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【 終章 】 希望を胸に抱いて
⑥ 天翔ける、我らが白銀のケンタウレ
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愛馬を優しく撫でるアリアンロッドに、ディオニソスが今からのことを事務的に告げる。
「君の命に従い、軍で最も馬術に長けた者が本陣で待機している」
「良かった」
アリアンロッドは続けて愛馬を説得する。
「ね、聞いた? 本陣に着いたら、その者と森沿いをひたすら走って行くのよ。人里に着いたら、それからはどうか、穏やかに暮らしてね」
馬はアリアンロッドの言葉を受け入れた様子だ。
「アリア、君も大丈夫だな? 矢を射たら即方向転換し、本陣へと一直線に向かうんだ。私もまもなく合流する」
「ええ」
「本陣に着いたら君は即刻、荷車で北へ向かえ。これも最も屈強な兵を用意してある。その者が森の路をある程度確認しているから、せめて追っ手の到達しないところまで……」
これにアリアンロッドは彼を無視するような表情でいた。
「我が軍の兵はみな、敵軍を分散させるように戦う。しかし稼げる時はそれほど長くない。一刻も早く……」
「何度も言ったわ。あなたが逃げるのを確認した後でなければ、私も本陣を離れない」
「…………」
困った顔の彼からアリアンロッドは目を逸らした。これ以上話しても埒が明かない。開戦し、その渦中に立たねば、己の心理も行動もどう出るか分からない。
アリアンロッドは即位礼でまとったローブをばさりと羽織り、準備が整ったら白馬に跨った。そして髪の結び紐を解いて捨てた。彼女の白銀のきらめく長い髪がふわりと広がる。
「さぁ、正念場よ。私たちの実力を見せつけましょう」
馬はゆっくり歩み出す。
「国随一の弓の腕を誇る……って、尾ひれ背びれもいいとこだけど。大聖女の評判は伊達じゃないって、明かしてから終わらせてやる」
勇んで森を出たら、アリアンロッドは真っ直ぐに駆け出した。
戦場ではもうすぐ正午の時を迎えると熱気だっていた。敵陣の置かれるは、それほど高くはない崖の奥。崖の際には、受刑者であるイナンナが抑えつけられ前屈みに座している。その上には大男に構えられた大きな鉄斧が。
敵方の軍事官長は、国の大聖女がこの斧をめがけ、矢を撃ちに現れると聞いている。しかし彼は、馬鹿正直に大聖女なんて登場するわけがないと高を括っていた。なおかつ、どのような大柄な戦士がやってくるのだろうと期待した。それがどこの誰であれ、崖下で兵隊が威圧する中、寸分違わぬ間合いを読み、たった一本の矢を射るという、技巧的かつ挑戦的な弓師の訪れは胸踊るものだ。下の兵らには大聖女が出てくるからといって、勇み足で騙し討ちとなることはせぬようきつく指令しておいた。それは彼の戦士としての矜持というより、ただ「楽しみだから」に尽きる。
彼は真上に昇る日の高さを、薄目にて確かめた。その頃その処刑地に立つ兵士らがざわつき始めた。南西の方角から、白馬で疾風のように駆けてくるひとりの弓師を、彼らは目に焼き付けたのだ。
アリアンロッドは大風を切る勢いで崖に向かい走ってゆく。ただひたすら真っ直ぐに。男たちは目を疑った。
その小さな射手の纏うしなやかなローブ、馬の白煙のようなたてがみと、そして彼女の長く艶めく銀髪。すべてが共に煌めいてたなびき、あたかも天を駆ける彗星のようだ。これは遥かに高い宙から遣わされた、人馬一体の精霊なのだと、敵味方を問わず戦場の猛者らは言葉なく見惚れていた。
長くしなやかな弓持つその精霊は、走る馬上で端麗に構え、今まさに、矢を放つ心得となった。
次の瞬間、彼女はその目で確実に的を捉えた。そして己の最善の場に辿り着いたその時。
持てる力のすべてで矢を放つ。矢は疾風と共に空を衝き抜けてゆく。
――――――――当たれ――――――――!!!
歓声が上がった。
放った矢は見事、大斧の中心を、甲高い音を立て射抜いた。斧は空へ舞い上がり、それを構えていた大柄の戦士は風圧に吹き飛ばされたのだった。
アリアンロッドはそれを駆け抜ける馬上からしかと横目に入れ、成功を確信し、手綱を強く強く握りしめた。
その場にいる多くの兵士らは一時、彼女の妖気に身体を縛られていた。崖下にいる兵らには飛んだ斧までは見えていないが、漂う空気を十分に理解した。
開戦の火蓋が切られたのだ。戦意を煽られた男たちは獅子のような咆哮を上げる。
アリアンロッドは大きく曲がり西の本陣へ向かった。ディオニソスもそこに合流した。彼女が本陣に向かう間は、前線にいる兵士らが敵兵の足止めを担う。
両軍はついに火花を散らすのだった。
◇◆◇
国の東にて決戦の幕が上がる頃、今にも王都へ押し入ろうとする、馬で駆ける一行の姿があった。
この国の政治中枢の機構はすでに消滅している。王城を囲む外郭はそのままでも、そこを守る兵はなし。堀も適宜埋められて、丸裸の王宮である。王がいないのだから妥当な話だ。
その一行はそういった状態の王宮に辿り着く目的でやってきた。全部で三、四十騎ほどだろうか、それは国の外から三手に分かれ少数精鋭で進入し、王都の近くで合流した。
今は川辺で最後の休憩中、その中心のふたりがこのような会話を交わしている。
「陛下、目的地はもうすぐです」
「そうか。もう何もない処だろうが」
彼の最側近は呆れて呟く。
「何度でも言いますが。戦いが終わって後、軍と共に来れば良かったのでは?」
「毎回俺が王座に一番乗りしてるだろ」
「いつもは王都で最終戦ですからね。本来、あんな国境での戦いはお好みでないはずでしょう?」
「亡国の聖女に一般民を巻き込むなと命令されたからな。仕方ない」
「女性には本当に甘いですね」
彼らはさて行くかと馬に跨った。
「寂れた王宮で、国の権威を誇る神器や威信財がそのままに置かれている、なんてことはないのでしょうね」
「お前の関心事はそこなのか。まぁこの大陸を制した先に、遥か遠い大陸との交流を俺たちで一から始めればいいんじゃないか。いつになるか分からないけどな」
「相当長生きしないといけませんね……」
しばらくして王の隊列は王城の門をくぐった。
「まったく静かだな……」
それは彼にとって想定内だ。密偵からの通達を昨晩にも確認した。ここで権勢を欲しいままにしていた集団は今、東の戦場にいる。彼らを支える従者らも、ここにいてももはや仕方ない。
彼はまず、王城の屋上へ国旗を掲げに、そして、とにかく高いところに上り、都を一望したかった。
勝ち獲った領土の中心に、一刻も早く制圧の旗を掲げるのは、彼の趣味である。側近はどこまでも付き合わざるを得ない。
数十名の部下を携えて、意気揚々と王宮の前の広場に前進した頃だった。新王ユングの目に入ってきたのは────。
「!?」
「これはいったい……」
おびただしい数の、「人」であった。
「君の命に従い、軍で最も馬術に長けた者が本陣で待機している」
「良かった」
アリアンロッドは続けて愛馬を説得する。
「ね、聞いた? 本陣に着いたら、その者と森沿いをひたすら走って行くのよ。人里に着いたら、それからはどうか、穏やかに暮らしてね」
馬はアリアンロッドの言葉を受け入れた様子だ。
「アリア、君も大丈夫だな? 矢を射たら即方向転換し、本陣へと一直線に向かうんだ。私もまもなく合流する」
「ええ」
「本陣に着いたら君は即刻、荷車で北へ向かえ。これも最も屈強な兵を用意してある。その者が森の路をある程度確認しているから、せめて追っ手の到達しないところまで……」
これにアリアンロッドは彼を無視するような表情でいた。
「我が軍の兵はみな、敵軍を分散させるように戦う。しかし稼げる時はそれほど長くない。一刻も早く……」
「何度も言ったわ。あなたが逃げるのを確認した後でなければ、私も本陣を離れない」
「…………」
困った顔の彼からアリアンロッドは目を逸らした。これ以上話しても埒が明かない。開戦し、その渦中に立たねば、己の心理も行動もどう出るか分からない。
アリアンロッドは即位礼でまとったローブをばさりと羽織り、準備が整ったら白馬に跨った。そして髪の結び紐を解いて捨てた。彼女の白銀のきらめく長い髪がふわりと広がる。
「さぁ、正念場よ。私たちの実力を見せつけましょう」
馬はゆっくり歩み出す。
「国随一の弓の腕を誇る……って、尾ひれ背びれもいいとこだけど。大聖女の評判は伊達じゃないって、明かしてから終わらせてやる」
勇んで森を出たら、アリアンロッドは真っ直ぐに駆け出した。
戦場ではもうすぐ正午の時を迎えると熱気だっていた。敵陣の置かれるは、それほど高くはない崖の奥。崖の際には、受刑者であるイナンナが抑えつけられ前屈みに座している。その上には大男に構えられた大きな鉄斧が。
敵方の軍事官長は、国の大聖女がこの斧をめがけ、矢を撃ちに現れると聞いている。しかし彼は、馬鹿正直に大聖女なんて登場するわけがないと高を括っていた。なおかつ、どのような大柄な戦士がやってくるのだろうと期待した。それがどこの誰であれ、崖下で兵隊が威圧する中、寸分違わぬ間合いを読み、たった一本の矢を射るという、技巧的かつ挑戦的な弓師の訪れは胸踊るものだ。下の兵らには大聖女が出てくるからといって、勇み足で騙し討ちとなることはせぬようきつく指令しておいた。それは彼の戦士としての矜持というより、ただ「楽しみだから」に尽きる。
彼は真上に昇る日の高さを、薄目にて確かめた。その頃その処刑地に立つ兵士らがざわつき始めた。南西の方角から、白馬で疾風のように駆けてくるひとりの弓師を、彼らは目に焼き付けたのだ。
アリアンロッドは大風を切る勢いで崖に向かい走ってゆく。ただひたすら真っ直ぐに。男たちは目を疑った。
その小さな射手の纏うしなやかなローブ、馬の白煙のようなたてがみと、そして彼女の長く艶めく銀髪。すべてが共に煌めいてたなびき、あたかも天を駆ける彗星のようだ。これは遥かに高い宙から遣わされた、人馬一体の精霊なのだと、敵味方を問わず戦場の猛者らは言葉なく見惚れていた。
長くしなやかな弓持つその精霊は、走る馬上で端麗に構え、今まさに、矢を放つ心得となった。
次の瞬間、彼女はその目で確実に的を捉えた。そして己の最善の場に辿り着いたその時。
持てる力のすべてで矢を放つ。矢は疾風と共に空を衝き抜けてゆく。
――――――――当たれ――――――――!!!
歓声が上がった。
放った矢は見事、大斧の中心を、甲高い音を立て射抜いた。斧は空へ舞い上がり、それを構えていた大柄の戦士は風圧に吹き飛ばされたのだった。
アリアンロッドはそれを駆け抜ける馬上からしかと横目に入れ、成功を確信し、手綱を強く強く握りしめた。
その場にいる多くの兵士らは一時、彼女の妖気に身体を縛られていた。崖下にいる兵らには飛んだ斧までは見えていないが、漂う空気を十分に理解した。
開戦の火蓋が切られたのだ。戦意を煽られた男たちは獅子のような咆哮を上げる。
アリアンロッドは大きく曲がり西の本陣へ向かった。ディオニソスもそこに合流した。彼女が本陣に向かう間は、前線にいる兵士らが敵兵の足止めを担う。
両軍はついに火花を散らすのだった。
◇◆◇
国の東にて決戦の幕が上がる頃、今にも王都へ押し入ろうとする、馬で駆ける一行の姿があった。
この国の政治中枢の機構はすでに消滅している。王城を囲む外郭はそのままでも、そこを守る兵はなし。堀も適宜埋められて、丸裸の王宮である。王がいないのだから妥当な話だ。
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