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第5章:巨人と魔王

第5話:ミルウェイの冒険者ギルド

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「来たのは良いけど、どうしたらいいんだろう」

 ニコが冒険者ギルドに入って、早速途方にくれていた。
 確かに、ニコにはあまり関係のない話ともいえるが。
 個人的には、興味津々。
 というか、やる気満々?

「ある程度上位の冒険者には話がしてあるみたいですね」
 
 ゴタロウが、周囲の空気を読みとって感心している。
 腕の立ちそうな冒険者が集まって何やら相談しているテーブルや、受付で深刻そうな話をしている冒険者も。
 対策でも練っているのだろう。

 不穏な空気を読みとってか、不安そうにしている冒険者も少なくない。
 それもそうだろう。
 このギルドにいる、上位の冒険者が緊張した様子で何やら動いているのだ。
 そこで、のんびりと出来る中堅冒険者や新人冒険者がいたらよほどの実力者か、ただの阿呆だな。

 取り合えず適当な依頼書もって、受付にいって確認してみたら?

「なんの確認? 依頼の確認?」

 なんだって、ニコはこんなにポンコツになってしまったのか。
 いや、よく考えたら出会った当初と大差ないか。
 成長が見られなくて、ちょっと虚しい。

 だから、スタンピードの情報だよ。

「そっち?」

 良かった。
 頭の中の選択肢には、まだあったようだ。

 今まで訪れた町の冒険者ギルドの連中に比べたら、幾分か洗練された印象を受ける。
 国境の町ということもあって、色々と鍛えられているんだろう。

 装備も変わったものが、少なくなく見られるし。
 他の国の服や装備なのかな?

 なんかドリルみたいな形をした、槍をもっている人もいるし。
 あれって、むき身だよな?
 鞘みたいなのは無いのかな?

「なんだあいつ?」
「こんな坊やが、わざわざうちのギルドに何の用だ?」
「依頼じゃねーか?」
「でも、剣を持ってるぞ?」

 ニコに気付いた周囲の連中からのヒソヒソ話を、俺のデビルイヤーが漏らさず拾う。
 耳は無いが。
 もちろん、ゴタロウもフィーナもだが。

「てか、あの2人……」
「護衛か? 相当に腕が立つようにみえるが」
「というか、あれ人か?」

 それなりに強そうな冒険者から、フィーナとゴタロウについてのヒソヒソ話も。
 なかなか、見る目がある。

「おい、目を合わせるな」
「こえー」

 フィーナが、そっちを睨みつけると慌てて目を逸らしていた。
 あいつらも結構やりそうだけど、やっぱりゴブリンロードってのは普通に強いんだな。

「あー、君たち……ちょっと、あっちで話をしようか?」

 そんなことを考えていたら、ギルド職員の方から声を掛けてきてくれた。

「あっ、はい」

 渡りに船をばかりに、ニコが二つ返事で応えていたが。
 ゴタロウに話しかけてきたのに、ニコが代表で答えたことで職員が眉をピクリとあげる。

「えっと……君は、別に良いんだけど?」
「えぇ……」

 職員のあんまりな言葉に、ニコがショックを受けている。
 うん、なかなかに良い眼をお持ちのようで。
 だからといって、そんな態度を2人が許すわけもなく。

「ニコ様が許可しなければ、貴方達と話すことなんてないんですけど?」
「こちらの方は、一応私の主に分類される方です。あんまりな対応ですと……ね?」

 フィーナはちょっと嫌味っぽい感じだったが、ゴタロウは苦笑いをしつつ首を傾げるだけ。
 そのゴタロウが周囲を見渡すと、数か所から殺気が立ち上るのが分かる。
 殺気とか、リアルに分かるようになるとは。
 じいちゃんが殺気がとか言ってたのは胡散臭かったけど、実際に分かるもんだな。
 俺もその域にようやく到達したようだ。

 ちなみに殺気を放ったのは、もぐりこませていたゴタロウの配下だろう。

「分かりますよね?」
「はい」

 可哀そうに、職員さんはその殺気にあてられて顔を青くしている。
 お前らさー……向こうから誘ってくれてるけど、どんな話をするとか考えてるのか?

『私はニコ様にお任せで』
『大丈夫です、うまく誘導してみせます』

 フィーナとゴタロウで真逆の反応。
 フィーナがついてきてくれて安心だとあの時思った自分を、ちょっと殴りたくなった。

「あの、僕も行った方がいいですか?」
「是非」

 ようやく少し立ち直ったのか、ニコが恐る恐る口を開いたら職員さんが引き攣った笑顔で頷いていた。
 それから、二階の突き当りの部屋に案内される。
 ギルドマスターの部屋らしい。
 入り口から一番遠いとか、不便じゃないかなと余計なことを考えつつも部屋の中に。

 中に居たのは、若い女性。
 秘書かな?
 まさかのギルマス?

「私が、ミルウェイ支部のマスターのアルバです」
 
 まさかのギルマスだった。

「ジニー君、ご苦労様でした。もう下がっていいですよ」
「はい、それでは皆さんよろしくお願いします」

 職員さんあらため、ジニー君が部屋から辞去する。
 
「で、ここに呼ばれた理由分かるよね?」
「分かりません」

 アルバの質問に対して、ニコが首を傾げている。
 まあ、そうだろうな。

「そちらの、2方は?」
「さあ?」
「ふん」

 ゴタロウ態度悪いな。
 何が気に入らないのか知らないけど、珍しく不機嫌そうだ。

「少年、きみは何をこの町に連れ込んだか分かってるのか?」
「どういう意味ですか?」

 アルバさんの質問に、キョトンとした表情で答えるニコ。
 本当に分かってない顔だ。
 本当に分かってないんだろうな……

 フィーナとゴタロウがゴブリンだってバレてるんじゃないかな?

「他にも何匹か呼び込んだみたいですが、まずは有意義な情報提供ありがとうございます」
「は、はあ……」

 笑顔で礼を言うアルバさんに対して、ニコがよく分からないまま返事をしている。

「で、目的はなんですか?」
「目的?」

 おお、めっちゃ疑われてる。
 もしかしたら、スタンピードとの関係とかまで疑われてそうだな。

「あなたが引き起こしたとは思いませんが、なぜここよりも早く詳しい情報を?」
「情報?」
「あなたが、スタンピードの情報を提供させたのでは?」

 いきなり核心に触れる部分をついてきたが。
 残念だったな。
 ニコには、なんにも話してない。

「あー、ゴタロウが言ってたのってこのことだったの?」
「はい」
「そうか、そっちの男の差し金か」

 アルバさんがゴタロウを睨みつけているが、柳に風とばかりに受け流している。
 
「もしかして、お前はその子を利用しているのか?」
「はっ?」

 アルバさんの言葉に、ゴタロウが表情を消して凄く冷たい声で返事をしていた。
 短い一言だが、アルバさんの心胆を寒からしめるほどの威圧が込められていたらしい。
 一瞬で距離を取って、壁に掛けてあった槍に手を掛けさせる程度には。
 
 だが、それはかなわない。
 それよりも一瞬早く、フィーナが動いて槍を先に奪っていた。
 それどころか、アルバさんの首に槍の切っ先を突き付けている。
 ていうか、先っぽ当たってないかそれ?

「貴様らが掴んでない情報を教えてやったてのに、随分な挨拶だな? 先ほどから、こっちに向けらている殺気も不愉快だ……特に、ニコ様にまでその矛先を向けていたのにはな!」

 どうやら、部屋の周りに人を隠していたらしい。
 そして、殺気を向けていたと……ええ、俺分からなかったんだけど?
 
『主には言いづらかったのですが……さっき、私の配下が放ったのは殺気じゃなくて威圧です。それもスキルです』

 ゴタロウから、落ち着いた声音の念話が届いた。 
 うわぁ、恥ずかしい……
 何が、殺気が分かるだ。
 黙ってて欲しかったよ……

『申し訳ありません』
 
 ううん、ゴタロウ悪くない。
 でも、顔があったら真っ赤になってそう。

「殺しても良かったんだけどね。それやると、主とニコ様が怒るから」

 フィーナがあっさりと怖い発現をしているが。
 まあ、まだ危害を加えられる前にそんな暴挙に出たら、俺もニコも怒るだろうな。

 かなり逝った発言に聞こえるけど、フィーナやゴタロウから見たら人間なんてその程度なんだろう。
 好意的に接してくれたら良き隣人として付き合えるけど、敵意を向けてきたらなんの感情も抱かずに殺せる程度。
 
『少しでも関係があれば、敵意を向けられてもある程度は許容しますよ』

 フィーナが言い訳をしている。

『言い訳って、そんなことでいちいち知り合いになった人間を殺してたら、理解できないでしょう。時には仲を深めたり相手を知るためにも喧嘩も必要です』

 ああ、無関係な人間に冷たいだけで、一度関りをもったら普通に接するのね。
 理解した。

『はぁ……』

 フィーナに念話でため息を吐かれたけど、ちょっとイラっとする。
 
「本当に、そこの少年に仕えているのか?」
「厳密には、ニコ様が主の代理でもあるので仕えていますが、ニコ様だけでも大事な方であるのは間違いないですね」
「うわぁ、ゴタロウ」

 呑気だ。
 ニコだけが状況をよく理解できていないのか、のんびりとした雰囲気を纏っているが。
 ゴタロウの大事な方という評価に、感動している。
 
「分からんな、お前らならその少年を殺すことどころか、この町をどうこうすることも出来るだろう? なぜ、魔物が大人しく人に従っているのだ?」
「殺せませんよ……実力的にも、心情的にも」
「はあ? 実力的にだぁ? っと、痛い痛い!」
「口を慎みなさい」

 あまりにゴタロウの返事が予想外だったのかアルバが詰め寄ろうとしたが、フィーナの持っていた槍が喉に少し刺さったらしい。
 慌てて下がって、首をさすっている。
 すぐに、喉元に切っ先を当てられてたが。
 
「分かりました。きちんと話を聞きますので、まずは槍を下ろしてもらっても?」
「ヤダ」
「ちょっ、こんな状況じゃ話もできないでしょう」
「じゃあ、周りの雑魚をどっかにやりなさいよ」
「まあ、これじゃいてもいなくても変わらないですし、分かりましたよ」

 フィーナに脅されたアルバが、手を叩くと周囲から人が立ち去るのが分かる。
 というか、見えた。
 上手いこと隠れるもんだ。

 そいつらと一緒にシノビゴブリンが移動したのは、ちょっと面白かった。
 隠れて見張ってたやつらのすぐそばで、隠れて見張ってたのか。
 まったく気付いてないみたいで、普通に後ろをついて出たところで横を並んで歩いてるし。
 それ見て、隠れてた連中がビクッとなってたのは、本気で面白かった。
 2人ほどパニクって攻撃を仕掛けてたけど、空を切ってた。
 でもって、反対側から肩を叩かれてまた悲鳴をあげてるのは、笑えてしまう。

「貴方達も、しっかりと見張りをつけてたんじゃない」
「当り前だ」

 ゴタロウの対応がぶっきらぼうだけど、仕方ないか。
 ていうか、ウォルフと似たような扱いになってるな。
 
「ていうか、貴方達ほどの人がこの少年を実力的にも殺せないってどういう意味ですか?」
「ニコ様が主に変わったら、俺が束になっても敵わないのは事実だ」
「主に変わったら?」
「それ以上、言う気はない」

 そうか、いまのゴタロウが束になっても、俺には敵わないのか。

『主に逆らって、加護を消されたらただのゴブリンロードですからね』

 いや、ただのゴブリンロードつったって、ゴブリンロードならかなり強そうなイメージなんだけど?

『はは、ゴブリンロードを子ども扱いできるランドール様を、子ども扱いする主にどうやって勝てと?』
 
 そっか……
 よく考えたら、ランドールっていうかドラゴンって桁外れに強いんだっけ?
 例え、あの駄竜みたいなガキでも。
 そのランドールを相手取っても、まあ負けることはないだろうな。
 だったら、俺って調子に乗ってもいいくらいに強いのかな?

『そもそも我々の体術も、武器術も主に習ってるのですが?』

 言われてみたらそっか……
 鈴木流古武術の弟子だもんな。
 うわぁ、俺ってかなり強いんじゃん

 ちょっと気持ちよくなった。
 ゴタロウ、本当にいい奴。
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