追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 序幕 】 未覚醒の聖女はお荷物

④ 王太子の思惑

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「うっ……」
 何が起こった…? と、アンヴァルはうつ伏せに倒れたまま、薄目を開ける。
 そこは辺りの様子が見て取れる、薄明りの差す土の上。先ほどまで夜間の野原にいたのに──しかしアンヴァルにはそれどころではなく。
 アリアンロッドの状況を確認せねばと、即時起き上がろうとしたが、高所から落下したような衝撃を全身に受け、その疼痛と眩暈で身体がびくともしない。

「アリ……ア……?」
 力を振り絞り、額を引きずるように首を回して彼女を探した。

「! ア、リ……」
 彼の目に映ったのは、近くに、同じくうつ伏せて眠るアリアンロッドと、その頭が敷いている少しの血だった。
 彼女に手を伸ばしながら、しかし、彼の意識はすぐに遠のいていった。


 しばらくして、ふたりの元に高貴な衣装をまとう、金髪の女性がやってきた。
 彼女は家来にてきぱきと指図し、ふたりを板に乗せ運んでいったのだった。



◇◆◇


 その頃の王宮では────

 コツ、コツ、コツ──床のタイルを蹴る音が空中庭園に響く。ディオニソス王太子が庭の片隅で右に左に行ったり来たり、落ち着かない様子でいる。
「はぁ……」
 白亜の手すりに肘をつき、煌めく金の前髪を垂らした彼は、深い溜め息を漏らした。

「なんじゃ。その麗姿の右に出る者はなし、と誉れ高い我が国の王太子が、ずいぶん陰気な様子じゃのう」

 彼はひやりとして肩を縮こませた。権勢の中心にいる者として日頃から、周囲に気を張り巡らせているというのに。
 確かに彼は今しばらく注意散漫であったが、これほどに気配を悟られず背後をとられたということは、この声の持ち主というのは。

「大聖女様……」

 国の、現王の片割れだ。夜更けの暗闇から颯爽と現れた、雅びな芳香をまとう彼女は、まろやかな微笑みを浮かべつつ王太子に接近した。
 大聖女専用のローブを羽織るこの女性──そのベールから覗かせる瑞々しい素肌は月のように白く輝き、まさに女神の降臨を思わせる。
 通常、大聖女は厳重に護られた、宮殿の奥深くで瞑想して過ごすもの、とされているが。

「私はあなたの予言を信頼し、アリアンロッドを外に出しました!」

 ふたりのあいだの秘密。その予言は非公式なものであり、王太子は他の誰にも内情を打ち明けることができないという制約の中にいた。

「ほう。それはなによりじゃ。しかしなぜそなたはそう、気もそぞろに、政務にも打ち込めずおるのじゃ」
「それは……」
 大聖女は意地悪な問いかけをした自覚もあるが、若造に遠慮することはない。

「私の予知では確かに視えた。アリアンロッドの力の目覚めは、外の世界にしかあり得ぬと。たとえ幾多の困難が押し寄せようとも……」
 
 いつまでも力の発現が後継者に見られないことを、大聖女も久しく案じていた。ようやく、後継アリアンロッドの希望への手がかり──そのイメージが掴めたというのだ。

「彼女は予言の力に目覚め、王宮に無事帰ってこられるのですよね!?」
「……無事かどうかは分からぬ」

 ディオニソスは絶句した。今すぐ彼女のところに駆けて行きたい、そう願っても、彼こそこの王宮に縛られて然るべき立場にいる。

「あとは……あの子の予言の力についてじゃが、一筋縄ではいかぬようじゃの」
「? あなたはおっしゃったではないですか。彼女は、導かれるまま辿る道の先で、今は眠る力に目覚めると」
「目覚めるには違いないが」
 ディオニソスの物言いを遮る、その大聖女の語気は強くはあるが、どうも判然としないものだ。
 
「歴代の聖女と同様に、未来の夢をみたり、天の言葉を詞に乗せて歌うことができるようになるのですよね?」
 冷静なディオニソスが彼女のことになると、狼狽を隠せない。大聖女は少々呆れたように長い溜め息を吐いた。

「そなたの心配は分からぬでもない。しかし、大事にするあまり王宮に閉じ込めたまま無為に時を経れば、あの子の無力感は募る一方じゃ。そなたにできることは無事を祈りつつ、ここ王宮で己の責務をまっとうするのみ」

 この大聖女の訓示で、ディオニソスは及び腰な自身を恥じ、ひとまず意志を新たにしたのであった。

「時に、アンヴァルは、供につけたのじゃな?」

 大聖女もアリアンロッドの苦難の道については、存分に気に掛けている。

「ええ。あなたのご指示通りに。大勢の従者を付けても意味がないと、あなたはおっしゃったでしょう」
「そう。大勢の守り手より、たったひとりの、強者の忠心じゃ」
「正直を申しますと、私にとってもアンヴァルを手放すのは痛手なのです。あれは私の右腕なので」
「背に腹は変えられぬじゃろ? あの子の命を護ることは当然として、必ず聖女の純潔は護られなければならぬ」

「そうですね……」

 いったんふたりの空間は静まった。
 まだディオニソスは胸の奥にくすぶった懸念を抱いているようで、大聖女は訝し気に彼の顔を覗いた。

 彼の視線はこっそり逃げるように下方を這い、そのまま縁を描くように遠い夜空へ逃げ出したら、思わずこう呟くのだった。

「ここを飛び立ったアリアが、広い世の中を見てしまったら……」

 彼女は変わってしまって、己などつまらない男に見えてしまうのだろうか……、そんな不安をこぼしそうになり、彼はハッとして一気に飲み込んだ。

 大聖女はそれを聞き捨て、さて、自室へ戻ろうかと、踵を返した。


◇◆◇


────ここはどこ…? 部屋の中……?

 目覚めたアリアンロッドは、華美ではないが全てが洗練されたデザインの家具に囲まれた、格調高い部屋にいた。
「あ、ここは……ディオ様のお部屋だわ!」

 入室を許してもらえなくなり久しいが、子どもの頃に何度か遊びに行っていた彼の部屋を覚えていた。 
「なら、ここは王宮? 私、帰ってこられたの!?」

 にわかには信じがたいが、仄かな期待を胸にディオニソスを探そうと、きょろきょろ見回してみた。そのとき目先の天蓋ベッドから、
(吐息……?)
かすかな声音が耳に届く。

「ディオ様? そこにいるの?」
 ベッドに歩み寄り、手前のカーテンを持ち上げると──

「ディオ様!?」
『『!?』』

 そこには裸の女性を抱き込み、今にも口づけせんとする彼が。ふたりは下半身にキルトを掛けているが、明らかに一糸まとわぬ姿でいる。
「何をしてるの、ディオ様……」
 アリアンロッドは全身から血が抜けたような寒気を催した。
『アリア? どうして君が?』
「いったい何を……? なんでふたりでベッドに!?」
 ディオニソスと揃いの金髪に、碧の瞳の美しい女性が、彼の逞しい背中に覆われている。彼はアリアンロッドの叫びを無視して、腕に閉じ込めた白い肌にキスをした。それはたいそう絵になる男女の睦みあいであった。
 
『何って、分からないか?』
 ディオニソスは起き上がり、その美しい上半身をアリアンロッドの前にあらわにした。
『ああ。君は何も知らないからな。せっかくだから、そこで見学しているといい。ただ、君には生涯、必要のない知識だけれどね』
 彼が冷酷な目で切り捨てるように私を見る──と、この瞬間アリアンロッドの胸にざわわわ…と嵐が吹きすさんだ。
「嫌……」
 彼に掴みかかろうと前のめりになって──

「嫌っ! ディオ様止めて!! 私以外の女性ひとを──」

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