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【 第十章 】 あなたが導いてくれたから
⑨ とりあえず、脱いでみよう…?
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「……おい、早く下りるぞ、こんな山」
今回も眉間にシワ寄せたアンヴァルだった。
「だって、こんな誘拐事件起こしてないで、みんなで暮らせばいいのよ。わりと話の通じる人たちじゃない?」
「一応駆け引きした上で今やっと通じそうになったところなんだよ!」
彼は「ああもうめんどくさい、ちゃちゃっと担いで帰りたい」と歯ぎしりしたが、ルーンもいるので、ふたりともはさすがに厳しい。
「娘よ。俺たちを拒んでいるのは下の奴らだぜ」
「え?」
「鬼だのなんだの言って、長きにわたり閉ざしているのは下の連中だ」
アリアンロッドは頭領の言葉に、これ以上何も言えなくなった。
「行くぞ」
自身は出しゃばる立場でもないと思い直し、彼女はアンヴァルに連れられそこを出た。
◇
下山途中、アリアンロッドはふたりにぼそっと呟いた。
「どうにかならないのかな。これ」
「みんな祟りのことを恐れているんでしょうね」
アリアンロッドもその類は人一倍恐ろしいものなので、強くは言えない。しかしそれを一部の者に押し付け、見ないふりをするのは間違いだと思う。
「そんなの違いますよね」
「!? ルーンあなた、いま私の心、読んだ?」
「顔に出てました」
「……」
この時代において、権力者でもなんでもないアリアンロッドにはどうにもできない。
「こういう時は世を牛耳る権力者になりたいって思うわね。ね、ルーン?」
アリアンロッドは意味ありげな表情で彼の顔を覗き込む。ルーンは知るはずもないが、アンヴァルには分かる。これは彼女が無茶を通そうとする時の顔だ。
「兵士もいいけど、とにかく影響力のある人物になるのよ。ふもと町の人たちと、山の男たちのために!」
これにルーンは、「あれ、自分の思うままにやってみるのがいいって言ってませんでしたかね?」と思った。
「父君がお役人だからっていうことではなくて、みんなに心から頼られて、期待を寄せられる力のある大人に、あなたがなって!」
アリアンロッドの視線がルーンの目をまっすぐに射貫く。大きな期待と信頼で紫の瞳を潤わせて。
「……僕なんて、無理ですよ」
ルーンは目を逸らしてしまった。
「そんなことない。あの水害対策の水路だって、完成して役に立った時、みんなあなたを認める。もう第一歩を踏み出してる!」
「…………」
彼女の期待の言葉に、アンヴァルの背中でルーンは、胸のずっと奥深いところをめいっぱいくすぐられて、照れ隠しで顔をうずめた。
「そうだ、アンヴァルさんはどうして兵士になったんですか?」
「俺は、物心ついた時からそれしか道はなかったというか」
「物心ついた時から強かったんですか! いやもう先ほどのアンヴァルさん、すごくかっこよかったんですよ!」
上機嫌のルーンは全部アリアンロッドに報告したい。
「砦に駆け込んだ時なんて、『俺の女はどこにいる!』なんて勇ましく!」
アンヴァルはぶぶっ!と噴き出した。
「言ってねえよそんなことっ!」
「あれ、そうですか? じゃあ、頭領をやっつけた時の、『俺の女を返してもらうぜ』という捨て台詞ですかね、いちばんは!」
「言ってねえ! 脚色するなっ!」
アンヴァルはアリアンロッドがじっと見てくるような気がしてしまったので。
「そ、それは、あっちが“お前の女”とか言うから、“俺が連れ戻しに来た女”って意味で……」
「…………」
しどろもどろに言い訳する彼を放っておいて、アリアンロッドはルーンに、
「その暗がりの中ですらキラキラした目で、ヴァルをそんな褒めないで……」
と、明後日な方向のつぶやきを漏らした。
「「?」」
「なんとなく……」
その頃、ふとも町まで下り着いた。
もう夜明けが近い。ルーン家族の屋敷の庭で、大勢の男たちが集まっている。そこで3人は「戻りました、お騒がせしました」と頭を下げてまわり、みな安堵して各々家へ帰っていった。
なにはともあれ、長い歴史の中でアリアンロッドが、“さらわれて下界に帰ってきた初めての娘”となったようだ。
◇◆◇
アリアンロッドはそれから熟睡し、正午もだいぶ過ぎた頃に復活した。食事をいただいてからアンヴァルと共に散歩に出ると、そろそろ日暮れという時だ。
ふたりは街の外れの丘を上がり、町が見渡せる原っぱに腰を降ろしたら、雲の向こうで赤々とした陽が落ちるのをしばらく見ていた。黄昏の空を複数の鳥が寄り合い、飛びかう光景を遠目にし、そこでまず口火を切ったのはアンヴァルだった。
「……悪かったよ」
「ん?」
急に謝られてもアリアンロッドには、なんのことやら。
「お前にしたこと……」
「私を押し倒して、犬のように噛みつこうとしたこと?」
「犬とはなんだ! ……まぁそれもだけど。あの周遊の最後の街で、怒鳴ったことも……」
「ああ」
彼女はわりともう忘れていた。
「俺、これでも一応、反省して……」
「ディオ様に、ヴァルは後になって自分を恥じてるって言われたから、分かってるよ」
そこでディオニソスを出してしまうアリアンロッドだった。
「でも有無を言わさずやられるって腹立つでしょ! 私もそのテの事故だったの!」
「ああ、よ――く分かったよ」
アンヴァルは己の未熟さ加減にいたたまれなくて、まだアリアンロッドの目を見られないが、これでやっと仲直りとなった。
「でもね、あの出来事から、考えるようになったんだけど……。身体への口づけでも禁を犯すことにはならないのよね」
「ん?」
「あんな、身体の芯からブワワワッ…ってなることしても、別にいいなんて……」
「ブワワワ……」
アンヴァルは、事故とか言っておきながら……と、また腹立たしい。
「結局、男の人とどうしたら聖痕を失うの? やっぱり伝承の言葉どおり、この聖痕を直に触らせたらダメってこと? 裸で抱き合ったら当たり前に触れてしまうわよね?」
アンヴァルのモヤモヤをよそに、彼女の考えはどうも斜め上で、なんだか話が妙な方にいってないか? と彼のモヤモヤはマーブル模様を際立たせる。
「ってことは、胸の聖痕が人肌に触れさえしなければ、異性と裸で抱き合ってもよかったりして!?」
「何を言ってるんだ!?」
アリアンロッドは相も変わらず、“聖女の禁忌”の実態がぼんやりしている。教育されてないから当然だ。
彼女にとってのそれは、“愛しい人にぎゅっと抱きしめられる幸福感”という“概念”である。
「それに、もし禁忌を犯したとなったら、どのように聖女の力や聖痕は失われるんだろう? 一瞬で聖痕が消えるのか、それとも薄れていくのか。身体にはどんな変調が……?」
ブツブツ言い出すアリアンロッドが、もはやアンヴァルを振り返らない。
「試すの勇気いるなぁ。でもいつ帰還の風が吹いてくるか分からないし……」
「試すってお前……」
乗っかって考えるとソワソワしてくるので、この話題を止めたいアンヴァルだが。
「よし」
アリアンロッドは何をひらめいたか、やる気に満ちた表情に。
「ヴァル、上衣を脱いで!」
「はぁっ??」
テンションがおかしすぎるが、彼女は大真面目だ。
「私も脱ぐからおあいこよ」
そう言いながら上衣の裾をまくし上げる。
「なっ……にっ」
その彼女の手を、アンヴァルは慌てて掴み、止めた。
「やっ、て……」
「あ、胸はもちろんこの上衣で隠すから。絶対に聖痕に触れないように」
「そんなことできるわけないだろっ。それにっ、そういうのは、……帰ってから殿下と……」
アンヴァルは“試すようなことを言った”と、ほんの少しだけ自覚し、その後ろめたさが、尻目でチラリとアリアンロッドの表情を窺わせた。
今回も眉間にシワ寄せたアンヴァルだった。
「だって、こんな誘拐事件起こしてないで、みんなで暮らせばいいのよ。わりと話の通じる人たちじゃない?」
「一応駆け引きした上で今やっと通じそうになったところなんだよ!」
彼は「ああもうめんどくさい、ちゃちゃっと担いで帰りたい」と歯ぎしりしたが、ルーンもいるので、ふたりともはさすがに厳しい。
「娘よ。俺たちを拒んでいるのは下の奴らだぜ」
「え?」
「鬼だのなんだの言って、長きにわたり閉ざしているのは下の連中だ」
アリアンロッドは頭領の言葉に、これ以上何も言えなくなった。
「行くぞ」
自身は出しゃばる立場でもないと思い直し、彼女はアンヴァルに連れられそこを出た。
◇
下山途中、アリアンロッドはふたりにぼそっと呟いた。
「どうにかならないのかな。これ」
「みんな祟りのことを恐れているんでしょうね」
アリアンロッドもその類は人一倍恐ろしいものなので、強くは言えない。しかしそれを一部の者に押し付け、見ないふりをするのは間違いだと思う。
「そんなの違いますよね」
「!? ルーンあなた、いま私の心、読んだ?」
「顔に出てました」
「……」
この時代において、権力者でもなんでもないアリアンロッドにはどうにもできない。
「こういう時は世を牛耳る権力者になりたいって思うわね。ね、ルーン?」
アリアンロッドは意味ありげな表情で彼の顔を覗き込む。ルーンは知るはずもないが、アンヴァルには分かる。これは彼女が無茶を通そうとする時の顔だ。
「兵士もいいけど、とにかく影響力のある人物になるのよ。ふもと町の人たちと、山の男たちのために!」
これにルーンは、「あれ、自分の思うままにやってみるのがいいって言ってませんでしたかね?」と思った。
「父君がお役人だからっていうことではなくて、みんなに心から頼られて、期待を寄せられる力のある大人に、あなたがなって!」
アリアンロッドの視線がルーンの目をまっすぐに射貫く。大きな期待と信頼で紫の瞳を潤わせて。
「……僕なんて、無理ですよ」
ルーンは目を逸らしてしまった。
「そんなことない。あの水害対策の水路だって、完成して役に立った時、みんなあなたを認める。もう第一歩を踏み出してる!」
「…………」
彼女の期待の言葉に、アンヴァルの背中でルーンは、胸のずっと奥深いところをめいっぱいくすぐられて、照れ隠しで顔をうずめた。
「そうだ、アンヴァルさんはどうして兵士になったんですか?」
「俺は、物心ついた時からそれしか道はなかったというか」
「物心ついた時から強かったんですか! いやもう先ほどのアンヴァルさん、すごくかっこよかったんですよ!」
上機嫌のルーンは全部アリアンロッドに報告したい。
「砦に駆け込んだ時なんて、『俺の女はどこにいる!』なんて勇ましく!」
アンヴァルはぶぶっ!と噴き出した。
「言ってねえよそんなことっ!」
「あれ、そうですか? じゃあ、頭領をやっつけた時の、『俺の女を返してもらうぜ』という捨て台詞ですかね、いちばんは!」
「言ってねえ! 脚色するなっ!」
アンヴァルはアリアンロッドがじっと見てくるような気がしてしまったので。
「そ、それは、あっちが“お前の女”とか言うから、“俺が連れ戻しに来た女”って意味で……」
「…………」
しどろもどろに言い訳する彼を放っておいて、アリアンロッドはルーンに、
「その暗がりの中ですらキラキラした目で、ヴァルをそんな褒めないで……」
と、明後日な方向のつぶやきを漏らした。
「「?」」
「なんとなく……」
その頃、ふとも町まで下り着いた。
もう夜明けが近い。ルーン家族の屋敷の庭で、大勢の男たちが集まっている。そこで3人は「戻りました、お騒がせしました」と頭を下げてまわり、みな安堵して各々家へ帰っていった。
なにはともあれ、長い歴史の中でアリアンロッドが、“さらわれて下界に帰ってきた初めての娘”となったようだ。
◇◆◇
アリアンロッドはそれから熟睡し、正午もだいぶ過ぎた頃に復活した。食事をいただいてからアンヴァルと共に散歩に出ると、そろそろ日暮れという時だ。
ふたりは街の外れの丘を上がり、町が見渡せる原っぱに腰を降ろしたら、雲の向こうで赤々とした陽が落ちるのをしばらく見ていた。黄昏の空を複数の鳥が寄り合い、飛びかう光景を遠目にし、そこでまず口火を切ったのはアンヴァルだった。
「……悪かったよ」
「ん?」
急に謝られてもアリアンロッドには、なんのことやら。
「お前にしたこと……」
「私を押し倒して、犬のように噛みつこうとしたこと?」
「犬とはなんだ! ……まぁそれもだけど。あの周遊の最後の街で、怒鳴ったことも……」
「ああ」
彼女はわりともう忘れていた。
「俺、これでも一応、反省して……」
「ディオ様に、ヴァルは後になって自分を恥じてるって言われたから、分かってるよ」
そこでディオニソスを出してしまうアリアンロッドだった。
「でも有無を言わさずやられるって腹立つでしょ! 私もそのテの事故だったの!」
「ああ、よ――く分かったよ」
アンヴァルは己の未熟さ加減にいたたまれなくて、まだアリアンロッドの目を見られないが、これでやっと仲直りとなった。
「でもね、あの出来事から、考えるようになったんだけど……。身体への口づけでも禁を犯すことにはならないのよね」
「ん?」
「あんな、身体の芯からブワワワッ…ってなることしても、別にいいなんて……」
「ブワワワ……」
アンヴァルは、事故とか言っておきながら……と、また腹立たしい。
「結局、男の人とどうしたら聖痕を失うの? やっぱり伝承の言葉どおり、この聖痕を直に触らせたらダメってこと? 裸で抱き合ったら当たり前に触れてしまうわよね?」
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「ってことは、胸の聖痕が人肌に触れさえしなければ、異性と裸で抱き合ってもよかったりして!?」
「何を言ってるんだ!?」
アリアンロッドは相も変わらず、“聖女の禁忌”の実態がぼんやりしている。教育されてないから当然だ。
彼女にとってのそれは、“愛しい人にぎゅっと抱きしめられる幸福感”という“概念”である。
「それに、もし禁忌を犯したとなったら、どのように聖女の力や聖痕は失われるんだろう? 一瞬で聖痕が消えるのか、それとも薄れていくのか。身体にはどんな変調が……?」
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「よし」
アリアンロッドは何をひらめいたか、やる気に満ちた表情に。
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そう言いながら上衣の裾をまくし上げる。
「なっ……にっ」
その彼女の手を、アンヴァルは慌てて掴み、止めた。
「やっ、て……」
「あ、胸はもちろんこの上衣で隠すから。絶対に聖痕に触れないように」
「そんなことできるわけないだろっ。それにっ、そういうのは、……帰ってから殿下と……」
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