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第15話~すれ違い~
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僕がウィルの家に世話になってから、早や一ヶ月が過ぎた。
最初の方こそ、自分が今どこにいるのかがわからなくなってはウィルや直海に迎えに来てもらう、なんてこともあったが、今では少し遠くに行っても迷わずに帰って来れる様になった。
付近を散策して見ると思ったより住みやすい地域で、ここをいずれ出てしまうのは少し名残惜しいとさえ思うようになっていた。
昨夜、以前訪ねた不動産屋さんから電話があった。いい物件があるので是非見に来て欲しいと言われ、今日はそこを当たってみる事にしている。
地図を片手に部屋から出て階段をリズミカルに降り、玄関へと続く廊下を進むとウィルと直海の声が聞こえてきた。
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
玄関に身体を向けていたウィルは振り返ると、直海の腰に片手を回してぐっと引き寄せ、二人は熱い口づけを交わした。
邪魔をしてはいけないと、僕は思わず壁に背をつけて身を隠してしまった。
二人は夫婦なんだしキスの一つや二つ当たり前なのに、妙にドキドキしてしまう自分がいる。スージーの家に住まいを移してからはほぼ彼女につきっきりだったせいか、恋人を作る暇もなかった僕には少々刺激が強すぎた。
玄関の扉がパタンと閉まると、ウィルの車のエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえる。本当は駅まで乗せて行ってもらいたかったが、あの場面で二人の邪魔をする勇気が僕にはなかった。
直海が彼を見送った後、パタパタとスリッパを鳴らしながらリビングへと戻り、どうやら朝食の後片づけを始めた様だった。
「直海、僕ちょっと出かけてくるね」
「はーい、行ってらっしゃいー」
廊下の奥のリビングから、直海は顔をひょっこりだしてそう言った。
ドアを開け、靴の踵を踏みながら空を見上げる。
「――」
自然と出てしまったその“癖”に気が付き、苦笑いが出た。
スージーに会ってからは当初肌が弱かった彼女を思い、常に空を見上げ天候を気にしていた。その癖が未だに抜けないのだ。
とにもかくにも今日は天気が崩れそうだ。折りたたみの傘を持ち、駅までの道のりをゆっくりと歩き出した。
「お返事は明日までにお願いします」
スーツ姿の男性はペコリと頭を下げると、手応えがあるかのように笑顔でその場を去っていった。
確かにそれは申し分ない物件で、これを逃すと同じ様な物はそう易々と出てこないであろうという事は素人の僕にでもわかる。
ほぼ気持ちは固まっていたが、とりあえず一晩ゆっくり考える事にした。
◇◆◇
ウィルの家のチャイムが鳴り、てっきりミックが帰って来たのだと思った直海は笑顔で出迎えた。
「ミックさん、お帰りなさ――?」
扉を開けると、そこに居たのはミックではなく、若い女性だった。
「あ、ごめんなさい。えっと?」
その女性は何も言わず直海の顔をじっと見つめている。その手には大きなバッグがしっかりと握られていた。
「あの、どちら様で?」
もう一度問いかけると、その女性は少し慌てた様子で口を開いた。
「あっすみません、あの……先生は?」
「先生? ……ああ! ミックさんの事ね? ……と言う事は、貴方はもしかしてスージーさん?」
その女性は直海の目をじっと見据えながら、顎を少し引いた。
「ああ! やっぱり! どうぞ中――へ、……あ」
家の中へ招きいれようとしたが、天候が崩れそうだったので洗濯物を取り込んで居る最中にチャイムが鳴り、慌てて洗濯物をリビングにほうりっ放しだった事を思い出した。
「あっ、ちょっと待ってくださいね。少し部屋を片付けてきますから」
直海は一旦扉を閉めると、片づけをしにリビングへと戻った。
「お待たせしま――……あれ?」
扉を開けて辺りを見回すが、先程のスージーと思われる女性は忽然と姿を消していた。
◇◆◇
「ふぅー、やっと着いた。隣町と言えどもこの国は広いなぁ」
改札口を出て又空を見上げると、頬にポツリポツリと冷たい物があたった。
「やっぱり雨か」
ウィルの家で何が起こって居るのか全く知らなかった僕は、小さな傘を開きウィルの家までのんびりと歩き始めた。
「ただい――」
「あ! ミックさん!? 何度も電話したのに!」
血相を変えて直海が玄関から飛び出して来た。
そう言われて胸元に入れていた携帯電話を取り出して初めて、電源が入っていなかったことに漸く気付いた。
「あっ、ごめん。不動産屋さんと話してたから電源切ったままだった。どうかした?」
「さっきスージーさんが来ましたよ!」
「スージー? まさか!」
彼女がこんなに遠くまで来れるわけが無い。長距離の移動は彼女には危険すぎる。それは本人も自覚しているのだから。
「いえ、本当です! 家に入ってもらおうと私が少し片づけをしに部屋に戻っている間にいなくなってて……」
「何で?」
「そ、それはわからないけど」
傘を差したまま玄関でそんなやり取りをする。直海は玄関に立ち塞がって、どうやら僕は家には入れてもらえなさそうだ。
「んー、その子はどんな子だった?」
「髪はブラウンで目が青くて。もう驚く程透き通るように肌が白くて。背はミックさんの顎位で……。あっ! それと手に大きなバッグを持ってたわ。で、スージーさん? って聞いたら頷いたの!」
それを聞くと、僕は背筋に冷たい何かが滑り落ちた様な気分になった。
直海が話を進めるごとに上がっていた口角が徐々に下がり始め、気付いた時には僕は直海に背を向け雨の中を走り出していた。
「まだそんなに遠くへは行ってないと思うわ!」
背中越しに届く直海の声が、顔を見ずとも心配そうな顔をしているのが伝わった。
走りながら携帯電話の電源を入れる。電源を切ったままにしていたなんて、これじゃあ何の為に持ち歩いているのかわからない。
「くっ、っそ……!」
考えたくはないが、取り返しのつかない事になるかもしれない。スージーが訪ねて来るだなんて想定していなかった事とは言え、僕は自分を激しく責め立てた。
最初の方こそ、自分が今どこにいるのかがわからなくなってはウィルや直海に迎えに来てもらう、なんてこともあったが、今では少し遠くに行っても迷わずに帰って来れる様になった。
付近を散策して見ると思ったより住みやすい地域で、ここをいずれ出てしまうのは少し名残惜しいとさえ思うようになっていた。
昨夜、以前訪ねた不動産屋さんから電話があった。いい物件があるので是非見に来て欲しいと言われ、今日はそこを当たってみる事にしている。
地図を片手に部屋から出て階段をリズミカルに降り、玄関へと続く廊下を進むとウィルと直海の声が聞こえてきた。
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
玄関に身体を向けていたウィルは振り返ると、直海の腰に片手を回してぐっと引き寄せ、二人は熱い口づけを交わした。
邪魔をしてはいけないと、僕は思わず壁に背をつけて身を隠してしまった。
二人は夫婦なんだしキスの一つや二つ当たり前なのに、妙にドキドキしてしまう自分がいる。スージーの家に住まいを移してからはほぼ彼女につきっきりだったせいか、恋人を作る暇もなかった僕には少々刺激が強すぎた。
玄関の扉がパタンと閉まると、ウィルの車のエンジン音が遠ざかっていくのが聞こえる。本当は駅まで乗せて行ってもらいたかったが、あの場面で二人の邪魔をする勇気が僕にはなかった。
直海が彼を見送った後、パタパタとスリッパを鳴らしながらリビングへと戻り、どうやら朝食の後片づけを始めた様だった。
「直海、僕ちょっと出かけてくるね」
「はーい、行ってらっしゃいー」
廊下の奥のリビングから、直海は顔をひょっこりだしてそう言った。
ドアを開け、靴の踵を踏みながら空を見上げる。
「――」
自然と出てしまったその“癖”に気が付き、苦笑いが出た。
スージーに会ってからは当初肌が弱かった彼女を思い、常に空を見上げ天候を気にしていた。その癖が未だに抜けないのだ。
とにもかくにも今日は天気が崩れそうだ。折りたたみの傘を持ち、駅までの道のりをゆっくりと歩き出した。
「お返事は明日までにお願いします」
スーツ姿の男性はペコリと頭を下げると、手応えがあるかのように笑顔でその場を去っていった。
確かにそれは申し分ない物件で、これを逃すと同じ様な物はそう易々と出てこないであろうという事は素人の僕にでもわかる。
ほぼ気持ちは固まっていたが、とりあえず一晩ゆっくり考える事にした。
◇◆◇
ウィルの家のチャイムが鳴り、てっきりミックが帰って来たのだと思った直海は笑顔で出迎えた。
「ミックさん、お帰りなさ――?」
扉を開けると、そこに居たのはミックではなく、若い女性だった。
「あ、ごめんなさい。えっと?」
その女性は何も言わず直海の顔をじっと見つめている。その手には大きなバッグがしっかりと握られていた。
「あの、どちら様で?」
もう一度問いかけると、その女性は少し慌てた様子で口を開いた。
「あっすみません、あの……先生は?」
「先生? ……ああ! ミックさんの事ね? ……と言う事は、貴方はもしかしてスージーさん?」
その女性は直海の目をじっと見据えながら、顎を少し引いた。
「ああ! やっぱり! どうぞ中――へ、……あ」
家の中へ招きいれようとしたが、天候が崩れそうだったので洗濯物を取り込んで居る最中にチャイムが鳴り、慌てて洗濯物をリビングにほうりっ放しだった事を思い出した。
「あっ、ちょっと待ってくださいね。少し部屋を片付けてきますから」
直海は一旦扉を閉めると、片づけをしにリビングへと戻った。
「お待たせしま――……あれ?」
扉を開けて辺りを見回すが、先程のスージーと思われる女性は忽然と姿を消していた。
◇◆◇
「ふぅー、やっと着いた。隣町と言えどもこの国は広いなぁ」
改札口を出て又空を見上げると、頬にポツリポツリと冷たい物があたった。
「やっぱり雨か」
ウィルの家で何が起こって居るのか全く知らなかった僕は、小さな傘を開きウィルの家までのんびりと歩き始めた。
「ただい――」
「あ! ミックさん!? 何度も電話したのに!」
血相を変えて直海が玄関から飛び出して来た。
そう言われて胸元に入れていた携帯電話を取り出して初めて、電源が入っていなかったことに漸く気付いた。
「あっ、ごめん。不動産屋さんと話してたから電源切ったままだった。どうかした?」
「さっきスージーさんが来ましたよ!」
「スージー? まさか!」
彼女がこんなに遠くまで来れるわけが無い。長距離の移動は彼女には危険すぎる。それは本人も自覚しているのだから。
「いえ、本当です! 家に入ってもらおうと私が少し片づけをしに部屋に戻っている間にいなくなってて……」
「何で?」
「そ、それはわからないけど」
傘を差したまま玄関でそんなやり取りをする。直海は玄関に立ち塞がって、どうやら僕は家には入れてもらえなさそうだ。
「んー、その子はどんな子だった?」
「髪はブラウンで目が青くて。もう驚く程透き通るように肌が白くて。背はミックさんの顎位で……。あっ! それと手に大きなバッグを持ってたわ。で、スージーさん? って聞いたら頷いたの!」
それを聞くと、僕は背筋に冷たい何かが滑り落ちた様な気分になった。
直海が話を進めるごとに上がっていた口角が徐々に下がり始め、気付いた時には僕は直海に背を向け雨の中を走り出していた。
「まだそんなに遠くへは行ってないと思うわ!」
背中越しに届く直海の声が、顔を見ずとも心配そうな顔をしているのが伝わった。
走りながら携帯電話の電源を入れる。電源を切ったままにしていたなんて、これじゃあ何の為に持ち歩いているのかわからない。
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考えたくはないが、取り返しのつかない事になるかもしれない。スージーが訪ねて来るだなんて想定していなかった事とは言え、僕は自分を激しく責め立てた。
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