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【 第二章 】 あなたを癒す力になりたい
① 呪われた脚?
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「こっ……ここは?」
アリアンロッドは先ほど、イナンナの負傷を癒せる医師を呼ぶために、屋敷の廊下をひた走っていた。
玄関を出たはいいが、アクシデントに次ぐアクシデントでもはや体力の限界を感じ、膝を地に付けた。そこをアンヴァルに引き上げられた時、あの風は吹いてきたのだった。
3日前にアリアンロッドを、“1年先の起こり得る未来”という異空間に吹き飛ばした、あのふしぎな風が────
ぎゅっと閉じた目を、恐る恐る開いたアリアンロッド。目の前にはアンヴァル。ふたりは元の体勢のままにいた。
しかし視界の片隅の色が違う。辺りの匂いも違う。
膝をつき項垂れた。
「どうしよう……イナンナが……」
「ちょっと待て。冷静に考えてみると……」
アンヴァルはやっとここで気付けた。1年後の自分たちがあそこにいるのだから、何もかも知っている彼らが対処するのではないか、と。
アリアンロッドが冷静になるのは、まだ時間がかかりそうだ。
「そんなことより、ここはどこだ?」
アンヴァルが周囲を見渡すと、そこに置かれるのはいくつかの机、椅子、壁には書棚。整然とした空間だ。王宮内にいくつもある、執務室だと理解した。
「帰って……きた……?」
アンヴァルの袖を掴むアリアンロッドの手が震えている。
「よし。報告に行こう」
「ディオ様に会えるの!? 私、会っていいの!?」
「神の導きでここに帰り着いたんだ。殿下もきっとお喜びになる」
彼はもう一度アリアンロッドの手を取り、起き上がるのを支えた。
「ありがとう。よいしょっと」
アリアンロッドも立ち上がったその時。
今度はアンヴァルが尻もちをつく。
「ん?」
「大丈夫?」
「…………?」
「ヴァルも疲労が限界だから……」
「いや、まだいけ……」
そう、手をつき、立ち上がろうと脚に力を入れた途端、また尻から転げ落ちた。そんな彼は、ぽかん…としてしまった。
「どうしたの!?」
「脚に、力が入らない……」
「ええっ!?」
もう一度、今度はアリアンロッドが立ち上がるのを手伝う。しかし、
「「うわぁっ……」」
ふたり揃って転がってしまった。
「いたた……。わ、私、誰か呼んでくる。すぐ戻ってくるから!」
アリアンロッドは部屋の出口に向かって駆け出した。その扉を開けようとしたら、
「……アリア?」
開いた扉の向こうから現れたのは、
「ディオ様!」
たった数日でも恋しくて、せつない胸を焦がしていた王太子であった。
アリアンロッドの視界は一瞬にして薔薇色に埋め尽くされた。
「本当に、アリアなのか……?」
彼は確かめようと、彼女の頬に手を伸ばしかけたが──
「ディオ様。ヴァルが!」
それを制止しアリアンロッドは、問題の脚とは逆の側で体躯を支え膝をつき、礼をするアンヴァルを王太子の目に入れた。
「脚の具合が悪いみたいなの。今すぐ宮廷医を呼んで!」
王太子は真摯な瞳で頷いた。
「分かった。早急に手配しよう」
宮廷の医務室にアンヴァルは担架で運ばれていった。ディオニソス王太子直属の医師が今、診察している。
その間、執務用の一室にアリアンロッドはディオニソスといた。
「よく無事に帰ったな、アリア」
労りながらも彼はアリアンロッドのほうをまっすぐに見られない。追放した張本人なのだと、痛いほど後ろめたさを抱え込んでいる。
しかし現在のアリアンロッドは愛しい彼のことよりも、心を掻き乱される一大事のさなかであった。
「ごめんなさい……ヴァルをあんなふうにしてしまったのは、私が……」
机に突っ伏して震えながら祈っている。そんな彼女の肩に腕を回し、ディオニソスはそっと撫でながら慰めた。
「アンヴァルの症状についてはまだなんとも言えないが、君が気に病むことはないよ。ただ、説明はして欲しい。道中に何があったのか」
話さなくてはいけないことは彼女も分かっている。アンヴァルの状況についてだけでなく、この期間に起こったすべての事を。
しかし今の自分が理路整然と、事の発端からを伝えられるとはまったく思わない。
「ごめんなさい……。今はどうしても……」
泣いている場合ではないのに、どうしようもなく不安で涙がこぼれてしまうアリアンロッドだった。
「落ち着いてからで構わない。まずは診断結果を待とう。しかし今、君が溜め込んでいることを、後で必ず話してくれるね?」
ディオニソスはそんな彼女の涙を拭いながら、頷く小さな頭を優しく撫でていた。
アリアンロッドはしばらくの間、王家の者のみが使用する談話室で、ひとり紅茶を飲んでいた。
ふしぎな風に吹き飛ばされ帰ってこられた。アンヴァルのことがあったので、王太子に対する“弁明”も後回しになった。
(私が神の力を、意志を持って行使したわけではないのに帰ってきてしまった。ディオ様はこれを受け入れてくれるかしら……)
不安の波に飲まれながらも、今はとにかくアンヴァルの容体が何よりも大事だと、自身を戒める。どうして彼がこんなことになってしまったのだろうと、あの館での出来事を最初から順に思い出してみた。
そこで部屋の扉がノックされる。
「アリア。失礼するよ」
「ディオ様!」
「ん、どうした? また顔が真っ青だが」
「ヴァルの脚ね……あれは呪いなの! やっぱり呪い以外ないわ! 私が呪いの武器を彼に使わせてしまったからっ……」
ディオニソスの胸に飛び込み、溢れかえる悔恨を吐き出すのだった。
彼は彼女の顔をのぞきこみ、今は冷静に話ができる状態ではないと、その訴えを横に置いておくことにした。
「医師の診察が終わったようだ。一緒に話を聞きに行くか?」
「……もちろん!」
宮殿の奥の間にて、宮廷医は王太子聖女両主君に一礼をし出迎えた。ディオニソスは医師を労い、茶を勧めた。
年老いた医師は言う。アンヴァルの膝に、目立たないが腫れて変色している部分がある。そこの粉砕骨折の可能性が高いと。
「でもヴァルはついさっきまで普通に走ったり跳んだりしてた! どこも打ったりはしてなくて、急によ?」
本人もそう話したようだ。
医師は、ごくまれだが衝撃を受けてすぐではなくとも、それが積み重なりこういう事態になることもあると話す。
「それなら……いくらでもあるだろうけど……」
誘いの風に吹かれ着地した時にも、転落して頭や身体を打っていたのだ。
「でも安静にしていれば治るのよね? 時間はかかっても骨はそのうちくっつくのでしょ? “生活の知恵”本にそう書いてあった!」
落ち着いて話を聞くディオニソスとは対照的に、アリアンロッドは焦って質問を繰りだしてしまう。
「それはなんとも……」
「じゃあ、そこに医術の出番ってことね! その腕で宮廷医に選ばれたあなたたちが治してくれるのよね!?」
前のめりな彼女をディオニソスは軽く諫めた。
しかし医師はためらいがちに話す。
昔から行われてきている“骨修復手術”というものは、宮廷医の実力を以てしても、決して成功率の高いものではない、と。
正常に戻るか、確実性はない。患部を切り開くことで患者の体力を奪い、下手をすれば何も行わないよりも、その健常な未来を損ねる可能性がある。術後の細菌感染も多い。
自然治癒を待つのとどれほどの違いがあるのかは、いまだ研究段階である。
そこでディオニソスがやっと口を開いた。
「と、言うと?」
彼はここまでの、歯切れの悪い医師の説明でおおよそ意を得ている。だがアリアンロッドに最後まで聞かせなくてはならない。
「近衛兵としての実務が今までと遜色なく行えるかどうかは、正直……厳しい、かと……」
「「!」」
ディオニソスにももちろん衝撃的な話だが、アリアンロッドはそれどころでない。世継ぎである彼女が、医師の元で膝をついて頭を下げた。
「お願いします! ヴァルを、今までどおり戦えるように治してください!」
「お、おやめくだされ……」
医師は困惑し彼女の肩に手を添える。
「ヴァルはディオ様の近衛という地位に誇りを持っていて……、ディオ様を守ることが彼の生き甲斐なの!」
一度食いついたら離しそうもない彼女を、ディオニソスはひょいと持ち上げ、すとんと席に戻した。
「どうにか、ならないものか」
こういう時は彼のように、冷静に手立てを求めるべきなのだ。アリアンロッドはいつも失念する。
「私の方では……。手術ではなく通常の整復ケアを行い、なんとか通常通り歩けるようになるまでは、懸命に務めさせていただきます」
「そんな……」
アリアンロッドが肩を落としたその時だった。
「しかし、あの医師ならば……あるいは……」
医師がそう呟いたのは。
アリアンロッドは先ほど、イナンナの負傷を癒せる医師を呼ぶために、屋敷の廊下をひた走っていた。
玄関を出たはいいが、アクシデントに次ぐアクシデントでもはや体力の限界を感じ、膝を地に付けた。そこをアンヴァルに引き上げられた時、あの風は吹いてきたのだった。
3日前にアリアンロッドを、“1年先の起こり得る未来”という異空間に吹き飛ばした、あのふしぎな風が────
ぎゅっと閉じた目を、恐る恐る開いたアリアンロッド。目の前にはアンヴァル。ふたりは元の体勢のままにいた。
しかし視界の片隅の色が違う。辺りの匂いも違う。
膝をつき項垂れた。
「どうしよう……イナンナが……」
「ちょっと待て。冷静に考えてみると……」
アンヴァルはやっとここで気付けた。1年後の自分たちがあそこにいるのだから、何もかも知っている彼らが対処するのではないか、と。
アリアンロッドが冷静になるのは、まだ時間がかかりそうだ。
「そんなことより、ここはどこだ?」
アンヴァルが周囲を見渡すと、そこに置かれるのはいくつかの机、椅子、壁には書棚。整然とした空間だ。王宮内にいくつもある、執務室だと理解した。
「帰って……きた……?」
アンヴァルの袖を掴むアリアンロッドの手が震えている。
「よし。報告に行こう」
「ディオ様に会えるの!? 私、会っていいの!?」
「神の導きでここに帰り着いたんだ。殿下もきっとお喜びになる」
彼はもう一度アリアンロッドの手を取り、起き上がるのを支えた。
「ありがとう。よいしょっと」
アリアンロッドも立ち上がったその時。
今度はアンヴァルが尻もちをつく。
「ん?」
「大丈夫?」
「…………?」
「ヴァルも疲労が限界だから……」
「いや、まだいけ……」
そう、手をつき、立ち上がろうと脚に力を入れた途端、また尻から転げ落ちた。そんな彼は、ぽかん…としてしまった。
「どうしたの!?」
「脚に、力が入らない……」
「ええっ!?」
もう一度、今度はアリアンロッドが立ち上がるのを手伝う。しかし、
「「うわぁっ……」」
ふたり揃って転がってしまった。
「いたた……。わ、私、誰か呼んでくる。すぐ戻ってくるから!」
アリアンロッドは部屋の出口に向かって駆け出した。その扉を開けようとしたら、
「……アリア?」
開いた扉の向こうから現れたのは、
「ディオ様!」
たった数日でも恋しくて、せつない胸を焦がしていた王太子であった。
アリアンロッドの視界は一瞬にして薔薇色に埋め尽くされた。
「本当に、アリアなのか……?」
彼は確かめようと、彼女の頬に手を伸ばしかけたが──
「ディオ様。ヴァルが!」
それを制止しアリアンロッドは、問題の脚とは逆の側で体躯を支え膝をつき、礼をするアンヴァルを王太子の目に入れた。
「脚の具合が悪いみたいなの。今すぐ宮廷医を呼んで!」
王太子は真摯な瞳で頷いた。
「分かった。早急に手配しよう」
宮廷の医務室にアンヴァルは担架で運ばれていった。ディオニソス王太子直属の医師が今、診察している。
その間、執務用の一室にアリアンロッドはディオニソスといた。
「よく無事に帰ったな、アリア」
労りながらも彼はアリアンロッドのほうをまっすぐに見られない。追放した張本人なのだと、痛いほど後ろめたさを抱え込んでいる。
しかし現在のアリアンロッドは愛しい彼のことよりも、心を掻き乱される一大事のさなかであった。
「ごめんなさい……ヴァルをあんなふうにしてしまったのは、私が……」
机に突っ伏して震えながら祈っている。そんな彼女の肩に腕を回し、ディオニソスはそっと撫でながら慰めた。
「アンヴァルの症状についてはまだなんとも言えないが、君が気に病むことはないよ。ただ、説明はして欲しい。道中に何があったのか」
話さなくてはいけないことは彼女も分かっている。アンヴァルの状況についてだけでなく、この期間に起こったすべての事を。
しかし今の自分が理路整然と、事の発端からを伝えられるとはまったく思わない。
「ごめんなさい……。今はどうしても……」
泣いている場合ではないのに、どうしようもなく不安で涙がこぼれてしまうアリアンロッドだった。
「落ち着いてからで構わない。まずは診断結果を待とう。しかし今、君が溜め込んでいることを、後で必ず話してくれるね?」
ディオニソスはそんな彼女の涙を拭いながら、頷く小さな頭を優しく撫でていた。
アリアンロッドはしばらくの間、王家の者のみが使用する談話室で、ひとり紅茶を飲んでいた。
ふしぎな風に吹き飛ばされ帰ってこられた。アンヴァルのことがあったので、王太子に対する“弁明”も後回しになった。
(私が神の力を、意志を持って行使したわけではないのに帰ってきてしまった。ディオ様はこれを受け入れてくれるかしら……)
不安の波に飲まれながらも、今はとにかくアンヴァルの容体が何よりも大事だと、自身を戒める。どうして彼がこんなことになってしまったのだろうと、あの館での出来事を最初から順に思い出してみた。
そこで部屋の扉がノックされる。
「アリア。失礼するよ」
「ディオ様!」
「ん、どうした? また顔が真っ青だが」
「ヴァルの脚ね……あれは呪いなの! やっぱり呪い以外ないわ! 私が呪いの武器を彼に使わせてしまったからっ……」
ディオニソスの胸に飛び込み、溢れかえる悔恨を吐き出すのだった。
彼は彼女の顔をのぞきこみ、今は冷静に話ができる状態ではないと、その訴えを横に置いておくことにした。
「医師の診察が終わったようだ。一緒に話を聞きに行くか?」
「……もちろん!」
宮殿の奥の間にて、宮廷医は王太子聖女両主君に一礼をし出迎えた。ディオニソスは医師を労い、茶を勧めた。
年老いた医師は言う。アンヴァルの膝に、目立たないが腫れて変色している部分がある。そこの粉砕骨折の可能性が高いと。
「でもヴァルはついさっきまで普通に走ったり跳んだりしてた! どこも打ったりはしてなくて、急によ?」
本人もそう話したようだ。
医師は、ごくまれだが衝撃を受けてすぐではなくとも、それが積み重なりこういう事態になることもあると話す。
「それなら……いくらでもあるだろうけど……」
誘いの風に吹かれ着地した時にも、転落して頭や身体を打っていたのだ。
「でも安静にしていれば治るのよね? 時間はかかっても骨はそのうちくっつくのでしょ? “生活の知恵”本にそう書いてあった!」
落ち着いて話を聞くディオニソスとは対照的に、アリアンロッドは焦って質問を繰りだしてしまう。
「それはなんとも……」
「じゃあ、そこに医術の出番ってことね! その腕で宮廷医に選ばれたあなたたちが治してくれるのよね!?」
前のめりな彼女をディオニソスは軽く諫めた。
しかし医師はためらいがちに話す。
昔から行われてきている“骨修復手術”というものは、宮廷医の実力を以てしても、決して成功率の高いものではない、と。
正常に戻るか、確実性はない。患部を切り開くことで患者の体力を奪い、下手をすれば何も行わないよりも、その健常な未来を損ねる可能性がある。術後の細菌感染も多い。
自然治癒を待つのとどれほどの違いがあるのかは、いまだ研究段階である。
そこでディオニソスがやっと口を開いた。
「と、言うと?」
彼はここまでの、歯切れの悪い医師の説明でおおよそ意を得ている。だがアリアンロッドに最後まで聞かせなくてはならない。
「近衛兵としての実務が今までと遜色なく行えるかどうかは、正直……厳しい、かと……」
「「!」」
ディオニソスにももちろん衝撃的な話だが、アリアンロッドはそれどころでない。世継ぎである彼女が、医師の元で膝をついて頭を下げた。
「お願いします! ヴァルを、今までどおり戦えるように治してください!」
「お、おやめくだされ……」
医師は困惑し彼女の肩に手を添える。
「ヴァルはディオ様の近衛という地位に誇りを持っていて……、ディオ様を守ることが彼の生き甲斐なの!」
一度食いついたら離しそうもない彼女を、ディオニソスはひょいと持ち上げ、すとんと席に戻した。
「どうにか、ならないものか」
こういう時は彼のように、冷静に手立てを求めるべきなのだ。アリアンロッドはいつも失念する。
「私の方では……。手術ではなく通常の整復ケアを行い、なんとか通常通り歩けるようになるまでは、懸命に務めさせていただきます」
「そんな……」
アリアンロッドが肩を落としたその時だった。
「しかし、あの医師ならば……あるいは……」
医師がそう呟いたのは。
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