追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

文字の大きさ
23 / 148
【 第二章 】 あなたを癒す力になりたい

② 今度の旅のお供は

しおりを挟む
────「あの医師ならば……あるいは……」

 ふたりは仄かな期待を胸に抱き、宮廷医の次の言葉を待った。

「数年前、地方へ研修に出かけた際に、私は奇跡の医術を目にしました」

 彼の話すには、非常に精度の高い医療技術を持つ医師が単独で、この国に訪れていたのだと。
 遠くの国からやってきたのだろう。彼女はこの国の者とは容姿や言葉が違った。

 驚くべきその手腕は。

「彼女は限られた道具で、時の差し迫る中、臆することなく手術を決行し……患者は無事、命を取りとめたのです」

 そこにいる医師の誰もが諦めた若い命を救ったのだった。

「彼女はたどたどしい、覚えたばかりのこの国の言葉で話してくれました。彼女の生まれ育った国では、手術とは決して眉唾な療法でなく、少なくない医師が日々研究し実践しているのだと」
「へえ……」
 藁をも掴みたいアリアンロッドには俄然がぜん、希望の光が見えてきた。

「その奇跡の医師は、今どこに?」
 ディオニソスが鋭い眼差しで尋ねる。

「その頃は、地方を転々としていると聞きました。今は、まだこの国に留まっているのかどうかも」
「評判が聞こえてこないということは諸侯に隠されている可能性もあるな。調査に入ろう」

 その存在は事実なのか、アリアンロッドは不安に思った。一刻も早くその奇跡の医師と接触したいと考える。

 その時、宮廷医が部下に任せているアンヴァルの様子を見にいくと話したので、アリアンロッドも同行しようとした。

 しかし医師はそれを止める。
「アンヴァル様は先ほど、今は誰にも会いたくないと仰せでしたので……」
「え……」
 彼女は少なからず動揺した。

 医師はもちろん聖女が最高位だと分かっているが、患者の気持ちをできるだけ優先したいと言う。

「アンヴァルも今は気持ちが高ぶっている時だろう。また落ち着いてから見舞おうか」
「……はい……」


 その後、ディオニソスは家来に、くだんの医師の評判を、全国各地で調査するよう命じた。諸侯が独占しているなら差し出すようにと触れも出した。

 それを、隣にいるアリアンロッドがどのくらいかかるのか尋ねたら、彼は成果の如何いかんに関わらず、調査隊のすべてが帰ってくるのは早くて一月後だと話す。

「そんなに……。ねぇディオ様、これは呪いなの!」
「……?」
 これには返答に困るディオニソスだった。医師ではなく調伏師が必要なのか? と思いあぐねるが。

「不幸に陥る呪い……聞いた時は不幸、すなわち死だと思ってた。でも実際は簡単に死なせてもらえない。使用者の未来を断ち、絶望の淵におとしいれる……やっぱり私のせいよ」

 どうもアリアンロッドは、なんらかの後悔にとり憑かれている様子だ。

「気を楽にするんだ。何も君のせいではない。アンヴァルの行動による結果のすべては、彼自身に責任がある。彼は分別あるひとりの大人なのだから」

「でも……調査隊の帰りが早くて一月。それはあくまで調査。本当に見つかるかも分からないのでしょう。運良く見つかったとしても、それからまたどれだけかかるの? 医師をここまで連れてきて、治療してもらうには」

「そして治るまでには? たとえ時間がかかったとしても結果完治するのであれば、それは最上級の恵みといったところだな」

「それまでずっとヴァルは苦しいままなの? もしかしたら、永久に……」

 明らかにアリアンロッドは焦燥感に駆られている。
 その思いつめた表情を横目にディオニソスは、彼女が突拍子もない行動に出るのでは、と危惧した。

「私、調査隊と一緒にその医師を探しに……!!」
「待てっ……」

 いてもたっても居られず、部屋から駆けていこうとした彼女を、ディオニソスは壁際に押し込んだ。

「!」
 閉じ込めた両腕以上に、両の目を射抜く彼の熱い視線に、アリアンロッドはぎゅっと縛られる。

「な、なに……?」
「追放しても戻ってきた、となれば……君の力について明らかにしない限り、外に出すわけにいかない。私の部屋で軟禁しようか」

 彼が悪い男の顔になっている。いや、追放を経験したアリアンロッドの目にはそう映るようになってしまった。

「え、ええ……??」

 すっかり腰砕けになり、その場で落ちたアリアンロッドの負けだ。彼女は従順に、自室へと戻っていった。



 その夜、アリアンロッドはまたアンヴァルについて医師に打診したが、やはり面会謝絶とのことだった。

 半日しかたっていないのに寝床でどう気分が変わるというのだ、と分かってはいるものの、この事態で彼女が気長になれるはずもなく。

「やっぱり私が行かなきゃ……」
 いてもたってもいられず、夜明け前、アリアンロッドは自室を抜け出し、例の宮殿地下室からの隠し通路を通って外へ出た。
 彼女はあの状況で通路のことを覚えていたのだった。



 そこはもう城郭の外だ。
「ここを抜ければ城下町よね」
 城を囲む森に入った。夜が明け出てくる、仕事を始める町人に馬車で連れていってもらおうと。それが北であろうが南であろうが、神の導きのままに。つまり、「無計画」というものだが、彼女の精一杯であった。

(? 後ろから足音がする?)

 それに気付き、振り返った瞬間。強い力で手首を捕まれる。

「っ……!」
 声を上げそうになったアリアンロッドは、今度は大きな手で口を塞がれ、恐怖で固まった。

「冥府に帰りそびれた亡霊たちが出てくる時間だ。大声を上げると──」

 子どもの頃から彼女がお化けに弱いのを、はよく知っている。

「……ディオ様」
「君の行動はお見通しだよ」

(見張りが付けられていたんだ……!)

 アリアンロッドは日頃から厳格に見張られていることを知らない。

「さぁ帰ろう」
「いや!」
 珍しく表立って反抗するアリアンロッド。以前はこれほど直情型ではなかったはずだが、追放の経験を経たことで、外の世界に触れてしまったのが大きい。ディオニソスは見通しが甘かったと悔恨した。

「残念だが君にできることはない。王宮で大人しく待つ以外に」
「それでも! 私も探す! 私が医師を連れてくる!!」

 手を振り払いたいが、大人の男の力にはかなわない。
 なんとか引っ張ろうとして、彼が手加減してるせいで多少は前進するが、負けると分かっている根競こんくらべだ。

 が。

 ディオニソスがそろそろ持ち上げて帰るかと、彼女を抱きこもうとした瞬間。

「あっ……」
 アリアンロッドは一時静止した。

「どうした?」
「ディオ様……まずい……離れて」
「え?」
「あれが……くる!」

 アリアンロッドは迫りくる強風を感じ、彼を自身から突き離そうとしたが、遅かった。
 そのままふたりは強風に煽られ、その森から姿を消したのだった。




 恐る恐るアリアンロッドが目を開けてみると、そこには呆けた顔のディオニソスがいた。

(か、顔が近い……!)
 気付けば彼の腕の中にいる。きっと彼は咄嗟にアリアンロッドを守ろうとしたのだろう。
 彼女の胸はぎゅっと締め付けられた。

「いったい何が……?」
 ディオニソスは彼女を腕の中にしまったまま、辺りを見回した。唐突に強風に煽られ、彼女を抱きしめ踏ん張ろうとした直後、真っ白な瞬間を経ての、この不可解な景色だ。

「今は夜??」

 ふたりが森に入った頃、空は白み始めていたというのに、見上げるとそこには美しい夜空が広がっている。

 ここは木々に囲まれているが勾配のある道の真ん中だ。
「元いた森ではないのだな……」
「ええ……」
 多少落ち着いたアリアンロッドも彼の胸元から離れ、辺りを見回してみた。

「あそこに見えるのは、屋敷?」
 暗いなか、少し遠くに灯りが見える。
「行ってみましょう」
 ふたりは足早にそこへ向かった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...