には角などなかった。
「元々こちらは普通の稲荷神社だったのです。しかしこの辺り一帯を全て飲み込んでしまう大きな洪水が起こり、この神社も御神体をはじめ、社やお狐様の像も流されてしまいました」
宮司さんが蒼汰さんの手元にある古い本を開きゆっくりと話す。先程蒼汰さんが話していたこの神社の逸話ね。
「ご存知のようですが、その後この地は様々な災いが降り注ぎ多くの住人が死に絶えていきました。そんなあるとき突然この白皇様が現れ、この神社があった場所に住み着き、災いを払ったとされています」
宮司さんは掛け軸の白皇様をそっと撫で柔らかい顔で言った。
「白皇様が天に召されてからこの神社は再建され、白皇様を御神体とし祀られています。そのときあのお狐様の像も再建されたのですが、最初はそのままのお姿で造られたそうなのです。しかしやはり角があるお姿というものは、異形の姿。この地に住む者たちには尊いものでも、他所の者からすると異質なのです」
異質……、確かにこの掛け軸の絵のような生き物はこの世界では見たことがない。異質なものは受け入れられない。よくある話かもしれない。
「異形の姿を異質だと嫌って、他所から何か嫌がらせとかあったんですか?」
蒼汰さんが皆の問いを口にする。
「えぇ、やはり異質なものは受け入れられないのですよ。何度となく嫌がらせがあったと言われております。そして最終的には像を壊されたと……」
「酷い!!」
希実夏さんが叫んだ。一哉さんも直之さんも眉間に皺を寄せながら頷いている。
「えぇ、理不尽なことです。そのお姿で誰に迷惑をかけたでもない。それなのに異質だというだけで破壊されたのです」
宮司さんは悔しそうな顔をしていた。
そう、そんな理不尽なことは辛いに決まっている。自分たちの信じている神を破壊されるだなんて。
「そのため再度再建されたときには、本来のお姿ではない姿、角のないお姿で再建されたのです」
「それでこの掛け軸の絵とあの像が違うのですね……」
「えぇ」
しかし角がないだけで、この掛け軸のお姿そのままで像が造られている……、それで少し狐のようなそうでないような気がしたのね。
この掛け軸の絵は角がなかったとしても不思議な感じだ。狐と言われれば狐に見える。しかし狐と言われなければ違う動物にも見える……、だからあちらの世界の生き物のようにも見えたのだ。
「水嶌さんはあの像が狐じゃないように見えるって言ってたよね」
「え、あ、あの」
突然蒼汰さんに話を振られギクッとした。まさに今考えていたものだから焦ってしまう。まさか異世界の生き物みたいです、とは言えない。ど、どうしよう。
「この絵を見ている限り、確かに狐とは少し違うよね。だからあの像も狐とは少し違うかったんだね。水嶌さん凄い! よく気付いたよね!」
蒼汰さんは目を輝かせ見詰めて来た。うぅ、純粋な瞳が痛いです。
「あのお狐様の像を狐ではないと思われた方は今まで聞きませんね。あの像にしてからは破壊行為もなくなったようですし」
宮司さんがにこりと援護射撃を……、うぅ、何だか居心地が……。
「この絵を見る限り、角のことがなかったにしても普通の狐とは少々外見が違う。だからなおさら当時の住人は神のように崇めたのかもしれません」
皆が納得するように頷いていた。私はというと居心地が悪いままです……。
やはり私がいた世界、所謂この世界からすると異世界からやって来た獣なのかしら。
あちらの世界の魔獣は魔法のような技を使う。もしかしたら何か魔法でも使ったのかしら。いくら考えたところで答えの出るものでもないのだけれど。
蒼汰さんは宮司さんに丁寧にお礼を言い、皆、頭を下げ蔵から外へと出た。
「あの本殿に御神体が祀られていて、鳥居には違和感がある……、やっぱり御神体から何か霊力でも出てて結界でもあるのかなぁ」
蒼汰さんが腕組みをしながら顎に片手を添え呟いた。
「何かあるかもな。本殿はちょうどこの神社のど真ん中だしな。行方不明事件があるのもちょうどこの付近だし」
一哉さんは鳥居を指差し言った。
そうだった、行方不明事件との繋がりでパワースポットを探しているのだったわよね。あのお狐様に夢中ですっかり忘れてしまっていた。
あの白皇様がもし本当に異世界から現れたのだとしたら……、本当にもしかしたら異世界へと通じる道がどこかにあるのかもしれない……。さすがにそれは口には出せないけれど……。
まさかの展開に少し緊張感が走る。まさか本当に異世界と関係があるかもしれないとは思いもしていなかった。これがもし本当ならばどうしたら良いのかしら。いや、私にはどうすることも出来ないのだけれど。でも……うーん。
モヤモヤと考え込んでいたら一哉さんに頭をポンと撫でられた。
「なーに、悩んでんだ? あんまり深く考えたところで答えはすぐになんか出ないぞ? 俺たちが今まで調べてても何にも分かってないんだからな。今日が一番収穫あったくらいだ」
一哉さんが苦笑しながら言った。
「ちょっと真崎さん! そんな落ち込むこと言わないでくださいよ! 今日の収穫がきっと良いことに繋がるはず!」
「仕方ないだろうが、事実なんだから」
蒼汰さんがムッとしながら一哉さんに文句を言っているが、一哉さんは呆れ顔。それが少しおかしくてクスッと笑った。
「うーん、とりあえず今日の白皇様の逸話は良い収穫だったとして、行方不明事件との関連だよね。今後それを調べていくかなぁ」
蒼汰さんは真面目に悩んでいるが、そこに直之さんが水を差す。
「なー、腹減った」
「ん、同じく~!」
希実夏さんもそれに同意。蒼汰さんはがくりと肩を落とし俯いた。
「せっかく良いところだったのに……」
「まあ、ぼちぼち良い時間だしな。今日はこの辺で終了で良いんじゃないか?」
確かに徐々に夕方に差し掛かろうとする時間だった。
「あー、じゃあ今日は解散しようか、水嶌さん、今日はバイト? 店に行くなら送って行くけど」
「俺! 俺も送ってく!」
蒼汰さんがそう言ってくれると直之さんが「はいはい!」と片手を突き上げ言った。
「あ、今日は夜から少しだけなので、まだ時間は大丈夫です」
「そうなんだ、じゃあ皆で食べてから店に行く?」
「ねぇ、奏ちゃんのバイト先って洸ちゃんの店なんだっけ?」
希実夏さんがおもむろに口にした。
え? 洸ちゃん? 洸樹さんのことですか?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
414
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる