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【 第二章 】 あなたを癒す力になりたい
② 今度の旅のお供は
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────「あの医師ならば……あるいは……」
ふたりは仄かな期待を胸に抱き、宮廷医の次の言葉を待った。
「数年前、地方へ研修に出かけた際に、私は奇跡の医術を目にしました」
彼の話すには、非常に精度の高い医療技術を持つ医師が単独で、この国に訪れていたのだと。
遠くの国からやってきたのだろう。彼女はこの国の者とは容姿や言葉が違った。
驚くべきその手腕は。
「彼女は限られた道具で、時の差し迫る中、臆することなく手術を決行し……患者は無事、命を取りとめたのです」
そこにいる医師の誰もが諦めた若い命を救ったのだった。
「彼女はたどたどしい、覚えたばかりのこの国の言葉で話してくれました。彼女の生まれ育った国では、手術とは決して眉唾な療法でなく、少なくない医師が日々研究し実践しているのだと」
「へえ……」
藁をも掴みたいアリアンロッドには俄然、希望の光が見えてきた。
「その奇跡の医師は、今どこに?」
ディオニソスが鋭い眼差しで尋ねる。
「その頃は、地方を転々としていると聞きました。今は、まだこの国に留まっているのかどうかも」
「評判が聞こえてこないということは諸侯に隠されている可能性もあるな。調査に入ろう」
その存在は事実なのか、アリアンロッドは不安に思った。一刻も早くその奇跡の医師と接触したいと考える。
その時、宮廷医が部下に任せているアンヴァルの様子を見にいくと話したので、アリアンロッドも同行しようとした。
しかし医師はそれを止める。
「アンヴァル様は先ほど、今は誰にも会いたくないと仰せでしたので……」
「え……」
彼女は少なからず動揺した。
医師はもちろん聖女が最高位だと分かっているが、患者の気持ちをできるだけ優先したいと言う。
「アンヴァルも今は気持ちが高ぶっている時だろう。また落ち着いてから見舞おうか」
「……はい……」
その後、ディオニソスは家来に、件の医師の評判を、全国各地で調査するよう命じた。諸侯が独占しているなら差し出すようにと触れも出した。
それを、隣にいるアリアンロッドがどのくらいかかるのか尋ねたら、彼は成果の如何に関わらず、調査隊のすべてが帰ってくるのは早くて一月後だと話す。
「そんなに……。ねぇディオ様、これは呪いなの!」
「……?」
これには返答に困るディオニソスだった。医師ではなく調伏師が必要なのか? と思いあぐねるが。
「不幸に陥る呪い……聞いた時は不幸、すなわち死だと思ってた。でも実際は簡単に死なせてもらえない。使用者の未来を断ち、絶望の淵に陥れる……やっぱり私のせいよ」
どうもアリアンロッドは、なんらかの後悔にとり憑かれている様子だ。
「気を楽にするんだ。何も君のせいではない。アンヴァルの行動による結果のすべては、彼自身に責任がある。彼は分別あるひとりの大人なのだから」
「でも……調査隊の帰りが早くて一月。それはあくまで調査。本当に見つかるかも分からないのでしょう。運良く見つかったとしても、それからまたどれだけかかるの? 医師をここまで連れてきて、治療してもらうには」
「そして治るまでには? たとえ時間がかかったとしても結果完治するのであれば、それは最上級の恵みといったところだな」
「それまでずっとヴァルは苦しいままなの? もしかしたら、永久に……」
明らかにアリアンロッドは焦燥感に駆られている。
その思いつめた表情を横目にディオニソスは、彼女が突拍子もない行動に出るのでは、と危惧した。
「私、調査隊と一緒にその医師を探しに……!!」
「待てっ……」
いてもたっても居られず、部屋から駆けていこうとした彼女を、ディオニソスは壁際に押し込んだ。
「!」
閉じ込めた両腕以上に、両の目を射抜く彼の熱い視線に、アリアンロッドはぎゅっと縛られる。
「な、なに……?」
「追放しても戻ってきた、となれば……君の力について明らかにしない限り、外に出すわけにいかない。私の部屋で軟禁しようか」
彼が悪い男の顔になっている。いや、追放を経験したアリアンロッドの目にはそう映るようになってしまった。
「え、ええ……??」
すっかり腰砕けになり、その場で落ちたアリアンロッドの負けだ。彼女は従順に、自室へと戻っていった。
その夜、アリアンロッドはまたアンヴァルについて医師に打診したが、やはり面会謝絶とのことだった。
半日しかたっていないのに寝床でどう気分が変わるというのだ、と分かってはいるものの、この事態で彼女が気長になれるはずもなく。
「やっぱり私が行かなきゃ……」
いてもたってもいられず、夜明け前、アリアンロッドは自室を抜け出し、例の宮殿地下室からの隠し通路を通って外へ出た。
彼女はあの状況で通路のことを覚えていたのだった。
そこはもう城郭の外だ。
「ここを抜ければ城下町よね」
城を囲む森に入った。夜が明け出てくる、仕事を始める町人に馬車で連れていってもらおうと。それが北であろうが南であろうが、神の導きのままに。つまり、「無計画」というものだが、彼女の精一杯であった。
(? 後ろから足音がする?)
それに気付き、振り返った瞬間。強い力で手首を捕まれる。
「っ……!」
声を上げそうになったアリアンロッドは、今度は大きな手で口を塞がれ、恐怖で固まった。
「冥府に帰りそびれた亡霊たちが出てくる時間だ。大声を上げると──」
子どもの頃から彼女がお化けに弱いのを、彼はよく知っている。
「……ディオ様」
「君の行動はお見通しだよ」
(見張りが付けられていたんだ……!)
アリアンロッドは日頃から厳格に見張られていることを知らない。
「さぁ帰ろう」
「いや!」
珍しく表立って反抗するアリアンロッド。以前はこれほど直情型ではなかったはずだが、追放の経験を経たことで、外の世界に触れてしまったのが大きい。ディオニソスは見通しが甘かったと悔恨した。
「残念だが君にできることはない。王宮で大人しく待つ以外に」
「それでも! 私も探す! 私が医師を連れてくる!!」
手を振り払いたいが、大人の男の力にはかなわない。
なんとか引っ張ろうとして、彼が手加減してるせいで多少は前進するが、負けると分かっている根競べだ。
が。
ディオニソスがそろそろ持ち上げて帰るかと、彼女を抱きこもうとした瞬間。
「あっ……」
アリアンロッドは一時静止した。
「どうした?」
「ディオ様……まずい……離れて」
「え?」
「あれが……くる!」
アリアンロッドは迫りくる強風を感じ、彼を自身から突き離そうとしたが、遅かった。
そのままふたりは強風に煽られ、その森から姿を消したのだった。
恐る恐るアリアンロッドが目を開けてみると、そこには呆けた顔のディオニソスがいた。
(か、顔が近い……!)
気付けば彼の腕の中にいる。きっと彼は咄嗟にアリアンロッドを守ろうとしたのだろう。
彼女の胸はぎゅっと締め付けられた。
「いったい何が……?」
ディオニソスは彼女を腕の中にしまったまま、辺りを見回した。唐突に強風に煽られ、彼女を抱きしめ踏ん張ろうとした直後、真っ白な瞬間を経ての、この不可解な景色だ。
「今は夜??」
ふたりが森に入った頃、空は白み始めていたというのに、見上げるとそこには美しい夜空が広がっている。
ここは木々に囲まれているが勾配のある道の真ん中だ。
「元いた森ではないのだな……」
「ええ……」
多少落ち着いたアリアンロッドも彼の胸元から離れ、辺りを見回してみた。
「あそこに見えるのは、屋敷?」
暗いなか、少し遠くに灯りが見える。
「行ってみましょう」
ふたりは足早にそこへ向かった。
ふたりは仄かな期待を胸に抱き、宮廷医の次の言葉を待った。
「数年前、地方へ研修に出かけた際に、私は奇跡の医術を目にしました」
彼の話すには、非常に精度の高い医療技術を持つ医師が単独で、この国に訪れていたのだと。
遠くの国からやってきたのだろう。彼女はこの国の者とは容姿や言葉が違った。
驚くべきその手腕は。
「彼女は限られた道具で、時の差し迫る中、臆することなく手術を決行し……患者は無事、命を取りとめたのです」
そこにいる医師の誰もが諦めた若い命を救ったのだった。
「彼女はたどたどしい、覚えたばかりのこの国の言葉で話してくれました。彼女の生まれ育った国では、手術とは決して眉唾な療法でなく、少なくない医師が日々研究し実践しているのだと」
「へえ……」
藁をも掴みたいアリアンロッドには俄然、希望の光が見えてきた。
「その奇跡の医師は、今どこに?」
ディオニソスが鋭い眼差しで尋ねる。
「その頃は、地方を転々としていると聞きました。今は、まだこの国に留まっているのかどうかも」
「評判が聞こえてこないということは諸侯に隠されている可能性もあるな。調査に入ろう」
その存在は事実なのか、アリアンロッドは不安に思った。一刻も早くその奇跡の医師と接触したいと考える。
その時、宮廷医が部下に任せているアンヴァルの様子を見にいくと話したので、アリアンロッドも同行しようとした。
しかし医師はそれを止める。
「アンヴァル様は先ほど、今は誰にも会いたくないと仰せでしたので……」
「え……」
彼女は少なからず動揺した。
医師はもちろん聖女が最高位だと分かっているが、患者の気持ちをできるだけ優先したいと言う。
「アンヴァルも今は気持ちが高ぶっている時だろう。また落ち着いてから見舞おうか」
「……はい……」
その後、ディオニソスは家来に、件の医師の評判を、全国各地で調査するよう命じた。諸侯が独占しているなら差し出すようにと触れも出した。
それを、隣にいるアリアンロッドがどのくらいかかるのか尋ねたら、彼は成果の如何に関わらず、調査隊のすべてが帰ってくるのは早くて一月後だと話す。
「そんなに……。ねぇディオ様、これは呪いなの!」
「……?」
これには返答に困るディオニソスだった。医師ではなく調伏師が必要なのか? と思いあぐねるが。
「不幸に陥る呪い……聞いた時は不幸、すなわち死だと思ってた。でも実際は簡単に死なせてもらえない。使用者の未来を断ち、絶望の淵に陥れる……やっぱり私のせいよ」
どうもアリアンロッドは、なんらかの後悔にとり憑かれている様子だ。
「気を楽にするんだ。何も君のせいではない。アンヴァルの行動による結果のすべては、彼自身に責任がある。彼は分別あるひとりの大人なのだから」
「でも……調査隊の帰りが早くて一月。それはあくまで調査。本当に見つかるかも分からないのでしょう。運良く見つかったとしても、それからまたどれだけかかるの? 医師をここまで連れてきて、治療してもらうには」
「そして治るまでには? たとえ時間がかかったとしても結果完治するのであれば、それは最上級の恵みといったところだな」
「それまでずっとヴァルは苦しいままなの? もしかしたら、永久に……」
明らかにアリアンロッドは焦燥感に駆られている。
その思いつめた表情を横目にディオニソスは、彼女が突拍子もない行動に出るのでは、と危惧した。
「私、調査隊と一緒にその医師を探しに……!!」
「待てっ……」
いてもたっても居られず、部屋から駆けていこうとした彼女を、ディオニソスは壁際に押し込んだ。
「!」
閉じ込めた両腕以上に、両の目を射抜く彼の熱い視線に、アリアンロッドはぎゅっと縛られる。
「な、なに……?」
「追放しても戻ってきた、となれば……君の力について明らかにしない限り、外に出すわけにいかない。私の部屋で軟禁しようか」
彼が悪い男の顔になっている。いや、追放を経験したアリアンロッドの目にはそう映るようになってしまった。
「え、ええ……??」
すっかり腰砕けになり、その場で落ちたアリアンロッドの負けだ。彼女は従順に、自室へと戻っていった。
その夜、アリアンロッドはまたアンヴァルについて医師に打診したが、やはり面会謝絶とのことだった。
半日しかたっていないのに寝床でどう気分が変わるというのだ、と分かってはいるものの、この事態で彼女が気長になれるはずもなく。
「やっぱり私が行かなきゃ……」
いてもたってもいられず、夜明け前、アリアンロッドは自室を抜け出し、例の宮殿地下室からの隠し通路を通って外へ出た。
彼女はあの状況で通路のことを覚えていたのだった。
そこはもう城郭の外だ。
「ここを抜ければ城下町よね」
城を囲む森に入った。夜が明け出てくる、仕事を始める町人に馬車で連れていってもらおうと。それが北であろうが南であろうが、神の導きのままに。つまり、「無計画」というものだが、彼女の精一杯であった。
(? 後ろから足音がする?)
それに気付き、振り返った瞬間。強い力で手首を捕まれる。
「っ……!」
声を上げそうになったアリアンロッドは、今度は大きな手で口を塞がれ、恐怖で固まった。
「冥府に帰りそびれた亡霊たちが出てくる時間だ。大声を上げると──」
子どもの頃から彼女がお化けに弱いのを、彼はよく知っている。
「……ディオ様」
「君の行動はお見通しだよ」
(見張りが付けられていたんだ……!)
アリアンロッドは日頃から厳格に見張られていることを知らない。
「さぁ帰ろう」
「いや!」
珍しく表立って反抗するアリアンロッド。以前はこれほど直情型ではなかったはずだが、追放の経験を経たことで、外の世界に触れてしまったのが大きい。ディオニソスは見通しが甘かったと悔恨した。
「残念だが君にできることはない。王宮で大人しく待つ以外に」
「それでも! 私も探す! 私が医師を連れてくる!!」
手を振り払いたいが、大人の男の力にはかなわない。
なんとか引っ張ろうとして、彼が手加減してるせいで多少は前進するが、負けると分かっている根競べだ。
が。
ディオニソスがそろそろ持ち上げて帰るかと、彼女を抱きこもうとした瞬間。
「あっ……」
アリアンロッドは一時静止した。
「どうした?」
「ディオ様……まずい……離れて」
「え?」
「あれが……くる!」
アリアンロッドは迫りくる強風を感じ、彼を自身から突き離そうとしたが、遅かった。
そのままふたりは強風に煽られ、その森から姿を消したのだった。
恐る恐るアリアンロッドが目を開けてみると、そこには呆けた顔のディオニソスがいた。
(か、顔が近い……!)
気付けば彼の腕の中にいる。きっと彼は咄嗟にアリアンロッドを守ろうとしたのだろう。
彼女の胸はぎゅっと締め付けられた。
「いったい何が……?」
ディオニソスは彼女を腕の中にしまったまま、辺りを見回した。唐突に強風に煽られ、彼女を抱きしめ踏ん張ろうとした直後、真っ白な瞬間を経ての、この不可解な景色だ。
「今は夜??」
ふたりが森に入った頃、空は白み始めていたというのに、見上げるとそこには美しい夜空が広がっている。
ここは木々に囲まれているが勾配のある道の真ん中だ。
「元いた森ではないのだな……」
「ええ……」
多少落ち着いたアリアンロッドも彼の胸元から離れ、辺りを見回してみた。
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