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【 第二章 】 あなたを癒す力になりたい
③ 奴隷になりましょう
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「玄関のランプが灯ってる……」
ディオニソスは驚きで言葉が出ない。ふたりで元いた森と違う場にいる、という不可解なことが起こった。ここはどう見ても山間で、目の前には大きな屋敷が建っている。
そして彼は訝しむ。隣のアリアンロッドは意外にも、慌てる様子がないことに。
「ディオ様、驚かないで聞いて。私たちは神の恩情で、運命に必要な処へ導かれたみたい」
「神? ……もしかしてアリア、君が神の力を行使して」
「そこにいるのは誰だ?」
声の出所は屋敷の角からだった。玄関の灯りに照らされて、ふたりの姿は向こうに明るみになるが、ふたりからは人物の存在しかとらえられない状況だ。
「こんな時間に客人とは」
その人物はようやく灯りに入った。ふたりの視界に映ったのは、壮年の、目鼻立ちのくっきりした体格の良い女性だった。
その姿を確認したら即、アリアンロッドを庇うためサッと前に出てきたディオニソス。
しかしアリアンロッドは彼の背から這い出て、気丈に女性へ問いかけた。
「あなたは数年前ここヴィグリーズ王国にやってきた、卓越した医術の腕を具えることで評判の医師ですね?」
「いかにも私は医師をしているが」
この会話を聞き、隣でディオニソスは驚きの表情を隠せないでいる。アリアンロッドは更に接近し、頭を下げた。
「お願いします! 私の家族を診てください。お抱えの医師にあなたでないとと言われて来ました」
「家族とはその隣の者か? ……五体満足そうだな。必要があるなら患者をここに連れてこられよ」
医師はそう言い捨てて、家に入っていこうとした。
「患者は王都にいます。遠方から簡単には連れてこられない……」
それを聞いた彼女は、侮るような表情で言い放つ。
「王都? 私はここを離れぬ」
医師は続けて言う。ここで日々研究をして過ごしていると。
ここまでやって来る患者は常時受け入れるし、時々山を下り近くの町や農村で診療をするらしい。
「王都まで行って帰るだけでも10日かかる。私はここを空けられぬ」
しばらく黙って様子を見ていたディオニソスが、そこで口を開いた。
「この周辺で得ているより、多くの報酬を差し出すと言ってもか?」
その科白に医師は扉のノブから手を離し、ふたりをじろりと眺め、鼻で笑うのだった。
「なるほど、あなたたちの身なりを見れば、身分のある者だとよく分かる。王宮を闊歩する高貴な一族のご子息、ご息女か」
ふたりはその言いように棘を感じた。
「だがあいにく、私は報酬で患者の優先順位を決めることはない。私は自らの医術にそれほど価値を置いていないのだ。私が売るのは私の時間。人の時間は有限だからな」
彼女は患者を診る時間と引き換えに、日々の食料や衣類、薬の材料などを得ている、少なくともそう考えているようだ。
要するに、限りある時間に診れる範囲の患者を助け、日々の糧を得るのみ。より多くの報酬を得ることでより豊かな暮らしを、とは考えない。
そう言われてしまうと、ふたりには取り付く島もない。
ディオニソスはこの医師が権威におもねる性質の者でないと実感した。王の強権を発動し、捕えるなり脅すなりは容易いが、この医師はああは申せど、自身の医術に絶対的なプライドを保っているに違いなく、それはむしろこちらが“他では見込みのない患者”という人質を取られているようなものだ。医療、医術を求めるこの状況においては、権威側が弱者の立場である。
「それに、私は王都という処を好ましく思わないのだ」
その医師の物言いに、強権を振りかざすのは火に油を注ぐようなものだと、彼は慎重を期することに。
その時アリアンロッドはふと思った。
────また不覚のうちに風に飛ばされて来たけれど……“場所”は国内だと分かってる。あとは……“時”はどうなんだろう?
「今は何年何月何日ですか?」
医師もディオニソスも「急に何を?」と目を丸くする。
それでも医師は即座に日付を教えてくれた。
「今日より26日前……」
どうやらここは少しだけ過去の世界ようだ。
────さっきこの人は、王都まで行って帰って10日と言った。
「片道5日ね。診療に10日は欲しい……。よし」
「アリア?」
アリアンロッドは交渉体勢に入った。
「私とこちらの彼が3週間、あなたの奴隷となってここで働きます。あなたの時間を、ここを離れる20日間を、その労働力で買わせてください!」
技術料はまた別で。と付け加え、膝をついて頭を下げた。
ディオニソスとしては、訳が分からないまま話が進行している。しかし、ここは与り知らぬふしぎな空間。今は彼女の行動に追随すると腹を決め、彼も共に膝をついた。
明らかに高貴な地位にいるだろう子女の、その態度を目の当たりにし、医師は少しの間考える。
「ここを20日間離れるか。私にとっては大層なことだ。今は定住しているのでな。それでももし、あなたたちがそれに見合う働きをするならば考えよう」
「本当!?」
頭を上げたアリアンロッドは、期待で顔がほころびていた。
「ただし見合わないと判断したら、たとえ3週間ここで働いたとしても取引は不成立だ」
今はそれに賭けるしかないと、真摯な瞳で承諾した。
「ディオ様。勝手に決めて、しかもあなたを巻き込んでごめんなさい」
「構わない。どうやら私の持つ地位も財力もここで力を発揮することはなさそうだ。君を信頼して任せよう」
「ありがとう。じゃあ、彼女に付いていきましょ」
「私が君にできる罪滅ぼしはこれぐらいだしな……」
彼はアリアンロッドに聞こえないほどの声で、ぽつりと呟いた。
医師より、滞在中は、屋敷の裏に建つ小屋の屋根裏で寝泊りしろと言われ、ふたりはそこにやってきた。
屋根裏は物置になっていて、窓があり月明りが入ってくる。片づければ多少は広くなるが、今はふたりがなんとか雑魚寝できるほどだ。
「…………」
その狭さを目にしたディオニソスが、無言で梯子を降りていこうとする。
「えっ、なんで下に?」
アリアンロッドは慌てて彼の襟ぐりを両手で掴んだ。
「私は下で寝るよ」
「下なんて物だらけで、足を伸ばせるスペースもないじゃない。そりゃ、木床に絨毯を敷いて雑魚寝なんてあなたには耐えがたいことでしょうけど、仕方ないから……。3週間だけ、我慢して」
「そういうことではなく……」
彼のその気まずそうな表情や声音で、アリアンロッドは、そういえば自分はしばらくアンヴァルと寝泊りしていたので慣れてしまったが、やはり“よろしくないこと”なのだ、と思い至った。気付いてしまったらこちらもソワソワしてきたが、それでも旅先では雨風しのげることが重要だ。下りかけた彼を引っ張り込み、窓の手前に座らせ、手を合わせた。
「お願い! ここにいる間だけ、夜は一緒にいて。絶対、何もしないから!」
「アリア。それは男と女が逆だ」
アリアンロッドは気まずさに追い立てられて、ディオニソスの呆れ声すら右から左だったりする。
「師が、明日から忙殺してやるからよく寝ておけ、って言ってたじゃない? だからあなたもちゃんとここで寝て。どうしても一緒が嫌なら、私が下で寝る」
「……はぁ」
ディオニソスは仕方ないなという顔で、そこに寝転がった。
その、彼にしては緩んだスタイルを目にして、アリアンロッドも嬉しさいっぱいの顔で隣に寝転んだ。添い寝してもらっていた子どものころ以来の出来事だ。
ここでディオニソスはこの現状についてそれとなく聞こうとしたのだが、アリアンロッドは既にニコニコしながら眠りについていた。
「寝つきがいいな。よほど疲れ……いや、昨夜ろくに寝ていなかったのか」
そこらに転がる物の中から麻の織物を取って彼女に掛けた。そして添い寝をせがまれていたあの頃のように、彼も眠ったのである。
ディオニソスは驚きで言葉が出ない。ふたりで元いた森と違う場にいる、という不可解なことが起こった。ここはどう見ても山間で、目の前には大きな屋敷が建っている。
そして彼は訝しむ。隣のアリアンロッドは意外にも、慌てる様子がないことに。
「ディオ様、驚かないで聞いて。私たちは神の恩情で、運命に必要な処へ導かれたみたい」
「神? ……もしかしてアリア、君が神の力を行使して」
「そこにいるのは誰だ?」
声の出所は屋敷の角からだった。玄関の灯りに照らされて、ふたりの姿は向こうに明るみになるが、ふたりからは人物の存在しかとらえられない状況だ。
「こんな時間に客人とは」
その人物はようやく灯りに入った。ふたりの視界に映ったのは、壮年の、目鼻立ちのくっきりした体格の良い女性だった。
その姿を確認したら即、アリアンロッドを庇うためサッと前に出てきたディオニソス。
しかしアリアンロッドは彼の背から這い出て、気丈に女性へ問いかけた。
「あなたは数年前ここヴィグリーズ王国にやってきた、卓越した医術の腕を具えることで評判の医師ですね?」
「いかにも私は医師をしているが」
この会話を聞き、隣でディオニソスは驚きの表情を隠せないでいる。アリアンロッドは更に接近し、頭を下げた。
「お願いします! 私の家族を診てください。お抱えの医師にあなたでないとと言われて来ました」
「家族とはその隣の者か? ……五体満足そうだな。必要があるなら患者をここに連れてこられよ」
医師はそう言い捨てて、家に入っていこうとした。
「患者は王都にいます。遠方から簡単には連れてこられない……」
それを聞いた彼女は、侮るような表情で言い放つ。
「王都? 私はここを離れぬ」
医師は続けて言う。ここで日々研究をして過ごしていると。
ここまでやって来る患者は常時受け入れるし、時々山を下り近くの町や農村で診療をするらしい。
「王都まで行って帰るだけでも10日かかる。私はここを空けられぬ」
しばらく黙って様子を見ていたディオニソスが、そこで口を開いた。
「この周辺で得ているより、多くの報酬を差し出すと言ってもか?」
その科白に医師は扉のノブから手を離し、ふたりをじろりと眺め、鼻で笑うのだった。
「なるほど、あなたたちの身なりを見れば、身分のある者だとよく分かる。王宮を闊歩する高貴な一族のご子息、ご息女か」
ふたりはその言いように棘を感じた。
「だがあいにく、私は報酬で患者の優先順位を決めることはない。私は自らの医術にそれほど価値を置いていないのだ。私が売るのは私の時間。人の時間は有限だからな」
彼女は患者を診る時間と引き換えに、日々の食料や衣類、薬の材料などを得ている、少なくともそう考えているようだ。
要するに、限りある時間に診れる範囲の患者を助け、日々の糧を得るのみ。より多くの報酬を得ることでより豊かな暮らしを、とは考えない。
そう言われてしまうと、ふたりには取り付く島もない。
ディオニソスはこの医師が権威におもねる性質の者でないと実感した。王の強権を発動し、捕えるなり脅すなりは容易いが、この医師はああは申せど、自身の医術に絶対的なプライドを保っているに違いなく、それはむしろこちらが“他では見込みのない患者”という人質を取られているようなものだ。医療、医術を求めるこの状況においては、権威側が弱者の立場である。
「それに、私は王都という処を好ましく思わないのだ」
その医師の物言いに、強権を振りかざすのは火に油を注ぐようなものだと、彼は慎重を期することに。
その時アリアンロッドはふと思った。
────また不覚のうちに風に飛ばされて来たけれど……“場所”は国内だと分かってる。あとは……“時”はどうなんだろう?
「今は何年何月何日ですか?」
医師もディオニソスも「急に何を?」と目を丸くする。
それでも医師は即座に日付を教えてくれた。
「今日より26日前……」
どうやらここは少しだけ過去の世界ようだ。
────さっきこの人は、王都まで行って帰って10日と言った。
「片道5日ね。診療に10日は欲しい……。よし」
「アリア?」
アリアンロッドは交渉体勢に入った。
「私とこちらの彼が3週間、あなたの奴隷となってここで働きます。あなたの時間を、ここを離れる20日間を、その労働力で買わせてください!」
技術料はまた別で。と付け加え、膝をついて頭を下げた。
ディオニソスとしては、訳が分からないまま話が進行している。しかし、ここは与り知らぬふしぎな空間。今は彼女の行動に追随すると腹を決め、彼も共に膝をついた。
明らかに高貴な地位にいるだろう子女の、その態度を目の当たりにし、医師は少しの間考える。
「ここを20日間離れるか。私にとっては大層なことだ。今は定住しているのでな。それでももし、あなたたちがそれに見合う働きをするならば考えよう」
「本当!?」
頭を上げたアリアンロッドは、期待で顔がほころびていた。
「ただし見合わないと判断したら、たとえ3週間ここで働いたとしても取引は不成立だ」
今はそれに賭けるしかないと、真摯な瞳で承諾した。
「ディオ様。勝手に決めて、しかもあなたを巻き込んでごめんなさい」
「構わない。どうやら私の持つ地位も財力もここで力を発揮することはなさそうだ。君を信頼して任せよう」
「ありがとう。じゃあ、彼女に付いていきましょ」
「私が君にできる罪滅ぼしはこれぐらいだしな……」
彼はアリアンロッドに聞こえないほどの声で、ぽつりと呟いた。
医師より、滞在中は、屋敷の裏に建つ小屋の屋根裏で寝泊りしろと言われ、ふたりはそこにやってきた。
屋根裏は物置になっていて、窓があり月明りが入ってくる。片づければ多少は広くなるが、今はふたりがなんとか雑魚寝できるほどだ。
「…………」
その狭さを目にしたディオニソスが、無言で梯子を降りていこうとする。
「えっ、なんで下に?」
アリアンロッドは慌てて彼の襟ぐりを両手で掴んだ。
「私は下で寝るよ」
「下なんて物だらけで、足を伸ばせるスペースもないじゃない。そりゃ、木床に絨毯を敷いて雑魚寝なんてあなたには耐えがたいことでしょうけど、仕方ないから……。3週間だけ、我慢して」
「そういうことではなく……」
彼のその気まずそうな表情や声音で、アリアンロッドは、そういえば自分はしばらくアンヴァルと寝泊りしていたので慣れてしまったが、やはり“よろしくないこと”なのだ、と思い至った。気付いてしまったらこちらもソワソワしてきたが、それでも旅先では雨風しのげることが重要だ。下りかけた彼を引っ張り込み、窓の手前に座らせ、手を合わせた。
「お願い! ここにいる間だけ、夜は一緒にいて。絶対、何もしないから!」
「アリア。それは男と女が逆だ」
アリアンロッドは気まずさに追い立てられて、ディオニソスの呆れ声すら右から左だったりする。
「師が、明日から忙殺してやるからよく寝ておけ、って言ってたじゃない? だからあなたもちゃんとここで寝て。どうしても一緒が嫌なら、私が下で寝る」
「……はぁ」
ディオニソスは仕方ないなという顔で、そこに寝転がった。
その、彼にしては緩んだスタイルを目にして、アリアンロッドも嬉しさいっぱいの顔で隣に寝転んだ。添い寝してもらっていた子どものころ以来の出来事だ。
ここでディオニソスはこの現状についてそれとなく聞こうとしたのだが、アリアンロッドは既にニコニコしながら眠りについていた。
「寝つきがいいな。よほど疲れ……いや、昨夜ろくに寝ていなかったのか」
そこらに転がる物の中から麻の織物を取って彼女に掛けた。そして添い寝をせがまれていたあの頃のように、彼も眠ったのである。
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