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第一章 ルイーザ建国
26.慌ただしいメイジシュタット
しおりを挟むメイジシュタットの町に着くまでに、トラブルは特に無かった。
ただ、既に日は傾いていて、このまま強行軍でマキーナ=ユーリウス王国跡に戻るのは躊躇われる時間になってしまった。
こればっかりは仕方ないか。
僕達は一旦別行動を取ることにした。
冒険者ギルドに行って、依頼達成報告とピルツ村の状況を伝える係と、今日の宿を取る係だ。
待ち合わせ場所のお店――目抜き通りに面した食堂――だけを決めて、一旦分かれる。
冒険者ギルドへの報告は恙なく終わったんだけど、何だかみんながそわそわしている印象を受けた。冒険者の数も疎らだと感じたし、時間帯を考慮すると、併設された酒場はほぼ満員でもおかしくないのだけれど、テーブル席が三分の一程度埋まっているだけだ。食事をしているメンバも、依頼の打ち上げをしているというよりは、とりあえず腹ごしらえをしているという感じで、盛り上がっている様子は無い。
今回の件で初めて利用したメイジシュタットの冒険者ギルドだが、明らかに普段と違う様相なのだろうな、と想像できる。
そんな光景を視界の端に収めながら、受付嬢の様子を見る。
最近休んでいないのだろうか。目元のメークが厚い印象を受けた。そばかすの浮かんだ、僕と同年代の彼女は、時折眼鏡を持ち上げて目を擦りながら仕事をしている。
「大丈夫ですか? かなりお疲れのようですけど」
「はえ?!」
めっちゃ驚かれた。
いや、依頼完了の手続きをしてもらっている最中に話しかけたのは申し訳無かったけど、そんなに驚かなくても良いんじゃない? さっきからずっと居るんだし。
「あ、ごめんなさい」
しゅん、と項垂れる受付嬢。長い髪を緩めの三つ編みにまとめた垂れ目の彼女は、どこか力ない笑顔で僕の方を向いた。
「最近寝不足なんですよね。笑顔で応対がモットーの受付がこんなに疲れてたら駄目ですよね。他の方には内緒でお願いします」
そう言って、お願いするように両手を胸の前で併せる彼女は可愛らしかった。――けれど、やはり何処か覇気が無いようにも思える。
「それは構いませんけど、冒険者ギルドも普段と違うような気がして……」
「あぁ、それはですね……」
彼女の話によると、どうやら、城塞都市フレイスバウムに続いて、キースリング領の領都、キースリングも大きな被害を受けたんだとか。
まだ詳しい情報が入ってきていない状況で、冒険者ギルドが誤報を流すわけにもいかないから詳細は不明だと言われたけれど、キースリングに何かあったのは事実らしい。
「え、それ、かなり拙いんじゃ……」
「情報が事実だとするとそうですね。こういう状況の場合だと、今まではキースリング辺境伯様の騎士団から連絡があるんですけど、今回はそれも無くて」
それほど、混乱しているということかも知れないね。
うん。本当に、一旦引き上げた方が良さそうだ。
「だから、私もそうですけど、ギルドメンバはみんな殆ど不眠不休で対応しているんです」
「そうでしたか。無理はなさらないで下さいね」
そう言って、僕は受付カウンターにアロマポーションを置いた。
綺麗な瓶の中に、薄紅色の液体が入った、非常に綺麗なポーションだ。売り物でもあるんだけど、何故かダンジョンの宝箱から見つかったりもする。今僕が取り出したのはダンジョン産だ。何故かレベル七まで上がっている僕の『鑑定』スキルで“飲用可”と出ているから品質的にも問題無い。
効果は、少量の体力回復と、軽微な状態回復。正直、戦闘中に使うには効果が乏しすぎて役立たずも良い所なんだけど……。
「わぁ、良いんですか?」
こうして、贈答用――特に、女性には喜ばれる。
何が良いって、この綺麗な見た目もそうだけど、爽やかな味とリラックス効果のある香り、安眠効果が人気なのだ。体力回復や状態回復の福次効果なんだけど、寝る前に飲むと睡眠への導入がスムーズに行えて、すっきりとした目覚めが期待できる。
「えぇ。ご存じの通り、冒険者はあまり使わないポーションなので、良かったら貰って下さい」
「ありがとうございますっ。凄く嬉しいです」
良かった。かなり喜んで貰えたようだ。
「どういたしまして。お役に立てて良かったです」
「ああ、ノアさんのような冒険者の方がいっぱいだと良いのになぁ。 今後も、メイジシュタットで冒険者活動を続けませんか?」
彼女には、移動の途中で寄っただけだと伝えてある。それに、伝えなくても、殆どの受付嬢は、どの冒険者が地元の冒険者かを把握しているようだけど。
「あはは、お誘いは嬉しいのですが、ごめんなさい」
「残念です」
その後、雑談を交えながら、今の切迫している状況の愚痴を聞いて、冒険者ギルドを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ、ノア様、こっちこっち!」
待ち合わせの食堂に入ると、そこには既にラウラさんとウルガーさんが居た。
注文は僕が来るまで待ってくれていたようで、二人とも飲み物だけ頼んでいたようだ。
それよりも、僕の目を引いたのは、ウルガーさんの隣にある、とても大きな袋だった。
分かれた時は持っていなかった筈の荷物である。
「遅くなってごめんなさい。 ところで、ウルガーさん、その荷物は何ですか?」
「ふふふ、よくぞ聞いて下さった!」
あれ、何かウルガーさんの様子がおかしいぞ。
こんなテンションが上がったのあんまり見たこと無いけど。
ラウラさんに目配せすると、やれやれといった感じで肩を竦められてしまった。
「今回は諦めていたのですが、手に入れることが出来たのでござる。――メイシオでござるよ!」
一瞬、何のことかさっぱり分からなかった。
けれど、ウルガーさんのこのテンションで思い出した。そう言えば、この辺りの地域で有名なパンだった筈。ウルガーさんが行商で扱う主力商品の一つだったかな。
「へぇ、夜なのに手に入るんだ」
パンを買うなら早朝、というイメージがあるのだけれど。
ウルガーさんはこの質問を待っていたようで、更に笑みを深めると、更にテンションを上げて話始めた。
「そう、そこが今回のサプライズポイントなのですよ。普段は昼前には完売するメイシオですが、特別にこの時間に焼き、しかも無料同然の価格で売り出されていたのでござる」
鼻息荒いウルガーさん。
そんな彼を見たラウラさんは、小さく溜息を吐いた後に、言葉を引き継いだ。
「ほら、今町が慌ただしいでしょ? 詳しくはこれから話すつもりなんだけど、ちょっとキースリング領が危ない事になってるんだ。だから、この町発祥で、大人気のメイシオを急遽大量に焼いて、住民に配ってたんだ。ちょっとでも元気出して欲しいからって。
流石にこれを行商に使うのはマナー違反だから使えないけど、みんなのお土産には丁度良いでしょ? ……にしても買いすぎだとは思うけど」
「何を言うか、ラウラ。みんなきっと喜んでくれる。これくらい、直ぐに無くなってしまうさ」
あー、成る程、あの荷物の中身はパンなんだね。
メイシオ、僕も気になっていたから丁度良いや。買いすぎなのかどうかは良く分からないけど、余るようだったらリーゼの収納術で仕舞っておけば暫く保つし。
「それに、この決して安くはないメイシオを住人に配るメイジ殿の心意気よ。いや、彼の行動にはいつも驚かされる」
「……メイジ、さん?」
「あぁ、メイシオの開発者だよ。この町の実業家で、色んなヒット商品を飛ばしてる人なんだ。ウルガーの憧れの人」
なるほど、だからこんなにテンションが高いんだね。
それにしても、メイジさんか。領の危機に敢えて商品を配るなんて、粋なことをする人だね。
「まぁ、そんな事は良いから、食事にしましょう? 私、お腹空いちゃった」
「そうだね。情報交換もしたいし、そうしようか」
「そうでしたな。因みにここの食堂では、ピルツ村のキノコが食べられるでござる。キノコづくし定食がおすすめでござる」
「えー、それならタケノコ御膳でしょ。バンブスシュプロス直送だよ? しかも、今が旬!」
あ、また始まりそう。キノコ・タケノコ論争。
どっちも美味しいじゃん。ぶっちゃけ、どっちも王都でもなかなかお目にかかれない美味しさだし、どっちも最高! ……じゃぁ、納得できないのかな。できないんだろうな。
「因みに、ピルツ村のキノコと、バンブスシュプロスのタケノコ。どちらもメイジ殿がプロデュースして有名になったでござる」
「そうなの?!」
凄いなメイジさん。何者なんだ。俄然興味が湧いてきたよ。
しかし、夕食は何にしようかな。
この流れで、キノコ定食も、タケノコ御膳も頼めないし……。
「……あ、折角だから僕はこっちにしてみようかな」
メニューを見ながら見つけたのは“メイシオセット”
かの有名なメイシオと、サラダ、スープ。一品料理にそれらがついてくるお得なセットメニューだ。
「……ノア様、凄い……」
「むぅ、剛の者でござる」
「え、え? どういうこと?」
何その評価。凄く気になるんだけど。
だって、普通に「おすすめ」って書いてるセットメニューだよ? しかもグランドメニューの目立つところに。
そんなコアなメニューじゃないと思うんだけど。
「いや、その……。確かにメイシオは大人気なんだけどね」
「うむ。何と言うか、家で食べる者が多いでござる」
「そうそう。大体皆持ち帰って食べるんだよね」
滅茶苦茶人気なのに、外ではあまり食べないというメイシオ。
何、そんな食べにくいものなの?
……というか、ウルガーさんの隣にある袋に大量に入ってるんでしょ、メイシオ。
メイジさんと言い、メイシオと言い、本当どうなってるんだ、この町は。
「えぇ、じゃぁ、ハンバーグにしようかな」
仕方ないよね。このままメイシオセットを頼む勇気は無いし、キノコ定食もタケノコ御膳も頼めないし。
「む。それならピルツ村のキノコソースがかかった、こっちのキノコハンバーグが!」
「いいえ。タネにバンブスシュプロスのタケノコが練り込まれた、タケノコハンバーグが!」
ハンバーグも駄目だった!!
何頼めば良いんだよ、本当にっ。
結局、僕は“キノコ・タケノコ食べ比べディッシュ”なるメニューにした。
注文の時には特に大きな波乱はなかったものの、食べ始めるとどっちが美味しいかでちょっとした論争が勃発したのは言うまでもない。
いや本当、どっちも美味しいんだよ。
素材の味は、今が旬のタケノコが勝ってたと思うんだけど、キノコはちゃんと調理されてて美味しかった。
本当に、甲乙付けられないんだよ。
そんなこんなで、夕食は大いに盛り上がったけれど、そのお陰か、情報交換は宿に帰ってからになってしまった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
メイジ[人名]
メイジシュタットの実業家。偽名じゃ無いかという噂もあるが、メイジという名前が有名になりすぎて、市民権を得た状態にある。
様々な分野にその比類無き才能を発揮し、多くのヒット商品を飛ばす。
特に有名なのは、メイシオ(※1)とサポラ。
正式名称はご存じ“メテ・フイシ○”と“サポ・デ・チョー○”。何れもパンの商品名。メイシオとサポラは略称。
これらのパン以外にも、人気のパンを複数作っている。
他には、ピルツ村のキノコ開発や、バンブスシュプロス村のタケノコ栽培も行っており、年中通して出荷できるように改造し、農業の分野にも一大革命を起こしている。
更に、それらの商品を自己プロデュースし、テールス王国東部のキースリング領内では大成功している。
キノコ・タケノコ論争の仕掛け人という噂もあるが、これは噂の域を出ない。
ともあれ、王都にその名前が轟くのも時間の問題だろう。
※1 メイシオ
→「17.人と魔族と」のTips参照
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