上 下
11 / 15

⑪ 作戦決行

しおりを挟む
 王家主催の晩餐会に潜入する夜が来た。

 現在わたしは、絨毯にくるまれて、宮廷の玄関を入ったところのホールにいる。たぶん。

 この絨毯を両腕に抱えて運ぶ運送屋が、王家の家令に大声で伝えている。

「ご注文の品をお届けに上がりました──!」
「はて、王家がそのようなもの注文したとは、我々聞いておらぬが……」

 そんなこと言ってないで受け取ってしまえばいいのよ! 送料元払いなんだから! そしてこれを倉庫かどこかに置いておいてちょうだい。できたら衣装室がいいわ、すぐメイド服に着替えられるから。

「発送元に返却しておいてくれ」
「分かりました」

 えっ、運送屋さん! そんな簡単に諦めないで!

 え~~んっ、帰されちゃうよ~~。

「ああ、それは私が注文したものだ」

 んっ。誰だろう。会話はなんとか聞こえても、男性の声ということしか分からない。絨毯はその人物の手に渡ったようだ。

「ただの絨毯にしてはやたら重いな」
「今、使用人を」
「いや、いい。この程度なら造作もない」

 私はどこへ連れていかれるのだろう。絨毯が開かれたら、すぐ逃げなきゃ……。



 しばらくして床に置かれた。静かな場所だ、受け取った人物の個室だろうか。早く絨毯を開いて欲しい。そして一目散に逃げ出すのだ。

 うーん、いくら待ってもこの絨毯が開かれない。もう自分からゴロゴロして……んっ、あれ? 力を入れても、全然開けない。

 仕方ない、頭を出そう。前方からなんとか抜けて逃げてやる。

「んっ!」
 よし、顔を出したわよ。

 ぬ? にょきっと床に伸びる長い影……。私はそれをゆっくりと見上げた。

「…………」
「…………」

 見つめ合う、私と長身の人物。

「ぶはははははは!!」
「えっ!? エルネスト様!?」
「なんだお前、鯉かよ!!」
「こ、こい??」
「ああ、鯉っていうのは東の方で獲れる魚で……ってお前、なにやってるんだ!!」
 頭上から思い切り怒鳴られた。

「笑うのか怒るのかどちらかにしてください! あと絨毯開かないんですけど!」
「ああ、降ろしたとき紐で縛った」
「ええ──! なんてことを! ちょっと! ほどいて!」
「鯉が跳ねている……」


 とりあえず紐を解いてもらった。こんな意地悪をするということは、私が中に入っているのバレていたのか……。

「は?」
「どうかされました?」
「お前その布の下……」
「何も着ていません」
 私は絨毯にくるまる時、裸の上に一枚の大布をぐるぐる巻いてきた。

「はぁ!?」
 エルネスト様はどうも憤った様子。

「だって、服を着たらぼわんとしてしまうし、古代の美女も裸でしたし」
「美女って……。お前、拾ったのが俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ!」
「どうするって、逃げるつもりでしたが」

 今度はとことん深い溜め息をついて脱力する彼だった。

「……エルネスト様?」

 私がその顔を覗き込むと、彼はいきなり私を覆う布を剥がそうとした。

「!? 何するんですかやめてくださいっ!」
 抵抗したら、すぐにも布が破れそうだ。

「これ、“大事なもの”だから!!」
「なら二度とこういうことするな!」
「……え?」
「こんなことしてたらお前なんてすぐに襲われて、下手したら殺されて棄てられるんだ!」

 それは今まで彼が見せたことないような真剣な顔だった。

「は、はい……。もうしません……」

 彼は失望したようでもある。

────嫌われたかしら。

 私は不安になって、とにかく何か言葉を交わしたいと口を開いた。

「あ、あの、どうして私だと思ったのですか。絨毯の中に人間がいて、それが私だと……」
「中にいることは自分の手で持つまで想像もしていなかったが、これがお前のだということはすぐ分かったぞ」
「なんで?」

「お前の部屋に行った時、見たから」
「え? で、でも、そんなたった1回、一瞬、いらしてただけじゃないですか。それにあれって、真っ暗な夜でしたよ!」
「夜這いの作法を教えるって言っただろ。進入した先の調度品は、全部眺めて記憶するんだ。以後、何がヒントになるか分からないからな」

 何それ──! 夜這いのプロってそういうものなのですか!?

「いやだから、真っ暗なのに、どうして……」
「ああ、俺、猫目なんだ」
「確かにとても目ヂカラのある、くりくりと印象的なツリ目ですよね」
「見た目じゃなくて、機能の話だよ」
「ええ……夜行性なんですか……」

 プロはそんな才能持ってないと務まらないのね。


 とりあえずメイドの服をかっさらってきてもらった。

「なんで俺がこんなこと……」
 使用人に、“メイド服なんて何に使うんですか?”と怪しまれたらしい。

「ありがとうございます。これで、ここで自由に行動できます」
「で、どうするんだ?」
「今から開かれるパーティーの会場に舞台はありますか?」
「ああ、小さいが」
「そこに連れて行ってください」



 私は今エルネスト様のエスコートで、晩餐会場前方の舞台に立っている。緞帳どんちょうを隔てた向こう側には、招待客の上位貴族の面々が集まってきている。

「今夜この舞台が使われる予定はないようだが。ここで何をするんだ?」
「この布を幕と同じように掛けておきます」
「さっきお前がくるまっていたやつだな。ん? これ、俺の部屋にあったカーテンじゃないか」
「そう、頂いたカーテンです。これ、片方は向こう側が見えなくて、片方からはすべて見えるのでしたよね」
「ああ。それで?」
「この舞台にゾーエを誘導します。そしてこのカーテンの向こうの観客に向かって、白状させます。私に対して行った悪行を」

 ええ、即興劇の主役を演じていただくわ!


しおりを挟む

処理中です...