アーク・キングダム~【悲報】勇者パーティから追放され、最難関ダンジョン『魔王城』で迷子になる【嘘のような話】

古河夜空

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第一章 赤いゼラニウム

07.雪犬人族の侵入者

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「やっぱり『鑑定』スキルは偉大なんですねー、狡いなぁ」
「『鑑定』スキルを使いこなす為にはベースに相応の知識が必要になりますので、ノアさんの努力の賜物だと思いますよ」
「むー、だとしても、ですよー。私も『鑑定』欲しいなー」


 そんな話をしている時だった。


 ――パリン


 まるで、硝子が割れたような、小さな音が響いた。
 音源の方向は分からなかったけれど、それが異常事態であることは直ぐに理解できた。

「誰かが結界内に入ってきましたね」

 マリアさんはそう言うと、直ぐ脇に置いてあった杖を手に取った。
 僕も、腰の剣に手を添える。

「魔物ですか?」

 僕の問いかけに、マリアさんが首を横に振る。

「そこまでは分かりません。けど、悪意ある者に対する認識阻害が破られているので、そう言うことなんでしょうね」

 成る程。悪意の基準が何で、どの程度の悪意を持った相手かは分からないけれど、友好的なアプローチをしてくれる相手では無い可能性が高いわけだ。
 僕は気を引き締め、呼吸を整えた。


「打って出ましょう。僕も盾にくらいはなれます」
「お願いします。近接戦闘はやや不安なので。時間さえ稼いで頂ければ、私の魔術で撃退しますよー」
「ノアさん、薬と治癒魔術でほぼ治ってはいますけど、完治はしていません。普段の八割程度に押さえて戦ってくださいね? 特に両腕の骨はまだ折れやすい筈です」
「了解です」


 此処にはまだ目を覚まさないマオちゃんがいる。戦場をこの小屋近くにするのは、その観点からも避けたい。
 それに、マリアさんもエイルさんも、魔王城に挑んだ人達だ。こういった場面にも慌てること無く、不必要な遠慮をする事もなく、直ぐにそれぞれがすべきことを理解して行動に移る。――頼もしい限りだね。


「行きましょう」
「はい、結界の侵入者は私が探知します」

 マリアさんの言葉に頷いて、僕達は小屋を飛び出した。




 拠点にしている小屋を飛び出し、マリアさんの言葉に従って森を走ること数分。鬱蒼とした森の中で、少しだけ樹が少ない開けた場所に出た。
 陽差しを受けることができるからか、地面には花が咲いている。森の中ではあまり見かけない光景だ。

 僅かに吹く風に揺れる赤いゼラニウムから、バラに似た香りを感じた。

「来ます!」

 マリアさんが杖を構える。
 僕も、これだけ敵の近くに来れば、その存在を感じ取ることが出来た。



 森から、一人の男が現われる。
 肩に掛かるくらいの銀髪を、後ろで一つに縛った青年だ。身長は一六五メルト程だろうか。表情は温厚そうに見えたが、同時に、虎狼の様な鋭い気迫が感じられる。

「■■■■■■■! ■■■!」
「え?」

 現われた青年は何かを叫んでいるようだ。けれど、その内容が全く理解出来ない。
 言葉を喋らない動物であっても「わんわん」「にゃー」といった調子で、発音を理解することはできるのだけれど、眼前の青年が発するものは、発音としても理解できないものだった。彼の言葉だけがこの世界から掻き消えたような、不思議な現象。ただ、彼が何らかの言葉を発しているであろうことは理解できた。不協和音のように聞こえる音も、その一助となっている。

 そして、何よりも僕を驚かせたのは『鑑定』の結果だった。

======================================
 名前:■■■■
 種族:雪犬人族シュネーコボルト
 状態:正常
 スキル:■■■■
======================================

 侵入者の見た目は、人族に見えた。だが、『鑑定』結果は違った。しかも、雪犬人族シュネーコボルト──。その独特な種族名に、何か、引っ掛かりを覚える。


「しっかりしてください! 敵ですよ!」

 マリアさんの言葉に、はっとした。
 そうだ。彼は侵入者であり、悪意を持つ者なのだ。実際、何を言っているのか理解できないし、その姿は友好的ではないように見えるんだ。気を抜くなんて以ての外。

「■■■■■■■!」

 侵入者が何かを叫んだが、牽制としてマリアさんが飛ばした無詠唱の魔力弾が彼を襲った。それを見た侵入者は、魔力を帯びた剣で弾き応戦する。


 ──そうだよ。もう悩まないって決めたんだよ!


 あれ、でもそれっていつの話だ?



「ノアさん!」

 エイルさんの声で、また思考が別のところに逸れていたことを自覚する。気になるポイントは幾つかあるけど、それを気にするのは今じゃなくて良いんだと思い直し、僕は頭を振った。

「大丈夫です!」

 身体強化を施した体でもって、侵入者に肉薄する。そして、その勢いのままに袈裟懸けに剣を振り下ろした。
 十分な速度と力を乗せた一撃は、あっさりと侵入者の剣を弾く。弾かれた剣を落とすような真似はしなかったものの、目に見えて侵入者に隙が生まれた。

 ──勝機チャンス

 そう、思考が判断した時には、もう体が動いていた。
 左足を踏み込み、彼の体が流れて空いた間合いを埋める。同時に剣を腰だめに構え、更に右足を踏み出しながら彼の胴を、薙ぐ!

「■■■!」

 不協和音のような彼のコエ。
 だけど、もう迷わないと決めた以上、それが僕の何かを揺さぶることは無かった。

 それが切欠きっかけだったかのように、僕の意識が深いころへと没入していく。──闘いの感覚だ。
 余計な情報が遮断され、感覚が研ぎ澄まされていく。

 僕の胴薙ぎをなんとか凌いだ相手。剣の腹で受けた余波を受け、体が後ろへ流れるのを見逃さない。彼の左足の踵に体重がかかり、紙一重分、右足が浮いたことを僕は瞬時に把握した。
 右足に体重が掛かっていないということは、彼は右前方向に対してすぐに攻撃ができないということだ。攻勢に出る前に、どうしても態勢を整えるという一手間が掛かる。僕は構え直すこともせずに、その一瞬の隙をついて間合いを詰め、その勢いのまま、彼の左足へ足払いを仕掛けた。
 全体重を支えていた彼の左足を払えば転倒は必至。殺傷能力は無い速度重視の攻撃だったけれど、たったそれだけで彼の体はぐらりと崩れる。──あとは、彼が倒れ行く方向に斬撃を合わせる・・・・だけ。


 ──斬ッ


 確実に、肉を斬った感触が伝わってきた。しかし、骨まで断った感触は無い。上手く体を捻り、後方に転がることで致命傷は回避されたようだ。
 ──追撃? いや、それは僕の役目ではない・・・・・・・・

 背後の様子すらも知覚できる今の没入感。この場に在ると同時に、この場ではないどこか別の場所から俯瞰して眺めているような感覚。視覚だけではない認識範囲の広さが、彼女の行動を正確に把握していた。


「悪い子~、退散!!」

 マリアさんの杖先から、半透明の力場が形成されていく。ドーム状のそれはまるで爆風のように、瞬間的に成長してこの場を支配した。
 思わず身構えたけれど、その半透明の力場が僕に与える影響はゼロ。髪の毛一筋すら動かさずに僕を通り抜けていった。それは、マリアさんの近くで身構えていたエイルさんに対しても同じ。味方には一切の影響を与えない。

「■、■■■■! ■■■、■■■■■■■■■!!」

 一方で、敵には劇的な影響を与える。
 侵入者は、その力場に弾かれるように押され、飛ばされ、遥か彼方へと追いやられていった──。


 ──ざわざわ、と、葉擦れの音がする。
 新緑の香りに混じる、ゼラニウムの香りが、酷く印象的だった。
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