追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 第一章 】 時の河を超える聖女

⑫ 窓からの訪問者

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 アリアンロッドは今朝の倉庫部屋にアンヴァルを連れて行った。蓄えられている、大量の縄や綱を拝借するために。

「本当にやるのか? 侵入の際、あそこにいるのがイナンナであろうとなかろうと、突き落とされかねないぞ」

 アンヴァルは彼女の身を思うと不安要素だらけで踏ん切りがつかない。

「男がぐじぐじ言わないの」
「ぐじぐじじゃない! 俺はお前がしんぱ…」
「命綱も用意して!」

 アリアンロッドの語気が思いのほか強い。一瞬怯んだアンヴァルが彼女の顔を覗き込むと、その唇は震えていた。

 彼はいったん肩の力を抜き、仕方なく二人分の綱を手にした。
 それを見たアリアンロッドはケロリと言う。

「私ひとりで行くから。あなたは崖縁で待ってて」
「あぁ!?」

 アリアンロッドは彼を連れて行けばいつイナンナに手を上げる事態になるかと、はなから同行させるつもりはなかった。それに女同士で腹を割って話したい時なのだ。

「万が一落ちたら、命綱で私を引き上げて」

 そう手のひらを合わせるアリアンロッドに、アンヴァルはもはや溜め息しか出なかった。

 擦り対策に指に巻く布などを用意する間に、アリアンロッドは彼にこう切り出す。

「無事に国へ帰れたら……私に近接武術を教えて?」

 だが彼がそんなことを聞き入れられるわけがない。

「護身用の槍術が限度だ。槍だって無理なんだよ……お前は女なんだから」
「女でもイナンナは男と対等に仕合ったって!」
「あいつは特別。物心つく前より東洋の秘伝古武術の師が付いていたらしい」
「古武術?」

 彼が説明するには、腕力ではなく気合いを力にして戦う術のことで、達人は白兵戦、遠戦問わず応用できる。
 彼女は幼い頃よりそれを叩き込まれていたというのだ。体得には年月が必要で、一朝一夕でどうにかなるものではない。

「私もその遠国出身の師を付けてもらえれば」

 アンヴァルの語りは続く。それをどこからか連れてきたのは彼女の母親だと。そしてその者はとっくに姿を消した。

「イナンナの母君……王陛下が愛した2番目の夫人ね?」

 アリアンロッドのところにも多少の噂は届いていた。現王はふたりの女性に私邸を与えた。
 第一夫人はディオニソスを産んだ美姫。アンヴァルは幼い頃ディオニソスに紹介され、気立ての良く聡明なその女性を深く慕っている。

「俺は一度だけ、第一夫人の宮殿で第二夫人の顔を見たことがある。子どもながらに感じたんだ、まるで蛇のような女だと」
「蛇……」

 アリアンロッドは今朝、相対したイナンナの主の姿を連想してしまった。

「とにかく私なんて今のままじゃ、いざという時……」
「まぁ、お前の得意である弓の熟練度をもっと上げて、その上で接近された場合の短剣術というのなら考えなくもない。さぁ崖へ行くぞ」



 崖から眺める空は鮮やかな橙色。作業に没頭していたら夕暮れ時になっていた。
 こちらの建物の西側には、通路とは言えないが、足を横にずらして進めるほどの足場が存在した。
 この足場の先にある窓口を見ると、窓枠からおあつらえ向きの杭が出ている。
 アンヴァルは綱の先に輪を作り、狭い崖縁からその輪を杭に向かって投げつけた。それがスルリと杭にはまったら綱の末尾を橋の欄干に固く結び付け、命綱も用意した。


(※赤線が綱渡りする綱です)


「俺はここで待つわけにもいかないから、綱を回収したら、またあちらの川沿いに潜んでいよう。お前はどうやって戻ってくるつもりなんだ?」
「イナンナと相談するわ」
「相談って……」

 すっかりイナンナを取り込むつもりでいる、その楽観ぶりにアンヴァルは絶句する。

「あいつに対話の意思がなく、人を呼ばれなどしたらどうするんだ?」
「彼女は手負いだから、力づくでどうにかする」

 実際彼がアリアンロッドをひとりで行かせることに了承したのは、イナンナがほぼ動けないことを見込んでのことだった。

「じゃあ行くわ」
「慎重にな」

 アリアンロッドは綱にぐっと捕まり、小さな足場を着実に踏み出した。

 恐る恐る綱をスライドして進み、なんとか窓まで辿り着いたら、固唾を呑んで見守るアンヴァルに「今から侵入する」と目線で合図を送り、窓の格子に手を伸ばす。

 格子を握る両手に力を入れ身を乗り出すと、西日の差す部屋で静けさの中、壁の書棚にもたれて座るイナンナを目に入れたのだった。

「……!?」
 物音に振り向いたイナンナは、格子窓の向こうに人影を見つけ、驚きを隠せない。

「イナンナ、声を上げないで」
「アリアンロッド様?」

 外はもう暗い。格子を握って身体を支える力も底を尽きそうだ。
「お願いイナンナ。格子を外して。外れるんでしょ?」

 イナンナは、何が起こったの、といった表情のまま、窓際まで片足をひきずり這って来た。

「なぜ……。何しにいらしたの? ご存じのとおり私は片足が不自由なせいで、力が入りませんの」
「片足で支えて立って! 早く!」

 体力の限界を感じてアリアンロッドは苛立っていた。王宮で寵愛されていた姫ならではの我がままが炸裂する。

 イナンナも大概失意の中にいて、今さら歯向かうという気にもならない。格子を捻り外したら膝をつき、また足を引きずりながら奥へと戻っていった。

 第一段階突破を確信したアリアンロッドは、まず杭に引っ掛けた綱を外し、握った拳がアンヴァルに見えるよう腕を伸ばし合図を送った。
 そして室内に飛び込み、命綱を外したら回収してもらうため窓の外へ落とした。

「それで、どうしてここへ? わざわざ窓からお越しくださったけれど、茶も出せませんわよ」

 イナンナはもはや無気力な姿勢を隠そうとしなかった。

「あなたが寂しそうだったから会いに来たのよ」

 その予想もつかない言葉に、目を丸くするイナンナだった。

「どうしたらそんな見当違いを口にできるの? ……でもよく私がここにいると分かりましたね」
「あなたの涙に見えたの」
「は?」

「白い何かがここからはらはらと落ちていたから。あれは紙よね? 一体なんだったの?」

 昼間破って捨てたあれを見られたか、とイナンナは合点がいった。

「……あれは、あなたの国が所望した“港譲渡書”よ」
「ん?」
「それを破り捨てたの。だってもう和議はなくなった……必要ないものでしょう?」

 ここでのイナンナの表情は前のように不敵なものだが、暗がりでアリアンロッドにはあまり見えない。

 顔がろくに見えず話すのも物足りないので、立っている窓際からアリアンロッドは、彼女の方に歩み寄り腰をおろした。

 そしてあっけらかんと問う。

「なにそれ?」
「は?」
 イナンナは度肝を抜かれた。

「まだ思い出していないの!? 何のためにここまで来たの……よく使者なんて任せられたわね」

 そんなふうに詰られ、アリアンロッドはこの和議で、国宝の指輪と何かを交換すると説明されたことを思い出した。

「ああ……何だったっけ。港?」

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