上 下
62 / 77
第1章:赴任

第54話:イッヌの覚悟

しおりを挟む
「サトウ様」

 家から出たら、玄関にイッヌがいた。
 イッヌ・フォン・カマセ。
 カマセ子爵家の次期当主だ。
 いや、だったというべきかな?
 ミレーネに役立たずを付けて、ピンチを演出。
 そこを救出することで、王族に取り入るという分かりやすいマッチポンプをした人間だ。

 いまは、なんでもできないなりに頑張る、好青年。
 しかも、お菓子作りは村一番の貴重な戦力でもある。

 そのイッヌが、俺の家の玄関前で土下座していた。
 ただごとではない雰囲気。

「折り入って、お願いが」

 うん、俺をサトウ殿ではなく、サトウ様と呼ぶくらいだ。
 よほどのことだろう。

「なんですか? かしこまって」
 
 一応、イッヌは捕虜から住人に格上げされたとはいえ、外から来た人間。
 最低限の礼儀はもって、接する。
 その必要はない人間性だったけど。
 今は反省の色も見られるし、何よりもひたむきにここでの生活を頑張っている。
 その点は、大きく評価している。
 だから、多少の頼み事なら聞いてあげてもいい。

「一度、里帰りの許可がいただきたく、伏してお願いに参りました」

 流石貴族の次期跡取りだと思った。
 上位者に対する礼の取り方が、堂に入っている。
 まあ、そこまでの礼儀が俺に対して必要かというと、首を傾げるしかない。
 ただの中間管理職でしかないから。
 貴族の方がきっと偉いんじゃないかなと。
 元華族の方とかを想像したら、自分が大したことないことを再認識。

「まあ、まずは姿勢を正してください。そこまでされると、いささか面映ゆいですし」

 俺の言葉を受けて、イッヌが顔を上げる。
 やつれてるなあ。
 よほどに、思い悩んでここに来たのだろう。
 相当の覚悟だったはずだ。
 なんせ、散々やらかして捕虜になったんだもんな。

「で、里帰りの目的は」

 俺の言葉に、イッヌが頬を染める。
 いきなり照れたような表情になって、思わず首を傾げてしまった。

「その、私の嫁を両親と祖父母に紹介したうえで、出奔を願い出ようかと」

 どうやら、親に顔見せにいきたいらしい。
 イッヌの嫁……ゴブリナか。
 ゴブリンビューティから派生した、ゴブリン良妻になった彼女。
 事実婚状態ではあるけど、夫婦という認識。
 戸籍が無いからな。

 でも大丈夫かな?

 肌の色、緑なんだけど。
 今から突貫で、地属性魔法とかに特化させたら黄色っぽくなるかもしれない。

「ありのままを報告して、受け入れられなければそのまま戻ります。できれば、祝福されたいと思ってますが」

 ……やっぱり、どう考えても無理だと思う。
 ゴブリナ、耳も尖ってるし。
 人じゃないのは、一目瞭然。
 そもそも出奔て、爵位の相続を放棄するということかな?

「まあ、弟もいますし……」

 もったいないとかって、思わないのかな?
 権力至上主義的な考え方で、あの騒動を引き起こしたっぽい人物とは思えない。

「はは、お恥ずかしい限りで。一度、権力社会から距離を置いて俯瞰してみることで、権力とは何かを見つめなおすことが出来ました。子爵に継いだからといって、子爵になれるわけではありません」

 とんちかな?
 子爵位を継いだ時点で、立派な子爵だと思うけど。

「何を成すかが重要なのです。領主たるものとしての心構えをはき違えておりました。自身の出世や家の家格を上げることよりも、住人たちのために何が出来るか。そして、出来ることを増やすために出世を目指すのであればいいのですが、ただただ出世を目的にするのは上位者のやるべきことではありません」

 素晴らしい!
 そこまで分かっているなら、もうイッヌは立派な領主になれると思うけど。

「ははは、私は兄弟の中で一番領主資格がありませんよ。領民の税で贅沢をし、さらには重厚な教育を受けて、領主として必要なことを学んできたくせに……たった一人の女性のために、それらを全て捨てるのですから。領民や領主としての地位を捨ててまで、一人の女性を選ぶような恩知らずに領主は務まりません」

 盛大に惚気られてしまったけど、それなら許可しないわけにはいかない。

「両親にも、弟妹たちにも私が何を感じて、どうして家を出るかを伝えます。そして、権力の儚さも……それが最後の恩返しです。はは……恥ずかしながら私がこうなってしまった一端に、父の教育がありまして。もともと、伯爵家から父に嫁いだ母は気にしてないのですが、父がそのことを気にして出世欲に憑りつかれてしまって」

 なるほど劣等感から、こじらせてしまったのか。
 そんな父の下で育ったなら、イッヌがこじらせるのも納得かな?

「母はそんな父に愛想をつかしてしまって。最初は母のために出世を目指していたのに、いつの間にか出世だけが目的になり、母も顧みず仕事や上に取り入るための接待ばかり……それで母の心が離れたことを、頑張っても結果が出せない不甲斐ない自分のせいだと父もまた……」

 完全に悪循環だな。
 
「私はそんなみじめな父を見て、こうはなるまいと……父もまた、私のようにはなるなと呪詛のように言い続けてきた結果、彼の子供に相応しいイタい子に育ってしまいました」

 真面目な話のさなかに唐突にイタいとか言い出したから、シリアス感が台無しだ。
 そういえば、イッヌもアスマさんの勉強会に顔を出しているんだった。

「しかしゴブリナさんと出会って、彼女と一緒にいるうちに……父も母も最初は、こういった気持ちだったのではと思い……そのことを、思い出してほしいと願うようになりました」

 うーん、立派だ。
 立派だけど、染まりやすすぎる気もする。
 根が単純なんだろう。
 宗教とかマルチに簡単に騙されそうだな。
 自分のことを賢いと思ってる奴ほど騙されるし、悟ったつもりのやつも騙される。
 
「この村では半人前以下の分際でおこがましいとは思いますが、この願いを聞き入れていただけましたら生涯の忠誠を誓います」

 重い、重い。
 普通に戻ってきて、普通に村人として頑張ってほしい。
 もし受け入れられてそっちの全員が望むなら、報告さえしてくれればカマセ領で家庭を築いてくれてもいんだぞ?

「はは、私の故郷はここですよ」

 ……やっぱり、心配だ。
 簡単に言いくるめられそうで。
 2人きりでは返せないな。

「当然です。私一人では、ゴブリナを守りながらこの森を出るなんてとてもとても。ですので、お金を払うので冒険者の方に護衛をと」

 いや、ゴブリナ一人で余裕で出られると思うけど。
 ステータス的には、A級冒険者を軽く凌ぐくらいには強いみたいだし。
 まあいいや。
 ゴブエモンを連れて行っていいぞ。

 たまたま通りを歩いていたゴブエモンが見えたので、指名する。
 いきなり名前を呼ばれたゴブエモンが、こっちを二度見していたけど。

 髪の毛もあるし、眉毛もある。
 肌の色も黄土色っぽい緑色だし。
 腕は確かだ。
 ゴブリン剣豪Ⅳまで進化してるからな。

 ゴブエモンが、かなり嫌そうな顔をしていたけど。
 ジッと見つめ続けたら、渋々頷いた。

「それと回復要員に、ゴブエルも連れてけ」
「いや、それは……」

 俺の言葉に、ゴブエモンが何かを言いかけて言い淀む。

「あまり、女性と一緒にいると妻が」

 そういえば、妻帯者だった。
 なら嫁も連れていくか?

「ゴブノスケもおりますし」

 あー、子供がいるんだったな。
 じゃあ、もう一人オスのゴブリンを連れてけ。
 人選は任せる。

 ……キノコマルだけはやめておけ。
 人の町で、問題を起こす未来しか見えん。

「はっ……ご配慮、感謝いたします。某の全力をもって、二人の行方を見届けますゆえ……妻へのご説明をお願いしても?」

 ……いや、本当にいっつも思うけど、ロードって偉いのか?
 凄い雲上人みたいな説明を受けたけど、ちょいちょい相談やお願いのベクトルというか、レベルが低いというか。
 まあ、別に嫌とは言わないけど。
しおりを挟む

処理中です...