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【 第一章 】 時の河を超える聖女
⑪ 姫救出作戦会議
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衣類庫で侍女の衣服に着替えたら、互いの意見をすり合わせるために再び西側の川沿いに移動した。
「まず俺から尋ねるが、なぜお前は朝一であの男と相対していたんだ!」
アンヴァルが怒鳴るものだからアリアンロッドは肩をすくめて後ずさりした。
アンヴァルは彼女が朝、勝手に彼の元から出ていったのだと考えている。実は、彼の腕の中で目覚めた彼女がその状態に不快感を催して逃げていった、と彼は思い込んでいて、気まずくて仕方なかったりする。
「それに、どうしてこの屋敷からいち早く脱出しようとしないんだよ」
「だって……」
「もう和議どころじゃない。戦も辞さずの状況だ。あっちは使者である聖女の殺害を企てたんだからな」
彼の質問にアリアンロッドは、反対されることが目に見えているのでくぐもり声で答えるのだった。
「イナンナを国に連れて帰りたい……」
「は? お前を騙して殺そうとした奴だぞ!?」
ほらきた、と彼女は口を尖らせる。
「あなたも彼女の裏切りを理解しているのね?」
(そういえば、牢から出して私が川に落ちたところを見せた、ってイナンナが言ってたっけ……)
昨晩の互いの行動を共有をしたいところだが、下手にイナンナの裏切りについて蒸し返すと、彼は意思を更に硬化させるのだろうとアリアンロッドは考えた。そんな負い目で今は、自分の願望だけを押し通すことに決めた。
「とりあえず一度ちゃんと話をしたい。連れて帰るかどうかはそれから……」
「連れ帰っても、それこそ魚の餌になるだけだ。裏切り者に未来はない」
「彼女が裏切った理由、気にならない?」
「ならない。ここまでしでかした事がデカすぎたら、正当化できる理由なんてこれっぽっちもないからな」
アンヴァルの言うことは正論だ。アリアンロッドは溜め息をついた。
「彼女ね、主君を愛してしまったって。私に言ったわ。だから、彼の役に立ちたくてやったことなんだと……」
その言い分にアンヴァルはいっそう眉間にしわを寄せる。
「はあ!? ……もうここで処刑してから帰るか」
「あ、待って。早まらないでっ」
アリアンロッドは馬を相手にするように、どうどうとアンヴァルをなだめた。
「でも、彼女があんな男に執着するようになってしまったのは、もっと前からの……因果じゃないのかな。国の課した任務があまりに苦しいものだったんじゃ」
アリアンロッドは彼女が王太子の妹だと聞いた時に、心の片隅で自らの立ち位置を回顧した。
ディオニソスから妹のように可愛がられ、望めばいつでも相手してくれる友達のような存在がアンヴァルで、それをずっと当たり前のこととして、ここまでやってきた。
しかしその位置にいるのは、本来なら彼女だったのだ。アリアンロッドはどうしても心苦しい。
「誰だって任務は時に過酷だよ。それで命を落とすことはいくらでもある」
「ヴァルも過酷な任務に従事してることは知ってるわ。でもあなたはちゃんとディオ様の腹心として認められてる。でもイナンナは……。彼女が本来の自分を隠匿し、何年も嘘偽りの中で寂しさや虚しさを募らせて背信の道を選んだとしたら……それは幼い彼女を縁ない土地に送り、両親から引き離した国の咎よ」
アンヴァルは言葉に詰まる。そのとき彼は遠目に、白い何かがひらひらと空を舞っているのに気が付いた。
「どうしたの?」
その様子を見てアリアンロッドも、彼の視線の先を追う。
すると、崖の方で何か白いものが降っているのだった。
川に着いても消えず、そのまま流されてゆく。
天から? とふたりが見上げ辿ると、それは離れの西側の壁から吹き出ていた。
「壁に窓があるんだな」
「んー。あれ、紙よね? 窓から紙が捨てられてる?」
アリアンロッドはその、はらはら落ちてゆく白い紙きれを、まるで涙のようだと感じた。
「あそこにイナンナがいるんじゃないかな……」
そのつぶやきを耳にし、アンヴァルはヒヤリとした。
「ねえ、あそこに行ってみよう、イナンナを連れ返しに!」
やっぱりな。とアンヴァルは心の中でボヤいた。
「紙を投げ捨てているのがあいつとは限らないだろ」
「イナンナはこちらの人間だもの。人質の価値があるし、閉じ込められてて救援を求めているのかもしれない」
「あいつは助けを求めるような奴じゃないし、あんなところから一時的に物を投げても、誰にも気付かれないことぐらい分かる。お前の推測は雑過ぎる」
「でも現に私たちは気付いた。神のお力添えがあるのよ」
こういう時だけ神を出してくる彼女をアンヴァルは小憎らしく思うが、聖女様には逆らえない。
「正面扉からまた堂々と行く気か?」
「閉じ込められてるならさすがに、見張りがいるよね。正直、今はあの男に見つかりたくない……怖い。だから、窓から入るしかないかな!」
「現実的に考えろよ。別館の西側は足場がほとんどない。壁に掴まる凹凸もない。無理だ」
そう言いながら、しゅんとしたアリアンロッドの顔を彼は横目にしてしまった。
「……川を挟んで向かいの山際、見てみろ。生える木々の中から塔が頭を出してるだろ」
「ん?」
アリアンロッドは彼の指さすほうを、目を凝らして見た。
「ええ、見えないよ……」
「有事の際、あの塔の杭と窓の格子を綱で結んで、逃走経路にしていたんだろうな」
視力は彼に及ばないが、アリアンロッドにも彼の言わんとすることが分かった。
「川の上を綱渡りね!?」
しかしアリアンロッドの顔は青ざめた。今の彼女は高所恐怖症だ。
「窓に縄を引っかけることができれば、橋の欄干と繋いで、それを死に物狂いで伝って渡る、という無茶苦茶な手もあるにはあるが……」
一瞬でも気を抜けば落下する。力不足でももちろん。
アリアンロッドが落ちたらもちろん彼は躊躇なく飛び込むだろうが、ふたりそろって川に流されない保証もない。
「私が言い出したのだから。やって見せるわ」
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
位置関係図を置いておきます。
ふたりのいる屋敷の西側(川沿い)から、崖の上の離れは見上げる形になっています。
「まず俺から尋ねるが、なぜお前は朝一であの男と相対していたんだ!」
アンヴァルが怒鳴るものだからアリアンロッドは肩をすくめて後ずさりした。
アンヴァルは彼女が朝、勝手に彼の元から出ていったのだと考えている。実は、彼の腕の中で目覚めた彼女がその状態に不快感を催して逃げていった、と彼は思い込んでいて、気まずくて仕方なかったりする。
「それに、どうしてこの屋敷からいち早く脱出しようとしないんだよ」
「だって……」
「もう和議どころじゃない。戦も辞さずの状況だ。あっちは使者である聖女の殺害を企てたんだからな」
彼の質問にアリアンロッドは、反対されることが目に見えているのでくぐもり声で答えるのだった。
「イナンナを国に連れて帰りたい……」
「は? お前を騙して殺そうとした奴だぞ!?」
ほらきた、と彼女は口を尖らせる。
「あなたも彼女の裏切りを理解しているのね?」
(そういえば、牢から出して私が川に落ちたところを見せた、ってイナンナが言ってたっけ……)
昨晩の互いの行動を共有をしたいところだが、下手にイナンナの裏切りについて蒸し返すと、彼は意思を更に硬化させるのだろうとアリアンロッドは考えた。そんな負い目で今は、自分の願望だけを押し通すことに決めた。
「とりあえず一度ちゃんと話をしたい。連れて帰るかどうかはそれから……」
「連れ帰っても、それこそ魚の餌になるだけだ。裏切り者に未来はない」
「彼女が裏切った理由、気にならない?」
「ならない。ここまでしでかした事がデカすぎたら、正当化できる理由なんてこれっぽっちもないからな」
アンヴァルの言うことは正論だ。アリアンロッドは溜め息をついた。
「彼女ね、主君を愛してしまったって。私に言ったわ。だから、彼の役に立ちたくてやったことなんだと……」
その言い分にアンヴァルはいっそう眉間にしわを寄せる。
「はあ!? ……もうここで処刑してから帰るか」
「あ、待って。早まらないでっ」
アリアンロッドは馬を相手にするように、どうどうとアンヴァルをなだめた。
「でも、彼女があんな男に執着するようになってしまったのは、もっと前からの……因果じゃないのかな。国の課した任務があまりに苦しいものだったんじゃ」
アリアンロッドは彼女が王太子の妹だと聞いた時に、心の片隅で自らの立ち位置を回顧した。
ディオニソスから妹のように可愛がられ、望めばいつでも相手してくれる友達のような存在がアンヴァルで、それをずっと当たり前のこととして、ここまでやってきた。
しかしその位置にいるのは、本来なら彼女だったのだ。アリアンロッドはどうしても心苦しい。
「誰だって任務は時に過酷だよ。それで命を落とすことはいくらでもある」
「ヴァルも過酷な任務に従事してることは知ってるわ。でもあなたはちゃんとディオ様の腹心として認められてる。でもイナンナは……。彼女が本来の自分を隠匿し、何年も嘘偽りの中で寂しさや虚しさを募らせて背信の道を選んだとしたら……それは幼い彼女を縁ない土地に送り、両親から引き離した国の咎よ」
アンヴァルは言葉に詰まる。そのとき彼は遠目に、白い何かがひらひらと空を舞っているのに気が付いた。
「どうしたの?」
その様子を見てアリアンロッドも、彼の視線の先を追う。
すると、崖の方で何か白いものが降っているのだった。
川に着いても消えず、そのまま流されてゆく。
天から? とふたりが見上げ辿ると、それは離れの西側の壁から吹き出ていた。
「壁に窓があるんだな」
「んー。あれ、紙よね? 窓から紙が捨てられてる?」
アリアンロッドはその、はらはら落ちてゆく白い紙きれを、まるで涙のようだと感じた。
「あそこにイナンナがいるんじゃないかな……」
そのつぶやきを耳にし、アンヴァルはヒヤリとした。
「ねえ、あそこに行ってみよう、イナンナを連れ返しに!」
やっぱりな。とアンヴァルは心の中でボヤいた。
「紙を投げ捨てているのがあいつとは限らないだろ」
「イナンナはこちらの人間だもの。人質の価値があるし、閉じ込められてて救援を求めているのかもしれない」
「あいつは助けを求めるような奴じゃないし、あんなところから一時的に物を投げても、誰にも気付かれないことぐらい分かる。お前の推測は雑過ぎる」
「でも現に私たちは気付いた。神のお力添えがあるのよ」
こういう時だけ神を出してくる彼女をアンヴァルは小憎らしく思うが、聖女様には逆らえない。
「正面扉からまた堂々と行く気か?」
「閉じ込められてるならさすがに、見張りがいるよね。正直、今はあの男に見つかりたくない……怖い。だから、窓から入るしかないかな!」
「現実的に考えろよ。別館の西側は足場がほとんどない。壁に掴まる凹凸もない。無理だ」
そう言いながら、しゅんとしたアリアンロッドの顔を彼は横目にしてしまった。
「……川を挟んで向かいの山際、見てみろ。生える木々の中から塔が頭を出してるだろ」
「ん?」
アリアンロッドは彼の指さすほうを、目を凝らして見た。
「ええ、見えないよ……」
「有事の際、あの塔の杭と窓の格子を綱で結んで、逃走経路にしていたんだろうな」
視力は彼に及ばないが、アリアンロッドにも彼の言わんとすることが分かった。
「川の上を綱渡りね!?」
しかしアリアンロッドの顔は青ざめた。今の彼女は高所恐怖症だ。
「窓に縄を引っかけることができれば、橋の欄干と繋いで、それを死に物狂いで伝って渡る、という無茶苦茶な手もあるにはあるが……」
一瞬でも気を抜けば落下する。力不足でももちろん。
アリアンロッドが落ちたらもちろん彼は躊躇なく飛び込むだろうが、ふたりそろって川に流されない保証もない。
「私が言い出したのだから。やって見せるわ」
✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
位置関係図を置いておきます。
ふたりのいる屋敷の西側(川沿い)から、崖の上の離れは見上げる形になっています。
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