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⑥ 聖女と魔女の対面

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 日も高くなってから目覚めた私は船を降り、王宮の片隅にある自室に戻った。

「鏡よ鏡! 失敗しちゃいましたけど! 何か次の手は!」
 こんな私の味方になってくれるのは、もうこの鏡しか。

『あなたはその金髪の少女のことを何も知らない。そうですよね?』
「え、ええ」

『敵を知り、己を知れば百戦危うからず、と言います。あなたに足りないのはリサーチ力です』
「ふぅん? 彼女の正体を突き止めて、他人ひとの婚約者に手を出さないでください!ってお願いすればいいのね?」

 王太子に聞くわけにもいかない。
 エルネスト様には既に紹介済みだったようだけど、私には話してなんてくれないだろう。「彼女に嫉妬で危害を加えようものなら……」なんてまた言われたら、もう立ち直れない。

『あなたは海の住民の子孫なのですから、困ったときの識者へ駆け込む権利を有しています』
「識者? 海には賢者のような存在がいるの!?」

『海の魔女です』
「……は?」
 魔女なんて存在に良いイメージはない。でも溺れる者は藁をも掴まなくてはいけないの。

「海の魔女って、海底にいるのでしょ。私、泳げないから会いに行けないわ」
『あなたにエラはなくとも、人魚の血が通っているのですから。海から潜って行くのではなく、私を通じて会いに行けますよ、魔女の住処へ』
「そうなの!?」
『ええ、早速どうぞ』
「さっそく……?」

『ようこそ、鏡の世界へ』
「!?」

 そう鏡が呪文の如く唱えると、そこから強烈な光が放たれ、一瞬目の眩んだ私は否応なしにそれに包まれた。そしてそこに吸い込まれるように私の身体はふわっと浮かび、飛ばされていったのだった。



「え、何? ここはいったい……」

 気付くとそこは毒々しい色の壁の部屋。目の前にいるのは、毒々しい色の肌と髪の、往年の女性……まさか、これが。

「海の魔女……」
「ほう、陸の上からの来訪者か」

 ちょっとちょっと鏡! 何の準備もなく急に送ってくれて!

「私に何か用か?」

 蛇のような眼光、逆立つ禍々しいオーラ。
 海の魔女、迫力あるぅ~~!

 ゆるぎない気迫を見せつける魔女に、気圧されている場合ではない。

「は、初めまして。私はアリア・スカーレットと申します。あなたは海の魔女ですね?」
「いかにも。陸の者がこんな海の僻地に何をしに来た?」
「?? 何しに来たんだっけ?」

 私は慌てて自分の口に手を当てた。隙を見せてはいけない。獲って喰われる。
 思い出せ思い出せ。この人は何をしてくれる人なんだっけ?

「ああっそうそう! 私、最近婚約者を奪われたのですが……」
「恋敵を呪い殺したいという相談か?」

 魔女、いきなり物騒です!

「ま、まず恋敵の素性を知って、それから、どうすれば彼を取り戻せるのか、アドバイスが欲しいです……」
「その情報との引き換えに、お前は何を差し出す?」
「えっ」
「まさか無償で情報を差し出せというのではあるまいな?」

 そうだった、相手は魔女。聖女と魔女の力は同質。だけれど、その在り方は真逆なのだ。聖女は自身のエナジーを犠牲にその力を放出するところ、魔女は他者のエナジーを食い物にする。
 だけど、魔女の力はその分、聖女よりも強大で危険で、効果的……。

「今は持ち合わせがないわ。出世払いにしてもらえないかしら?」
 ちょっと偉そうに言ってみた。下手したてに出たら底なしにふっかけられそうな気がして。

「まぁ良いだろう。一度ここに来たものは、何度でも欲望が出てくるものだ。また次の時までに要する物を考えておく」

 ええーん、とても怖いけど、とりあえず情報もらったら即とんずらしてやろう。あれ、どうやって帰ればいいのだっけ?

「私の水晶が告げるには、その女は海底の国で暮らす者の血が流れているなぁ」
「ええ?」
 沖に上がった人魚は何人もいるのね? 確かに、真人魚だった祖母は人間と恋に落ちてハーフの母が生まれて……そんな異種間結婚、どうやって?と思っていたけど、まさかこの魔女の手引き?

「ああ、その恋敵の娘、幼少期にここへ訪れたことがあるな」
「幼少期?」
「人間年齢で4つくらいかのう」
「何を求めて?」
「美しい容貌と魅惑の肉体だ」

 幼少期の娘が求めるものではないです!
 あと聞いておいてなんだけど、守秘義務は!?

 とりあえず、やっぱり美人か……。私もここで整形して帰る? ……いえ、この顔で勝負するわ!!

「でもそんな、魔女の力で増幅した美貌と対峙なんて。ねぇ、どういう勝負にもっていけばいいか予言ください!」
「多少は自分で頭を使え。私はその娘に力を授けたと言った」

 それはつまり……

「その娘から何を取り上げたの?」
「さぁ、なんだったかな。お前がその敵に付け込むとしたら、そこだろうなぁ」

 付け込む?
 その言い方だと。魔女の要求するものって、身体の一部とかそういうイメージだったけれど、物質的なものではないのかしら。

「これ以上の取引は有償だ。出せるものがないならさっさと帰れ」
「も、もう一声……。だってここまでの情報じゃ、一歩も前進できないわ!」

 彼女は面倒くさそうに鼻から息を抜いた。

「なら試しにひとつ魔具を貸し出そう。魔具すらまともに扱えない客では話にならないからな。手を出せ」

 そう言いながら、魔女が大蛇貝の殻を私の手にぽんと置いた。

「無料!?」
「ちゃんと返せよ」
「はい……」
 でも、これ、何? 何に使うの?

 ……あっ!

 その貝殻を見つめていたら、そこから光が放たれ目を閉じた瞬間、私は自室に戻された。

「いや、使い方を何も説明せずって……」

 その貝殻を耳に当ててみた。

「波の音が聴こえてくる……」

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