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【 第十章 】 あなたが導いてくれたから
⑧ 思い出せ あのとき決めた あの数字
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山の民の頭領は、手下に“遊び”の支度を命令した。
ここの者らは百数十年も拉致行為をもって血を繋いでいるが、争いになったことはないらしい。
「別に女たちを緊縛しているわけでもないからなぁ」
さらわれてきた女たちは逃げようともしないし、ふもとから取り返しに来る男たちを、暴力で追い返したりもしていないと話す。
実際、アンヴァルはここに来る前、町役場で話を聞いてきた。なぜこんな愚行を放っておいているのか。なぜ王宮に通達して軍の対応を要求しないのか、それを元兵士の役人、つまりルーンの父親にも聞いてみた。
その返事としては、軍隊の、人命救助の範疇でない、ということだった。アンヴァルにしてみたら、分からないようで分かる。これは明確に犯罪としていないのだろう。被害者が祟りもろもろを恐れて、訴える度胸もないのだから。
「この山に暮らす民のならわしでな、女を取り返しに来られたら、遊んでお帰りいただけとなっているんだ」
そんな話をしているうちに彼の手下らが、大きな酒樽を3つ、担いできた。
「それぞれに、口と手足を縛られた女が入っている。お前の女はどの樽にいるか、見事当てたら返してやろう。当てられなければ諦めて下山しろ」
「!?」
「これが俺たちの儀式だ」
「つまり……」
そんな下らないことで、連れ戻しに来た男たちは戦うこともせず帰っていったのか、と、アンヴァルは腹立たしい。
ルーンが少しでも力になりたいと、足の痛みに耐えてアンヴァルの元に寄ってきた。
「まぁ言いがかりの布石なんだろうな。正解を外して反抗したら周りの男たちで殴りかかるということか」
「となればあれは罠でしょうが、でも僕は、彼らは本当に遊びに興じているような印象も受けます」
「?」
「女が必要なのは確かですが、自分たちが負けるかもしれない緊張感も楽しい、といったような」
「じゃあ案外、罠でもないのか?」
「どうでしょう? ギャンブルにイカサマは付きものですからね」
ほろ酔いになってきた頭領が説明する。樽を叩いて中にいるのを確認するのはいい。女も音を返すだろうから、それで判断してもいい。だが樽を壊したら失格。
「簡単な話だろう?」
ニヤリとする頭領を尻目にアンヴァルは、いちばん近くの樽を握りこぶしで軽く一度叩いた。すると中の人間が、括られた腕だか足だかで、ガン!ガン!と打ちながら、「んーんー」と声を上げる。が、それは女の声だと分かる程度で、個性などは伝わってこない。周囲では男たちがどんどん酒に溺れ、うるさく騒ぎ始める。
アンヴァルはよく伝わるようにそれを、ダンダンダンダンダン! と、5回、叩いてみた。
「ん―ん―」
返しはまたこの程度。
次の樽も同じように叩いた。中からの反応はやはり同じ感じだ。
「分かるわけない」
「ここで冷静さを欠いたら、今まで奪還に失敗した人たちの二の舞いですよ」
ルーンの“上から忠告”が、アンヴァルは多少癪に障ったようだが、3つ目の樽も同じように叩いてみた。
「アリアンロッドさんが入ってるのはどれですか?」
「さぁ?」
アンヴァルは両手をひらっと上げた。
その時、彼は首領の背後にある、窟の岩間の奥に、木々や枝葉で覆われ隠されているような倉庫を見つけた。倉庫が、というよりその木戸が見えたのだ。
「あんなところに戸が……」
「?」
「ほら、あれは木戸だろ。俺、目はいいんだよ」
「本当だ。それ目ざといっていうんじゃないですか?」
「お前、こいつらは愉快犯だって言ってたよな」
「? はい」
アンヴァルは前進した。それを頭領が意識し、重い腰を上げ、立ちふさがる。
「そこをどけ」
アンヴァルは面倒くささに苛立った。
「ああ?」
頭領が言われるままに引くわけがなく、アンヴァルは剣を突き出した。
となれば、立ちはだかる相手は応戦の構えだ。
周りの男たちは冷やかし、下っ端が頭領に斧を渡す。そこからふたりは打ち合いを始めたが、アンヴァルはこれでも、大男が3人せぇのでかかってこようとも容易く返り討ちにできるよう鍛えてある。
「う゛うっ……」
「降参しろ」
それほど時はかからず、余裕をもって後ろの大岩に相手を追い詰めた。
周りの男らはガヤガヤと騒ぐ。この酔っぱらいたちが、ルーンを人質にして押さえつけるかと言いだした頃、アンヴァルは倉庫に向かって踏み込んだ。
すぐにもその木戸を蹴り破ろうかと思ったが、その前にまず壁を、ダンダンダンダンダン!! と、3つの樽にしたのと同様に叩いた。
「…………」
そして待つ。彼には長い時間に思えた。
結局、何も応答はなく、彼は「ここじゃないのか」と、木戸から背を向ける。
それとも、彼女があれを覚えているだなんて、しかもこのような機会のために打ち合わせたわけでもなく、期待するほうがおかしいだろうよ、と諦めた、その時──
向こうから、ダンダンダンダン! ダンダンダン!! と、7回、返ってきた。樽の時より音が強いので、こちらは足で蹴っているのだろう。
ハッとして振り返った後、アンヴァルはまた大勢の方に顔を向けた。そして頭領に勝ち誇った顔でこう言い放ちながら、
「俺の女はここだ。当てたからには約束通り、俺たちを無傷で返せよ!」
木戸を全力で蹴り割った。
「…………!!」
そこには猿ぐつわで口を封じられ、手足も括られたアリアンロッドが、エビのように寝そべっていた。
「んん―――ん――ん――!!」
彼女は、「急に戸板が降ってきた! 危ないってば! ひどい!」と言ったのだが、少しも伝わらなかった。
手早く彼女の縄を解くアンヴァルに、足を引きずりながら歩み寄ったルーンが尋ねる。
「なんで分かったんですか?」
「そりゃこんな思わせぶりな戸があったら、なんかあると普通思うだろ」
それでは入れられているのが確実に彼女だと分かる理由にはならない、と彼は思ったが、安易に他者に漏らしてはいけない何かがあるのだろうと、それ以上は問わずにおいた。
「結局、性格の悪い愉快犯でしたね。彼女をこんな近くに隠してただなんて」
「ヴァル。待ってた」
「ん」
何気に見つめ合うふたりだった。
だが、彼らのほんわかな空気をよそに山の男たちが、3人を行かせまいと熱気を放って囲み込む。中には酔っぱらってふらふらしている者もいたりする。
「さすがに大人しく返す気はないですか……」
アリアンロッドはいまいち状況が分からず、おろおろするだけだ。
「夜明けまでまだあるな」
溜め息を漏らしたアンヴァルは、山の男たちに向かって声を張り上げた。
「ここで俺らを力でねじ伏せようものなら、夜明けに下から来る自警団に、お前ら全員しょっぴかれるぞ!」
「?」
ルーンは隣で怪訝な顔だ。
「アンヴァルさん、地域の人たちなんて来ないでしょう……。今までに一度だって、対処しようとしたことがないんですから」
「いや。今、お前の父親の先導で準備している最中だ。夜明けに立つことになってる。特に、このあいだの大会で活躍した若い奴らが大張り切りで来るぞ」
アンヴァルはあえて大声で話す。
「えっ? なんで父が?」
「役人なんだから、それぐらいの権限はあるだろ」
「役人だからこそ、あまり騒ぎにしたくないはずで……」
「実の息子が捕らわれてるってのに、及び腰な父親なんていない。まぁ確かに、大事にはしたくなさそうだったんだけどな。なによりお前の母親が大騒ぎしたんだよ」
ルーンは“母”という言葉に青ざめた。
「そりゃもうものすごい剣幕で、男集めに近所中走りまわってたぞ。夜明けを待たずして来るかもしれない」
「あああ~~きっと、ものすごく集められてしまいます……母はタコのような人なので……」
8本の足で他人を絡め取って離さない、と言いたいらしい。
「そういうわけだ、役人の実子をさらったのは悪手だったな。ここで大人しく俺たちを帰せば、それも解散になるんだが」
山賊たちは、これで頭領の指令がないと下手に手出しできず、その場に立ち尽くした。
「おい、こいつら連れてきた奴どこだ! ちったあ選んでから連れて来いよ!」
頭領は無茶なことを言っているが、どうやら穏便に逃がしてもらえるようだ。
ひとまずは安心するアンヴァルとルーンであった。
こうして、アンヴァルがさぁ行くぞと、再度ルーンを背負いだした時である。
「ねぇ! あなたたちも全員下山して、下の地域の人たちと仲良く暮らせばいいじゃない!」
状況がろくに分かっていないアリアンロッドが、何か言いだしたのだった。
ここの者らは百数十年も拉致行為をもって血を繋いでいるが、争いになったことはないらしい。
「別に女たちを緊縛しているわけでもないからなぁ」
さらわれてきた女たちは逃げようともしないし、ふもとから取り返しに来る男たちを、暴力で追い返したりもしていないと話す。
実際、アンヴァルはここに来る前、町役場で話を聞いてきた。なぜこんな愚行を放っておいているのか。なぜ王宮に通達して軍の対応を要求しないのか、それを元兵士の役人、つまりルーンの父親にも聞いてみた。
その返事としては、軍隊の、人命救助の範疇でない、ということだった。アンヴァルにしてみたら、分からないようで分かる。これは明確に犯罪としていないのだろう。被害者が祟りもろもろを恐れて、訴える度胸もないのだから。
「この山に暮らす民のならわしでな、女を取り返しに来られたら、遊んでお帰りいただけとなっているんだ」
そんな話をしているうちに彼の手下らが、大きな酒樽を3つ、担いできた。
「それぞれに、口と手足を縛られた女が入っている。お前の女はどの樽にいるか、見事当てたら返してやろう。当てられなければ諦めて下山しろ」
「!?」
「これが俺たちの儀式だ」
「つまり……」
そんな下らないことで、連れ戻しに来た男たちは戦うこともせず帰っていったのか、と、アンヴァルは腹立たしい。
ルーンが少しでも力になりたいと、足の痛みに耐えてアンヴァルの元に寄ってきた。
「まぁ言いがかりの布石なんだろうな。正解を外して反抗したら周りの男たちで殴りかかるということか」
「となればあれは罠でしょうが、でも僕は、彼らは本当に遊びに興じているような印象も受けます」
「?」
「女が必要なのは確かですが、自分たちが負けるかもしれない緊張感も楽しい、といったような」
「じゃあ案外、罠でもないのか?」
「どうでしょう? ギャンブルにイカサマは付きものですからね」
ほろ酔いになってきた頭領が説明する。樽を叩いて中にいるのを確認するのはいい。女も音を返すだろうから、それで判断してもいい。だが樽を壊したら失格。
「簡単な話だろう?」
ニヤリとする頭領を尻目にアンヴァルは、いちばん近くの樽を握りこぶしで軽く一度叩いた。すると中の人間が、括られた腕だか足だかで、ガン!ガン!と打ちながら、「んーんー」と声を上げる。が、それは女の声だと分かる程度で、個性などは伝わってこない。周囲では男たちがどんどん酒に溺れ、うるさく騒ぎ始める。
アンヴァルはよく伝わるようにそれを、ダンダンダンダンダン! と、5回、叩いてみた。
「ん―ん―」
返しはまたこの程度。
次の樽も同じように叩いた。中からの反応はやはり同じ感じだ。
「分かるわけない」
「ここで冷静さを欠いたら、今まで奪還に失敗した人たちの二の舞いですよ」
ルーンの“上から忠告”が、アンヴァルは多少癪に障ったようだが、3つ目の樽も同じように叩いてみた。
「アリアンロッドさんが入ってるのはどれですか?」
「さぁ?」
アンヴァルは両手をひらっと上げた。
その時、彼は首領の背後にある、窟の岩間の奥に、木々や枝葉で覆われ隠されているような倉庫を見つけた。倉庫が、というよりその木戸が見えたのだ。
「あんなところに戸が……」
「?」
「ほら、あれは木戸だろ。俺、目はいいんだよ」
「本当だ。それ目ざといっていうんじゃないですか?」
「お前、こいつらは愉快犯だって言ってたよな」
「? はい」
アンヴァルは前進した。それを頭領が意識し、重い腰を上げ、立ちふさがる。
「そこをどけ」
アンヴァルは面倒くささに苛立った。
「ああ?」
頭領が言われるままに引くわけがなく、アンヴァルは剣を突き出した。
となれば、立ちはだかる相手は応戦の構えだ。
周りの男たちは冷やかし、下っ端が頭領に斧を渡す。そこからふたりは打ち合いを始めたが、アンヴァルはこれでも、大男が3人せぇのでかかってこようとも容易く返り討ちにできるよう鍛えてある。
「う゛うっ……」
「降参しろ」
それほど時はかからず、余裕をもって後ろの大岩に相手を追い詰めた。
周りの男らはガヤガヤと騒ぐ。この酔っぱらいたちが、ルーンを人質にして押さえつけるかと言いだした頃、アンヴァルは倉庫に向かって踏み込んだ。
すぐにもその木戸を蹴り破ろうかと思ったが、その前にまず壁を、ダンダンダンダンダン!! と、3つの樽にしたのと同様に叩いた。
「…………」
そして待つ。彼には長い時間に思えた。
結局、何も応答はなく、彼は「ここじゃないのか」と、木戸から背を向ける。
それとも、彼女があれを覚えているだなんて、しかもこのような機会のために打ち合わせたわけでもなく、期待するほうがおかしいだろうよ、と諦めた、その時──
向こうから、ダンダンダンダン! ダンダンダン!! と、7回、返ってきた。樽の時より音が強いので、こちらは足で蹴っているのだろう。
ハッとして振り返った後、アンヴァルはまた大勢の方に顔を向けた。そして頭領に勝ち誇った顔でこう言い放ちながら、
「俺の女はここだ。当てたからには約束通り、俺たちを無傷で返せよ!」
木戸を全力で蹴り割った。
「…………!!」
そこには猿ぐつわで口を封じられ、手足も括られたアリアンロッドが、エビのように寝そべっていた。
「んん―――ん――ん――!!」
彼女は、「急に戸板が降ってきた! 危ないってば! ひどい!」と言ったのだが、少しも伝わらなかった。
手早く彼女の縄を解くアンヴァルに、足を引きずりながら歩み寄ったルーンが尋ねる。
「なんで分かったんですか?」
「そりゃこんな思わせぶりな戸があったら、なんかあると普通思うだろ」
それでは入れられているのが確実に彼女だと分かる理由にはならない、と彼は思ったが、安易に他者に漏らしてはいけない何かがあるのだろうと、それ以上は問わずにおいた。
「結局、性格の悪い愉快犯でしたね。彼女をこんな近くに隠してただなんて」
「ヴァル。待ってた」
「ん」
何気に見つめ合うふたりだった。
だが、彼らのほんわかな空気をよそに山の男たちが、3人を行かせまいと熱気を放って囲み込む。中には酔っぱらってふらふらしている者もいたりする。
「さすがに大人しく返す気はないですか……」
アリアンロッドはいまいち状況が分からず、おろおろするだけだ。
「夜明けまでまだあるな」
溜め息を漏らしたアンヴァルは、山の男たちに向かって声を張り上げた。
「ここで俺らを力でねじ伏せようものなら、夜明けに下から来る自警団に、お前ら全員しょっぴかれるぞ!」
「?」
ルーンは隣で怪訝な顔だ。
「アンヴァルさん、地域の人たちなんて来ないでしょう……。今までに一度だって、対処しようとしたことがないんですから」
「いや。今、お前の父親の先導で準備している最中だ。夜明けに立つことになってる。特に、このあいだの大会で活躍した若い奴らが大張り切りで来るぞ」
アンヴァルはあえて大声で話す。
「えっ? なんで父が?」
「役人なんだから、それぐらいの権限はあるだろ」
「役人だからこそ、あまり騒ぎにしたくないはずで……」
「実の息子が捕らわれてるってのに、及び腰な父親なんていない。まぁ確かに、大事にはしたくなさそうだったんだけどな。なによりお前の母親が大騒ぎしたんだよ」
ルーンは“母”という言葉に青ざめた。
「そりゃもうものすごい剣幕で、男集めに近所中走りまわってたぞ。夜明けを待たずして来るかもしれない」
「あああ~~きっと、ものすごく集められてしまいます……母はタコのような人なので……」
8本の足で他人を絡め取って離さない、と言いたいらしい。
「そういうわけだ、役人の実子をさらったのは悪手だったな。ここで大人しく俺たちを帰せば、それも解散になるんだが」
山賊たちは、これで頭領の指令がないと下手に手出しできず、その場に立ち尽くした。
「おい、こいつら連れてきた奴どこだ! ちったあ選んでから連れて来いよ!」
頭領は無茶なことを言っているが、どうやら穏便に逃がしてもらえるようだ。
ひとまずは安心するアンヴァルとルーンであった。
こうして、アンヴァルがさぁ行くぞと、再度ルーンを背負いだした時である。
「ねぇ! あなたたちも全員下山して、下の地域の人たちと仲良く暮らせばいいじゃない!」
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