36 / 46
第一章 ルイーザ建国
36.熾天使の化身
しおりを挟むマキーナと、マキーナの装備を手に入れた僕は確かに強くなった。
けれど、眼前に居る黒龍族と執事風魔族は、どちらも格上の存在だ。
しかも、今は中立的な立ち位置になっている騎士団や勇者も、敵か味方かと言えば敵になる。
四面楚歌。
周りは敵ばかり。
そんな状況だからこそ真価を発揮するスキル。
『継承』スキルで、僕の中に存在する大魔族マキーナが持っていたユニークスキル、機械仕掛けの神。
絡み合った運命の糸を手繰り、術者の意思を押し通す神の力――。
それは、術者が窮地であればあるほど、劇的だ。
『はははっ、人の身で使ったのは初めてだが、これはこれは……』
僕は、悲鳴を上げることすら出来なかった。
想像を絶する負荷が、僕の体を蝕んでいる。逆に言えば、それほどの力をプラスしなければ、この場の運命の糸を僕が手繰ることが出来ないという訳だ。
「この力……、危険ですね」
執事風魔族の表情が変わる。今まではこの場に居ながらも傍観者の様に一歩引いて全体を見渡し、涼しい笑みを口許に貼り付けていたが、今はその顔に驚きと僅かな焦りが見て取れる。初めて、この青年の感情が表に出てきたと感じた。
一方で、より喜色満面の笑みを浮かべるのが黒龍族の男だ。
「面白いッ! 良かろう、我が力に抗ってみs――」
僕はいつの間にか、黒龍族の男に斬りかかっていた。
倒さなければとは思っていたが、今すぐに斬りかかろうと思ってはいないにも関わらず。
え、何で?
心中で自問するが、それを口に出来る程の余裕が、無い。唇を動かすだけのことが、今の僕にとっては異常なほど重労働なのだ。
『ほら、早く対処せねば自壊するぞ? 自分で何もせずとも運命が勝手に目的遂行のために動き始めるが、辛かろう?』
マジかよ――ッ。
それって、ぐずぐずしてると、運命が僕の体を使って勝手に対処するってこと? そんな出鱈目なスキルがあるなんて。
ていうか、何でマキーナは大丈夫そうなんだよっ。リィンカーネーションで僕の体を共有してるんだから、苦しいのは同じ筈だろ?
『元が機械の体だからな。我の意識に痛覚などと言う概念は存在せぬよ』
「何を一人でほざいているッ」
黒龍族の男が吼えた。
その迫力に思わず体が竦み――そうになると思ったんだけど、そんな無駄は運命が許してくれないらしい。
黒龍族の男は、手に何の武器も持っていない。
手足の長さは彼の方が長いが、それでも、武器を持った僕よりはリーチが短くなる。
暴風のような魔力を纏った巨躯が、僕の眼前に迫った。
咄嗟に手に持った剣を突き出して牽制するが、男は分かっていると言わんばかりに僕の体くらいありそうな腕を振り、撥ね除ける。
強烈な力が僕の腕に伝わってくる。何とか堪えようと羽柄を持つ手に力を篭めるが、運命がそれを許さない。
僕の右手は、あっさりと剣を手放した。弾かれた剣はまるで弾丸の様に横へ飛び、近くの木々を切り刻みながら森の奥へと消えていく。
「は!?」
今度は声を出せた。
少しばかり自発的に動いた結果だろうか。先程よりは体に余裕がある。
しかし、今はそれどころでは無い。武器が無くなってしまったのだ。周囲を蝕む程の圧倒的魔力と存在感の前に息を飲むが、剣を弾かれることを選んだ運命は、当然の様に対策を講じていたようだ。
不意に、僕の中からごっそりと魔力が無くなるのを感じた次の瞬間だった。
「ぐうっッ!」
僕の剣を撥ね除けるという動作の代償として一瞬その動きを止めた黒龍族の男の腕に、宙に浮いていた一振りの羽根剣が深々と突き刺さっている。
彼の男の血は紫色らしく、まるで毒のような液体が宙に舞い散った。
それだけでは無い。
黒龍族の男によって撥ね除けられた剣は、その勢いで激しく回転しながら旋回し、執事風の魔族へと肉薄している。
「チッ」
舌打ちが聞こえた。視界の端で捉えた執事風の魔族は、こちらを攻撃する為の魔術を詠唱していたようで、彼の周りには真冬の夜の如き冷たい魔力が逆巻いていた。だが、飛んでいった羽根剣は、その魔力を切り刻み、霧散させ、執事風魔族に襲いかかっていた。
元々半透明の体をしていた彼は、一瞬自らの姿を完全に消すことで羽根剣を回避していたが、詠唱魔術は完全に消えてしまったらしく、忌々しげな視線を僕に向けている。
「油断も隙もありませんね」
彼がそう言った時には、僕の手にはまた別の羽根剣が握られていた。
――成る程。それぞれの剣は、魔力を使って僕が思った様に動かすことが出来るし、どの羽根も手に取ることで剣として使えるのか。
『熾天使の羽根の扱いに早く慣れることだ。剣として振るうことは、それにとって選択肢の一つに過ぎない』
成る程。固定観念を捨てないと真価を発揮出来ない武器なんだね。
――面白い。こういう武器は好みだよ。
「貴様、中に何かを飼っているのか?」
腕の傷を強引に修復し、今度は爪で僕の体を斬り裂こうとしながら問うてくる黒龍族の男。
「さてね。どうでも良いでしょ、それは」
本来なら、この男の豪腕と剣で切り結ぶなんて出来ないのだろうけど、運命を手繰る為に底上げされた僕の力は正面からの力比べに耐え抜いた。それでも腕がもげてしまいそうな程の衝撃だったけれど、このまま力比べをすれば負けてしまう状況ではあるけれど、切り結ぶことが出来るという事実で、僕は圧倒的に戦いやすくなる。
そう、攻撃を受けた瞬間に、宙を漂う別の羽根剣を、彼に叩き付ければ良いのだから。
また、僕の体から魔力が消えて行く。
かなり消費が激しいけれど、僕がどんな魔術を行使するよりも劇的な結果が生み出されていった。
隙を見て魔術を放とうとする執事風魔族を牽制する為に二振り、僕の手元に一振り、残りの四振りを全て黒龍族の男に向けた。
背後から彼の左右の首筋を目掛けて突き立てんと迫る羽根剣と、左右から両脚の付け根を貫かんとする羽根剣。攻撃を受ける瞬間を完璧に捉えるコンビネーションは、僕の意思を緻密に反映するが故だ。
それだけでは無い。
光と魔力で世界を識る仮面、熾天使の仮面から送られてくる精細な世界情報が、熾天使の羽根の操作を因り精緻なものへと昇華させているのが理解できる。
見えている世界が、まるで別世界だ。
「意識の間隙を突くのが上手いようだが――ッ」
両の首筋を狙った剣は防いだが、両脚を狙った剣はまともに受けた男。流れ出る紫血を拭うことも無く大きく後方へ飛び距離を取れば、身に纏っていた魔力を爆発させた。
「本気ですか、アドヴェルザ様!」
「黙れ下僕! 此奴はそれだけの力を持った強者。嘗めてかかると命を落とすぞ!」
「だからと言って……ッ」
執事風の男が、逃げる様に距離を取った。
僕に攻撃をするでもない。攻撃の準備をするでもない。ただ、僕から――否、アドヴェルザから距離を取った。
次の瞬間、眼前には至高の暴力が顕現していた。
小さな山の様な黒々とした巨躯に、ごつごつとした無数の鱗。漆黒で彩られた全身は先程までとは比べものにならない程の魔力で覆われ、山麓のような尾が遥か向こうまで伸びている。
ギラリとこちらを睨む金色の瞳は、その中に僕自身が入ってしまえそうな程大きく。縦に割れた瞳孔がに変わらず歓喜を宿していた。
「我が名は、アドヴェルザ。誇り高き黒龍族の王也。――汝、名を名乗れ」
口元には僕の体よりも大きな牙が覗いている。
背にある翼を広げ、羽ばたかせ、信じられない程の巨躯を中空に浮かべる巨大龍が、僕を見下ろしていた。
一瞬、名乗ることを躊躇った。
しかし、僕は大地を踏みしめた侭、漆黒の暴威を見上げて口にする。
「ノアだ」
アドヴェルザが、嗤った。
「覚えたぞ。ノアよ、第二幕と参ろう――」
巨躯の羽ばたきを受けた森が、まるで悲鳴を上げているかのように葉擦れの音で噎び泣いている。
執事風魔族も、眼前を腕で覆いながらアドヴェルザを見上げていた。
「アドヴェルザ様、まだこのエリアには……ッ」
「分かっておる。――それは下僕が何とかせよ。我は、ノアを――屠る!」
何の事だろう。
何故か、魔族達の会話に引っ掛かりを覚えた。少し考えればその先に辿り着けそうな予感もあったのだが――今まで大人しかった運命が、それを許さない。
体の中からごっそりと魔力が無くなる感覚と引き替えに、宙に浮いていた羽根剣が巨大化する。
魔力次第で大きさすら変えられるのかと驚くも、まるで操り人形の様に、僕はアドヴェルザの眼前まで飛び上がっていた。
「自分勝手な事をッ!」
執事風魔族は魔力を錬り始める。熾天使の仮面から伝わってくる魔力の流れが、その意図を看破させた。
――防御魔術?
それは、まるで自分を守るように展開された、強力な結界魔術だ。
『余所見をしていると、自壊が早まるぞ?』
愉快げなマキーナの声。次の瞬間、僕はアドヴェルザの顔面に巨大化した羽根剣を叩き付けていた。
めきり。
湿った、嫌な音が僕の体から聞こえてきた。強引に斬りつけた代償か、僕の右腕が折れたようだ。
あり得ない形に曲がった僕の腕。だが、巨大羽根剣は正確に、アドヴェルザの左眼を斬り裂いていた。
「ギャアオォォオオアアアア!!!!!」
空気が震える程の絶叫。紫色の鮮血がまるで雨の様に降り注ぎ、森を染める。
「アドヴェルザ様!」
「黙っておれ、問題無いわ!」
浅く無い傷の筈だ。実際、アドヴェルザの左眼は閉じられたままであるし、流血は止まっていない。僕の体ほどあろうかという雫が、ぼたり、ぼたりと落ちていく。
「この程度、傷の内に入らぬ!」
巨大な口が開かれた。
鋭い歯がずらりと並び、巨大熊すら丸呑みできそうな程の喉奥までもが露わになる。それは、黒龍最大にして最強の一手。
「アドヴェルザ様ァァッ!!」
モノクルが落ちてしまいそうな程、ギョッとして見開かれた目。執事風魔族は、怒りにも似た視線をアドヴェルザに向けながら、慌てて防御結界を更に複数構築していく。
だが、黒龍はもう止まらなかった。
喉の奥、漆黒の闇が仄かに光ったかと思えば、視界を埋め尽くす程の莫大な光が爆ぜた。
僕の体から、残った魔力の殆どが消え去った。
全ての羽根剣が眼前に並び――否、アドヴェルザに切っ先を向けて、集う。
『はははっ、運命は剛毅だな。正面から受けて立つとは』
楽しげなマキーナの声を聞きながら、僕は剣を左手に持ち替えて、再び地を蹴った。
全てを消滅させる巨大黒龍の息吹。
運命を手繰る機械仕掛けの神。
その二つが今、真正面から交錯する――!
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
■Tips■
熾天使の羽根[固有名詞・装備品]
嘗ての大魔族マキーナが装備していた武器。そう、剣では無く武器。
羽根を模した剣が七つ。
羽柄が持ち手にあたり、羽軸が剣の芯となっている。薄氷のような色合いで、全体的にうっすらと白い。反対側が、少しだけ透けて見える。
外弁が刃になっている片刃の剣。ただし、段刻も刃になっているため、刺すことも可能。
魔力を消費して、自由自在に動かしたり、大きさを変えたり出来る。
ファ○ネル!(ぇ
2
あなたにおすすめの小説
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。
しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。
絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。
一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。
これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
なんだって? 俺を追放したSS級パーティーが落ちぶれたと思ったら、拾ってくれたパーティーが超有名になったって?
名無し
ファンタジー
「ラウル、追放だ。今すぐ出ていけ!」
「えっ? ちょっと待ってくれ。理由を教えてくれないか?」
「それは貴様が無能だからだ!」
「そ、そんな。俺が無能だなんて。こんなに頑張ってるのに」
「黙れ、とっととここから消えるがいい!」
それは突然の出来事だった。
SSパーティーから総スカンに遭い、追放されてしまった治癒使いのラウル。
そんな彼だったが、とあるパーティーに拾われ、そこで認められることになる。
「治癒魔法でモンスターの群れを殲滅だと!?」
「え、嘘!? こんなものまで回復できるの!?」
「この男を追放したパーティー、いくらなんでも見る目がなさすぎだろう!」
ラウルの神がかった治癒力に驚愕するパーティーの面々。
その凄さに気が付かないのは本人のみなのであった。
「えっ? 俺の治癒魔法が凄いって? おいおい、冗談だろ。こんなの普段から当たり前にやってることなのに……」
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる