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第一章 赤いゼラニウム
08.脅威度は剣聖並です
しおりを挟む戦闘の没入から戻った僕は、剣を鞘へ仕舞ってから、マリアさんに声をかけた。
「凄いですね、今の魔術。結界魔術ですか?」
「良く分かりましたねー、その通りです。ここの聖域結界を張り直しました。その際に、さっきの侵入者の魔力波形を覚えさせて、自動で敵認定するようにしています。彼はもう二度と、この結界には入れないことでしょう」
ふふふ、と笑みを浮かべるマリアさん。そして、トン、と杖で地面を付き胸をはる。──服の上からでも存在感ばっちりのそれがしっかりと揺れるのを見てしまった。
気恥ずかしくなってしまって、思わず視線を外した。
「それよりも、敵の前でぼーっとするのは危ないですよ、ノアさん」
窘めるというよりも、心配そうに眉を顰めてそう言うのはエイルさんだ。
「ごめんなさい。……その、『鑑定』結果に驚いてしまって」
「そんな意外な結果が見えたんですか?」
マリアさんが興味津々と言わんばかりの表情で、乗り出してきた。僕は思わず半歩引きながら、思い返す。
「え……と、意外というか、殆どが鑑定不能の“■”で埋め尽くされていたので、そんなことも有るんだな、と」
思わず、嘘を吐いた。
冷静に考えてみれば嘘を吐く理由はどこにも無かったのだけれど、珍しい種族名をこの場で伝えるのはマズいような、不思議な直感がしたからだ。
「そうだったのですね……。まだ人物を鑑定することに慣れていないからかも知れませんけど、本当に気を付けて下さいね。あの侵入者の脅威度は『剣聖』並みでしたから」
「脅威度?」
「あ、それは私のスキルです」
エイルさんは、胸に手を当てて話を続ける。
「私には、相手の脅威度を判定するスキルがあるんです。詳しい仕組みは分かっていない部分もあるのですが、先ほどのような戦闘では、敵が強ければ強いほど脅威有りと見做されます。先ほどの侵入者は、剣聖のスキルを持っている人を判定した時と同じレベルの脅威度でした」
「なるほどー。ノアさんがあっさり撃退しちゃったように見えたけど、実は超危険だったってことかな。剣聖スキル持ちと直にやり合いながら、結界魔術を構築するなんてことは流石にできませんからね。ノアさん、ありがとうございますっ」
そういって明るく笑いかけてくれるマリアさん。釣られて、僕も「どういたしまして」と笑った。
それにしても、脅威度が『剣聖』並?
正直、あの侵入者がそこまで腕利きだとは思えなかったけどな。決して弱くは無いけれど、本当に『剣聖』なら、幾ら僕が戦いに没入しようと圧倒できる相手ではない気がする。
まぁ、そこを細かく気にしても仕方ないか。エイルさん自身も詳しい仕組みは分かって無いって言ってたし。
何にせよ、無事に侵入者を撃退できたんだ。現状では最上の結果を得ることができたんだ。今はそれを素直に喜ぼう。
「……あれ、何か落ちてる?」
ふと、視界の端に何かを見つけたような気がして視線を向ける。すると、赤いゼラニウムの横にペンダントのような何かが落ちていた。
何だろう、と思ってそれを見ると、半ば勝手に『鑑定』スキルが仕事を始めた。
======================================
名前:破界のネックレス
種別:古代魔導具
品質:上級
魔力を込めることで結界魔術を無効化できる魔導具。
強力な術式が刻まれていて、殆どの結界を無効化することができる。
======================================
「これ……」
きっと、侵入者が落としていったものだろう。これがあったから、マリアさんの結界の中に侵入することができたのかも知れない。
「もしかしてっ。それは結界の破壊効果がある古代魔導具じゃないですか?!」
僕が手に持っているネックレスを見たマリアさんが驚きの声を上げた。
「そうですね、鑑定結果でも『破界のネックレス』と出ています。結界魔術を無効化する効果があるようです」
「やっぱり! 嫌ーな感じがするんですよ、このネックレスから。これがあったら、いくら私の結界魔術でも苦戦しちゃいますね。私の天敵です! ノアさん、お手柄ですよ!」
「ありがとうございます。偶々ですけどね」
「いいえ、運も実力の内です! それに、これがまだ敵の手にあったとしたら、これから何度も結界内に侵入されちゃいますから」
確かに。運が味方したからであっても、この破界のネックレスを得られたことは喜ばしい。
これが敵の手にあると思うと、ぞっとする。この場所の安全はマリアさんの結界魔術に依存している訳だから、破界のネックレスを持った相手にはほぼ無防備と言っても過言ではないんだ。
「でもでもっ、これで安心です。これが私達の手にある内は、もう侵入者は来ないでしょう。私の結界魔術は最強ですから! えへん!」
そう言ってまた胸を張るマリアさん。
だけど、エイルさんは何かを考え込む様に顎先に指を当てて、僕が持つ破界のネックレスを見つめていた。
「……これって、この一つしか無いものなんでしょうか?」
確かに。
あ、胸を張ったままのマリアさんがちょっと固まってる。
「……流石、聖女様ですわね。指摘が鋭くってよ」
マリアさんが汗をかいている。口調も変わっちゃってるし。まぁ、あれだけ自信満々に胸を張って宣言した直後だから、気まずいのは分かるけどさ。
というか、助けを求めるかのような視線でこっちを見てるし。
「まぁ、古代魔導具は貴重だから、そう何個も存在しないでしょう」
「ですよね! ですよね! もう私の結界魔術に恐い物なんて無いんです。えへん!」
そうやって無理矢理調子に乗るから窮地に追い込まれるんじゃないかな。
「それは私も同意見ですが、最悪は常に想定しておくべきと思います」
ほらね。僕だってそう思うし。
……そんな切なそうな目で訴えられても、どうにも出来ないですって。
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