追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

文字の大きさ
136 / 148
【 終章 】 希望を胸に抱いて

⑤ 出征前夜の過ごし方

しおりを挟む
────「抱いてって言ったの!!」

「…………?」
 アリアンロッドの吐き捨てるような叫びに、目を丸くするアンヴァル。言葉を失っていたら、彼女が続けて泣き言をこぼす。

「死ぬ前に、妻にしてほしいって頼んだ……。一度で良いから、死ぬ前に、女として、私を……」
 枯れたはずの涙がまた溢れて、彼女の頬を伝う。

「でも断られた……どうしても、だめなんだって。私はこれで本当に、生まれてきた意味もなく……」

 その声はだんだん小さくなっていったが、
「愛される幸せをこの身体に刻むことなく生を終えるの!」
ついには高ぶる感情任せに声を荒らげた。

 彼女は嗚咽でこれ以上言葉が続けられなくなった。アンヴァルにしてみたらどうしてそんなことになっているのか問い詰めたいところだが、もはやふたりがここから逃げるのは叶わないと察した。それで十分だ。

「そうか」

 言葉にしたら余計に惨めでアリアンロッドは、恥ずかしくて逃げ出したくなった。彼の前だからか、まだ甘えた気持ちで泣き続ける。
 そんな彼女の後ろ頭を撫でながら、彼は言葉をこぼした。

「俺が抱いてやれればよかったんだが、そういうわけにもいかないもんな」

 今までに見せたことのない、彼の思いやり溢れる表情を、アリアンロッドは伏しているので目にすることができない。

 アンヴァルは撫でる手を止めて立ち上がり、元居たところへ戻って行ってしまった。この昼過ぎに彼は、ここを出なくてはならない。



 アリアンロッドは顔を上げた。彼はとっくに存在しないが、振り向いて尋ねた。
「……今、ヴァル、なんて言った?」

 そこでやっと彼女は気付いた。これが彼との最後の時間となるだろうことを。
 今度は彼に対して急速に、羞恥の感情が湧き上がってきた。死地に向かうというこんな時に、自分は何を言っているのだろうと。
 思いやる言葉を彼に何一つ告げず、自分の事ばかり。苦しいのも怖いのも自分だけではないのに、これほど情けないことはない。

 もう一度話したいと慌てて兵らの集まるところへ走って行ったが、そこの者に、彼はまだ来ていない、きっと寝ていて、出立の直前までここに来ないのではと言われる。
 アリアンロッドはすごすごと自室に戻った。
 ただその後、兵らに物を言付けようと、そこにまた帰り来た。


 太陽が真南に昇った頃、アンヴァルが兵舎の前に姿を現す。ここで彼の元に、先ほどアリアンロッドに頼まれていた兵が来た。

 大聖女からだと小さい包みを渡されて。彼がその布を開くとそれは、小さく揺れる鉄の針が置かれた小箱だった。
「これは、方位針? なんであいつがこんなものを持ってるんだ?」
「大聖女様の神力が宿った御守ですかね、隊長?」
(あいつにご利益ね……)
 アンヴァルは少しの間それを見つめ、そして胸元にしまい、勢いよく馬に跨った。




 その頃、その辺りでいちばん高い監視塔に上り、アリアンロッドは、アンヴァルの隊が王宮を出ていくのを見ていた。ただずっと、何を思うでもなく見つめ、見えなくなったら、ゆっくりと降りていった。

 するとそこに、ディオニソスが迎えに来ている。

「ディオ様……」
「…………」

 彼はまだ申し訳なく思っているのだろう。彼女を探しに来てみたが、何も言葉をかけることができない。結局、言葉を投げかけたのはアリアンロッドの方だった。

「もう、言わないから。あなたの信仰を侵すようなことは、決して。だから、今夜はふたりきりで、一緒に過ごしましょう。絶対、何も……しないから!」
「……アリア」

 アリアンロッドの目はやっと少し腫れが引いたのだが、また泣き出しそうだ。ディオニソスはそんな彼女に歩み寄った。

「ねぇ、私が王宮に来た頃のことや、私が幼かったせいで覚えていないたくさんのこと、私の面倒を見ていてあなたが感じたこと、何でも、いっぱい話して。朝まで……」

「私も、君と出会ってから、君の記録をたくさん、山ほど書き記したんだ。それが歴史に残ることは、もう、ないと思う、が。私の記憶を永遠に……」

 アリアンロッドも彼の目の前に歩み寄った。

「君の胸に、しまっておいて欲しい。時の許す限り、思い出を語り合おう」

 ディオニソスが両手を広げて誘い出す。アリアンロッドは大きくうなずいて、子どものように彼の腕の中に飛び込んだ。



◇◆◇



「アリアンロッド様!」
 翌朝、アリアンロッドの発つ頃、送別にやって来たルーンが彼女の前でひざまずく。
「ルーン……」
 アリアンロッドは彼と同等の目線になるよう、腰をかがめた。彼はそれこそ、大聖女としての彼女の、最後の希望だ。

「頼んだことを、たくさんあるけどお願いね。北の港のことも、確実に。あと……」
 もう出立となると、まだまだ話し足りないアリアンロッドであった。

「前にも言ったけど、ユング王はあなたが仕えるのに遜色ない人物だと思うわ。私も本当はもっと彼と話したかった。話したところで相容れない運命には変わりなかっただろうけど。今の彼の考える理想の国とか、それを目指して難しく感じていること、いろいろなことを聞いてみたかった。代わりにあなたがお願い」

「分かりました」

「私はこう考える。国はやっぱり、そこに住むすべての人のためのものよ。限られた一部の者が力を誇示するためのものではないし、上の者が下の者から搾取するためのものでもない。上に立つ者は国に暮らす民ひとりひとりの幸せのため、尽くすために存在するのだから」

 アリアンロッドは頭を下げた。そして真摯な瞳で伝えた。
「この地の民をこれからも、よろしくお願いします」

 ルーンはその場で深く頭を下げ、そして彼女の顔を見上げ、応えた。
「ご安心ください。すべてあなた様の御意の通りに」

 後ろ髪を引かれる思いを胸に抱え、アリアンロッドは乗る馬車に向かい歩み出す。最後に王宮を、いつもの景色を眺め、目に焼き付け、己の故郷に別れを告げた。



◇◆◇



 それから五回、夜を迎え日が昇り、今、まもなく開戦という日時だ。
 戦士のいでたちとなったアリアンロッドは、ディオニソスと森の出口にいる。そこにはふたりの馬も共にある。

 今からアリアンロッドは馬で駆ける。ここから約束の、開戦の合図を担うのだ。

「本当にその長弓で射るのか?」
「ええ。飛距離を最大限に伸ばすならこれでないと」
 アリアンロッドはうっとりと、掴む伝説の弓を下から上へ眺めた。

「しかしそれは、どちらかと言えば歩兵用の……」
「鍛錬は欠かさなかった。でも矢は一本だけ、失敗は許されない。ここはこの弓に宿る魂の力を借りる。きっと私のすべての力を引き出してくれる」

 次にアリアンロッドは自身の白馬を優しく撫で、話しかけるのだった。
「お願いね。私がいちばん射やすいところへ連れて行って」
 彼女は馬と話ができるわけではないが、しっかり伝わったようだ。馬は任せろとでもいうような、高らかな鳴き声を上げた。




✎*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

位置図を置いておきます。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...