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最終章:勇者と魔王

第17話:忘れない記憶

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「随分と、別嬪さんになったじゃないか」

 ……叔父さんが、剣を振って女神に話しかけているが。
 件の女神は、闇の魔力を全て吸い尽くされて、一番最初に出会った女神の姿に戻っていた。
 色々なものを、光の剣に吸収されたのだろう。
 キョトンとした表情を浮かべている。

「私は……なんということを……」
 
 どうやら、自分のしでかしたことに後悔しているようだが。
 お前は、そんなたまではないだろう

「リカルド……リーナ……そして、ルーク……私が未熟なばかりに、貴方たちに辛い思いを……」

 辛い思いをしたのは、俺だけだ。
 リカルドもリーナもそれなりに楽しんでいたはずだ。
 本心から言っているようにも見えるが、白々しいにもほどがある。
 何も今更。

「どうやら、本来の姿に戻ったらしいな」

 叔父が、ほっとしたような、嬉しそうな表情を浮かべる。

「ええ、貴方のお陰で正気を取り戻すことができました。本当の意味で……ルークに触れる前の、まだ純粋だったころの私に」

 光の女神が悲しそうに微笑みながら、叔父の方に視線を向ける。
 叔父も、満足そうに頷いている。

「まさかルークの力がここまで強いとは、想像もしませんでした。神である私の心にまで、影響を及ぼすなど本来ならありえませんし」
「そうですか。その影響も消えて、完全に純粋な光の女神だったころに戻ったと?」
「どなたか存じませんが、貴方が闇を払ってくださったお陰です。今の私こそが、真なる光の女神です」

 自信満々に言い放った女神に対して、叔父が優しく微笑みかける。

「そうか……ならば、死ね!」

 そして、手に持った剣に吸収した闇の魔力そのままに、女神を斬り捨てていた。
 女神が突然の出来事に、驚きの余り目を大きく見開く。

「貴様のせいで、私の甥はどれだけの不幸な目にあったか! 死んで、詫びろ! 光の女神として!」

 ああ……叔父さんが、心底憎んでいたのは光の女神だったのか。
 敵意を増幅させる闇のヴェールなんか放つから、救われた直後に殺されるみたいな面白いことになってるが。
 できれば、俺が自分の手で引導を渡したかったという思いがないこともない。
 そして、闇を吸収して特性が変わったのか、光の剣だったそれは今度は光の女神のオーラを吸収し始めていた。
 魔剣となったのか、なんなのか。

「そう不思議そうにするな。お前の力を手に入れた女神から、色々と奪ったんだ。変化と同調の特性ももちろんな。であれば、光の聖剣が魔剣になったところで何の不思議も無いだろう」

 確かに、そうなのだが。
 叔父さんが嬉しそうに俺に話しかけてきているが、どの俺だと思って対応しているのだろうか?
 最初の世界のルークだろうか?
 それとも、魔王ルークか?
 この世界のルークか?

「さてと……最後に、お前を救うとしよう」

 叔父が笑顔で俺に近づくと、頭を優しくなでてくる。

「誰だい、あの人は?」

 横に近づいてきたアルトが、首を傾げているが。 
 そうか、兄は叔父のことを知らないのか。

「アルトも大きくなったな」
「お会いしたことが?」

 隣に来た兄の頭も撫でる叔父に、彼は不思議そうな表情を返していた。
 その顔を見た叔父は少し寂しそうな表情を浮かべた後で、大きく頷いた。

「ああ、最初の世界でも、この世界でもな」

 思い当たる節が無いのか、兄が顎に手を当てて一生懸命思い出そうと唸っている。
 それを見て叔父がフッと笑うと、自分の腹に手に持った剣を刺していた。
 止める暇もない速さだった。
 いや、そんなそぶりすら感じなかった。
 女神を斬り付けた時と同様、作業のように自分の腹に剣を突き立てたのだ。

「な! 何を!」
「ぐっ、ふっ……この剣には、大量の女神の力が取り込まれているからな。変化と同調の力も借りて、私のスキルを世界へと……送ろうと思っただけだ」

 いや、本当に何を?
 理解できずに剣を抜こうと叔父の元に近づくが、剣は徐々に叔父の腹の中に入っていき最後は柄すらも消えてしまった。

「今度……こそ……お前を救える……幸せな未来……と供に」

 そして次の瞬間叔父の身体から、一気に光のヴェールが広がっていき世界を飲み込んだ。
 いや……なぜ、そこまで出来る?
 俺なんかのために。
 真っ先にその光に触れた俺は、この世界でのルークの記憶や感情が一気に蘇ってくるのを感じる。
 と同時に、叔父の記憶や思いまでも送り込まれてくる。
 そうか……叔父の記憶……叔父のことを記憶しているのは、ルークだけだったのか。
 ルーク以外の家族全員が、叔父のことを忘れていた。
 いや、記憶から消し去られていた。
 叔父であるギースは、産まれてすぐに祖父の弟のガンドルフに預けられていた。
 理由は、ゴートの双子の弟であったから。
 将来の家督争いを含め、今後嫡男であるゴートの障害になるであろうということで。
 そもそも貴族の双子というのは、やはり体裁が悪いらしい。
 我が家で、サリアとヘンリーが受け入れられたのには、やはり叔父の力が働いていた。
 双子に対する忌避感を、屋敷どころか領内の人間たちから消していた。
 本当に、家族思いなのだろう。

 優しいからこそ、大叔父であるガンドルフは祖父と揉めたのだ。
 生まれた時から継承権もなく、本家の子供であることどころか家族まで奪われた叔父を哀れに思い。
 そして、祖父グリッドのやりように。
 ギースが自分と同じ次男であることにも、親近感を覚えていたのかもしれない。
 とにかく養子ですらなく、使用人の一人として育てるように渡されたギース叔父を、大叔父は我が子のように可愛がり育てた。
 大叔父に入学を祝ってもらった時も、彼の家で相手をしてくれたのは彼一人だった。
 大叔母がいないことが疑問だったが、彼はギースを育てるために敢えて独身を貫いていたらしい。

 そして兄であるグリッドから禁じられていたにも関わらず、ギースに出生の秘密を伝えた。
 その時から、本気でグリッドと跡目を争う覚悟が出来ていたのだろう。
 叔父のために。
 
 叔父も大叔父も人が良すぎる。
 叔父が能力を覚醒させたのは、そんな時だった。
 父と叔父が争うことに心を痛め、自分さえいなければと本気で願ってしまった。
 自分が最初から生まれていなければと……
 そして、その願いは叶ってしまった。

 彼らの中で、ギースという男の存在は完全に消え去ってしまった。
 結果としてグリッドとガンドルフの争いも、お互いに原因が思い出せず有耶無耶に。
 元の、中の良い兄弟に戻っていった。

 叔父は、大叔父が自分のことを忘れてしまったことを寂しく思いながらも、ジャストールから完全に姿を消したらしい。

 それでも、定期的に様子を見に来ていたようだし、アルトや俺、サリアやヘンリーが生まれたときにはこっそりと見に来ていたらしい。
 そして揺り篭で寝ていた俺を覗き込んだとき、俺だけが満面の笑みで叔父に手を伸ばしたらしい。
 思わず叔父が手を出すと、その指を掴んでキャッキャッと声をあげて笑ったと。
 たったそれだけ、それだけのことなのに俺は叔父を家族だと感じ取ったのだと、自然と涙が込み上げてきたらしい。

 だからだ……
 俺と叔父は何度か面識があったし、王都であった時に驚かれた。
 最後に会った時に、俺の中にある叔父の記憶を消したつもりだったらしい。
 それなのに王都を歩いていた俺に呼び止められたのだ。
 そりゃ驚くだろう。
 まるで懐かしむように昔の思い出を語る当時のルークに、叔父は困惑しつつ再度記憶の改竄を試みたようだが……意味はなかったらしい。
 その時に、次男でありながら、俺には何か規格外の力があるのではないかと思うようになったと。
 そして、そんな俺のためにジャストールと王都に居場所を作りたいと、色々と動いてくれるようになったらしい。

 やり直したこの世界では、もはや最初から接触しなかったらしい。
 無論、様子だけは見に来ていたらしいが、最初の世界と違い俺は魔力を扱える。
 兄や父とも仲は良好。
 何より母も死んでいない。
 それならば、自分は必要ないだろうと王都で働きだしたらしい。

 それなのに、王都で俺の周囲に付けられた時に、明らかに俺が叔父に気付いていたこと。
 そして、叔父のことを知っていたことに、驚愕し……生まれ変わっても自分のことを忘れない俺を、今度こそ何がなんでも救うとはっちゃけたようだ。
 
 そういった、叔父の思いや記憶が次々と俺の中に入り込み、これまでの叔父の行動が全て納得できた。
 納得できたが、これだけは納得できない。
 何も、毎回命を懸ける必要はないだろう!

 しかし、もはや叔父の身体はかなり薄くなっている。
 後ろの景色が見えるほどにまで。
 その身も魂もヴェールに混ざって、世界へと散らされている。
 それが神の力を奪って使うことの対価なのだろうか?

 言葉にしたくとも、言葉が出ない。 
 この優しくも不器用な叔父に対して。
  
「今度こそ……今度こそだ……」

 もはやその視線は虚空をさまよい、何も見えなくなっているようだ。
 闇が祓われて、世界が照らされていく。

「なぜ……光は闇に吸収されると……」

 女神の困惑した声が聞こえてくる。
 こいつもしぶといな。

「何もなければな……だが、照らすべきもの……照らすべき希望があれば、闇の中でも光は輝きを放つのだよ……空っぽのお前には、分からないかもしれないがな」

 そうだ……何もない場所でのみ、光は闇に勝てないのだ。
 そこに光を反射する何かがあれば、闇に光を生むことができる。
 人であれ物であれ、色彩を放つ何かがあれば完全に闇に染まることはない。
 
 叔父の言葉に深く頷きながら、消えていく彼をただただ見つめることしかできなかった。
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