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⑦ 真夜中のキルメスデート
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結局、私は王宮をひとまず去り、実家に戻った。と言っても、スカーレット子爵家の屋敷ではなく、母方の祖父の家に。
村娘だった母は若い子爵に見染められ、貴族の家の夫人に出世した。祖父はそれでも庶民の家で質素に暮らしている。
森の近くに構える平民の平屋は、小物貴族の私にとってなにより落ち着く環境だ。ここで少し心を浄化したい。毎日近くの湖へ散歩に出たりして、穏やかに暮らしたい。
戦いに出る前の休息のつもりでいたが、静かな日々に慣れると、もうこのままここで、癒しの力を使いながら生計を立てていこうか、なんて考えが頭をよぎる。そのうち町の同年代の男性を紹介してもらって……。
この夜もそんなことを思いながら、寝床に入った。
まさに寝入るというその頃、寝室の木窓がギィギィと音を立てる。一度は風かと思ったが、それからギーッと戸が開き、ゾクっとした私は上半身を起こし目をやった。
すると窓からのっそり出てくる人影が。
「やっ……。だ、誰か……」
強盗だろうか。こんな何もない家に!?
今夜は祖父が街に買い物に出ていて、ここには私だけ。大声を上げても隣の家まで聞こえない辺鄙な処。
私は慌てて隅っこに立てかけておいたホウキを手にした。
そして目をつぶったまま振りかぶって──。
「!」
受け止められた! どうしよう、捕まって殺される──。
「おい。目を開けろ。いきなり殴り掛かってくるなんて物騒だな」
────え? ……聞き覚えのあるその声は。
「エルネスト様!?」
「よう」
私は目を疑った。この暗闇だ、目に映る彼は何かの間違いではないか。しかし大層な背丈にも関わらず、首尾よく窓を潜り抜け、彼は室内に入ってきた。
「エルネスト様……本当に? どうして、こんなところに……」
なんだか夢をみてるようだ。
**
本当に夢みたいだ。こんな高貴な人が、こんな片田舎にぽつんと建つ平屋の部屋にいるなんて。
「この間の仕返しだ。夜這いの作法というものを見せつけに来た」
「意味がわかりませんが、私に会いに来られたのですか?」
「お前じゃなければ誰なんだ」
「私じゃなければ……私の祖父、とか?」
「お前の祖父さん夜這いしに来てどうする」
「どうして私がここにいると」
「お前の一時帰宅を世話したという馬屋番に銀貨を掴ませた」
「個人情報っ!!」
それにしても、これはもしや絶対絶命? こんな夜更けに、異性とふたりきり……。
「とりあえず脱げ」
「い、嫌です! 結婚する相手としかそういうことはしないって決め……」
「それから、これを着ろ」
彼は窓から御者が渡した袋を私に放り投げた。軽い袋だ。
「これは?」
袋を開けたら、でろーんとドレスが出てきた。
「それなりに動きやすい衣裳だ。着替えたら出てこい」
彼はそう言って部屋を出ていった。それはマーメイドラインの、羽のように軽いドレスだった。
*
「こんな夜更けにこんなお洒落なものを着て、私はどこへ連れてゆかれるのですか?」
戸惑う私を彼はささっと馬車に押し込んだ。
「着いてからのお楽しみだ。多少時間がかかる、寝ててもいいぞ」
「では、寝ます」
寝るところだったもの。
私は馬車の揺れが心地よく、すぐにも彼の肩に寄りかかり眠りこけてしまった。
**
目覚めたら現在の私は、彼の両腕に抱きかかえられている。
「えっ? 何? ここはどこ?」
辺りは暗闇の屋外。小路の両脇を囲むのは木々、そよ風が吹き抜けて葉ずれの音が聞こえる。そんな中、私を抱えた彼は無言で前進する。
「!?」
進路を少し曲がったところで、急にまばゆい光が刺し込んできた。いったん目を閉じ彼の胸元にしがみつく。
おそるおそる目を開けると、視界に入ってきたのは。
「たくさんの……灯?」
木組みの大きな、棚のような装置にたくさん、おしゃれなスタンドランプが設置されている。
「ここは、森の中、ですか?」
「やっと頭、起きたか? 自分で歩けるな」
彼が私をていねいに下ろす。私は小走りで前方に出た。森の木々に囲まれた空き地に、たくさんのランプの灯が浮かび、とても幻想的な景色だ。その先に、私は円を作る木馬たちを見つけた。
「それさ、走るんだよ」
「え? 木なのに?」
「乗ってみろ」
言われるままに、横向きに座った。
彼はそこで御者に何かを指図した。すると、おもむろに動き出す木馬。
「わぁ! 走りだした!」
なんと木馬がその場で揺れるだけではなくて、5匹の馬がいっせいに走っている。風を切ってとても気持ちいい。
しばらく身を委ねていたら。
「えっと、あの、ちょっと、目が回ってきましたぁ~~」
すぐにも止められた。近くのベンチで休憩となる。
「大丈夫か?」
「ええ、夜風が気持ちいいです。ここはいったい何なのですか?」
「子どもたちが喜ぶと思って、作ってみた」
「あなたがお造りになったの?」
「造ったのは大工な」
「でも子どもがいませんが」
「まだ作り始めたところだし、今日は貸し切りだ」
どうして、私をここに? と聞こうとした瞬間、目に飛び込んできた。ある大きなものが。
「車輪!? なんだか廻りそうな車輪があります!」
私は指をさして駆け寄った。私の背丈の何倍もありそうな、大きな車輪に椅子が付いている。
後ろからやって来て彼は言った。
「これも人力で廻るんだ。そこに座れ」
「まわる?」
私は下側の椅子に腰掛けた。
「もっと端に寄れ」
「え、一緒にですか?」
「文句あるか」
「きついです」
「子ども2・3人用だからな」
その時、お付きの人たちの頑張りで車輪が動き出した。
「わぁ!」
ふたたび私は驚いた。だって、ふわっと浮かんだのだから。
「飛んでます! 私、空を……」
「ちゃんとそっち掴まれ」
下の灯りがキラキラして、星々の絨毯を敷いた宙を飛んでいるみたい。
「うわぁ高い! 空の星もすごく近い」
「そこまで高くねえよ」
彼は笑った。でも今度はだんだん下に向かってる。
「もっと上にいたいんですけど」
「お前の目がまわるまで、何度でも上まで行くから」
その言葉にとてつもない期待感と爽快感をおぼえた。そんな中でこっそり、彼の横顔を見た。
ちょっと満足げな顔? 一体この人は何を考えているのだろう。
「気に入ったか?」
「え、ええ。まるで現実ではないような景色の中で、思い煩っていることが、どうでもよくなる瞬間がありました」
「なら良かった」
まさか、私のあの時の嘆きを聞いて励まそうとしてくれたの? 少し知り合っただけの私を、わざわざ?
「この間は、逃げ帰るのは嫌だと言いましたが、田舎の家に帰ってみて、やっぱり私はこういった空気の中暮らすのが、性に合っていると感じました。王宮での事はもうなにもかも、夢だったと思うのが楽でいいかも、なんて……」
「ふぅん。いいんじゃないかそれで」
「ああ、風が本当に気持ちいいです。ふわふわして、また眠くなってきましたぁ……」
「寝てもいいぜ。ちゃんと帰してやるよ」
「もう、あんなふうに抱きかかえられるのは、恥ずかしいです……」
私はまた彼に寄りかかって寝入ってしまった。
村娘だった母は若い子爵に見染められ、貴族の家の夫人に出世した。祖父はそれでも庶民の家で質素に暮らしている。
森の近くに構える平民の平屋は、小物貴族の私にとってなにより落ち着く環境だ。ここで少し心を浄化したい。毎日近くの湖へ散歩に出たりして、穏やかに暮らしたい。
戦いに出る前の休息のつもりでいたが、静かな日々に慣れると、もうこのままここで、癒しの力を使いながら生計を立てていこうか、なんて考えが頭をよぎる。そのうち町の同年代の男性を紹介してもらって……。
この夜もそんなことを思いながら、寝床に入った。
まさに寝入るというその頃、寝室の木窓がギィギィと音を立てる。一度は風かと思ったが、それからギーッと戸が開き、ゾクっとした私は上半身を起こし目をやった。
すると窓からのっそり出てくる人影が。
「やっ……。だ、誰か……」
強盗だろうか。こんな何もない家に!?
今夜は祖父が街に買い物に出ていて、ここには私だけ。大声を上げても隣の家まで聞こえない辺鄙な処。
私は慌てて隅っこに立てかけておいたホウキを手にした。
そして目をつぶったまま振りかぶって──。
「!」
受け止められた! どうしよう、捕まって殺される──。
「おい。目を開けろ。いきなり殴り掛かってくるなんて物騒だな」
────え? ……聞き覚えのあるその声は。
「エルネスト様!?」
「よう」
私は目を疑った。この暗闇だ、目に映る彼は何かの間違いではないか。しかし大層な背丈にも関わらず、首尾よく窓を潜り抜け、彼は室内に入ってきた。
「エルネスト様……本当に? どうして、こんなところに……」
なんだか夢をみてるようだ。
**
本当に夢みたいだ。こんな高貴な人が、こんな片田舎にぽつんと建つ平屋の部屋にいるなんて。
「この間の仕返しだ。夜這いの作法というものを見せつけに来た」
「意味がわかりませんが、私に会いに来られたのですか?」
「お前じゃなければ誰なんだ」
「私じゃなければ……私の祖父、とか?」
「お前の祖父さん夜這いしに来てどうする」
「どうして私がここにいると」
「お前の一時帰宅を世話したという馬屋番に銀貨を掴ませた」
「個人情報っ!!」
それにしても、これはもしや絶対絶命? こんな夜更けに、異性とふたりきり……。
「とりあえず脱げ」
「い、嫌です! 結婚する相手としかそういうことはしないって決め……」
「それから、これを着ろ」
彼は窓から御者が渡した袋を私に放り投げた。軽い袋だ。
「これは?」
袋を開けたら、でろーんとドレスが出てきた。
「それなりに動きやすい衣裳だ。着替えたら出てこい」
彼はそう言って部屋を出ていった。それはマーメイドラインの、羽のように軽いドレスだった。
*
「こんな夜更けにこんなお洒落なものを着て、私はどこへ連れてゆかれるのですか?」
戸惑う私を彼はささっと馬車に押し込んだ。
「着いてからのお楽しみだ。多少時間がかかる、寝ててもいいぞ」
「では、寝ます」
寝るところだったもの。
私は馬車の揺れが心地よく、すぐにも彼の肩に寄りかかり眠りこけてしまった。
**
目覚めたら現在の私は、彼の両腕に抱きかかえられている。
「えっ? 何? ここはどこ?」
辺りは暗闇の屋外。小路の両脇を囲むのは木々、そよ風が吹き抜けて葉ずれの音が聞こえる。そんな中、私を抱えた彼は無言で前進する。
「!?」
進路を少し曲がったところで、急にまばゆい光が刺し込んできた。いったん目を閉じ彼の胸元にしがみつく。
おそるおそる目を開けると、視界に入ってきたのは。
「たくさんの……灯?」
木組みの大きな、棚のような装置にたくさん、おしゃれなスタンドランプが設置されている。
「ここは、森の中、ですか?」
「やっと頭、起きたか? 自分で歩けるな」
彼が私をていねいに下ろす。私は小走りで前方に出た。森の木々に囲まれた空き地に、たくさんのランプの灯が浮かび、とても幻想的な景色だ。その先に、私は円を作る木馬たちを見つけた。
「それさ、走るんだよ」
「え? 木なのに?」
「乗ってみろ」
言われるままに、横向きに座った。
彼はそこで御者に何かを指図した。すると、おもむろに動き出す木馬。
「わぁ! 走りだした!」
なんと木馬がその場で揺れるだけではなくて、5匹の馬がいっせいに走っている。風を切ってとても気持ちいい。
しばらく身を委ねていたら。
「えっと、あの、ちょっと、目が回ってきましたぁ~~」
すぐにも止められた。近くのベンチで休憩となる。
「大丈夫か?」
「ええ、夜風が気持ちいいです。ここはいったい何なのですか?」
「子どもたちが喜ぶと思って、作ってみた」
「あなたがお造りになったの?」
「造ったのは大工な」
「でも子どもがいませんが」
「まだ作り始めたところだし、今日は貸し切りだ」
どうして、私をここに? と聞こうとした瞬間、目に飛び込んできた。ある大きなものが。
「車輪!? なんだか廻りそうな車輪があります!」
私は指をさして駆け寄った。私の背丈の何倍もありそうな、大きな車輪に椅子が付いている。
後ろからやって来て彼は言った。
「これも人力で廻るんだ。そこに座れ」
「まわる?」
私は下側の椅子に腰掛けた。
「もっと端に寄れ」
「え、一緒にですか?」
「文句あるか」
「きついです」
「子ども2・3人用だからな」
その時、お付きの人たちの頑張りで車輪が動き出した。
「わぁ!」
ふたたび私は驚いた。だって、ふわっと浮かんだのだから。
「飛んでます! 私、空を……」
「ちゃんとそっち掴まれ」
下の灯りがキラキラして、星々の絨毯を敷いた宙を飛んでいるみたい。
「うわぁ高い! 空の星もすごく近い」
「そこまで高くねえよ」
彼は笑った。でも今度はだんだん下に向かってる。
「もっと上にいたいんですけど」
「お前の目がまわるまで、何度でも上まで行くから」
その言葉にとてつもない期待感と爽快感をおぼえた。そんな中でこっそり、彼の横顔を見た。
ちょっと満足げな顔? 一体この人は何を考えているのだろう。
「気に入ったか?」
「え、ええ。まるで現実ではないような景色の中で、思い煩っていることが、どうでもよくなる瞬間がありました」
「なら良かった」
まさか、私のあの時の嘆きを聞いて励まそうとしてくれたの? 少し知り合っただけの私を、わざわざ?
「この間は、逃げ帰るのは嫌だと言いましたが、田舎の家に帰ってみて、やっぱり私はこういった空気の中暮らすのが、性に合っていると感じました。王宮での事はもうなにもかも、夢だったと思うのが楽でいいかも、なんて……」
「ふぅん。いいんじゃないかそれで」
「ああ、風が本当に気持ちいいです。ふわふわして、また眠くなってきましたぁ……」
「寝てもいいぜ。ちゃんと帰してやるよ」
「もう、あんなふうに抱きかかえられるのは、恥ずかしいです……」
私はまた彼に寄りかかって寝入ってしまった。
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