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【 第二章 】 あなたを癒す力になりたい
⑤ キスして?
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「──というわけで、1年後の未来に行ったと思ったら、今度は26日過去なのよ……」
アリアンロッドは、神の導きで時を超え、然るべき処へ降り立つようになったことを、ディオニソスに話した。
「つまり、君はとうとう未来を知る力を得たのだな」
「でも! 聖女の予言の力は、聖歌を天に捧げたら神が肉体に降臨して、その詞が神からの言葉になるというものなんでしょ?」
「いや、それはオーソドックスな発現タイプだ。最も分かりやすいものだな」
彼は続けて、歴代の聖女の力とは予知夢をみたり、道具に未来の像を映し出したりといった、様々な方法で示されたと説明する。
「多くの国民に分かりやすい、という点で、聖歌の予言は我々王族にとって有難いのだ。民の信仰がよりいっそう深くなる」
アリアンロッドは、自分の発現タイプが国民に誇示しようのないことに気付き、スン…と表情を消した。
「さすがに君の力のようなものは歴代の記録にない。レア中のレアだな」
「なんかすみません……」
「未来を目視できるだなんて。そのうえ歴史の流れに手を入れることもできるのか……? ある意味、強過ぎるな。歴史書に記しても後世の者らは信じるだろうか」
「でも行くも帰るも思い通りにならないの! これではいざという時、あなたの役に立てないわ」
アリアンロッドが自嘲気味に言ったその時、ディオニソスはぐっと彼女を抱き寄せた。
その大きな手はしなやかに流れる銀の髪に触れ、後ろ頭を包む。
「本当に、良かった……。君は今まで苦しんでいただろう?」
「ディオ様……。ディオ様は嬉しい? こんなまともに扱えなくても、私が力に目覚めて」
「もちろんだ。君をずっと信じていたよ」
「あなたが嬉しいなら、私も嬉しい」
しかし心は複雑だ。聖女の力をとうとう手に入れた、それと同時に、自身は紛れもなく聖女なのだという現実が、どしゃぶりの雨のように痛々しく降り注ぐ。
(もう本当に、あなたと永遠に結ばれることのない運命……)
それを嬉しいと言う彼に対しても、悔しく思えてくる。
「王宮に帰ったら買い物に出掛けよう。君を謀って苦しめた罪滅ぼしとして、君の欲しいものを全部、買ってあげる」
「え? 今まで王宮からろくに出してもらえなかったのに」
(まぁ子どものうちなんて逃げ出してもおかしくないものね)
「もちろん厳重警護の上でだが……」
(なんだ、ふたりきりじゃないのか)
「私は君にいちばん似合う宝石とドレスを探そう。出先では大衆が、“アリアンロッドは美しい”“アリアンロッドになりたい”と思わず口にしてしまうような……」
ディオニソスはありありと想像したらしい。彼にしてはふやけた顔で笑った。
片やアリアンロッドは、塩気に満ちた顔になっていた。
「宝石もドレスも別にいい。城外デートはしたいけど」
「ん。じゃあ買い物以外でも、なんでも我がままを言っていいよ」
「我がまま? なんでもいいの?」
「王太子の権限内でのことなら」
アリアンロッドは目を瞬時に輝かせた。
「じゃあ、今ここでキスして」
そう、ぱちっと目を閉じて唇の先をちょんと突き出した。
「…………」
ディオニソスは蛇髪の魔女でも見たかのように石像になった。
その間、ディオニソスからの言動が一切ないので、アリアンロッドはいったん目を開けて、彼を上目づかいで見る。
「ディオ様?」
「……君は初日に、何もしないと言ったはずだが?」
そんな困った顔の彼に向かい、今度はムスっとして唇をすぼめる。
「私じゃないの。ディオ様がするんだから。これもダメなの? イマドキ5歳の子どもだってこれぐらいやってるのに」
「なに? 君は5歳でやったのか」
(私はやってないけど!)
「やってたかもしれないわぁ。近所の男の子と」
大見得を切ったアリアンロッドはすまし顔を、彼の面前に持ってきて再度、目を閉じた。
これにはディオニソスも遠慮なく溜め息をつく。
大したことないというフリをしてアリアンロッドの心臓は、バクバク、バクバク、未知の扉を開く瞬間ほどに打ち付けている。こんなチャンスは滅多にないのだから。
窓からの涼しい夜の風が、遠くで鳴くフクロウの声も乗せてきた。
しかしふたりのあいだを静かに流れる時は、ただ「無」だけを蓄積するに留まる。
アリアンロッドのどくんどくんと揺れる胸の音は、時が降り注ぐにつれ落ち着きを取り戻し、「やっぱりダメなのかぁ……」と諦めかけた。
その時、口先に触れた。何か、ちょこん、と。
「ん??」
唇にスタンプをぽんっと押された感覚があったので、なんだなんだと目を開けたら。
「ひゃっ、なにこれ?? ……タツノオトシゴ?」
目の前に乾燥タツノオトシゴ(薬用)。
「……これ、どこから?」
さすがのアリアンロッドも呆れ顔になった。
指でタツノオトシゴの胴体を掴んだまま彼は答える。
「ここは物置だからな。そこの木箱に干した魚類が保管されていた」
「そう……」
ファーストキスを干したタツノオトシゴに奪われたアリアンロッドは、また泣きそうになった。
「すまない……。口づけは私の権限内ではない」
彼はまったく申し訳なさそうにうつむくので、それがむしろ彼女を苛立たせる。
「どうして!? 聖女は“生涯独身”であればそれでいいのでしょう? キスぐらい神だって見逃すわ!」
「いやまぁ、そうなのだが。……ん、ちょっと待て」
ディオニソスはふと思い返した。アリアンロッドが貴族令嬢なら受ける淑女教育には無縁で来たことに。彼女が習っていたのは実際、帝王学だ。
聖女にとっての禁忌。それはすべての国民にとってあまりに恐ろしい事象で、内実を口にされることもない。
よって、アリアンロッドは結局、何をどうしたら聖痕を、ひいては神の力を失うのか、分かっていない。
「アリア、ひとつ確認したいのだが」
「はい?」
「君は、神の力を失うゆえに聖女は“結婚できないだけ”だと思っているのか? その……、形式的な結婚が力を失う原因だと……?」
「それは……私だってもう大人だから、分かってるわよ」
もじもじしながら、それでもアリアは堂々と答えた。
「神前で永遠の愛を誓った男女が、寝室で、その……素肌をさらけ出して抱き合うことこそが“結婚”、なのでしょ!」
彼女なりに宮廷図書館で調べた結果、割り出された知識であった。「もう、何を言わせるのよ」とアリアンロッドは紅く染まった頬を両手で押さえる。
「う──ん……」
「違うの?」
「違わないが……」
ディオニソスはまっすぐな彼女の視線に耐えられず、斜めに目を伏した。
「そうか……」
アリアンロッドはキスの延長線上に禁忌があることを知らない。
その瞳を閉じて唇を突き出す行為が、彼にとってどれほど残酷な仕打ちだとかは知らない。
ここで唇を重ねてしまったら、残りの夜を、この静寂に閉ざされたふたりきりの空間でどう過ごせというのか、途方に暮れるのは彼だけだと知らない。
彼女は男の性を知らない。
なにもかも彼女は知らないのだ。知る必要がないと先人に教わることがなかったのだから仕方がない。
「今、君に口づけたら私は……」
「ん?」
すぐ近くでオスのフクロウが鳴きだした。
「君の不死鳥に触れてしまうのを止められないと思うから……」
アリアンロッドは、神の導きで時を超え、然るべき処へ降り立つようになったことを、ディオニソスに話した。
「つまり、君はとうとう未来を知る力を得たのだな」
「でも! 聖女の予言の力は、聖歌を天に捧げたら神が肉体に降臨して、その詞が神からの言葉になるというものなんでしょ?」
「いや、それはオーソドックスな発現タイプだ。最も分かりやすいものだな」
彼は続けて、歴代の聖女の力とは予知夢をみたり、道具に未来の像を映し出したりといった、様々な方法で示されたと説明する。
「多くの国民に分かりやすい、という点で、聖歌の予言は我々王族にとって有難いのだ。民の信仰がよりいっそう深くなる」
アリアンロッドは、自分の発現タイプが国民に誇示しようのないことに気付き、スン…と表情を消した。
「さすがに君の力のようなものは歴代の記録にない。レア中のレアだな」
「なんかすみません……」
「未来を目視できるだなんて。そのうえ歴史の流れに手を入れることもできるのか……? ある意味、強過ぎるな。歴史書に記しても後世の者らは信じるだろうか」
「でも行くも帰るも思い通りにならないの! これではいざという時、あなたの役に立てないわ」
アリアンロッドが自嘲気味に言ったその時、ディオニソスはぐっと彼女を抱き寄せた。
その大きな手はしなやかに流れる銀の髪に触れ、後ろ頭を包む。
「本当に、良かった……。君は今まで苦しんでいただろう?」
「ディオ様……。ディオ様は嬉しい? こんなまともに扱えなくても、私が力に目覚めて」
「もちろんだ。君をずっと信じていたよ」
「あなたが嬉しいなら、私も嬉しい」
しかし心は複雑だ。聖女の力をとうとう手に入れた、それと同時に、自身は紛れもなく聖女なのだという現実が、どしゃぶりの雨のように痛々しく降り注ぐ。
(もう本当に、あなたと永遠に結ばれることのない運命……)
それを嬉しいと言う彼に対しても、悔しく思えてくる。
「王宮に帰ったら買い物に出掛けよう。君を謀って苦しめた罪滅ぼしとして、君の欲しいものを全部、買ってあげる」
「え? 今まで王宮からろくに出してもらえなかったのに」
(まぁ子どものうちなんて逃げ出してもおかしくないものね)
「もちろん厳重警護の上でだが……」
(なんだ、ふたりきりじゃないのか)
「私は君にいちばん似合う宝石とドレスを探そう。出先では大衆が、“アリアンロッドは美しい”“アリアンロッドになりたい”と思わず口にしてしまうような……」
ディオニソスはありありと想像したらしい。彼にしてはふやけた顔で笑った。
片やアリアンロッドは、塩気に満ちた顔になっていた。
「宝石もドレスも別にいい。城外デートはしたいけど」
「ん。じゃあ買い物以外でも、なんでも我がままを言っていいよ」
「我がまま? なんでもいいの?」
「王太子の権限内でのことなら」
アリアンロッドは目を瞬時に輝かせた。
「じゃあ、今ここでキスして」
そう、ぱちっと目を閉じて唇の先をちょんと突き出した。
「…………」
ディオニソスは蛇髪の魔女でも見たかのように石像になった。
その間、ディオニソスからの言動が一切ないので、アリアンロッドはいったん目を開けて、彼を上目づかいで見る。
「ディオ様?」
「……君は初日に、何もしないと言ったはずだが?」
そんな困った顔の彼に向かい、今度はムスっとして唇をすぼめる。
「私じゃないの。ディオ様がするんだから。これもダメなの? イマドキ5歳の子どもだってこれぐらいやってるのに」
「なに? 君は5歳でやったのか」
(私はやってないけど!)
「やってたかもしれないわぁ。近所の男の子と」
大見得を切ったアリアンロッドはすまし顔を、彼の面前に持ってきて再度、目を閉じた。
これにはディオニソスも遠慮なく溜め息をつく。
大したことないというフリをしてアリアンロッドの心臓は、バクバク、バクバク、未知の扉を開く瞬間ほどに打ち付けている。こんなチャンスは滅多にないのだから。
窓からの涼しい夜の風が、遠くで鳴くフクロウの声も乗せてきた。
しかしふたりのあいだを静かに流れる時は、ただ「無」だけを蓄積するに留まる。
アリアンロッドのどくんどくんと揺れる胸の音は、時が降り注ぐにつれ落ち着きを取り戻し、「やっぱりダメなのかぁ……」と諦めかけた。
その時、口先に触れた。何か、ちょこん、と。
「ん??」
唇にスタンプをぽんっと押された感覚があったので、なんだなんだと目を開けたら。
「ひゃっ、なにこれ?? ……タツノオトシゴ?」
目の前に乾燥タツノオトシゴ(薬用)。
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さすがのアリアンロッドも呆れ顔になった。
指でタツノオトシゴの胴体を掴んだまま彼は答える。
「ここは物置だからな。そこの木箱に干した魚類が保管されていた」
「そう……」
ファーストキスを干したタツノオトシゴに奪われたアリアンロッドは、また泣きそうになった。
「すまない……。口づけは私の権限内ではない」
彼はまったく申し訳なさそうにうつむくので、それがむしろ彼女を苛立たせる。
「どうして!? 聖女は“生涯独身”であればそれでいいのでしょう? キスぐらい神だって見逃すわ!」
「いやまぁ、そうなのだが。……ん、ちょっと待て」
ディオニソスはふと思い返した。アリアンロッドが貴族令嬢なら受ける淑女教育には無縁で来たことに。彼女が習っていたのは実際、帝王学だ。
聖女にとっての禁忌。それはすべての国民にとってあまりに恐ろしい事象で、内実を口にされることもない。
よって、アリアンロッドは結局、何をどうしたら聖痕を、ひいては神の力を失うのか、分かっていない。
「アリア、ひとつ確認したいのだが」
「はい?」
「君は、神の力を失うゆえに聖女は“結婚できないだけ”だと思っているのか? その……、形式的な結婚が力を失う原因だと……?」
「それは……私だってもう大人だから、分かってるわよ」
もじもじしながら、それでもアリアは堂々と答えた。
「神前で永遠の愛を誓った男女が、寝室で、その……素肌をさらけ出して抱き合うことこそが“結婚”、なのでしょ!」
彼女なりに宮廷図書館で調べた結果、割り出された知識であった。「もう、何を言わせるのよ」とアリアンロッドは紅く染まった頬を両手で押さえる。
「う──ん……」
「違うの?」
「違わないが……」
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