追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 終章 】 希望を胸に抱いて

⑧ 彼らの誤算

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 この日、王宮の広場に集った者たちとは────

 前方の威嚇係・兵士のいで立ちの者々は、隣国である南西の国と北西の国から送られてきた軍人、締めて五百ほどだ。アリアンロッドは手紙を書いたが、東に抵抗するのは勧めないといった文面であった。しかし両国の王は協力するという旨で返信を寄越したので、ルーンは国境から王宮まで人員とその持ち物を秘密裏に送るために小分けにし、移動、輸送を綿密な計画に沿って指示した。

 それ以外の、およそ千五百の者たちはみな国の一般民だ。大聖女披露目の周遊でアリアンロッドは時間の限り市民と交流してきた。人々の手を取り、彼らの平穏を心から祈った。その場で立場など顧みず、すべての者と対等になり、共に歌い、踊り、楽しい時を過ごした。市民同士は以降も広く交流を続け、聖女の愛する地域の発展のため、切磋琢磨していたのだった。
 今回は大聖女の意向をどこからともなく伝聞で受け取り、老若男女は協力し、町民ならではの連絡方法で密偵に怪しまれることなく、計画を進めたのである。
 南の方からは、医師を通じて幾らかの民が参加した。医師やその弟子らは、王都から遠い地域にもかかわらず、情報を得ることに長けていた。というより患者というものは、よく喋りたがる存在である。医師とその弟子らの呼びかけにより、若者らは南の地域から満月の翌日に合わせて、数合わせに参上した。
 さらに、祖国で父親よりこの計画を聞いた歌姫ローズが、自身も協力できるかもしれないと、また国に戻り伝手を頼って奔走した。彼女こそ国中の人々を魅了して回った存在だ。使える駒は多いのだろう。
 先だっての、乗っ取り計画頓挫の東地区からも人員は送られてきた。

 みな、大聖女の、民の未来を守りたい、という思いに応えたのだ。それらはみなひとえに、国の民の強い団結力と、神子への信仰心のなせる業であった。

「あなた様の、国民ひとのこを思う心が、実を結んだのです」
 東の空を仰ぐルーンの目には、薄ら涙が滲んでいた。

「ここに戻らなくてもいい。どこででもいい。どうか……、どうか生きてください、聖女アリアンロッド様!」

 戦場の彼女に届くよう声を張り上げた彼は、これから長きにわたるだろう役目を果たしに、前へと歩み出した。




◇◆◇


 本陣に辿り着いたアリアンロッドは、馬術に長けた兵に愛馬を託した。共に行くのは敵兵に見つかりやすいとのことで、禁じられていた。元よりアリアンロッドに逃げる算段はない。

 彼女は羽織っていた聖女のローブを脱ぎ捨てた。次に懐の短剣を取り出し、自身の髪の毛を首の後ろでわし掴みにする。そして一気に下から刃を入れ、腰まで伸びた銀の髪を、一瞬の間に手放したのだった。

「これでぱっと見なら大聖女と分からないでしょ」
「アリア……」
 彼女は切り落としたそれを紐で束ね、ディオニソスに渡した。

「あなたが持っていてくれる?」
「……ああ」
 彼は鎧の隙間から懐に、髪の束をしまい込んだ。彼女が、大聖女だと見受けられないよう髪を切ったということは、逃げる意思があるのだと見込んだ。

「さあ、君は一刻も早くここから……」
 彼が彼女を隠して乗せる荷台に連れていこうとすると、アリアンロッドはその手を振り切り再度、長弓を手にした。そして陣営横に仮設された木造の監視塔に走っていくのだった。

「「大聖女様!?」」
 監視塔に上った彼女はそこにいる兵士全員に聞こえるよう、声を張り上げる。
「みんな、今すぐ逃げなさい! 敵が攻めてきたら私が食い止めるから!」
 監視塔の下でディオニソスは顔を青くした。

「早く!! あなたたちがこの本陣に配されたのは、神が生き抜くチャンスを与えてくださったということよ! 前線にいる兵の犠牲を無駄にしないで!!」

 兵らは戸惑い動けずにいる。彼らが大聖女のめいとは言え、即座に従えないのも当然だ。この戦場のすべての兵は、大聖女を守るためにいる。大聖女が落ちのびるため、少しの間でも時を稼ぐため。それが上からの指令であるし、それ以上に、天から遣わされた大聖女は何としてでも守らなくてはならない。ひとりひとりの中に確かな信仰があるのだ。

 ディオニソスはこの期に及んでアリアンロッドがこう言い出したら、殴って気絶させてでも荷車に乗せると決めていた。そのような別れ方はしたくなかった。しかし一刻を争う事態だ。


 彼の部下が監視塔に上ろうと梯子に手を掛けた時だった。言葉を失っていた兵士らがざわざわとし始めたので、ディオニソスは何事かと尋ねる。
「何?」
 どうやら、そこにアンヴァルの隊の兵がやって来たというのだ。

「どうしたの!?」
 下の様子を気にして、監視塔の上からアリアンロッドが声を掛けた。

「大聖女様! アンヴァル隊長から、お届け物がございます!!」
 兵士は大聖女本人に向かって、必死な様子で叫ぶ。
「ヴァルから!?」
 彼女は監視塔から降り、その者に駆け寄った。

 彼は、“荷車”を大聖女の元に運べと、隊長から命を受けたという。東の方から敵兵の目を盗んで森を抜けてきたようだ。
 アリアンロッドは慌ててこしらえたようなのが見て取れる、その荷車に目をやった。
「ヴァルは……?」
 彼はとうに前線で敵兵と交戦しているのだが、アリアンロッドは冷静になれず、兵士に詰め寄った。
「開戦直前に、“これ”を大聖女に届けるようにと、私に。隊長が、必ず大聖女に伝えろと。“これは俺が作ったから。絶対に乗れ”と」
 そう荷車を、手前に回した。

 アンヴァルは分かっていた。本陣では当然、大聖女を逃がすための荷車が用意されているが、彼女が率先してそれに乗るのを拒むだろうことを。そこにいる兵を先に逃がそうとすることも。
 しかし、それでも賭けたのだ。
 彼が作れば。彼が作ったと知れば、彼女はそれを無下にしない。彼のその手で作ったものは、深い思いが込められているのだから。

 ただ、彼には誤算があった。

「ヴァルは!? 今どこに!?」
「最前線ですから……おそらく……もう……」
「!!」
 兵にそのようなことを言わせるまでもなく、分かっていたはずだ。しかし。

「……っ」
 アリアンロッドは我を忘れて駆け出した。

「「「大聖女様!!」」」

 アンヴァルの見込みにはなかった。
 この緊迫した場で彼女が、彼の元に脇目も振らず飛んでいくだろうことは、彼には想像できなかったのだ。

(ヴァルっ……!! 今、行くからっ……)

 アリアンロッドは自分でこのような不利な場を設定しておいて、それでもどこかで彼は死なない、死ぬわけないと信じていた。戦地に立ち、血の臭いを感じ、彼女はついに知った。そんな奇跡は起きないのだと。

 アリアンロッドは本陣から南東の方角にいるだろうアンヴァルの元に、まっすぐ向かうため森へ入った。ディオニソスはそこにいる兵らを連れて彼女を追った。しかしすでに森の中で彼女を見失ってしまっている。
 彼らはそれでも大聖女を探しながら前進するが、いくらかの敵兵も本陣をめがけ森の中に入ってきていた。交戦が始まり、彼女を探す余裕もない。ディオニソスはそこで、彼女は方向転換をし、森から出たのではと見た。

 当のアリアンロッドは、森の中では道がなく方向が分からなくなり、光を頼りに森を出た。はじめのうちは敵兵とぶつかることもなかったが、こちらの兵の防衛を突破してきたそれが前方に見えだす。アリアンロッドは弓を構えそれを撃ちながら走り続けた。
 しかしそれがとうとう、3人以上まとまった敵兵の襲来を拝むことになる。狙いをひとりひとり定めるが、いよいよ至近距離まで間を詰められてしまった。彼女は弓を捨て腰の短剣を抜くが、相手の武器は攻撃距離の敵わない剣だ。振りかぶるそれを避け、間合いに入り込む、と一瞬考えはしたが、やはり恐れで怯んでしまった。その時、自分の前に素早く影が入り込む。

「!!」

 アリアンロッドをかばって剣で討ち合うその後ろ姿は──

「ディオ様!!」

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