追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 終章 】 希望を胸に抱いて

⑨ 約束

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 ディオニソスは間髪を入れず敵兵を薙ぎ倒した。彼を追ってきた兵らも到着する。

「アリア、今すぐ陣営へ戻るんだ!」
「わ、私……、私はっ……」
 また前方から敵兵の集団が迫りくる。兵らはアリアンロッドを連れ戻そうと彼女を囲むが、彼女は狼狽し、短剣を振り回し暴れるのだった。

「ディオ様はっ!? なんで私だけ!!」

 ディオニソスに彼女の声などすでに聞こえるはずもない。命を懸け敵兵と対峙している。それを目にしアリアンロッドは、短剣を手から落とし、震えで微動だにしなくなった。

 そこらに転がるのは、今の今まで生きていた人間の死体だ。気付けば自分も、殺意を持って人をめがけ矢を放った。私欲で人を殺めたら天に許されない、そういった価値観の中でずっと生きてきた。

 なのに今、自分は、アンヴァルの元に行きたいというただの“私欲”で、邪魔者をなんのためらいもなく排除したのだ。恐ろしくて己自身から逃げ出したくて、震えてどうすることもできず、兵らに守られ、目の前の殺し合いが視界の隅から隅へゆっくり流れるのを見ていた。

 それほど時もかからぬうちに、こちらが数では不利な側にあったが、アリアンロッドを抑えていた兵らも加勢し、向かってきていた敵全部を打ちのめした。
 多勢の敵をし、気迫で立ち続けたディオニソスは、傷から血を流しながらアリアンロッドに振り向いた。

「ディオ様……血が……」
「アリア、頼む……。アンヴァルが心配なら、私が前線に行く。君は今すぐ、戻……」
「ディオ様!?」

 彼はアリアンロッドの肩に倒れ込んだ。

「早く……さもないと……次……」
「ディオ様!!?」

 顔の血の気がどんどん引いている。彼は複数を相手取った時、背面を斬られていたのだ。それは鎧をも破り、彼の背に傷を入れた。

 アリアンロッドの心のうちはここで、冷静と混乱とに二分した。しかしその両者が求めた。

 本陣に戻るという選択しかあり得なかった。





 数の減った兵らに命じて彼を運ばせ、本陣に着いたらアリアンロッドは彼らに頭を下げた。
「お願いします! 私と彼を荷車で運んで!! この中でいちばん、力の強い人……一歩でも遠くへ、私たちを……!!」

 アリアンロッドは、ディオニソスの背からの出血が止まっていないことに気付いた。その血に触れて初めて、彼を逃がすために何ができるかを考えるようになった。結局、彼を失う覚悟など、これっぽっちもできていなかったのだ。

 元々その役目を命じられていたという、見るからに精強な者が名乗り出た。他の兵らも、命を賭して敵兵を食い止めると、大聖女に各々声を掛ける。
 アリアンロッドは狭い荷車の中でディオニソスを抱きしめた。

 ディオニソスは薄れゆく意識の中で、最初からこうしていれば、もっと早く彼女をここから遠ざけることが出来ていただろうか……などと、今更言っても仕方のないことを、ただ、思っていた。



 森の中を荷車で連れられるアリアンロッドは、眠る、青ざめた顔のディオニソスを抱いて神に祈り続けた。

 戦場に出たのだ。彼に助かるつもりははなからない。 

 戦って死ぬつもりでここに来た。だがそれは彼の書いた筋道。彼女も彼が望むのなら、それしかないと思っていた。
 しかし目の前で失うだなんて想像は、あえて避けていた。互いに逃げなければ、共にいて然るべきのふたり。絶命の瞬間を目にしない可能性の方が低いというのに。

 どうすればいいのか、どうしようもないのか、頭の中を巡らすが、ここはあくまで戦場だ。誰にも助けられない。
 その時、必死に荷車を引いていた兵が、とうとう倒れた。

 アリアンロッドはディオニソスを荷車に寝かせ、自分は降り、その兵から引き手を取り上げた。
「ごめんなさい……、ごめんなさい……!!」

 そこからは自分で引いて走るしかない。森のもっと奥へ。当然道もないが、通れるところへ、ただ後ろを振り向かず進んでいかねば。敵兵に見つからないところまで。



 方角も分からないのに、死ぬ気で引いていた。いつか森を抜けどこか、人里に出れば、彼の傷を癒す薬師がいるかもしれないと、それだけを考えて。
 しかしそろそろ体力の限界だ。

「!!」
 そこで車輪がひとつ外れ、転がっていった。

「っ…………」

 無言で息切らすアリアンロッド。もうここまでだと、諦観も浮かんだ。

 ちょうどそこは木々が生えずに多少広くなっている。月明りも差し込むその場に彼女は、彼の乗る荷台を押した。それから朦朧とした彼の上半身を全力で抱えて引きずり、倒れ込むように腰を落としたら、彼の頭を自分の膝に載せた。

 無力な彼女は、もはや、ただ彼の手を握ることしかできない。

「ごめんなさい……。また……私は……。私は、何度、過ちを犯したら……」
 涙が彼の頬に零れ落ちる。その時、彼はゆっくりと目を開けた。

「アリア……」
「ディオ様! ごめんなさい……」

 彼は血の気の引いた顔だが、笑顔だ。

「君に、怪我が、なければ……それ……」
「あなたのおかげよ、私は怪我のひとつも、してないわ。あなたが、守ってくれたから……」
 もっと感謝を伝えたいのに、声が震えてうまく言葉にならない。

「アリア……」
 彼はろくに力も残っていないのに、彼女の涙を拭おうとする。

「聞い……」
「ディオ様……?」

 そして苦しそうに、全ての力で一呼吸した。
「もし、叶うこと、なら……いつか、生まれ変わ……て、君と、また、巡りあい……」

 アリアンロッドはその瞬間、「どうして今そんなことを」と、現状を受け入れられない気持ちが声に出そうになった。

「夫婦になって……ずっと……共に、生きたい……」
 アリアンロッドの目に映る彼は、すこぶる幸せそうだ。最後にやっと素直な気持ちを伝えられたのだった。

「…………」
 アリアンロッドもただ心に感じたままに、その約束を言葉にするほかなかった。

「ええ!! 絶対に、何十年、何百年先でも、必ずまた巡り合って……ずっと……老いるまで寄り添い、生きましょう、共に……」

 それから彼の大きな手を頬に当て、彼女は静かに涙を流し続けていた。




 どれほど時は経っただろう。

 その時、がさがさと木立をかき分ける音がして、アリアンロッドはゆっくりその方を振り向いた。それが敵兵なら、もうここで絶えても、と思っていた。

 しかし、現れたのは、彼女を傷つける何かではなく──。

「……ヴァル……」

 木々の隙間から身体を乗り出してきた彼だった。
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