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【 第七章 】 永遠に君のそばにいる
⑩ 今は種を撒いている時
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聖女は国にふたりいる。ひとりの聖女が天へ召されたら、新たに少女の胸にその鳳の紋章が移り、新たな聖女が誕生する。
そして新たなる聖女は、どこにいても、どのような立場で、どのような人間であっても、“王宮へ出頭しなくてはならない”。聖女は大抵幼い少女であるので、通常はその周囲の大人が召し出さなくてはならないのだ。
「国のしきたりでは、新たな聖女が自ら王宮に参らぬ場合は、国が捜索する。それも闇雲に探すのではなく、王宮にいる大聖女が、神の力を使って居所を突き止めるのだ」
大聖女ならそれくらい造作もないことと、王宮の者々は思うだろう。実際、歴史上、そこでの然したるトラブルはなかったようだ。
「私は、後継を見つけられない……。私の夢見の力に不足があったことはなかった。しかしこれに関しては、視ようとしても、何も……。今、聖痕を持つ乙女はおそらく、私よりもよほど強く大きな力を手にしているのだろう」
アリアンロッドは頭の中を整理し始めた。この時代は23年前だ。こちらの大聖女は先々代に違いない。そして先代は──。
ふと、以前にみた夢を思い出した。若き先代大聖女は雷の鳴った日、愛馬を亡くし、悪徳領主の館に踏み入った時に、力に目覚めた。あれがこの時代の先代大聖女の、身罷ったのと同時なのだろう。
「あなたの先代様はいつ頃に身罷ったのでしょうか?」
「もう2年も前だ」
(お母様は、力に目覚めても王宮に出てこない……。)
聖女のしるしが現れた者は隠れていてはならない。周囲の者も隠してはならない。国民の義務であるので、これを怠ったら処罰の対象になる。
(それを知らない国民はいない。どうしてお母様は……)
ここでアリアンロッドはハッとした。先代大聖女の少女時代、彼女は祖母と二人暮らしだったのだ。
(我が儘で隠れているとは思わない。お母様だって、ちゃんと王宮に身を捧げる。でも……それはきっと、祖母と最後の時まで暮らしてからだわ)
「そなたは未来から来たのだろうか? 私はこのまま聖女を見つけられないままだろうか。どうか教えて欲しい……」
心身ともに、強かに美しい大聖女が、気弱な表情を見せた。アリアンロッドの心に共感の嵐が吹きすさぶ。
アリアンロッドも神の力に目覚める気配もなく、長く不安に苛まれていた。ここで神の血を、国の平和を、無能な自分が絶やしてしまうのではないか、という、かつての恐怖を思い出したのだ。
歴代の大聖女はみな、強大な力を持つ。自信に満ち溢れ、迷いなく国の民を幸福に導く――。記録書にはそう記されている。しかし、それぞれに悩みも焦りもあったはずだ。時に不安と孤独に闘うことも。それは決して自分だけではない。
「大丈夫です!!」
アリアンロッドの明るい声が部屋に響き渡った。その叫びが意外なほど快活で、大聖女は目を丸くした。
「後継の聖女は必ず現れます!」
この自信たっぷりの表情は、大聖女に大きな説得力を以って伝わっただろう。
「それがいつかは言えません……。でも、そう遠くない未来です。お転婆な聖女が、白馬に乗ってやって来ます。だから、大変だと思うけど王宮ではそれまで適当にごまかして……。心穏やかにお待ちください!」
「お転婆……。白馬……」
そこまで確実に視えているのか、と大聖女は、肩の荷をおろした。
「ただお願いです。その聖女の周囲の人たちを、隠匿の罪に問わないでください。周囲の人たちは、本当に知らないと思うので……」
大聖女は少しのあいだ、考えたが。
「了承した。必ずと太鼓判を押してくれた、そなたの要望は聞き入れよう。他には何かあるか? 私がそなたのために何かできることは……」
そこでアリアンロッドも、せっかくなら……と考えて、はっと思い立った。ぜひ、この人に説いていただきたい、と。
「たとえば……たとえばですよ?」
アリアンロッドは一時、言い淀んだ。国の悲運を過去の大聖女とはいえ、打ち明けていいものかと。しかし、ひとりで背負うには重すぎて、心の支えを切実に欲していたのも事実。
「もし力及ばず、自分の代で国を滅ぼしてしまうことになったら、あなたはどうしますか?」
「! …………」
この大聖女は思い当たるふしがあった。彼女の能力は、夢見に特化している。聖歌を歌い、予言の詞が出てくる頻度はあまり高くはないが、夢見の性能にはかなりの信憑性があった。
その彼女は、この国の確かな未来を視ていない。その一端に己に責任があるのでは、と苦にしていた。そうでないことは今分かったが、この未来の大聖女の言から察するに、やはり国は永く続かないということだろう、と──
先々代の大聖女は一度目を閉じ、決意したように話す。
「苦しみ悩みぬいた末に、それが神の定めた運命だと諦めるだろう」
「諦めてもいいのですか!?」
アリアンロッドは無意識に、焦りをその大声に乗せた。
「ええ」
彼女の心労を察してか先々代は、ふっと優し気な笑みをたたえた。
「私は遠く未来の夢をみる。時々、この地の千年、二千年先の夢なども。その頃は、この地であるにも関わらず、“国”はいつも違うのだ。それが変わりゆくのも天命だろう。しかしここに生きる人々は、いつの時世も逞しく、幸福を求め営み続ける。恐ろしくても苦しくても……もしかしたら苦しみばかり続く時代もあるかもしれぬが」
「それでも前に進んでいるのですか?」
「うむ。そして、そなたの蒔いた種もいつか実を結び、花を咲かせ何百年、何千年先にも咲き誇るだろう」
その言葉を聞き入れたアリアンロッドの顔に、赤みがさした。
(私の蒔く種も……? 花が咲く……)
「ありがとうございます! そうですよね、千年先のことを思えば、例え今が辛くったって……。気持ちが楽になりました!」
その時、扉の向こうから大聖女の名を呼ぶ声が。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「まことに遅いぞ。ルミエールと共に呼んだというに」
そこに参ったのはルシオーレだった。
「失礼いたします。エールをいずこへやったのですか? 馬舎に向かったと今そこで部下から聞いたのですが」
「それがな……」
大聖女は、今ここ王都で猛威を奮う病の原因を、神の啓示により突き止めた。
それは、ここから馬で1時間ほどの山に住むというワイバーンの鱗だ。洞穴に住むワイバーンの鱗から異様な粉が吹き出る。その粉が風に乗って飛び散り、数十年に一度ほどの周期であろうか、この国の男の間で病が流行るのだという。
そのような話を聞いて、アリアンロッドとルシオーレは嫌な予感に見舞われた。
「たった今、父王を苦しめている病ですか……そして?」
その病魔を取り除くには、その洞穴に茂る花の弁を煎じて呑むと良いのだという。
「それでしたら、軍隊を遣わせるべきですね」
「だが、今多くのそれは出払っているとルミエールが言っておった。先日の大嵐で救助が必要な地域が多いのだそうだ」
「だからってルミエールが出向いたところでどうしようもないのに!」
「ああ、やっぱりエールさんひとりで……」
アリアンロッドが心配に陥るそばで、ルシオーレは駆け出した。
「ああオーレさんまで……」
アリアンロッドも大聖女に礼をし、慌てて彼を追った。
そして新たなる聖女は、どこにいても、どのような立場で、どのような人間であっても、“王宮へ出頭しなくてはならない”。聖女は大抵幼い少女であるので、通常はその周囲の大人が召し出さなくてはならないのだ。
「国のしきたりでは、新たな聖女が自ら王宮に参らぬ場合は、国が捜索する。それも闇雲に探すのではなく、王宮にいる大聖女が、神の力を使って居所を突き止めるのだ」
大聖女ならそれくらい造作もないことと、王宮の者々は思うだろう。実際、歴史上、そこでの然したるトラブルはなかったようだ。
「私は、後継を見つけられない……。私の夢見の力に不足があったことはなかった。しかしこれに関しては、視ようとしても、何も……。今、聖痕を持つ乙女はおそらく、私よりもよほど強く大きな力を手にしているのだろう」
アリアンロッドは頭の中を整理し始めた。この時代は23年前だ。こちらの大聖女は先々代に違いない。そして先代は──。
ふと、以前にみた夢を思い出した。若き先代大聖女は雷の鳴った日、愛馬を亡くし、悪徳領主の館に踏み入った時に、力に目覚めた。あれがこの時代の先代大聖女の、身罷ったのと同時なのだろう。
「あなたの先代様はいつ頃に身罷ったのでしょうか?」
「もう2年も前だ」
(お母様は、力に目覚めても王宮に出てこない……。)
聖女のしるしが現れた者は隠れていてはならない。周囲の者も隠してはならない。国民の義務であるので、これを怠ったら処罰の対象になる。
(それを知らない国民はいない。どうしてお母様は……)
ここでアリアンロッドはハッとした。先代大聖女の少女時代、彼女は祖母と二人暮らしだったのだ。
(我が儘で隠れているとは思わない。お母様だって、ちゃんと王宮に身を捧げる。でも……それはきっと、祖母と最後の時まで暮らしてからだわ)
「そなたは未来から来たのだろうか? 私はこのまま聖女を見つけられないままだろうか。どうか教えて欲しい……」
心身ともに、強かに美しい大聖女が、気弱な表情を見せた。アリアンロッドの心に共感の嵐が吹きすさぶ。
アリアンロッドも神の力に目覚める気配もなく、長く不安に苛まれていた。ここで神の血を、国の平和を、無能な自分が絶やしてしまうのではないか、という、かつての恐怖を思い出したのだ。
歴代の大聖女はみな、強大な力を持つ。自信に満ち溢れ、迷いなく国の民を幸福に導く――。記録書にはそう記されている。しかし、それぞれに悩みも焦りもあったはずだ。時に不安と孤独に闘うことも。それは決して自分だけではない。
「大丈夫です!!」
アリアンロッドの明るい声が部屋に響き渡った。その叫びが意外なほど快活で、大聖女は目を丸くした。
「後継の聖女は必ず現れます!」
この自信たっぷりの表情は、大聖女に大きな説得力を以って伝わっただろう。
「それがいつかは言えません……。でも、そう遠くない未来です。お転婆な聖女が、白馬に乗ってやって来ます。だから、大変だと思うけど王宮ではそれまで適当にごまかして……。心穏やかにお待ちください!」
「お転婆……。白馬……」
そこまで確実に視えているのか、と大聖女は、肩の荷をおろした。
「ただお願いです。その聖女の周囲の人たちを、隠匿の罪に問わないでください。周囲の人たちは、本当に知らないと思うので……」
大聖女は少しのあいだ、考えたが。
「了承した。必ずと太鼓判を押してくれた、そなたの要望は聞き入れよう。他には何かあるか? 私がそなたのために何かできることは……」
そこでアリアンロッドも、せっかくなら……と考えて、はっと思い立った。ぜひ、この人に説いていただきたい、と。
「たとえば……たとえばですよ?」
アリアンロッドは一時、言い淀んだ。国の悲運を過去の大聖女とはいえ、打ち明けていいものかと。しかし、ひとりで背負うには重すぎて、心の支えを切実に欲していたのも事実。
「もし力及ばず、自分の代で国を滅ぼしてしまうことになったら、あなたはどうしますか?」
「! …………」
この大聖女は思い当たるふしがあった。彼女の能力は、夢見に特化している。聖歌を歌い、予言の詞が出てくる頻度はあまり高くはないが、夢見の性能にはかなりの信憑性があった。
その彼女は、この国の確かな未来を視ていない。その一端に己に責任があるのでは、と苦にしていた。そうでないことは今分かったが、この未来の大聖女の言から察するに、やはり国は永く続かないということだろう、と──
先々代の大聖女は一度目を閉じ、決意したように話す。
「苦しみ悩みぬいた末に、それが神の定めた運命だと諦めるだろう」
「諦めてもいいのですか!?」
アリアンロッドは無意識に、焦りをその大声に乗せた。
「ええ」
彼女の心労を察してか先々代は、ふっと優し気な笑みをたたえた。
「私は遠く未来の夢をみる。時々、この地の千年、二千年先の夢なども。その頃は、この地であるにも関わらず、“国”はいつも違うのだ。それが変わりゆくのも天命だろう。しかしここに生きる人々は、いつの時世も逞しく、幸福を求め営み続ける。恐ろしくても苦しくても……もしかしたら苦しみばかり続く時代もあるかもしれぬが」
「それでも前に進んでいるのですか?」
「うむ。そして、そなたの蒔いた種もいつか実を結び、花を咲かせ何百年、何千年先にも咲き誇るだろう」
その言葉を聞き入れたアリアンロッドの顔に、赤みがさした。
(私の蒔く種も……? 花が咲く……)
「ありがとうございます! そうですよね、千年先のことを思えば、例え今が辛くったって……。気持ちが楽になりました!」
その時、扉の向こうから大聖女の名を呼ぶ声が。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「まことに遅いぞ。ルミエールと共に呼んだというに」
そこに参ったのはルシオーレだった。
「失礼いたします。エールをいずこへやったのですか? 馬舎に向かったと今そこで部下から聞いたのですが」
「それがな……」
大聖女は、今ここ王都で猛威を奮う病の原因を、神の啓示により突き止めた。
それは、ここから馬で1時間ほどの山に住むというワイバーンの鱗だ。洞穴に住むワイバーンの鱗から異様な粉が吹き出る。その粉が風に乗って飛び散り、数十年に一度ほどの周期であろうか、この国の男の間で病が流行るのだという。
そのような話を聞いて、アリアンロッドとルシオーレは嫌な予感に見舞われた。
「たった今、父王を苦しめている病ですか……そして?」
その病魔を取り除くには、その洞穴に茂る花の弁を煎じて呑むと良いのだという。
「それでしたら、軍隊を遣わせるべきですね」
「だが、今多くのそれは出払っているとルミエールが言っておった。先日の大嵐で救助が必要な地域が多いのだそうだ」
「だからってルミエールが出向いたところでどうしようもないのに!」
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