追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 第一章 】 時の河を超える聖女

① 私が和睦の使者?

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────「ディオ様っ、やめて!!!」 

 抗い難い強風に煽られ意識を失くしていたアリアンロッドは、大声で叫び、飛び起きた。
 
「えっ? ここは!? ……あれ、今のは、夢?」

 目覚めた先も室内ではあったが、先ほどの景色とは違う。アリアンロッドは自分が「たった今、起床して」「さっきのは夢だった」と、理解に及んだ。

 次に、日の差す窓の方に目線をやるや否や反対側から、
「お目覚めになりまして?」
 こう声掛けされて、びくりとそちらに振り向いた。

 この部屋のテーブルについて読本していた、事情を知るらしき人物が立ち上がり、歩み寄ってくる。その者はアリアンロッドの元にやって来たら、体温を確認するため、額に軽く手を乗せた。
 その女性の顔を、アリアンロッドはぼんやり見つめてみたが──

「あ、あなたはっ! さっきディオ様と……」
 咄嗟に声を上げた。その華やかな顔立ちは夢に出てきた裸の女性のそれであった。
(この人は、ヨモギの……恋文の女性?)
「はい?」
「あっ、いえ、なんでも……」

(ううん。あれは、ただの悪夢。ディオ様が他の女性と親密にしていることは確かだとしても、その姿は……私、知らないんだもの)

 目の前の女性は、アリアンロッドと歳の頃は変わらないようだが、ゆるやかにうねる金の髪から仄かな色香がただよう。
 
(やっぱりあの夢に出てきた女性と同じ顔……ディオ様とお揃いの、混じりけのないゴールドの髪……)

「意識が戻られて良かったわ。昨夕あなたを診た医師の言では、命に別条はないとのこと。頭の出血も少量で済んだようです」
「出血? ここは、どこ? 私はどうして……」

 まだ起き上がる力がない。しかし隣にいるのは上品な女性なので警戒心も薄れ、曖昧な感覚のまま、寝床に身を委ねた。

「まあ。頭を打ったことで大事なことを忘れてしまわれたの、アリアンロッド様?」
「え?」
(なぜ私の名前を?)

「ここは貴国の北東部を出て、馬車で1日ほどの土地に建つ館です。貴方には獅子王・ユング様の治める我がニフェウス国との和睦のため、ご足労いただいたのですよ」

「和睦……? 何のこと? あなたは私を知ってるの?」
「まさか、この地にいらした理由を忘れてしまっただなんて。国を代表する使者がそれでよいのですか?」

「使者??」
 呆れ混じりで叱責されているが、アリアンロッドにはまったく身に覚えもない。
「あなたは誰? 怪我した私を、助けてくれたのよね?」

 女性はすーっと吸った息を吐いた。
「私は、ニフェウス国ヴィーニ領当主・ヒルディスの侍従、イナと申します」
「ニフェウス国……」

 敵国の名を聞いたここで、国家間の今について、王宮内で巡る連絡事項を回顧した。
 
「私はたまたま貴方を助けたのではありませんわ」

 彼女の説明では、このたび使者である聖女と彼女の主により、この地で和議が結ばれることになっていた。そのため館で待ちわびていたら、警備兵より近場で倒れている者を発見したと報告が入った。
 よってそのふたりを収容した、ということだった。

 ここでアリアンロッドはハッとアンヴァルのことを思い出し、起き上がろうとしたが。
「頭いたっ! ……ヴァルは無事なの!?」
「無理はなさらないで。お供の方は別室で休まれています」

 彼女はゆっくりアリアンロッドが起き上がるのを支え、アンヴァルがアリアンロッドより早く目覚め、身体の具合もそう悪くないことを話した。
 しかしアンヴァルも同様に、何もかもが分からない、と話したらしい。

「あなた方が倒れていたのは屋敷から目と鼻の先の処です。いったい何が起きて誰に襲われましたの? ……なんて聞いても仕方ないですわね。区域内での事件は、こちらの不手際でもあります」

 表情に憂いの色を浮かべながら彼女は述べ、アリアンロッドがベッド脇に腰を据えるのを手伝った。

「あの、和議と言われても……。なんのことだか……」
「思い出せません? あなたはそのために、ここまでいらしたのに?」

 彼女はあくまで、そちらの国からの申し出だ、と強調する。
 不可侵の条約を取り交わす。それがアリアンロッドの、ヴィグリーズ王国の願いだと。

「1年半前、この地を手中に収めたユング王は、いまだ戦力の立て直しが未完了ゆえ、そちらとの和約に応じることをお決めになったのです。もう少し遅ければ、なかった話かもしれません。あなたの国にとってまたとない好機だと思いませんか?」
「1年半前?」

 元の、東の隣国が、北から勢力を伸ばしてきた新興国に破れ、国土を取り込まれたのは“半年前”だ。それは頭の働いていない今のアリアンロッドでも、確信を持って言える。

「半年前ではなくて?」
「1年半前です」

 頭を打った者の勘違いを見逃すわけにはいかないので、イナはアリアンロッドの確認を一刀両断にした。

「…………」

(おかしな話だけど……ものすごい現実感が押し寄せる……。これはいったい……?)

 アリアンロッドはその“1年の時の歪み”に、妙な予感を駆り立てられるのだった。

(そこには何かあるはず。だっておかしいでしょう? 風に吹き飛ばされて目が覚めたら、国の外にいるって……そして“1年の”認知の狂い……)

「もしかしてこの世界は……」
「どうかなされました?」
「あ、いいえ。その、和議の内容は……? もう決まっているのよね?」

「ええ。ですがそれは、しばらくお休みになった後、ゆっくりお話しいたしましょう」
 この返答の笑顔で、「そちらでちゃんと思い出して?」といった本音を、アリアンロッドはしっかり受け取った。
 イナはすっくと立ち上がり、次の行動に移る。

「私、今から主に進言いたしますわ。そちらの国の“献上品の支度”が整わなければ和議には至りませんが、対面くらいは済ませておいた方が円滑に事が進むかと。この館に到達する前後のあなたの身に何が起きたのか、調査にも時間が必要ですので。しばらくお休みになっていてください」
「……はい」
 ひとりきりでは不安だが、アリアンロッドには口を挟む隙もなく、仕事に手早いイナはスッと扉の向こうに消えた。

「……これはいったいどういうこと?」
 アリアンロッドはふぅ──と長い溜め息を吐いた。
「私が敵国の領土にやってきた国の代表?」

 そんな状況には無縁であるし、時間認識の狂いには捨ておけない違和感が、濁流のように押し寄せる。
「何もかもおかしい。分からない」
 ふつふつと湧く心細さが激しい不安の渦となり、今にも吸い込まれそうだ。再び頭痛が走り、頭を両手で押さえた。

(ヴァル、どこにいるの……!?)

 その時、ギィッと扉が開いた。

「アリア! やっと見つかった。大事ないか?」
「ヴァル……」
(もう夢じゃないよね?)
 急ぎ足で駆け込んできた彼の姿を幻かと一瞬、あたふたしたアリアンロッドだったが、うつつの彼だと分かると、その瞳が安堵の涙でにじむ。

「ヴァルが無事で良かった」
「ん」
 思いがけず、素直な笑顔を向けられアンヴァルも少したじろいだ。

「頭は大丈夫なんだな? あの女から話は聞いたか?」
「うん。いったい何がなんだか……」

 信じられないことだが、とアンヴァルはくぐもり声で前置きした。

「多分ここは、俺たちの過ごす時間ときより、しばらく先の世だ」
「! やっぱり、そうよね!?」

────ここは未来の世界……!

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