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【 第十章 】 あなたが導いてくれたから
③ こんな人じゃなかったのに
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ルーンはまたその大きな瞳に、広い世界への好奇心をたたえて言い放った。
「まぁこれを機に、そろそろ独学でやっていくべきかと思いました」
「頑張ってね」
「それに僕はやっぱり兄たちのように、凛々しくて頼れる兵士になりたいんです」
しばらく、ものすごく興味がないといった態度で無視を決め込んでいたアンヴァルだが、やはり兵の話となると、そろそろ聞き耳を立てるようだ。
「まずは武術の腕を磨くことに専心します。あ、そうだ。明日、地域の男子の、武芸を競う催しがあるんですよ。僕も出るんです!」
「そうなんだ。じゃあ応援に行ってもいい?」
「ぜひ!」
「武芸の大会だって」
アリアンロッドはアンヴァルにお伺いをたてた。
「見に行ってやるよ。暇だし」
翌日、大勢の男子たちが近所に集まっていた。その催しはルーンの父の主導で開かれるようだ。領内の齢7から17の男子が挑戦するというのだから、参戦者は百数十名にも上るが、大人が適当に割り振った勝ち抜き戦で、ルーンは初戦にて敗退していた。
彼はその後、ぼぅっと強者たちを眺めていた。アリアンロッドも傍らで見ていたが、そこで彼に言葉を掛けるのはよしておいた。
その夕方、ルーンが、暦が分かったと連絡に来たので、またアンヴァルの部屋に集っている。なんとここは、ふたりの世から15年前の世であった。
(私が王宮に召される前ね……ヴァルもそうね)
昼間の大会の話題に移る。
ルーンの反省会が始まるが、アンヴァルも大会で多くの対戦を見ていたので。
「あれで勝てるわけないだろう。腰は引けてるわ、打ち込まれる瞬間に目をつぶるわ。腕力以前の問題だ」
「でも最初に当たった対戦者、体格の大きい男子だったわ。気が引けても仕方ないでしょう?」
「戦場でそんなこと言ってられるか?」
ルーンは何も言葉を返せずにいる。
「向いてないんだよ、戦うことに」
「気持ちが優しいということじゃない?」
アリアンロッドがルーンのほうをチラリとうかがいながら、アンヴァルをなだめるが、
「臆病なんだよ!」
彼は実は例のアレのせいで、まだ苛立っている。
「僕が兄たちのように、勇猛果敢な兵士になるのは無理なんでしょうか……。確かに兄たちは体格も優れていて、でも僕はこんな……」
「これからどうなるか分からないよ。ヴァルだって13の頃は私とそんなに背丈、変わらなかったし」
「でも兄たちは13でも既に大きかったんです! 近所でも評判の剛腕男子でした」
「そうだな、お前は無理だろうな。13にもなれば強い男になるかどうかなんて、体格に関わらず大体分かる。要は精神力次第だ」
アリアンロッドにはアンヴァルがやたら辛辣だと感じられた。なのでその分、落ち込むルーンを優しく諭す。
「無理なんじゃないかって先が見えても、今なお兵士に憧れてそれを目指したい気持ちが消えないなら、結果無理でも諦める必要はない。納得できるまで努力を続ければいいんじゃないかしら。それを時間の無駄だと思う?」
「今は、そんなふうには。でもそのうち、そう思うようになるのかなって。それが怖くて……」
「そう思うようになる頃が、折り合いのつく頃じゃないの? 今、誰に咎められることなくそれに邁進できるなら、恵まれてるってことよ。時の許す限り、好きなだけやってみるのがいいと思うな」
「は、はい!」
「でもあなた、学問にも興味があるんでしょ? それも本格的に打ちこんでみたら?」
そう聞いた彼はためらいの表情になった。
「ああ、あの人に習うのはもう無理なのね。まぁ独学でも!」
「なんとかやってみます……」
ルーンが退室した後、アリアンロッドはアンヴァルを諫めた。
「ヴァル、いくらなんでも厳しすぎる。まだ13歳の未来ある子に、あんな言い方しなくても」
「13ならそろそろその折り合いってやつを付ける頃だ。あいつがそれをせず時間を浪費できるのは、ひとえに役人の息子であったり、もういっぱしに働いてる兄たちがいるって状況のおかげだろ。まったく恵まれてるよな」
「まだこれから伸びるかもしれないじゃない。あなたがここにいる間だけでも、打ち合い、みてあげたら?」
アンヴァルは一度も目を合わさず、黙ってしまった。
「まだ昨日のこと根に持ってるの? 犬にでも噛まれたと思えば……」
「犬にも噛まれたことない」
「ここにいる間、お世話になるんだし。少しは優しくしてあげて」
「無理」
アンヴァルがこんな状態なので、ここからふたりは少々口論になった。
これによって余計に苛立ったアンヴァルは腰を上げ、アリアンロッドの前に来て片膝を立て、
「!? なに? っ……」
冷淡に彼女を押し倒したのだった。
そのままアリアンロッドに乗っかり、顔をのっそり近付ける。
「やっ……」
彼女は驚いて、金縛りにでもあったかのように錯覚した。
アンヴァルは冷ややかな視線を、組み敷いたアリアンロッドに落としたら、放つ言葉は──
「犬にでも噛まれたと思えば良くねえ?」
「……??」
アリアンロッドには、これだけは分かる。実際何をされるわけでもない、彼はただ自分を脅かしているだけだ。
(でも、また……私の知らない、怖いヴァルがいる……)
彼はもっと顔を近付けてきた。なのでともかく慌てて顔を横に向け、目も逸らす。
「……だめよ、こういうのも神が禁忌を犯したとみなしたらどうするの? 帰れなくなったら……」
実際はこんなことでどうかなると、アリアンロッドも思っていないが、この状況でこんなふうにしか諫める言葉にならなかった。
アンヴァルはいったん頭の位置を戻した。
「禁忌じゃなければいいのか?」
「……???」
もう何を言ってるのだか、アリアンロッドにはさっぱり分からない。ただとにかく、今の彼は悪意の塊だ。彼女はそう感じたので怒りに身を任せ、
「わぶっ!!」
アンヴァルの横腹に思いっきり蹴りを入れた。そして早急に起き上がり、叫んだ。
「私たちそんな関係でもないのにいいわけないでしょ!!」
アリアンロッドは、彼のことを我が子のように愛しく思っているのだと、底知れぬ愛情を感じていたのに。裏切られたような苦い思いに駆られて、悔しくて涙が出そうだ。
(こんな意地悪なヴァルは初めて……)
彼に上から押さえつけられて、支配されること自体に嫌悪感があるのではなく、彼が分からない、から、心が痛い。
「もうっヴァルなんか金輪際、私の息子じゃないからっ!!」
「えっ……?」
走って部屋から出ていく彼女を、痛む横腹を押さえたアンヴァルは追いかけることもできない。百戦錬磨の戦士アンヴァルも油断しすぎていた。
「いや……息子じゃねえけど……???」
ともあれ、冷静になった彼はしばらく自己嫌悪の波に流されて過ごすのだった。
そのようにケンカをしたふたりだが、翌日から近所の人々の農作業を手伝ったりなどして過ごし、互いにわだかまりを胸に抱えつつも、通常どおり接するようになった。
畑での作業中、アリアンロッドはルーンや農家の人々と雑談に興じていた。そこでふと気付いたあることを、彼らに尋ねる。
「気になってたんだけど、外で仕事してるの男性ばかり……。女性はどこに?」
彼らの談では、女性は衣服や雑貨を製作するなど、もっぱら家の中での作業をしているようだ。そう言われれば普通だが、男だらけの景色に少々違和感が残る。
「実はある事情があって、この地域の若い女性は、できるだけ外に出ないようにしています」
アリアンロッドの怪訝な顔を見たルーンが、そう呟いた。
「事情?」
「女性は、すぐ近くの山から降りてきた、鬼にさらわれるので」
「まぁこれを機に、そろそろ独学でやっていくべきかと思いました」
「頑張ってね」
「それに僕はやっぱり兄たちのように、凛々しくて頼れる兵士になりたいんです」
しばらく、ものすごく興味がないといった態度で無視を決め込んでいたアンヴァルだが、やはり兵の話となると、そろそろ聞き耳を立てるようだ。
「まずは武術の腕を磨くことに専心します。あ、そうだ。明日、地域の男子の、武芸を競う催しがあるんですよ。僕も出るんです!」
「そうなんだ。じゃあ応援に行ってもいい?」
「ぜひ!」
「武芸の大会だって」
アリアンロッドはアンヴァルにお伺いをたてた。
「見に行ってやるよ。暇だし」
翌日、大勢の男子たちが近所に集まっていた。その催しはルーンの父の主導で開かれるようだ。領内の齢7から17の男子が挑戦するというのだから、参戦者は百数十名にも上るが、大人が適当に割り振った勝ち抜き戦で、ルーンは初戦にて敗退していた。
彼はその後、ぼぅっと強者たちを眺めていた。アリアンロッドも傍らで見ていたが、そこで彼に言葉を掛けるのはよしておいた。
その夕方、ルーンが、暦が分かったと連絡に来たので、またアンヴァルの部屋に集っている。なんとここは、ふたりの世から15年前の世であった。
(私が王宮に召される前ね……ヴァルもそうね)
昼間の大会の話題に移る。
ルーンの反省会が始まるが、アンヴァルも大会で多くの対戦を見ていたので。
「あれで勝てるわけないだろう。腰は引けてるわ、打ち込まれる瞬間に目をつぶるわ。腕力以前の問題だ」
「でも最初に当たった対戦者、体格の大きい男子だったわ。気が引けても仕方ないでしょう?」
「戦場でそんなこと言ってられるか?」
ルーンは何も言葉を返せずにいる。
「向いてないんだよ、戦うことに」
「気持ちが優しいということじゃない?」
アリアンロッドがルーンのほうをチラリとうかがいながら、アンヴァルをなだめるが、
「臆病なんだよ!」
彼は実は例のアレのせいで、まだ苛立っている。
「僕が兄たちのように、勇猛果敢な兵士になるのは無理なんでしょうか……。確かに兄たちは体格も優れていて、でも僕はこんな……」
「これからどうなるか分からないよ。ヴァルだって13の頃は私とそんなに背丈、変わらなかったし」
「でも兄たちは13でも既に大きかったんです! 近所でも評判の剛腕男子でした」
「そうだな、お前は無理だろうな。13にもなれば強い男になるかどうかなんて、体格に関わらず大体分かる。要は精神力次第だ」
アリアンロッドにはアンヴァルがやたら辛辣だと感じられた。なのでその分、落ち込むルーンを優しく諭す。
「無理なんじゃないかって先が見えても、今なお兵士に憧れてそれを目指したい気持ちが消えないなら、結果無理でも諦める必要はない。納得できるまで努力を続ければいいんじゃないかしら。それを時間の無駄だと思う?」
「今は、そんなふうには。でもそのうち、そう思うようになるのかなって。それが怖くて……」
「そう思うようになる頃が、折り合いのつく頃じゃないの? 今、誰に咎められることなくそれに邁進できるなら、恵まれてるってことよ。時の許す限り、好きなだけやってみるのがいいと思うな」
「は、はい!」
「でもあなた、学問にも興味があるんでしょ? それも本格的に打ちこんでみたら?」
そう聞いた彼はためらいの表情になった。
「ああ、あの人に習うのはもう無理なのね。まぁ独学でも!」
「なんとかやってみます……」
ルーンが退室した後、アリアンロッドはアンヴァルを諫めた。
「ヴァル、いくらなんでも厳しすぎる。まだ13歳の未来ある子に、あんな言い方しなくても」
「13ならそろそろその折り合いってやつを付ける頃だ。あいつがそれをせず時間を浪費できるのは、ひとえに役人の息子であったり、もういっぱしに働いてる兄たちがいるって状況のおかげだろ。まったく恵まれてるよな」
「まだこれから伸びるかもしれないじゃない。あなたがここにいる間だけでも、打ち合い、みてあげたら?」
アンヴァルは一度も目を合わさず、黙ってしまった。
「まだ昨日のこと根に持ってるの? 犬にでも噛まれたと思えば……」
「犬にも噛まれたことない」
「ここにいる間、お世話になるんだし。少しは優しくしてあげて」
「無理」
アンヴァルがこんな状態なので、ここからふたりは少々口論になった。
これによって余計に苛立ったアンヴァルは腰を上げ、アリアンロッドの前に来て片膝を立て、
「!? なに? っ……」
冷淡に彼女を押し倒したのだった。
そのままアリアンロッドに乗っかり、顔をのっそり近付ける。
「やっ……」
彼女は驚いて、金縛りにでもあったかのように錯覚した。
アンヴァルは冷ややかな視線を、組み敷いたアリアンロッドに落としたら、放つ言葉は──
「犬にでも噛まれたと思えば良くねえ?」
「……??」
アリアンロッドには、これだけは分かる。実際何をされるわけでもない、彼はただ自分を脅かしているだけだ。
(でも、また……私の知らない、怖いヴァルがいる……)
彼はもっと顔を近付けてきた。なのでともかく慌てて顔を横に向け、目も逸らす。
「……だめよ、こういうのも神が禁忌を犯したとみなしたらどうするの? 帰れなくなったら……」
実際はこんなことでどうかなると、アリアンロッドも思っていないが、この状況でこんなふうにしか諫める言葉にならなかった。
アンヴァルはいったん頭の位置を戻した。
「禁忌じゃなければいいのか?」
「……???」
もう何を言ってるのだか、アリアンロッドにはさっぱり分からない。ただとにかく、今の彼は悪意の塊だ。彼女はそう感じたので怒りに身を任せ、
「わぶっ!!」
アンヴァルの横腹に思いっきり蹴りを入れた。そして早急に起き上がり、叫んだ。
「私たちそんな関係でもないのにいいわけないでしょ!!」
アリアンロッドは、彼のことを我が子のように愛しく思っているのだと、底知れぬ愛情を感じていたのに。裏切られたような苦い思いに駆られて、悔しくて涙が出そうだ。
(こんな意地悪なヴァルは初めて……)
彼に上から押さえつけられて、支配されること自体に嫌悪感があるのではなく、彼が分からない、から、心が痛い。
「もうっヴァルなんか金輪際、私の息子じゃないからっ!!」
「えっ……?」
走って部屋から出ていく彼女を、痛む横腹を押さえたアンヴァルは追いかけることもできない。百戦錬磨の戦士アンヴァルも油断しすぎていた。
「いや……息子じゃねえけど……???」
ともあれ、冷静になった彼はしばらく自己嫌悪の波に流されて過ごすのだった。
そのようにケンカをしたふたりだが、翌日から近所の人々の農作業を手伝ったりなどして過ごし、互いにわだかまりを胸に抱えつつも、通常どおり接するようになった。
畑での作業中、アリアンロッドはルーンや農家の人々と雑談に興じていた。そこでふと気付いたあることを、彼らに尋ねる。
「気になってたんだけど、外で仕事してるの男性ばかり……。女性はどこに?」
彼らの談では、女性は衣服や雑貨を製作するなど、もっぱら家の中での作業をしているようだ。そう言われれば普通だが、男だらけの景色に少々違和感が残る。
「実はある事情があって、この地域の若い女性は、できるだけ外に出ないようにしています」
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