【2章完結】これは暴走愛あふれる王子が私を呪縛から解き放つ幸せな結婚でした。~王子妃は副業で多忙につき夫の分かりやすい溺愛に気付かない~

松ノ木るな

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ボリジの章

⑤ ご賞味くださいっ

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 快晴の続いたこの週の末に、挙式の時が訪れた。

 サーベラス以下大勢の警備兵、侍女に囲まれ私は、大聖堂前に移動している。

 転ばぬようゆっくりとした足取りで、侍女らが案内してくれた先にいらしたのは、ラーグルフ様であった。

『ご機嫌うるわしゅう、ユニヴェール様。あの、ご尊顔を拝することができないのですが』

 重ねヴェール作戦に抜かりはない。

『おはようございます、ラーグルフ様。諸事情により、このままでご挨拶させていただきます』

『…………。失礼』

 彼の一言から多少の苛立ちが感じ取れる。

『あっ』
『新郎以外の男がヴェールをあげる無礼をお許しいただきたい。どうしてこんなに分厚いヴェールをお被りになられているのか』

 ああ、ラーグルフ様の紫がかった御髪おぐしは綺麗だな。初対面では、その紫みが私の髪色の系統のように思えて、少し親近感が湧いたものだ。
 でも、完全に非なるもの。

『ご容赦ください。人の目が気になるのです』

 幾重にも重ねて透明感を失ったヴェールを自分の面前に戻した。ラーグルフ様は呆れ、ため息をつく。

『このたびは私が祭壇までのエスコート役を仰せつかりました。私のような者では不足でしょうが』
『いいえとんでもないです!』

 ヴェールで彼の顔は見られないが、急に声を張り上げた私に目を丸くしたような。

『あのっ、頼もしいです、とても』

 サイズ直しの最中、侍女たちが話してくれたには、ラーグルフ様はダインスレイヴ王子の乳兄弟で、職務においても武芸においても才覚にあふれ、王子にとって幼少から頭の上がらない存在だとか。

『新郎の元までは、前方の見えないあなたの目になりますから。ゆっくり行きましょう』

 頼りがいのある兄がいるっていいな。

『しかしの方のご前に立たれたら、心のヴェールをお取り払いくださいね。彼は今日の日を楽しみに、目下にクマを作ってあなたをお待ちです』

 ……社交辞令? ああ、そちらの国としても、私を取り込んでおいて損はない、か。



『病めるときも……愛し慈しみ……』
 牧師の畏まった声が大聖堂に響く。窓からの陽光が春のぬくもりを連れてくる。

 このヴェールの向こうではきっと、光の中で粒子がふわふわと舞い、荘厳な美しさに満ちた空気が流れるのだろう。

 ふっと小さく息を抜いた。

 こんな私が、その中心にいるなんておかしい。私の世界はいつも……厳重な壁に閉ざされ、よどみ、風のない────

「!」
 ヴェールがふわっと飛んでいった。このとき視界に飛び込んできたのは。

「…………」
 考え事をしていて意識が散漫だった私。この瞬間、息をのんだ。

 目の前の人、きらきらしてる、綺麗……!!
 白銀の衣装に身を包むこちらの方が、私の旦那様になる人……?

 天頂から星が落ちるように、透きとおる銀の髪がきらきら瞬く。
 切れ長の瞳、高い鼻梁、妖艶な唇のライン……。天から遣わされた彫刻家の手による作品かしら?

 そんなふうに見惚れていたら。
 澄んだ水面みなものような瞳が、私をめがけて矢を放つ。わたしとの距離をぐっと詰めてくる。

 逃げ場がなくてソワソワしてしまい、慌ててぎゅっと目を閉じた。

 あ、でも今、ふいに見えた。目の下のクマ……。

 その刹那、ふっと柔らかな唇が私の頬に触れる。唇の端をぎりぎり、外して。

────触れるか触れないかの、儀礼的なキス。なんだかぎこちないような……。

 私には挨拶のキスの経験もなくて、これが初めてだったけれど、実感した。
 どうやってもこの憂鬱な呪いは隠しきれなくて、この方にとっても私は異端で、これ以上、私には触れたくないのだと。

 私と会うのが楽しみなんてあるわけない。こんな、押し付けられた花嫁なんて。

 行き場のない失望感が私を襲う。私だってこの方とお会いするのを、楽しみにしていたわけではないのに。

 だけど、きっと、どこか期待していた。

 私でも妻として、この国の一人民として、人と人との絆を育める、

──“夫婦”という間柄に。




 自室の窓際でひとり、この佳き日に薬指の輪で結ばれた人を待つ。

 紺碧の夜空を、朗月がそぞろに渡りゆく。清々しいその姿、私の目には孤月に映る。

 この夜のために、ベッドに赤薔薇の花ぶさを散りばめながらアンジュが言っていた。

────「ユニ様、すべてダインスレイヴ様にお任せすればよいのです! 逆に言うと反抗してはなりません!」

 いつもより上調子で、忌憚のない助言をくれている。そこにラスが乗り出して来て。

「いや、王子の行いに我慢がならなければ、××××を蹴り上げ、なんとしてでも逃亡をお図りください!」
「それはだめです! 国家間問題に発展しちゃいます! ラスさんの首100回落としても足りませんよっ」

「でもね、ダインスレイヴ様は私になんて触れたくないのじゃないかしら。この髪を目にしたら、きっとがっかりされるわ」

 初夜は慣例ということで白い衣装をまとったが、これは身体のラインに沿ったフォルムのドレス。トータルデザインとして大げさなヴェールを被るわけにいかないし、一時的に隠したところで仕方ない。

 髪は結わずに、あえて下ろしておくことにした。どうせ失望されるなら早いうちに。

「いえ、据え膳食わない男性はいないです!」
「こら、アンジュ! ユニ様を据え膳などと無礼が過ぎる!」
「超高級シャトーブリアン・ステーキでも据えていれば据え膳ですっ」────


 私は据え膳、据え膳……。心を押し殺して、据え膳に擬態してみせる。そのために今からでもできることって?

“他者に取り入るにはまず、笑顔と心得よ”

 こんな時にお父様の言葉が蘇る。私からそれを奪ったのはどこの誰よ……。

 でもここで実家スコルの娘として、役割を果たせることができたならば。

 ……私のお母様にした仕打ちを遠くから……後悔させてあげる。

「…………」
 なのに、なんで私の表情筋は頑として動かないの……。

 トントントン── 項垂れたこの瞬間、扉をノックする音が部屋にこだました。

 ああ、ついにこの時が。
 婿君が訪れたらどうすればっ……。もう頭が真っ白よ。
 椅子に腰掛けて待っているのが普通? それともベッドで横たわってるほうが意欲を買っていただける? ここは奥ゆかしさが必要? でも私もう28歳だし、扇情的な雰囲気が正解? 彼はどちらがお好きなの??

 とりあえず座って待っていることにした。扇情を求められても無理なものは無理、火を見るより明らかだわ……。

「…………」

 ノックから3分が経過した。

「…………?」

 トントントン── あ、迎えに出るのが正解でしたのね。
 お相手が王家の人だからと、こちらの返事を待たず突進してくるだなんてひどい思い込み。偏見は良くないわ。

 私は意を決し、おもむろに扉を開けた。

『……お待たせいたしました』

 目を大きく見開いたダインスレイヴ王子がそこに。後ろには幾人かのお供をお連れで。

『ああ、良かった。逃亡されていて、ここは既にもぬけの殻ではないかと心配だった』
『ご心配をおかけ……っ!』

 彼は右手で私の手を唐突にとり、そして回した左手でこの腰を支えたら、ゆっくりと、でも力強くエスコートしながら前進するのだった。
 扉から離れ行く中でそれの閉まる音が聞こえた。

 若干強引な彼のその行為は、決して私の足をもつれさせるようなことはなく、進む先は、薔薇の香りに満ちた私の寝床。

 ……今からはふたりの……。

「きゃっ……」

 これには声を上げずにいられないほどの衝撃だった。

 彼は私をベッドに……放り投げた?

 ベッドはふんわり柔らかく、どこも痛くはないけれど、一瞬空を飛んだような感覚に。

 この直前、私は彼のエスコートに心地よい酔いを感じていた。だからもう、あっけにとられてしまって。油断をついたような策に嵌り、激しく押し込められたと思ったら、次に彼は私の上に覆いかぶさり……

 叫ぶのだった。

『君が欲しい!』

『は、はい!』

 軍兵のように返事をした。

『君に拒否権は多分ない』

『は、はい』

 もう、ぎゅっと目を閉じた。

 据え膳! 据え膳!! 私は据え膳!!!

「……?」
 しかしすぐ真上の彼、微塵も動く気配がない。

「?」
 恐る恐る目を開けた。

 すると至近距離に飛び込んできた、なんて美しいかんばせ。このご尊顔にぼーっと見入ってしまっていた。

『君を王立学院中等部国際交流科の言語文化専任教師に任命する!』

『は、はい!』

 え、今、なんて?? ちょっと聞き慣れない言葉の羅列で、うまく聞き取れませんでしたので……

『もう1回おっしゃってください……反抗しませんので』

 ものすごく滑舌よくおっしゃっていただいたのに、言い直しを要求してしまって

 すみません。

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