追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 終章 】 希望を胸に抱いて

⑫ 攫われた王子

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 エルヴィラ──彼女はアリアンロッドが、戦いが起きて国の統率者が変わる未来を知ることになった時空の旅先で出会った女性だ。
 アリアンロッドに再会できて、エルヴィラは感動のあまり腰を落として人目をはばからず号泣した。アリアンロッドはそんな彼女の肩を抱きしめた。

「エルヴィラ、よく無事で……。みんな、元気ね?」
「ええ、ええ。ずっと、またお会いできたらと思っていました……お礼を申し上げたくて……」
 あの頃アリアンロッドと年の変わらなかった娘は、ずいぶん大人びていて、逞しい母の様相になっていた。

 どうやら、北の港から船で海に出た彼女とその家族は、途中で嵐に遭い、この大島に流れ着いたようだ。幸い全員大きな怪我をすることなく、神の加護を明らかに感じ取った。島民に温かく迎え入れられ、家族の暮らしを再スタートしたという。
 あの時の切なる願いが叶い、彼女の望んだ平穏や寄り添う家族の幸せが守られ今も続いていることに、アリアンロッドは心を熱くした。

 泣き止んだエルヴィラが、その場でアリアンロッドに尋ねる。
「あの……そちらのお方は……」
 隣のアンヴァルは初対面だ。
「あ、えっと、私の……」
「俺は、大聖女の護衛兵です」
「まぁ、さようでございますか」

 大聖女の護衛と言われれば、エルヴィラにとってもちろん高位の者であるので、彼女は彼に深く頭を下げた。
 こうして互いに名を交わしたのだが、その間アリアンロッドは、心につかえを感じていた。彼のことを従者とは言いたくなかったのだ。しかし何と言えばいいのか見当がつかぬうちに、アンヴァルは彼女に、新生活の協力を仰いでいた。

「私たち家族で、力の限りお手伝いさせていただきます。ぜひ私の暮らす村にお越しください!」
 エルヴィラの歓迎を聞いた、そんな時。
「待たれよ 」
 
 ニューカマーのアリアンロッドとアンヴァルを囲む村人たちの向こうから、よく響く、壮年の女性の声が上がった。
 ざわざわと村人らはその人物に道を開ける。
 ふたりに向かってきたのは、絹の艶めく民族衣装に身を包む、総白髪で赤目の女性。付きの者らしき女性たちが彼女を護るように囲んでいる。
「巫女様だ……」
 村人らは続々と膝をつく。戸惑うアリアンロッドに、威厳を放つ老女は近づいてきた──と思いきや、老女が跪いたのはアンヴァルの面前だった。

「よくぞ、ご無事にお帰りになられました。イオーレン王子」
「「……!?」」

 アリアンロッドとアンヴァルは目を見合わせたが、とりあえずアンヴァルが老女と目線を合わせるために片膝をつき、彼女を立ち上がらせたら即刻尋ねた。
「どういうことですか? 貴女は? 俺のことを何か……?」
 アンヴァルもあまりに突然のことで口にする言葉も覚束ない。

「失礼ながら……あなたの腰骨には六芒星の青痣がございますね?」
「……」
 アリアンロッドはこの状況についていけなくて、不安げにアンヴァルを見る。
 アンヴァルは自身の左腰に手を置きながら答えた。
「あ、ああ。こんなところ普段は意識もしないが、確かに幼少期からの痣がある……」
「以前のお妃様、つまり、あなたのお母上様が、だいぶ以前にそう話されていたのですよ」
「母……?」

 突然の言葉に、アンヴァルは立っているのが精一杯の精神状態だ。アリアンロッドは無言になってしまった彼を支えようと、隣に寄り添い、その肩に触れた。
 そんなふたりに女性は引き続き、落ち着いた声音で語りだす。
「こちらは、あなた様の生まれ故郷である、シェルマリア国です。主に七つの大島から成り、ここは第二の島。私は、この地の平穏を見守り伝統を語り継ぐ巫女、その族長、ナタシアと申します。あなた様の王宮へのご帰還を、あなた様の実兄で現国王であらせるエブライム様と、王家のみなさまが心待ちにしておられます」

 アンヴァルは相槌も繰り出せず、立ち尽くしてしまった。
 これが立ち話で済むわけもなく、この島にある巫女ナタシアの住まいへ案内されることに。もちろん連れのアリアンロッドも、丁重にもてなされるようだ。



◇◆


 村から馬車で2時間といったところに、巫女たちの住まう特区がある。
 移動中、大まかに、国についての説明を受けた。
 この老齢の巫女、ナタシアは近頃その神通力で、アンヴァルの訪れをおぼろげに予期していた。そう聞いたアリアンロッドは胸がざわめいた。同類の存在が目の前にいる。今はなによりアンヴァルが気がかりだが、巫女の話には興味津々となった。
「ここらの島々では古来より、女だけが住んでおりました。女たちには神の導きの声が聴こえ、通常の人間より長く生き、時折流れてくる冒険者と番い、血を繋いできました。そうして外来の人々と混ざり、いつしか国が成り、今では力を持つ巫女は数少なく、こちらの特区に集い暮らしております」
 巫女の居住区で、すれ違う娘はみな白髮で赤目の、特異な容貌をしていた。

 案内されたナタシアの屋敷は、カシの木にぐるりと囲まれた閑静な処だ。白を基調とした整然としたデザインの住まいで、決して大きくはないが広々としているように感じる。耳を澄ませたなら遠く波の音が聞こえてくる。
「本島にある、王の住まいも海の近くですよ。海と丘に囲まれた、静かな宮殿です」
「現王は俺の兄なのか……。両親は…?」
 アンヴァルがいのいちに聞きたいのはこれだった。

「第三妃であるお母上様は、大切なあなた様が王宮から連れ去られた後、お身体の具合を崩し、間もなくご逝去されました」
「……」
「お父上様は3年前にご退位され、静宮にてご隠居されています。ぜひいち早く、お顔をお見せくださいませ」
「そうか」
 自身に父親がいるという事実もまだ、アンヴァルには現実味のない話であった。

「なぜ幼いあなた様が、王宮から連れ去られる事態になったかを、お話しいたしますと……」

 アンヴァルは第三王子で、現王の他に、次兄、ほぼ同時期に生まれた第二王子の存在があった。
 様々な事情で己の地位を危ぶんだ第二王子の母、つまり第二妃の一族が造反を行った。しかしその攻撃が第一王子やその一族ではなく、第三妃の家に向かったところ、第二妃の私的な思惑があったのだと考えられる。
 その混乱の中、2歳のアンヴァルは敵方に連れ去られた。第二王子の勢の造反は結局失敗に終わり、一族の主な人間は刑に処された。第二妃は生涯幽閉され、王子は誰にもそれと知られぬよう、孤児として生きていった。後に捕らえられた、雇われた誘拐犯のグループは、追手を避けて海に出たと供述した。この列島は潮の流れの影響で、外へ漕ぎ出す者は全て海難に遭う。生きて帰って来られるのは強運に恵まれた者だけだ。幼児のアンヴァルの生存を望めるわけもなく、王宮は悲しみに沈む──。
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