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しおりを挟む新しい世界での私は、寝起きが悪い。
アダムもそうだったけれど、この体になって初めて正しく理解した。
世界を生み出す魂になった私は、寝起きがすこぶる悪くなったのだ。
世界を、神を生み出す肉体には睡眠という負荷がかかる。生み出すとは、そういうことだ。
「召喚の間」を通った眠りは、眠りのようで眠りではない。
喚ばれた者たちは一度、召喚の間に運ばれ、そこで起きないよう、そして召喚の間で囚われることのないように、意識を強制的に飛ばされる。
それは眠りとは異なる。だからこそ私はすぐに目を開けられた。
人の気配がなく、勝手に漏れ出る人間たちの残留魔力さえも感じないこの場所に一体誰が召喚したのか嫌でもわかった。
神だ。
何のつもりで、どんな願いで私を召喚したのかは分からないけれど、神々が何かを人間に思い、召喚するというのは、これまで聞いて、見て、知っていた。
人間が召喚したのなら、必ず何十という人間が側にいるはず。だからこそ神の仕業だと分かった私は、起き上がり室内を見渡した。
壁は白く、天井も床も白い。
私が座っている場所は、部屋の真ん中にあるベッドだった。
シーツも枕も白く、天蓋もまた白い。
ここに居続けてしまえば、あっという間に精神を崩壊させることができるな。と考えている私の耳に足音が聞こえてきた。
扉に見えないただの壁は、両開きの押し扉らしかった。そこから一人の男が、腰を中途半端に折り曲げながら……多分、挨拶だろう、その動作をした後、下を向き続けていた瞳をベッドに向けた瞬間、驚愕の表情と、不規則に動く心音が聞こえた。
「………天使様!」
どうやら私は「天使」という役割を担う人間らしい。
しばらく身体を硬直させていた男は、ゆっくりとベッドに近づき、天蓋の向こう側で膝をつき、よく見えないだろう私の顔を見上げた。
「私の元へとご降臨、ありがとうございます。天使様は何も聞かされずこちらに来られるとは伺っておりましたので、どうか説明をさせて頂きたい」
まだ天蓋越しで会話しているから顔色はよく分からないが、声からは興奮と期待と喜びが伺える。
「あ、あの……」
気弱な声を作り、おどおどとした態度を取る私に、彼は優しく伺うような言葉を吐き出した。
「私はバーナビー・エインズワースと申します。ここでは何も手配できませんから、よろしければお茶をしながらお話致しましょう。こちらでは冷えます」
「は、はい」
私が天蓋に手を伸ばすと、心得たように天蓋を捲り、白い木のベッドの足に括り付けた。
「っっ」
そして、私を見た。彼の「常識」で、正しく私を見たのだろう。
すぐに足元に腰を下ろし、悲しげな表情をしながらも、優しく問いかける声は、
「伴侶の為にと作った庭園は、とても綺麗なんですよ」
完全に子ども扱いだった。
「はい……」
「よろしければお手を」
「は、はい」
おずおずと手を差し出すと、力強い温もりで掴んでくれる。だから安心してベッドから降りる私を見せると、少しは表情が和らいだ。
「行きましょう」
そう言って一歩踏み出す男を真似て足を動かした。
「わっ!」
「っ、大丈夫か?」
歩くことを新しい世界になってからしたのだろうか?なんて思っている私の顔色を伺う男に、作った笑顔だと分かるような顔をして、健気な人間を演出する。
「大丈夫ですよ!」
「ふっ、私も気を付けましょう」
そんなことを言いながらまた、一歩踏み出す男の後を付いて行こうとするけれど、案の定、転んだ。
「「……」」
弱々しく無邪気な人間に擬態したいと思って召喚に応じたけれど、歩くことさえ困難な人間になりたいとは思っていない。
「ごめんなさい……」
「謝ることではございませんよ」
「ここでは浮くことができないんですか?」
「あなた様の世界では歩かないのですか?」
「世界?」
「あ……いや………よろしければ抱き上げても?部屋を出るまでは魔法が使えないんです」
「ご、ごめんなさい、ご迷惑をおかけ、して」
「問題ありませんよ」
片手で抱き上げられた私は、室内を見渡した。
室内に魔法陣は見当たらないが、この部屋を守るように外部から魔法陣が幾重にも張り巡らされている。
登録した者の魔力以外は使用できない作りになっているな。
この男と、数名だけ。
使えば警報が鳴り、即座に守りの陣で拘束されてしまう。
そんな守りだった。
「「「「「「「「っっ!」」」」」」」」
音なき扉を開けた先には、男に仕えているだろう人間たちが姿勢よく立っていた。そして私を見て全員が息を呑んだ。
「室内庭園だ」
「………か、かしこまりました!」
一人の男が答え、私を抱き抱えている男の後ろについてくる人間たちは皆、喜びが隠せない様子で、隣にいる者へ目配せし、喜びを分かち合っている。
ふむ。
天使というのは随分楽そうだ。というのが、この世界に来てから初めての感想だった。
何かを倒すわけでもなく、誰かの運命でもなさそうな召喚に、帰らずに済んだと思った。愛されたい私は、冷たい視線を感じずに過ごせそうな環境に長居できそうだと、少しだけ口元を緩めた。
「綺麗な色味ですね」
「え?」
「黒が揃っている方を見かけたことはなかったのですが……とても綺麗ですよ」
「あ、ありがとうございます。あ!そ、その、えっと、あなたの色味も綺麗、です」
「ふっ、ありがとう」
「い、いえ」
くすんだ金の髪に青の瞳を持つ男に羨ましいと、色味について久々に憧れを心に落とす。
黒の髪に黒の瞳は、どこへ行っても珍しい色味だ。
それを「羨ましい」と言われることは多いけれど、私だって君たちの色味が羨ましい。
私は色味を変えられない。
姿形は全部で三つあるけれど、その姿になったとしても色味を変えることはできないんだ。
イヴの姿なら赤髪金目だけれど、今の姿にしっくりきている私はどうにも他人に見えて仕方ない。
片方が黒色というのはあるけれど、どちらも黒というのは、きっともう私しかいないだろう。
そんな風に羨んでいると、花の匂いが近づいてきたので意識を今に向ける。
「もう浮いて大丈夫ですよ」
「はい」
男の腕から離れて浮きながら案内される席に着く。
室内庭園は無駄がなく、人に見られる意識を徹底して行い、見る者全てに美しさを見せようとして、手入れの行き届いた花々は規則正しく並んでいる。
自然に作られた花畑も好きだけれど、こうやって誰かを喜ばそうとしている庭も好きだ。
私たちが着いた席は花に囲まれ、全ての花が見渡せるようになっているけれど、匂いが喧嘩してこない。
様々な匂いはあるが、それでも微かだ。
席を囲むように魔法陣が展開されているから読み解いていくと、匂いを選び特定の花だけを僅かに漂わせ、虫の侵入は一匹も許さず、また、席に座っている者が微量の魔力を流さない限り、ここの会話は席の外側にいる者たちには聞こえなくなっている。
こんなに……こんなに強い世界は知らない。
美しく魔法陣を描いてくれる世界も、ここまで魔力が高い人間たちも、気遣いと、憂いがないようにと動き続けている頭のいい人間がこんなにもいることに、
驚いた。
そして、嬉しくもなった。私の世界を楽しんでくれていると……そんな思いが心に湧き上がる。
目の前に置かれた紅茶と菓子は魔力が詰まっていて、とても美味しそう。
魔力の多さが食材の美味に関係してくる為、食材の魔力を見る事が癖付いてしまっている。
この分だと、戦争や、世界に対する困りごともなさそうだと思いながら、一口紅茶を飲み、喉を潤した。
「おいしい……」
「私のお気に入りなんですよ」
男も一口紅茶を飲んだ後、緊張しながらも言葉を発しようとしている。大方、言葉を選んでいるのだろう。
「その……自分で言うのもなんだが……この世界の王として相応しい人間が現れると、君のような天使様と呼ばれる者を神様が降臨させ、国を幸福に……いや、幸福の象徴として喚んで頂ける。私にとっても国にとっても、君の存在は喜ばしいことなんだが……」
ああ、国王なんだ。
「お、王様とは知らず無礼な対応を……!だ、抱き上げてもらうなんて!ど、どう……」
「くっくっ、落ち着きなさい。君は私より立場が上なのだから、そんな気は回さなくて良いのですよ」
この世界の神はアレスだ。
会ったことはないけれど、アレスは天使という存在を作り、国のためか、目の前の男の為なのかは分からないが、幸福を確実に運ぶ召喚という手法を選んだらしい。
そしてこの男の言うことから、度々この世界に天使を送っているということがわかる。
だがしかし、召喚に込められた想いがどんなものなのかまでは分からないから、もしかしたら「幸福を」という人間たちの認識が間違っている可能性もあるが……まあいい。
そんなことはどうでもいいんだ。愛してくれればなんだっていいよ。
「わ、わたし、あ、あの、王様より上だなんて、その、ど、」
「大丈夫」
ふんわりと笑う男に見惚れるように釘付けになり呆然とした後、釣られるように笑ってみせた。
「君も幸福になるよう尽力すると神様に誓う」
思いきり顔を緩ませて、今の会話だけで目の前の男に信頼を寄せているような表情を作れば、
「ふっ、もう大丈夫だな」
安心するだろう。
「まずはそうだな……謝罪を申し上げます」
「え?」
「神様がこの国の為に喚んでくださったのは、私たちにとっては喜ばしいことなんだが……申し訳ございません。あなたを元いた場所に帰すことはできかねます」
ああ、故郷に帰せないとでも思ってるのか。
別にいいのに。
私に帰る場所なんてどこにもないんだから。
「え、えっと……ここはどこ……なんですか?」
「スイレナディ王国であり、この世界の名はアレス世界と呼ぶ。君が今までいた世界とは異なる場所なんだ」
「あ……だから帰れない、ですか?」
音が聞こえないようになっていた魔法陣に男が魔力を流し、周りの人間たちにも声が届くようにしている。
「ああ……本当に、申し訳ございません」
男に倣い、一斉に挨拶なのか、謝罪をする作法なのかは分からないけれど、同じ動作をしている。
「ああああ、あの!わ、私、大丈夫です!」
「だが」
「りょ、両親は随分前に亡くなってしまって……そ、それで働きに出たのですが……あ、あまり、その、役立っていなかったので……」
「っっ」
「だ、だから、誰も悲しまなくて………だから……だから……」
「っっ」
「きゃっ!」
私の物語に悲しさでも募ったのだろう。
対面で佇んでいた男は私の元に来て抱きしめた。
理由はどうあれ……
ああ、温もりだ。
久しぶりの暖かさだよ。
「大丈夫だ」
「は、い」
ここに来て初めて、演技以外の素を出した。
温かさに体が震えて、声が震える。
出会ったばかりの小娘に心を砕いてくれるこの男なら、きっと父親にだってなってくれる。
国王と言っていたから、この男が構ってくれれば、他の人間も同じように愛でてくれるかもしれない。
「ここで幸せになろう」
「そ、それな、ら、」
「ああ」
「私は天使、なら、私もあなたを、こうふくに、しま、す」
「っっ~、ああ!」
まだ抱き着いて甘えていたい。
けれど、
「大丈夫、です!」
「それならケーキを食べよう」
「はい!」
「言った通り、君の方が立場は上なんですよ」
「でも……あなたが私に敬っている態度よりは、気安い態度の方がいい、です」
「くっくっ、それなら私も同じだ」
「………うん」
「ふっ、さあ!食べよう!美味しいぞ」
「うん!」
彼には一人の伴侶が存在する。さっき言っていたこの室内庭園をプレゼントした相手だろう。
その者の匂いが非常に濃く残っているのは、独占欲が強い証だ。
たとえこんな風に歓迎されるような存在でも、匂いがはっきりと付いてしまえば気に食わないだろうと思い、離れた。
匂いが分かるのは、獣王としての魂があるからだ。耳も鼻も視覚も優れている。
元のイヴに戻れば、そんな事も分からなくなるだろうけれど…もう無理だ。
だって不必要な魂までも手に入れてしまっているのだから。
「名前を聞いてもいいか?」
「ヒナノです」
「私はバーナビーだ」
「バーナビー様」
「ヒナノ」
「はい?」
「バーナビー」
「ふふっ、バーナビー!」
「それでいい!」
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