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『スティル・ライフ』の岬
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僕は、この景色を知っている。
初めて訪れた場所であるにも関わらず、なぜか僕はそのことを確信していた。
紀伊半島南部、和歌山県のある岬。太平洋に面したその場所は、特に観光の名物になる何かがあるわけでもなく、特段、景色がいいわけでもない。最寄りの町からも離れていて、物好きな釣り人が遠路はるばる訪れるぐらいしかないはずの場所だった。
どこまでも広がる海。そして、半円状に世界を包み込む青空。どこを見渡しても、一隻の船、一機の飛行機さえ視界に入らない。僕は間近にあった岩の上に腰を下ろし、じっと海を眺め続けた。
いまの僕を誰かが見たら、どんなふうに思うのだろう。
小さなリュックサックに詰め込めるだけの荷物とお気に入りの楽器を携えて、旅を続ける詩人。
孤独な旅を続けながら自分探しをしている若者。
……なんてバカバカしい。誰がどう見ても、どこにでもいる二十代の若者が、春休みを利用して一人でドライブ旅行をしているだけにしか見えないだろう。
そして、それこそがいまの僕を表す最適な言葉だった。
そもそも、僕はどうしてそんな辺鄙な場所を訪れたのか。その理由は、正直に言って僕自身にもよく分からない。強いて言語化するなら、「呼ばれたような気がした」とでも言うべきだろうか。
誰に、あるいは何に呼ばれたのか。まったく曖昧なまま、僕は不意に国道をそれ、岬へ降りてゆく脇道を突き進んでいた。程なく道路は小さな駐車場(とも言えないような、二、三台分の車を停められるスペースがあるだけの広場)に突き当たって途切れる。僕はそこで車を降り、コンクリート舗装の遊歩道を海に向かって歩き始めた。
この道を歩く人を捕食しようとでもするかのように、道端から草の茎が勢いよく伸び広がり、道幅はひどく狭い。夏になれば、両側から伸びた草に飲み込まれ、道そのものがなくなってしまいそうだった。
草をかき分けてたどり着いた岬は、黒々とした岩がひたすら波に洗われているだけの場所だった。取り立てて特筆すべきもののない、ただ空と海が広がっているだけの場所だった。
それなのに僕は、「ああ、この景色を知っている」と思ったのだ。
決して「この場所を知っている」というわけではない。そりゃそうだ。初めて訪れた場所なのだから。
じゃあ、なぜ「この景色を知っている」と思ったのか。
僕は岩に腰を下ろし、「あの雲、おんなのこの後ろ姿みたいに見えるな……」とか、「あの一カ所だけ波が泡だっている海面は、岩礁が隠れているのかな……」などと、取り留めのないことを考えながら、「この景色」のことを思い出そうとした。
「――ああそうか、『スティル・ライフ』だ」
不意にその情景が浮かんできた。
何年も前に読んだ、池澤夏樹の小説。主人公は「定点観測」として、雨崎という場所を毎年訪れる。ある冬、主人公は雪の降る中でじっと座って海を見る。そして、こう語るのだ。
「雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた」
僕はこの雨崎海岸のことを、勝手なイメージで、太平洋に面した茫漠とした景色の広がる場所のように思っていたのだ。
雨崎のモデルになった場所は、三浦半島の海岸だと言われている。浦賀水道に面していて、悪天候でなければ対岸の房総半島だって見える。だけど僕にとっての「雨崎」は、いま、目の前に広がっている海のように、どこまでも広く、「無限」という言葉がぴったりくるような景色の場所だったのだ。
たっぷり一時間ぐらい、その場所にいただろうか。
春の穏やかな太陽に照らされ続けた顔は、ほんのりと日焼けして熱を帯びていた。
映画やアニメなら、こういった場所に一人でたたずむ主人公にヒロインが話しかけてきたり、神や悪魔のような超常的存在が現れたり、自分の心の中から現れた「もう一人の自分」と出会ったりして、物語が進んでいくのかもしれない。しかし現実は、岩の間を走り回るフナムシやカニ以外、僕の視界に入る生き物はなく、ただただ静かに時間が流れていくだけだった。
現実なんて、そんなものだ。
僕はこの世界を生きる何十億人のうちのたった一人に過ぎない。アニメやドラマの主人公にはならない。この太平洋からすくい上げたバケツ一杯の海水みたいなもので、大学やサークル、アルバイト先といった「入れ物」に入っている間は一個の存在として認識されるけれど、広い世界に紛れてしまえば、没個性な「その他大勢」の一人でしかない。
だけど、それでいい。
『スティル・ライフ』は、こんな文章から始まる。
「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている」
そう。世界は世界としてそこにあり、僕は僕としてここにいる。
そのことに、意味はないのかもしれない。しかし、僕という存在が「ここにある」ことには意義があるのだ。
僕は深くうなずくと立ち上がり、駐車場へ戻る道を歩き始めた。
不思議な満足感を胸いっぱいに感じながら。
初めて訪れた場所であるにも関わらず、なぜか僕はそのことを確信していた。
紀伊半島南部、和歌山県のある岬。太平洋に面したその場所は、特に観光の名物になる何かがあるわけでもなく、特段、景色がいいわけでもない。最寄りの町からも離れていて、物好きな釣り人が遠路はるばる訪れるぐらいしかないはずの場所だった。
どこまでも広がる海。そして、半円状に世界を包み込む青空。どこを見渡しても、一隻の船、一機の飛行機さえ視界に入らない。僕は間近にあった岩の上に腰を下ろし、じっと海を眺め続けた。
いまの僕を誰かが見たら、どんなふうに思うのだろう。
小さなリュックサックに詰め込めるだけの荷物とお気に入りの楽器を携えて、旅を続ける詩人。
孤独な旅を続けながら自分探しをしている若者。
……なんてバカバカしい。誰がどう見ても、どこにでもいる二十代の若者が、春休みを利用して一人でドライブ旅行をしているだけにしか見えないだろう。
そして、それこそがいまの僕を表す最適な言葉だった。
そもそも、僕はどうしてそんな辺鄙な場所を訪れたのか。その理由は、正直に言って僕自身にもよく分からない。強いて言語化するなら、「呼ばれたような気がした」とでも言うべきだろうか。
誰に、あるいは何に呼ばれたのか。まったく曖昧なまま、僕は不意に国道をそれ、岬へ降りてゆく脇道を突き進んでいた。程なく道路は小さな駐車場(とも言えないような、二、三台分の車を停められるスペースがあるだけの広場)に突き当たって途切れる。僕はそこで車を降り、コンクリート舗装の遊歩道を海に向かって歩き始めた。
この道を歩く人を捕食しようとでもするかのように、道端から草の茎が勢いよく伸び広がり、道幅はひどく狭い。夏になれば、両側から伸びた草に飲み込まれ、道そのものがなくなってしまいそうだった。
草をかき分けてたどり着いた岬は、黒々とした岩がひたすら波に洗われているだけの場所だった。取り立てて特筆すべきもののない、ただ空と海が広がっているだけの場所だった。
それなのに僕は、「ああ、この景色を知っている」と思ったのだ。
決して「この場所を知っている」というわけではない。そりゃそうだ。初めて訪れた場所なのだから。
じゃあ、なぜ「この景色を知っている」と思ったのか。
僕は岩に腰を下ろし、「あの雲、おんなのこの後ろ姿みたいに見えるな……」とか、「あの一カ所だけ波が泡だっている海面は、岩礁が隠れているのかな……」などと、取り留めのないことを考えながら、「この景色」のことを思い出そうとした。
「――ああそうか、『スティル・ライフ』だ」
不意にその情景が浮かんできた。
何年も前に読んだ、池澤夏樹の小説。主人公は「定点観測」として、雨崎という場所を毎年訪れる。ある冬、主人公は雪の降る中でじっと座って海を見る。そして、こう語るのだ。
「雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた」
僕はこの雨崎海岸のことを、勝手なイメージで、太平洋に面した茫漠とした景色の広がる場所のように思っていたのだ。
雨崎のモデルになった場所は、三浦半島の海岸だと言われている。浦賀水道に面していて、悪天候でなければ対岸の房総半島だって見える。だけど僕にとっての「雨崎」は、いま、目の前に広がっている海のように、どこまでも広く、「無限」という言葉がぴったりくるような景色の場所だったのだ。
たっぷり一時間ぐらい、その場所にいただろうか。
春の穏やかな太陽に照らされ続けた顔は、ほんのりと日焼けして熱を帯びていた。
映画やアニメなら、こういった場所に一人でたたずむ主人公にヒロインが話しかけてきたり、神や悪魔のような超常的存在が現れたり、自分の心の中から現れた「もう一人の自分」と出会ったりして、物語が進んでいくのかもしれない。しかし現実は、岩の間を走り回るフナムシやカニ以外、僕の視界に入る生き物はなく、ただただ静かに時間が流れていくだけだった。
現実なんて、そんなものだ。
僕はこの世界を生きる何十億人のうちのたった一人に過ぎない。アニメやドラマの主人公にはならない。この太平洋からすくい上げたバケツ一杯の海水みたいなもので、大学やサークル、アルバイト先といった「入れ物」に入っている間は一個の存在として認識されるけれど、広い世界に紛れてしまえば、没個性な「その他大勢」の一人でしかない。
だけど、それでいい。
『スティル・ライフ』は、こんな文章から始まる。
「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている」
そう。世界は世界としてそこにあり、僕は僕としてここにいる。
そのことに、意味はないのかもしれない。しかし、僕という存在が「ここにある」ことには意義があるのだ。
僕は深くうなずくと立ち上がり、駐車場へ戻る道を歩き始めた。
不思議な満足感を胸いっぱいに感じながら。
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