【2章完結】これは暴走愛あふれる王子が私を呪縛から解き放つ幸せな結婚でした。~王子妃は副業で多忙につき夫の分かりやすい溺愛に気付かない~

松ノ木るな

文字の大きさ
20 / 38
ボリジの章

⑲ それぞれの使命

しおりを挟む
 ヨルズが放った声色は、まるで成熟した女性のようであった。

『この国の方言がどうだとかなんて、全然知らないのです』

「…………」

 短剣の切っ先が光る。

 身体のどこかに隠し持っていたそれを、目にも留まらぬ早業で取り出し私に向けたのだった。

「やっぱり……あなただったのね」

 胸元で逆手に短剣を握る彼女を、私は哀しく見上げ、睨みつけた。

『お命いただきます、センセイ』

 その刹那、疾風のごとし身のこなし。かまいたちが襲い掛かってくる。

 なら……

 私は机の引き出しに隠しておいたクッションを、瞬息の間に取り出した。

 彼女の狙う一点はこの首筋。両手で掴んだ柔らかいクッションでそこを守る。

 ……だめよ、こんなものでは木盾こだてにもならない。あっさり貫通してしまう。

 ただし、

────彼女が、短剣を突き出すことができたなら。

『! …………』

「…………」

 この命に突き刺す短剣は、私の喉元、正しく言えばクッションの寸でのところでその刃先をぴたりと止めた。

 そうよね。

 だってこのクッションの絵柄は……、“虎”だから。

『あなたがエリヴァーガル国から送られた刺客だったのね』

 彼女の表情が険しくなった。それはもはや、いっぱしの刺客の目であった。

『気付いていたのですか』

『だって、あなたのゲームプレイに違和感があったんだもの……』

 私はあの椅子取りゲームのあいだ、みんなを満遍なく見ていた。早くひとりひとりの性格を把握しなくてはと、神経を研ぎ澄ませて観察していたわ。

 するとだんだん見えてくる。

 音楽がふっと止まると、椅子の真ん前に立ち止まりでもしない限り、人は「右に座ろうか左に座ろうか」と迷うもの。

 なのに、この子だけ即座に、躊躇なく、たまに遠めの椅子にも腰かけた。まるで常に、どの椅子に座るかを決めていたかのように。

 そして彼女が立ち上がった後の椅子には、必ず狼のクッション。

『あなたはどうしても虎の椅子に座るわけにいかなかったのね』

 国では“虎神の生まれ変わり”と崇められている王を信仰するがゆえに。

『そして、席が少なくなって明らかに狼に座れなくなったら、あっさり譲って退場していた』

『…………』

 彼女の瞳に悔恨の色が浮かんだ。

『あなたの王は、為政者として優れたお人なの?』

『王は人ではありません。神です』

 その声に揺るぎはない。
 彼女はクッションの向こうの、私の喉元に刃を向けたまま、語り始めた。

『私は幼少から密偵の英才教育を施され、9つで王宮に出仕しました。そこで神との邂逅かいこうを果たしたのです』

『邂逅?』

『誇り高きアリアドネ様……あの方こそ神の化身。あのように神々しい存在は、幼い私には眩しすぎました』

 彼女は恍惚とし、幸福な信者の顔を覗かせた。

『女王のお役に立てるなら、いくら手を汚しても本望。3年前、女王より勅命をいただき、諜報部隊と共にこの国に上陸……』

 たった12ほどで……。そんな幼い少女に過酷な使命を?

『私の責務はこの国の貴族になりすまし、無垢を装い国の中枢に忍び込むこと。そして機密情報を入手、または要人の暗殺。そのためターゲットを探すことに1年を費やしました』

 淡々と話す彼女。そのかん惨苦さんくは想像に難くないけれど……。

『この、私が成り代わったヨルズ・フォーゲンは、実家の伯爵家で冷や飯食いの娘でした。彼女は両親が認めてくれることを夢見て勉学に打ち込み、学院入学の切符を手に入れた。実際、家族は厄介払いができ、しかも家名には富、名声を運んでくれるだろうと手放しで喜んだわけですが』

 ……どこかで聞いた話ね……。

『その学院入学のため馬車で王都へ向かう道中に、私は彼女を襲いました。亡骸の、親指以外はその場に埋め、親指で指紋照合。私は無事、学院に巣食いました』

 むごい仕打ちに絶句してしまう。本物のヨルズにはきっと輝かしい未来が待っていたのに。

『家族は王都へ進学した娘に一切関心なく、参観でやってくることもない。正体を暴かれる恐れもなく2年が過ぎ……。慎重を期した甲斐あり、こたびの大使育成クラスに選抜されて。逸る気持ちを抑えられませんでした。ウルズの人間に接近できる。この仕事は女王へのいい土産になると』

『でも……あなたは南の人間である私の前に、このクラスの生徒を……』

『そう。しくったわ。だってあの男、クラス編成からこっち、絶えず私をじろじろ見てくるのだもの。人の目は密偵にとって天敵。気が焦ってやってしまった。しかも病死に見せかけることもできなかった……』

『彼はたぶん、あなたとお友達になりたかったのよ……』

『友達? いりません』

 ここで彼女は固く握る私の手にそっと触れ、次の瞬間、ぐっと力を入れクッションを取り払った。

『さぁ、あなたを葬って、罪をヨルズ・フォーゲンに押し付けたら、私は姿をくらまします』

 腕っぷしで敵うわけない。同じ女性でも訓練された人間に。

 彼女が逆手に持っていた短剣を持ち替え、大きく振りかざした。

 そこまではじっと見ていた、彼女の悦に入った表情も。それは神に一層近付けたという恭悦の微笑み。

 生まれて初めて対峙する、生命の危機という恐ろしさのあまり私は、声も上げられず、ぎゅっと目を閉じて。

 そうしたら、ほぼ観念したつもりだった。

 最後の祈りを唱えようとした時、ふっと脳裏に浮かんだのは……

「助けて……」

────ダインスレイヴ様────!

『う゛っ……!??』

 剣が風を切る、微かな音を聞いた気がする。しかし私を意識づけたのは、この目前の少女の、かすかな呻き声。

 彼女は剣をかざしたまま微動だにせず、しかし身体を巡る力の流れが止まったことで、ついにバタンと横に倒れこんだ。

『うっ……ううっ……』

 背に深く刺さる剣……。

「ダイン……スレイヴ様……」

 大きな影が私を覆う。

 そびえたつ高山のように存在感を放って止まない彼は、憤りや焦りといったものをその大きな背丈に押し込んでいるよう。

『怪我はないかユニヴェール?』

 どうしてここが……。

『殿下! こちらですね!?』
『ご無事ですか先生!?』

 少年たちが慌てて入室してきた。10名ほどだろうか、前列にいるのは先ほどゲームで優勝した男子や、他もみんな体格のいい子たち……。

『俺たち武官勢が殿下の補佐をいたします!』

 彼らが口々に説明するには、文官の家の者とは違い彼らは殿下の顔を見知っていたので、レイ=ヒルドの正体を見破ったことで、配下としての役目を与えられたそうだ。この場では殿下と共に私の捜索を。

『さすがは殿下、頭が下がります。素性を隠し密偵の侵入するクラスへの潜入、そしてこのように見事、標的を見つけられて!』

 生徒たちは殿下を近くにまみえ、心酔している様子。

『うっ……』

 ダインスレイヴ様はまず片足でヨルズを踏みつけ、動きを牽制した。

『急所は外した。剣を引き抜かず、このまま宮廷の医務室へ運べば、命だけは助かる可能性がある』

 次に彼はヨルズを、背中に剣を刺したまま左腕で抑えつけたが、寄ってきた生徒たちがそれを請け負った。

 今は殺しはしないだろう。むしろ生かしておいて、拷問にかけ情報を吐かせるのだろう。

『なんて酷い……』

 無意識にこの一言がこぼれた。決して彼を、国を責めているわけではない。けれど、本音がつい……。

『ここでやらなければ君がやられていたぞ』

『でも、この子はまだ15の子どもでっ……』

『15歳であろうと使命を帯びた者は戦場に立つ。それが戦時下の常識だ』

 彼が冷たく恐ろしい狼に見える。彼を取り巻き包む、凍てついた風が見える。

 でもこの存在が、この争いの絶えない状況下で生きる姿。それに比べて私は……。

 おびき寄せられて、訓練された人間と分かっていて、「話せば分かる。相手は子どもなのだ」とノコノコ付いてきてこの始末。

 なんて浅はかなの……。

「え?」

 私が絶句したこの短い間のことだった。抑えつけられ瀕死の彼女は、自身の落とした短剣を右手で拾い、

「待っ……」

残された力の限りを尽くし、

「だっ、だめ……」

自身の首筋に刃を立て、引いたのだった。

「いやっ……いやああああ!!」

 赤い血しぶきが舞う。

 私の左半身に飛び散る鮮血。生臭くて、温かい……。

『ああ、美しい……アリアドネ様……』

 彼女が目を閉じた瞬間、私もふっと気を失った。

『ユニヴェール!?』
『『『先生っ!』』』

 気を失う直前の一瞬、私の目に、はたりとよぎった。

 ここ美術倉庫の壁に立てかけられた、ひとつのキャンバス。

 掛けられた布がはらりと落ちて。

 そこに描かれていたのは……

 真紅に染まるドレスの、慈愛深い微笑みをたたえた、女神のような女性であった────。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者の婿取り~強面女性騎士と報奨の王子~

小西あまね
恋愛
国王が布告を出した。強大な魔物を倒した勇者に王女を与える-- クレシュは顔に大きな傷がある頑健な強面騎士。魔物討伐は職務を果たしただけだったのに、勇者として思わぬ報奨を得てしまい困惑する。 「……うちに美人がいるんです」 「知ってる。羨ましいな!」 上司にもからかわれる始末。 --クレシュが女性であったために、王女の代わりに王子ヴェルディーンを婿に与えられたのだ。 彼も彼なりに事情があり結婚に前向きで…。 勇猛果敢で生真面目な27歳強面女性騎士と、穏やかだが芯の強い美貌の24歳王子。 政争やら悪者退治やら意外と上手くいっている凸凹夫婦やらの話。 嫉妬や当て馬展開はありません。 戦闘シーンがあるので一応残酷な描写ありタグを付けますが、表現は極力残酷さを抑えた全年齢です。 全18話、予約投稿済みです。 当作品は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】お嬢様だけがそれを知らない

春風由実
恋愛
公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者でもあるお嬢様には秘密があった。 しかしそれはあっという間に公然の秘密となっていて? それを知らないお嬢様は、日々あれこれと悩んでいる模様。 「この子たちと離れるくらいなら。いっそこの子たちを連れて国外に逃げ──」 王太子殿下、サプライズとか言っている場合ではなくなりました! 今すぐ、対応してください!今すぐです! ※ゆるゆると不定期更新予定です。 ※2022.2.22のスペシャルな猫の日にどうしても投稿したかっただけ。 ※カクヨムにも投稿しています。 世界中の猫が幸せでありますように。 にゃん。にゃんにゃん。にゃん。にゃんにゃん。にゃ~。

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

階段下の物置き令嬢と呪われた公爵

LinK.
恋愛
ガルシア男爵家の庶子として育てられたクロエは、家族として認めてもらえずに使用人として働いていた。そんなクロエに与えられた部屋は階段下の物置き。 父であるカイロスに不気味で呪われているという噂の公爵家に嫁ぐように言われて何も持たされずに公爵家に送られたのだが、すぐに出ていくように言われてしまう。 何処にも帰る場所の無いクロエを憐れんでか、一晩だけなら泊まっても良いと言われ、借りている部屋を綺麗にして返そうと掃除を始めるクロエ。 綺麗になる毎に、徐々に屋敷の雰囲気が変わっていく…。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

この悪女に溺愛は不要です!

風見ゆうみ
恋愛
友人がハマっていたゲームの悪役令嬢、ベリアーナ・ノルンに転生してしまった私は、公式のヒーローと言われていたレオン殿下との婚約を幼い頃から阻止しようと頑張ってきた。 努力もむなしく婚約者にされてしまってからすぐ、美少女ヒロインである『愛(ラブ)』が私の通う学園に転入してくると、それからというものラブに夢中になったレオン殿下はことあるごとにラブと私を比較してくるようになる。お互いが婚約を解消したいのは山々だったが、親の反対があってできない。するといつしか、私がレオン殿下をもてあそぶ悪女だと噂されるようになる。それは私の有責で婚約を破棄しようとするレオン殿下とラブの策略だった。 私と同じく転生者のラブは、絶望する私を見たかったようだけれど、お生憎様。悪女はそんなことくらいで凹むような人間じゃないのよ。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】婚約破棄したのに「愛してる」なんて囁かないで

遠野エン
恋愛
薔薇の散る夜宴――それは伯爵令嬢リリーナの輝かしい人生が一転、音を立てて崩れ落ちた始まりだった。共和国の栄華を象徴する夜会で、リリーナは子爵子息の婚約者アランから突然、婚約破棄を告げられる。その理由は「家格の違い」。 穏やかで誠実だった彼が長年の婚約をそんな言葉で反故にするとは到底信じられなかった。打ちひしがれるリリーナにアランは冷たい背を向けた直後、誰にも聞こえぬように「愛してる」と囁いて去っていく。 この日から、リリーナの苦悩の日々が始まった。アランは謎の女性ルネアを伴い、夜会や社交の場に現れては、リリーナを公然と侮辱し嘲笑する。リリーナを徹底的に傷つけた後、彼は必ず去り際に「愛してる」と囁きかけるのだ。愛と憎しみ、嘲りと甘い囁き――その矛盾にリリーナの心は引き裂かれ、混乱は深まるばかり。 社交界の好奇と憐憫の目に晒されながらも、伯爵令嬢としての誇りを胸に彼女は必死に耐え忍ぶ。失意の底であの謎めいた愛の囁きだけがリリーナの胸にかすかな光を灯し、予測不能な運命の歯車が静かに回り始める。

処理中です...