追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 終章 】 希望を胸に抱いて

⑦ 彼女の蒔いた種は花を咲かせ国を救う

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 ユングはこの地の情報を、ここ数日、事細かにすべて耳にしている。ここを牛耳る者や、それが率いる軍隊は、すべて戦場へと出払ったことを確信していた。

 彼の連れる従者もみな、目を疑った。想定では、人は残らず去っていった、寂れた界隈であるはずが、確かに存在するのは、そこを埋め尽くす人だかり。

 絶句した彼らは、ただちに思い起こすのだ。彼らはみな選りすぐりの手練れだが、四十名足らずの団体。しかし立ちはだかるは、おそらく二千を超える男たち。前衛には兵士のような者もいるが、農具を手にしたいかにもな農民といった者も。どちらにしろ、戦おうにも数が違いすぎる。

 ユングは馬に跨ったまま、状況を把握しようとしていた。

 その時、この大勢の人だかりが中心で割れた。
 これによりできあがった道から今、現れるひとりの男。敵の精鋭一行に凛として歩み寄る。

 それはまるで、彼の突出した何らかの力で、大きな川の水が半分に割れたように、ユングには見えたのだった。

 ここで、透き通る大音声が発せられる。

「お初にお目にかかります、敵国の王。私は亡国の参謀、名をルーン=ディアメルと申します」

 彼はユングを、一抹の恐れもない、鋭い目で一直線に見つめた。ユングもその眼光を受け取り、じっと彼を見つめ返した。

「ここにいる大勢の人民は、ほんの手土産です。私をあなたの臣下にしていただきたい」

 この男はおかしなことを言う。手土産とは言うが、ここを王が制圧したなら、人民は自動的に彼のものとなるわけだ。そして王の決定で亡国の参謀が生かされるならば、彼も自動的に臣下になるのだ。

 しかし、ここはこの男の一存で、土産である人民は間髪入れず、ユング一行に牙を剥く。


 ルーンはアリアンロッドとの、作戦会議の時を回想する。

――――「戦いの起こる日、王宮に多くの民を集める……。力を尽くしますが、いったいどういうことでしょう? 侍女らにも暇を出し、王宮はその時もぬけの殻となりますよね」

 アリアンロッドは自信を持って言う。
「ユング王はね、勝てると分かってる戦いにわざわざ参戦しないの」
「大将なのにですか?」
「大将なんて臣下に任せて、好き勝手してるわよ、きっと。彼にとってそんな戦い、時間の無駄だから」
 ルーンにはその根拠を知る由もないが。

「ではその時、ユング王はいったいどこで何をしているのですか?」
「王宮に来るわ。厳選した少数の家来を連れて」
「は??」
「人っこひとりいなくなった王宮で、わーいわーい!って。はっ、私の部屋も荒らされるかも。別に見られて困る物とか置いてないけど」
 予言師である彼女には、彼女だけに見えている景色があるのだろう、と、ルーンは茶々を入れるのをよしておいた。

「だからそこへ、あたかもあなたが操っているかのように、大勢の人間を連れて彼の元に参上すればね。意表を突かれた彼は、“できる仲間は多い方がいいからな~”ってあなたを受け入れるわ」
「はぁ……」
「でも油断はしてはだめよ。従えた臣下の中に、彼の、長年連れ添った最側近の男が必ずいる。前に言ってた、綺麗な髪の参謀ね。ユング王の信頼をある程度勝ち得るまで、その男を捕えて人質にしておいて。彼に見破られない隠し牢を、王都の外に用意しておいてね。あなた特製の、自慢の錠前を使って」

 ルーンは更に尋ねる。
「一目で分かりますかね? どういった男なのでしょう、髪以外で、特徴的な見目、など」
「ほぼ白髪の、およそ豪快とは無縁の、品の良い出で立ちなのだけど。きっとその時は兜を被ってるでしょうね。他に特徴って言うと、とても全体を良く見ている。冷静に、まさに参謀、といった……まぁ、あなたの炯眼けいがんに任せるわ!」――――――


 顔には出さないが、ユングは困惑している。
「これはどういうことだ? これだけの人員を集め、俺を討つことも捕らえることもせず、すべて差し出すというのか?」
「そうです。ここ周辺に潜んでいたそちらの密偵もすべて捕らえてありますが、それは念のため。私は全面的に降伏しております。ただ、東の決戦が終わり、あなたの兵の多くがこちらへ到着したら、私やここにいる者などいとも容易く捕らえられてしまう」

 今、圧倒的に有利な立場においてルーンは言い放つ。
「なので、こちらはひとり、人質を取らせていただきます」
「人質?」
 ユングは訝った。

「たったひとりで構いません。確かに私を臣下とみなして頂けたと心に落ちた時、即刻お返しいたします」
「ほう」

「ただし、私がそれを選びます」

 たったひとり、というのだから、ひとり長く重用している、気持ちの上で王のアキレス腱になりえ得る、特別な者がいることを知っている、という主張だ。そしてそれを数十人の中から当ててやる、という宣言でもある。
 それはルーンの「私を見定めろ」という宣戦布告であり、ユングはこの時点で彼の勝気な性格が気になり始めた。

 ユングには斜め後ろに、ぴたりと添っている男がいる。ルーンはその男の横を通り過ぎ、後ろにいる者らをよく眺めてみた。そして振り返り、大勢いる民に向かって叫ぶ。

「この御仁を、例の間に連れていけ!」

 彼が示したのは、いちばん後ろで存在感を放たない者であった。
 その馬上の士は、装備している兜をおもむろに外す。するとそこから、流れるような白い長髪がはたりと落ちた。

「「…………」」
 一時、この参謀同士は目を見合わせた。
 ユング王の、ただの少年だった四半世紀前から連れ添った側近。この男に抵抗する意思はない様子だ。
 ルーンに指示された部下が、馬から下りた彼を丁重に案内する。
 そして、彼に一言声をかけるため同じく馬から下りたユングに、ルーンは跪いて言った。

「私は国の役人ではありましたが、為政の一族の血を引くではありません。あなたに歯向かう企図もございません。いかようにもお調べください、そして私をお傍にお置きください。そちらのお方と遜色ない働きを、お約束いたします」

 ユングは長年の友を連れていかれたが、たじろぐ姿は見せなかった。

「まぁ、いいぜ。できる仲間は多い方がいいからな」

 ルーンは微笑みをたたえた。
「私の部下が王宮をひとまずご案内いたします。あちらへどうぞ」



 ユング王の一行は王宮の奥へと通された。もはや本当に何もないところだが、茶を出せとも言われないだろう。

 ルーンは、まだ大勢の“協力者”が取り囲む広場を眺め、目頭を熱くした。

「……あなた様の策の、まず、一段階目を突破しました、アリアンロッド様」

 ここに集めた人員を戦場に送っていれば、対等な戦いとなったであろう。ユングならばどうしたかは明白だ。それをしなかったのは、国の大聖女の甘さかもしれない。
 しかしここに集められた者は、戦いに来たのではない。後方にいる者らは、農具どころか木の枝すら持ち合わせていない。

 ただ大聖女が、「その日、王宮に人を募っている」と言うから、力になりに集結したのだった。

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