追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

文字の大きさ
88 / 148
【 第八章 】 同じ思いを抱いている

⑤ 市街地で鬼ごっこ

しおりを挟む
 アリアンロッドは奥間に通された。まずは一家のとっておきの食事でもてなされたのだが、みな恐縮しているのでアリアンロッドも落ち着かない。これは死んだと思っていた人が現れて余計に神格化しているのでは、といった様相だ。

「あ、あの。私、戦争で果てたと民間で思われてるみたいだけど、実は、落ちのびて……でもまた遠くへ逃げなくてはいけないので、私が来た事は誰にも秘密にして欲しいの」
「仰せの通りに……」
 主人は大聖女の命が無事であったことに感激している。彼は40過ぎだと言っていたが、今もなお丈夫なようだ。

「あの赤い実はまだ生ってる?」
「はい、ございます。以前お話しました、汁もできております。どうぞお召し上がりください」

 アリアンロッドは、赤い実を煮詰めて水気を飛ばし、塩を混ぜたという、とろみのある汁をもらった。
「わぁ、まろやかで美味しいスープだわ! やっぱり甘いような、すっぱいような……」

「以前、大聖女様に、この作物をお気に召していただけたことで自信が湧きまして。あの後、この地の役人である方にこれを打ち明けたところ、なんと同じく褒めてもらえました。まだその方のみですが嬉しくなって、この汁もいつも作り過ぎてしまうのです」
「良かったわ、賛同者ができて。もっと増えるといいわね。さて、ご馳走さま。あ、そうだ。今って、からどれくらいたったのかしら……?」

 主人は1年半ほどだと言った。半年前から急に移住者が入ってきたが、元からここに住む民が追いやられたりなどはないらしい。しかし住人が増えたせいか、例の、女性が狙われる事件なども起こるようになってしまった。

「そう……。教えてくれてありがとう」
 アリアンロッドはこう言い残し、家を出た。


 人気ひとけのあるところなら歩いていても大丈夫だろうと、その辺りを見て歩く。

(恐ろしい事件が起きている……。私にできることはない?)

「ヴァルがいれば、何かできたかもしれないのに……」
 今必要なのはより高い戦力だろう。
(そういえばヴァルに短剣を隠し持っておくように言われていたっけ)
 それすら結局、どうにもならなかったと気を落とす。武器どころか衣服も身に着けず、時空移動してしまったのだから。

「あ、あら……?」
 考え事ばかりしていたら、平常運転でやらかすアリアンロッドは──いつの間にか迷子で、人気のない路地裏にいた。もうすぐ日暮れ時だというのに。

「もうっ、ここはどこ!?」

 さらに機を見計らったように。
「!」
 間一髪で避けたが、何か鋭い物が飛んできた。地面に食い込んだそれを急いで拾ってみると。
「鉄の……やじり?」
 確実に自分を狙っていた。辺りを見回すが、人の影が確認できない。嫌な予感がする。

「逃げなきゃ!」

 彼女は表道を目指して走った。



 迷い込んだそこは建物の密集地だった。

 不案内なアリアンロッドは袋小路に追い詰められた。そしてまた何かが飛んでくる。二方向からだ。恐れで足がすくんで動けなくなり、もう避けられないと、目を固く閉じた。

────カン! カンッ!
「!!?」
 金属音がしてぱっと目を開けたら、どこから現れたのか、目の前にいたのは──、

「そこの穴から逃げろ!」

 昨日分かれた男だった。彼が、アリアンロッドをめがけた鉄鏃てつぞくを銅剣で打ち払ったのだ。

 ふたりは抜け道のようなところから逃げ出した。

 しばらく一目散に走り、建物がまばらに建つ農村に出た頃、日が落ちたので、男の先導で近くの小屋に忍び込んだ。




「勝手に他人ひとのうちの物置に入っていいの?」
「ひとまず隠れた方がいいだろう? かなりしつこく追ってきてたぞ、お前を狙う奴ら」
「ひとまずというか、もう辺りは暗いし、朝まで出られないわね……」

 せせこましい小屋に農具などが詰め置かれ、人が居座る余地はあまりない。
 アリアンロッドが座ったすぐ隣に、男も仕方なく腰を据えた。
「!」
「なんだ、意識してるのか?」
 びくっと縦揺れしたアリアンロッドに彼はニヤリとした。
「だ、だって……」
 こんな暗闇の密室で慣れない男とふたりきり。最悪の事態を考えてしまう。
「わ、私に何かしたら、し、舌を噛んで死にます……」
 口調からありありとうかがえるほどに震えている。

「朝小屋を開けたら死体が落ちていた、なんてそれこそ迷惑だぞ。というか俺は巻き込まれたんだが」
「っ、助けてとは言ってない! ……だけど、ありがとう、本当に助かった……」
 なんやかんや素直な彼女の言葉に、男も、
「まぁ、通りすがりに放っておくわけにもいかなかったからな」
 あまりからかうのはよしておこう、と思ったようだ。

 ふたりは雑然とした倉庫内で、ひそやかに会話を交わす。
「どうしてお前が狙われているか、だが……。やはり女を狙うあれか」
「今、私が狙われる理由は、あるとすればふたつ。その無差別の事件、あるいは」

 アリアンロッドはこの地の統率者を選ぶ催しに巻き込まれたことを話した。今回は後者だと踏んでいることも。
「鉄のやじりが私を殺そうとはしてなかった。私に恐怖を植え付けて、この街から逃げ出すように仕向けるような追い詰め方で……」

「ふうん。まったく下らねえな。しかしそんな下らないことに首を突っ込むお前もお前だ」
「突っ込んだわけじゃ……」
「お前に何かあったら家族が心配するだろう」
「家族……いないわ」
 一方的に家族だと思っている人たちはいるけど、と彼女はこぼしそうになって止めた。泣き言が止まらなくなりそうだったから。

「なんだ、夫だけでなく家族もいないのか」
「あなたは家族を置いて、ここに仕事で来てるの? きっと妻も子もたくさんいるんでしょう?」
「いや。俺もいないぞ、家族」

 アリアンロッドはそう聞いて、なんだか意外だ、と感じた。
(大家族で楽しく過ごしていそうな雰囲気の人なのに……)

「ひとりも?」
「ああ。昔はたくさんいたんだけどな。数年前に最後のひとりを亡くして以来、家に帰れば独りだ」

「それは寂しいわね」
「まぁな。だが長く連れ添った仲間はいる。仲間ならいくらでも作れる」
 妻だっていくらでも作れたはずだけど、と、やはりふしぎに思う。しかし、もしかしたらこの不遜な彼ですら、どうにもならない片恋の相手がいるのかもしれない、などと勝手な仲間意識が芽生えた。

「私にだって仲間はいるわよ。家族みたいなものよね。長く一緒にいればいるほど」
「そういえば、お前もなんだか初めて会った気がしないな。ずっと昔に……」
「ちょっと! そんなふうにいつも女性を口説いてるんでしょ」
 アリアンロッドは寄ってきた彼の顔を押し出した。とはいえ案外、悪い気はしていないのだった。

「どうだ? 寂しい同士、慰め合うか」
「!?」
 彼がアリアンロッドに触れる。どこをとは言わない。
「……っ、あっあわわわわ」
「ぷっ」
 彼は噴き出してすぐに止めた。真っ暗で見えなくても、彼女の表情など丸分かりだ。からかうのは止めておこうと思ったはずだが、どうにも構いたくなるようで。

「~~~~~~」
 アリアンロッドは、意外と良い人なのかも、と思った自分を悔いた。

「ここにいる限りは見つからないだろう。朝まで寝ておけ。明日、敵を捲いて、その貴族の屋敷まで帰る気力が必要だからな」
「うん……」
 棚にもたれた彼も、さっさと寝るつもりのようだ。今はそれより他になかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...