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【 第三章 】 復讐を果たしたら
① 携帯食を求めて
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アリアンロッドが王宮に帰還して三ヶ月が過ぎた。隣国ニフェウスとの外交関係は引き続いて緊張状態にある。
アリアンロッドはあの館で起こった事件をディオニソスに打ち明け、1年後の和議に向けての準備を始めた。
イナンナについて事実を詳細に報告した際、ディオニソスに動揺は見られなかった。察していた部分もあるのだろう。
不穏な影は付きまとうが、聖女の毎日は宮廷の最奥でゆるりと流れるのもまた、確かな一面であり、この日の昼下がり、庭園のガゼボにてアリアンロッドは──。
アンヴァルを従えて、ディオニソスに何やら直談判をしている。
「でね、ヴァルも護衛兵してまずまず働けるほどに回復したし、もう外出しても大丈夫なのよ」
聖女が外出すること自体、何も大丈夫ではないのだが……と、ディオニソスは異議を唱えたいところでとりあえず、彼女の主張を続けて聞いてみた。
「私、実感したの。“腹が減っては戦はできぬ”って、どこかの国の格言だって聞いてたけど、あれ真実だったわ!」
アリアンロッドは最初の神隠しで飛ばされた間、長時間食事にありつけずひもじい思いをしたことがトラウマになっていた。
「いつも携帯食を持って外出するべきよね」
彼女は即行、厨房で食材を眺めながら考えみた。
「やっぱり食料や料理を持ち運ぶのは難しいなって」
「そうだな」
ディオニソスもそこまでは理解の範囲だ。
アンヴァルは余計な口を挟むなとアリアンロッドに釘を刺されているので、終始聞き役に徹している。
「必要なのは栄養なんだから、それを限りなくコンパクトな物体にすればいいと思うのよ!」
「うん?」
「ちょうど最近、侍従たちの噂を耳にしたんだけど、王都からちょっと南に行ったあたりの山にね、すごく腕のたつ薬師がいるんだって!」
アリアンロッドの紫の瞳が好奇心にあふれて輝く。
「魔法みたいに不思議な薬を作るから、巷では魔術師って呼ばれているらしいの!」
話が眉唾モノになってきた。
「だから私、その人の住処に伺って、ん~~そうね、豆のような大きさで、一粒食べたらたちまち元気いっぱい! なんて薬をオーダーしようと思うの!」
張り切って持ち上げた両こぶしを下ろして、アリアンロッドがディオニソスの反応を確かめようとその顔を覗き込んだら、意外にも眉間にしわを寄せており、好感触を得られそうになかった。
「その薬師は、男、だよな?」
「え? ……そうだと思うわ。女性なら、そういう情報が付いて回るものだし」
ディオニソスは彼女に背を向けて、持ち込んでいた書類に目を通し始めた。
「安易に異性のところへ、聖女を向かわせるわけにはいかない。何かあったらどうするんだ」
一言呟いたら、また目線は書類に向き、彼女の言い分は結局却下する構えを見せた。
「なによケチ! そう言うあなたは私を追放して外の世界に出したんじゃない!」
「うっ……」
アリアンロッドが追放の一件を伝家の宝刀のごとく使うようになってしまった。
「今後も国の役に立つ技術になり得るわよ。軍隊のみなも不測の事態に食事が取れなくなるの、困るでしょう?」
「君なりに考えてはいるんだな」
やはり彼にとって、追放事件は当分後ろめたい黒歴史となった。フゥとひとつ溜息を洩らしたら、
「仕方ない。必ず門限を守るんだぞ」
結局、いつもの優しい眼差しで彼女を包むのだった。
「はい!」
喜ぶアリアンロッドの後方でアンヴァルは、「いいのですか」といった視線をディオニソスに送った。それに対しディオニソスが、「1年後までのふたりの無事は保証されているだろう?」と目線を返す。
しばらく自分の脚のことで頭がいっぱいだったアンヴァルは、「アリアの特殊な力に関しては整理が必要だな」と反省した。
アリアンロッドは聖女のドレスから体術を習う際の衣服に着替え、翌日ひっそりと馬車で出かけていった。
◇◆◇
雲一つない快晴の空の下──アリアンロッドは息せき切らし山道を上っている。ところどころ道が狭く、馬車では途中までしか上れなかった。
「そろそろ山頂だな」
「あら。あれは屋敷ね?」
鬱蒼と茂る木々の隙間から、建物が見えてきた。木造りの塀の奥に、ツタの絡まる石造りの平屋敷が悠然と佇む。
「ここが噂の、魔術師の住処!」
「薬師な」
アンヴァルがスタスタと空きっぱなしの門を越え、玄関の扉を叩いた。
「おーい、主はいるか!?」
おもむろに扉が開く。アンヴァルをそそくさと追いかけたアリアンロッドは息を呑んだ。
「どこからの商人だ? 見ない顔だが」
玄関から出てきたのは、古びた書物を脇に抱える、妙に貫禄の漂う白髪の少年であった。声も変声期前の甲高いものだが、口調は妙に落ち着いている。
「まさか、あんたが評判の薬師なのか?」
「私がここの主、マクリールだ」
「えっと……、子ども!?」
アリアンロッドは予想の域を超えた薬師の姿に目を丸くした。
「子どもで何か? ふん…、その身軽さ、商人ではないのか?」
マクリールと名乗る少年は、いかにも魔術を扱う、といったような、生地のなめらかな白地のローブをまとっている。
彼の背丈やあどけない容貌、声の雰囲気から察するに齢は12ほど。髪の毛先が無造作にハネていて、無頓着な風体がむしろ賢さを思わせる。
「私たちは個人的に薬をオーダーしたくて、王都から来たの」
マクリールは不審そうに、アリアンロッドとアンヴァルを交互に睨みつけたが。
「……中へどうぞ」
とりあえず、もてなしてもらえるようだ。
少年に連れてこられた応接間は、白く無機質な石の壁に、調度品も最低限の小部屋であった。外から見たら広い土地に大きな平屋敷であったが、他のスペースはどうなっているのだろうとアリアンロッドは訝しむ。
「すごいわね、そんな小さいのに、王都まで評判が聞こえるほどにあなたは優秀な薬師なのね!」
王宮まで、とは、身分を明かすわけにいかないので口にしないが、滅多にないことであった。
「そんな小さくはない」
子ども扱いは禁じ手のようだ。
「ええっと、私たち、便利な携帯食を探しているんだけど……」
「何用か?」
「旅用かな」
アリアンロッドは豆粒ほどの大きさで数日間腹持ちする薬が欲しいとねだった。しかし。
「それは無理ってものだろう。そんな便利なものが出回ったら、人は農耕をしなくなる」
「そうよね」
さすがに無茶だった、とアリアンロッドも気まずさで頬を掻いた。
「今から研究してみるが」
しかしこのリクエストは、マクリールの中にくすぶる、新薬開発への情熱を煽った。
「まぁすぐには無理だ」
「そう……」
アリアンロッドは門限が厳しいので、本日中に下山しなくてはならない。そこでマクリールは彼女の顔色で察したか──
「腹持ちのいい携帯食で、そこまでサイズにこだわらなければ、用意のできているものがあるぞ」
この言葉で、伏し目がちだったアリアンロッドは顔を上げた。
「元々、使用目的のメインは非常食ではないのだが」
マクリールは部屋の隅に置かれている瓶を持ち上げ、二人の前の机にドンと置く。薬やらの話にそこまで興味のないアンヴァルは、出されたサラダをしゃきしゃき貪っている。
「これは行方不明者の捜索のために開発した薬だ」
アリアンロッドがその瓶のふたを開けると、甘い匂いが漂ってきた。それを覗き込んで彼女は、無意識に人差し指を突っ込む。すると、どろっとした琥珀色の液体が指に絡んできた。
「これは、蜜?」
アリアンロッドはまたこれも無意識に、ぺろりと舐めた。そして、
「おい、そんなもの舐めて大丈夫か?」
無警戒ぶりを諫めようとしたアンヴァルの下唇にすかさず、指に残ったその液体を、ツルンと塗ってやった。
「どう?」
「甘い。ってオイ!」
甘さのせいか、頬がゆるんだアンヴァルだった。
アリアンロッドはあの館で起こった事件をディオニソスに打ち明け、1年後の和議に向けての準備を始めた。
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不穏な影は付きまとうが、聖女の毎日は宮廷の最奥でゆるりと流れるのもまた、確かな一面であり、この日の昼下がり、庭園のガゼボにてアリアンロッドは──。
アンヴァルを従えて、ディオニソスに何やら直談判をしている。
「でね、ヴァルも護衛兵してまずまず働けるほどに回復したし、もう外出しても大丈夫なのよ」
聖女が外出すること自体、何も大丈夫ではないのだが……と、ディオニソスは異議を唱えたいところでとりあえず、彼女の主張を続けて聞いてみた。
「私、実感したの。“腹が減っては戦はできぬ”って、どこかの国の格言だって聞いてたけど、あれ真実だったわ!」
アリアンロッドは最初の神隠しで飛ばされた間、長時間食事にありつけずひもじい思いをしたことがトラウマになっていた。
「いつも携帯食を持って外出するべきよね」
彼女は即行、厨房で食材を眺めながら考えみた。
「やっぱり食料や料理を持ち運ぶのは難しいなって」
「そうだな」
ディオニソスもそこまでは理解の範囲だ。
アンヴァルは余計な口を挟むなとアリアンロッドに釘を刺されているので、終始聞き役に徹している。
「必要なのは栄養なんだから、それを限りなくコンパクトな物体にすればいいと思うのよ!」
「うん?」
「ちょうど最近、侍従たちの噂を耳にしたんだけど、王都からちょっと南に行ったあたりの山にね、すごく腕のたつ薬師がいるんだって!」
アリアンロッドの紫の瞳が好奇心にあふれて輝く。
「魔法みたいに不思議な薬を作るから、巷では魔術師って呼ばれているらしいの!」
話が眉唾モノになってきた。
「だから私、その人の住処に伺って、ん~~そうね、豆のような大きさで、一粒食べたらたちまち元気いっぱい! なんて薬をオーダーしようと思うの!」
張り切って持ち上げた両こぶしを下ろして、アリアンロッドがディオニソスの反応を確かめようとその顔を覗き込んだら、意外にも眉間にしわを寄せており、好感触を得られそうになかった。
「その薬師は、男、だよな?」
「え? ……そうだと思うわ。女性なら、そういう情報が付いて回るものだし」
ディオニソスは彼女に背を向けて、持ち込んでいた書類に目を通し始めた。
「安易に異性のところへ、聖女を向かわせるわけにはいかない。何かあったらどうするんだ」
一言呟いたら、また目線は書類に向き、彼女の言い分は結局却下する構えを見せた。
「なによケチ! そう言うあなたは私を追放して外の世界に出したんじゃない!」
「うっ……」
アリアンロッドが追放の一件を伝家の宝刀のごとく使うようになってしまった。
「今後も国の役に立つ技術になり得るわよ。軍隊のみなも不測の事態に食事が取れなくなるの、困るでしょう?」
「君なりに考えてはいるんだな」
やはり彼にとって、追放事件は当分後ろめたい黒歴史となった。フゥとひとつ溜息を洩らしたら、
「仕方ない。必ず門限を守るんだぞ」
結局、いつもの優しい眼差しで彼女を包むのだった。
「はい!」
喜ぶアリアンロッドの後方でアンヴァルは、「いいのですか」といった視線をディオニソスに送った。それに対しディオニソスが、「1年後までのふたりの無事は保証されているだろう?」と目線を返す。
しばらく自分の脚のことで頭がいっぱいだったアンヴァルは、「アリアの特殊な力に関しては整理が必要だな」と反省した。
アリアンロッドは聖女のドレスから体術を習う際の衣服に着替え、翌日ひっそりと馬車で出かけていった。
◇◆◇
雲一つない快晴の空の下──アリアンロッドは息せき切らし山道を上っている。ところどころ道が狭く、馬車では途中までしか上れなかった。
「そろそろ山頂だな」
「あら。あれは屋敷ね?」
鬱蒼と茂る木々の隙間から、建物が見えてきた。木造りの塀の奥に、ツタの絡まる石造りの平屋敷が悠然と佇む。
「ここが噂の、魔術師の住処!」
「薬師な」
アンヴァルがスタスタと空きっぱなしの門を越え、玄関の扉を叩いた。
「おーい、主はいるか!?」
おもむろに扉が開く。アンヴァルをそそくさと追いかけたアリアンロッドは息を呑んだ。
「どこからの商人だ? 見ない顔だが」
玄関から出てきたのは、古びた書物を脇に抱える、妙に貫禄の漂う白髪の少年であった。声も変声期前の甲高いものだが、口調は妙に落ち着いている。
「まさか、あんたが評判の薬師なのか?」
「私がここの主、マクリールだ」
「えっと……、子ども!?」
アリアンロッドは予想の域を超えた薬師の姿に目を丸くした。
「子どもで何か? ふん…、その身軽さ、商人ではないのか?」
マクリールと名乗る少年は、いかにも魔術を扱う、といったような、生地のなめらかな白地のローブをまとっている。
彼の背丈やあどけない容貌、声の雰囲気から察するに齢は12ほど。髪の毛先が無造作にハネていて、無頓着な風体がむしろ賢さを思わせる。
「私たちは個人的に薬をオーダーしたくて、王都から来たの」
マクリールは不審そうに、アリアンロッドとアンヴァルを交互に睨みつけたが。
「……中へどうぞ」
とりあえず、もてなしてもらえるようだ。
少年に連れてこられた応接間は、白く無機質な石の壁に、調度品も最低限の小部屋であった。外から見たら広い土地に大きな平屋敷であったが、他のスペースはどうなっているのだろうとアリアンロッドは訝しむ。
「すごいわね、そんな小さいのに、王都まで評判が聞こえるほどにあなたは優秀な薬師なのね!」
王宮まで、とは、身分を明かすわけにいかないので口にしないが、滅多にないことであった。
「そんな小さくはない」
子ども扱いは禁じ手のようだ。
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「何用か?」
「旅用かな」
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「それは無理ってものだろう。そんな便利なものが出回ったら、人は農耕をしなくなる」
「そうよね」
さすがに無茶だった、とアリアンロッドも気まずさで頬を掻いた。
「今から研究してみるが」
しかしこのリクエストは、マクリールの中にくすぶる、新薬開発への情熱を煽った。
「まぁすぐには無理だ」
「そう……」
アリアンロッドは門限が厳しいので、本日中に下山しなくてはならない。そこでマクリールは彼女の顔色で察したか──
「腹持ちのいい携帯食で、そこまでサイズにこだわらなければ、用意のできているものがあるぞ」
この言葉で、伏し目がちだったアリアンロッドは顔を上げた。
「元々、使用目的のメインは非常食ではないのだが」
マクリールは部屋の隅に置かれている瓶を持ち上げ、二人の前の机にドンと置く。薬やらの話にそこまで興味のないアンヴァルは、出されたサラダをしゃきしゃき貪っている。
「これは行方不明者の捜索のために開発した薬だ」
アリアンロッドがその瓶のふたを開けると、甘い匂いが漂ってきた。それを覗き込んで彼女は、無意識に人差し指を突っ込む。すると、どろっとした琥珀色の液体が指に絡んできた。
「これは、蜜?」
アリアンロッドはまたこれも無意識に、ぺろりと舐めた。そして、
「おい、そんなもの舐めて大丈夫か?」
無警戒ぶりを諫めようとしたアンヴァルの下唇にすかさず、指に残ったその液体を、ツルンと塗ってやった。
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