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第二話 私はただの、観客の女
⑤ 優しさは誰のため?
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その3日後、約束したとおり私は、婦人のところにスープの材料を持ってやってきた。ふたりのメイドも付き合ってくれて、薬師から入手したレシピどおりの滋養スープの出来上がりだ。
「とても美味しいわ。カトリーヌ、あなたいい奥様になれるわね」
私は娘のふりをしてスプーンを彼女の口元に運んでいる。できるだけ会話をしたいのだけど、過去のことを何も知らないんだから、下手なことを話したら娘でないとバレてしまうし、当たり障りのない会話をなんとか……。
「エイリークさんはどういう人なの?」
おお、エイリーク様について話すなら問題ないか。
「よく分からない人です」
「え? よく分からない人と結婚?」
あ、本音がするっと出てしまった。
「えっと実は、人に紹介されて、お互いにパートナーなしで生きていくのもなんだから、協力して生きていこうとなり……」
「そう、これからなのね。そうね、激しい恋の末に結ばれても、うまくいかなかったりする一方で、必要に迫られて始まったふたりが、ずっと思い合い暮らしていくこともあるでしょう」
「そうなの? でも私は、まずどうやったら彼を知れるのかすら……」
別に、知らなくてもいいのかもしれないけど。だって名だけ貸すような結婚だから。
「まず自分がどういう人間か、知ってもらったら?」
「……そして嫌われてしまったら?」
彼女は私の返事に、よく考えているようだった。
「それが怖いの? あなたという人間の中には知られたくない部分があるのかしら」
うーん、下手なこと言うと辻褄合わなくなって……。十数年も生き別れていた娘のふりをしているというのに、すぐ抜け落ちてしまう。我ながらまったく演技下手だ。
「なら私も聞かないでおくわ。でも一緒に生きていく彼には少しずつ、自分を見せていかないとね」
「……はい、お母様。また少し休んでいて。私、ここ二日分のスープもこしらえておくから。掃除もちゃんとしてから帰るわね」
「本当に、ありがとうね」
あの時とっさに娘のふりなんかして、それを続ける選択をしてしまったけど、これは騙しているということだ。でも彼女はもう余生短くて、実娘と再会できる可能性もないのだろう。信じたまま、どうか終わりまで……。
この時の私は、最後まで完璧に演じられると、根拠はなくとも信じていた。
ここに手伝いに来るようになって一月が過ぎた。フレーヤお母様はじわじわ弱っていくが、私が来たときは上半身を起こし、時間をかけてスープを飲む。きっと私が来ることには意味がある。だって、やっぱりお顔が明るくなるんだもの。
お母様がまったりと知恵の輪を揉んでいる間、私は棚の整理をしていた。彼女の荷物をできるだけ処分してと頼まれたのだ。
そこで私は一枚のスケッチを見つけた。わら帽子を被った少女が描かれている。ちゃんとした画ではないけれど、才能を感じられる絵柄だ。
「……あれ?」
――――これ、あのディーヴァじゃない! 幼いけど、完全に顔があの成長前、といった感じ!
どういうことだろう。お母様はそれを分かっているのだろうか。
「……どうしたのカトリーヌ?」
「…………」
動揺は空気を伝わるの?
「あ、えっとこの画は……私よね?」
「画? ああ、もしかして、私の宝物のこと? ……あなたは覚えているかしら。近くに画家のたまごのおねえさんが住んでいて、描いてくれたのよね」
「え、ええ。覚えてる! この帽子、とてもお気に入りだったわ」
「おねえさん、あなたによくしてくれていて、一緒に売り子の仕事もしていたわね」
「……ええ。彼女には、勘定の仕方を教えてもらったっけなぁ……?」
――――しまった……過去の話になってしまった。こうなると……。
「それで、あなたはいったいどこのどなたなの?」
「!!」
……やっぱり、ずっと前からバレていたんだ。私の猿知恵なんて。
「ごめんなさいっ!」
騙してたことは謝らなくては。私は深く頭を下げた。相手の目が見えていないということも、焦りで完全に頭から抜けていた。
「私は、エレーゼ・ストラウド。けして怪しい者ではないんです……」
怪しい者でないと自己申告したところで、面識ない嘘つき人間がずっと側にいたのだ。目の見えない人にとって、こんな気色悪い話はない。
「ストラウド?」
「フェルマン・ストラウドの娘ですっ。あのっ、父があなたにお世話になったって聞いて、だから私あの日、訪問して……」
「まぁ、ストラウド家のお嬢様……」
「けして騙すつもりはなかったんですけど」
ずっと騙してる意識ありました。
「私、3年前に母を亡くしていて、その母への思いを重ねてしまったというか」
そこで彼女が力を振り絞って、おいでと言うように手をこまねいたので、私は隣に腰掛けた。そして私の顔を手探りするので、そこに顔を持っていった。
彼女は私の頬を両手で撫でながら、
「そんな良家のお嬢様が、こんな老婆の世話を……。信じられないわ」
と呟いて。それでも彼女の顔は微笑みをたたえていて、不快に思ったようには見えなかった。
だからこそ私は後ろめたく思えてきた。お世話をしたいという気持ちは、本当はやましいものだったのではないかと。
「ごめんなさい。私はあなたを利用してたんです。あなただけでなくてきっと、私が師に付いて診た患者のみんなも。私がいつかお父様の面倒をみるために、私がひとりで生きていくために、こういった技能を磨きたくて……」
看護というのは貴族平民を問わず必要不可欠の行為だからって、これは需要が高いと見込んだ結果で。相手のことを考えているからじゃなくて、なにもかも自分のため……。
なんだか涙が出てきた私に彼女は言った。
「素直でいいお嬢さんね。きっとお母様の育て方が素晴らしかったのね」
「そんなことないんですぅぅ……!」
私は更に泣けてきた。
その後、彼女はどうして私は偽物だと知ったか説明を始めた。最初は私の声を聞いて感動して、思い込もうとしていた面もあったようだ。でも徐々に、やはり違うと。だから確認した。その画に描かれた帽子は画家の物で、モデルをした時借りていただけ。その画家もおねえさんではなく、青年だったようだ。仕事も一緒にしてはいない。
「あなたはね、私の娘とは比べ物にならないほど、いい子なのよ。カトリーヌも長く離れている間に大人になって、そんな優しい人になったのかもしれないと期待したのもあるけれど……」
「私も別に、いい子なんてことは……」
私はいい子じゃないんです。いい子って言うのはアンジェリカみたいな、人を疑ったり妬んだりしない、よく気の付く、可愛げのある子のことを言うんだわ。
私はとりわけ私の母にとって、まったくいい子ではなかった。
「とても美味しいわ。カトリーヌ、あなたいい奥様になれるわね」
私は娘のふりをしてスプーンを彼女の口元に運んでいる。できるだけ会話をしたいのだけど、過去のことを何も知らないんだから、下手なことを話したら娘でないとバレてしまうし、当たり障りのない会話をなんとか……。
「エイリークさんはどういう人なの?」
おお、エイリーク様について話すなら問題ないか。
「よく分からない人です」
「え? よく分からない人と結婚?」
あ、本音がするっと出てしまった。
「えっと実は、人に紹介されて、お互いにパートナーなしで生きていくのもなんだから、協力して生きていこうとなり……」
「そう、これからなのね。そうね、激しい恋の末に結ばれても、うまくいかなかったりする一方で、必要に迫られて始まったふたりが、ずっと思い合い暮らしていくこともあるでしょう」
「そうなの? でも私は、まずどうやったら彼を知れるのかすら……」
別に、知らなくてもいいのかもしれないけど。だって名だけ貸すような結婚だから。
「まず自分がどういう人間か、知ってもらったら?」
「……そして嫌われてしまったら?」
彼女は私の返事に、よく考えているようだった。
「それが怖いの? あなたという人間の中には知られたくない部分があるのかしら」
うーん、下手なこと言うと辻褄合わなくなって……。十数年も生き別れていた娘のふりをしているというのに、すぐ抜け落ちてしまう。我ながらまったく演技下手だ。
「なら私も聞かないでおくわ。でも一緒に生きていく彼には少しずつ、自分を見せていかないとね」
「……はい、お母様。また少し休んでいて。私、ここ二日分のスープもこしらえておくから。掃除もちゃんとしてから帰るわね」
「本当に、ありがとうね」
あの時とっさに娘のふりなんかして、それを続ける選択をしてしまったけど、これは騙しているということだ。でも彼女はもう余生短くて、実娘と再会できる可能性もないのだろう。信じたまま、どうか終わりまで……。
この時の私は、最後まで完璧に演じられると、根拠はなくとも信じていた。
ここに手伝いに来るようになって一月が過ぎた。フレーヤお母様はじわじわ弱っていくが、私が来たときは上半身を起こし、時間をかけてスープを飲む。きっと私が来ることには意味がある。だって、やっぱりお顔が明るくなるんだもの。
お母様がまったりと知恵の輪を揉んでいる間、私は棚の整理をしていた。彼女の荷物をできるだけ処分してと頼まれたのだ。
そこで私は一枚のスケッチを見つけた。わら帽子を被った少女が描かれている。ちゃんとした画ではないけれど、才能を感じられる絵柄だ。
「……あれ?」
――――これ、あのディーヴァじゃない! 幼いけど、完全に顔があの成長前、といった感じ!
どういうことだろう。お母様はそれを分かっているのだろうか。
「……どうしたのカトリーヌ?」
「…………」
動揺は空気を伝わるの?
「あ、えっとこの画は……私よね?」
「画? ああ、もしかして、私の宝物のこと? ……あなたは覚えているかしら。近くに画家のたまごのおねえさんが住んでいて、描いてくれたのよね」
「え、ええ。覚えてる! この帽子、とてもお気に入りだったわ」
「おねえさん、あなたによくしてくれていて、一緒に売り子の仕事もしていたわね」
「……ええ。彼女には、勘定の仕方を教えてもらったっけなぁ……?」
――――しまった……過去の話になってしまった。こうなると……。
「それで、あなたはいったいどこのどなたなの?」
「!!」
……やっぱり、ずっと前からバレていたんだ。私の猿知恵なんて。
「ごめんなさいっ!」
騙してたことは謝らなくては。私は深く頭を下げた。相手の目が見えていないということも、焦りで完全に頭から抜けていた。
「私は、エレーゼ・ストラウド。けして怪しい者ではないんです……」
怪しい者でないと自己申告したところで、面識ない嘘つき人間がずっと側にいたのだ。目の見えない人にとって、こんな気色悪い話はない。
「ストラウド?」
「フェルマン・ストラウドの娘ですっ。あのっ、父があなたにお世話になったって聞いて、だから私あの日、訪問して……」
「まぁ、ストラウド家のお嬢様……」
「けして騙すつもりはなかったんですけど」
ずっと騙してる意識ありました。
「私、3年前に母を亡くしていて、その母への思いを重ねてしまったというか」
そこで彼女が力を振り絞って、おいでと言うように手をこまねいたので、私は隣に腰掛けた。そして私の顔を手探りするので、そこに顔を持っていった。
彼女は私の頬を両手で撫でながら、
「そんな良家のお嬢様が、こんな老婆の世話を……。信じられないわ」
と呟いて。それでも彼女の顔は微笑みをたたえていて、不快に思ったようには見えなかった。
だからこそ私は後ろめたく思えてきた。お世話をしたいという気持ちは、本当はやましいものだったのではないかと。
「ごめんなさい。私はあなたを利用してたんです。あなただけでなくてきっと、私が師に付いて診た患者のみんなも。私がいつかお父様の面倒をみるために、私がひとりで生きていくために、こういった技能を磨きたくて……」
看護というのは貴族平民を問わず必要不可欠の行為だからって、これは需要が高いと見込んだ結果で。相手のことを考えているからじゃなくて、なにもかも自分のため……。
なんだか涙が出てきた私に彼女は言った。
「素直でいいお嬢さんね。きっとお母様の育て方が素晴らしかったのね」
「そんなことないんですぅぅ……!」
私は更に泣けてきた。
その後、彼女はどうして私は偽物だと知ったか説明を始めた。最初は私の声を聞いて感動して、思い込もうとしていた面もあったようだ。でも徐々に、やはり違うと。だから確認した。その画に描かれた帽子は画家の物で、モデルをした時借りていただけ。その画家もおねえさんではなく、青年だったようだ。仕事も一緒にしてはいない。
「あなたはね、私の娘とは比べ物にならないほど、いい子なのよ。カトリーヌも長く離れている間に大人になって、そんな優しい人になったのかもしれないと期待したのもあるけれど……」
「私も別に、いい子なんてことは……」
私はいい子じゃないんです。いい子って言うのはアンジェリカみたいな、人を疑ったり妬んだりしない、よく気の付く、可愛げのある子のことを言うんだわ。
私はとりわけ私の母にとって、まったくいい子ではなかった。
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