大嫌いな腹黒騎士から兄の代用品として抱き潰される俺の話

胡蝶乃夢

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六話

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 夜が明け、日が昇りきって空が明るくなった頃。
 アルタイルは髪をかき上げた片手で頭を抱え、端正な顔を苦悩に歪める。
 そして、息を詰めて重いため息を吐く。

「……っ、はぁ……」

 その視線の先には、一晩中喘ぎ泣かせ続けてしまった、愛しい婚約者が横たわっていた。
 憔悴しょうすいしきって昏々こんこんと眠っている、痛々しく可哀想なレグルスの姿に胸が痛み、アルタイルは深い後悔にさいなまれていたのだ。

 どうしていつもこうなってしまうのか。
 こんなはずではなかったのに……。

 普段のアルタイルは冷静沈着で知略にも長け、戦術では計算を見誤ることなどないのだが、レグルスのことになると途端に冷静ではいられなくなった。
 愛しい婚約者に反発され、拒絶されていると思うと、激情に駆られて強制的にでも拒絶を覆そうとし、酷く責め立ててしまう。
 一夜明けて我に返れば、あまりにも冷静さを欠いた鬼畜の所業だったと、己のことながら呆れ果て、罪悪感に苛まれて頭を抱えることになるのだが。

 本当はもっと大切にしたい、もっと優しくしたいと思っているのに、どうしても上手くいかない。
 以前は誰よりも仲が良かったはずなのに……。

 騎士学院の幼い頃から、いつも一緒に過ごしてきた。
 共にいることが当たり前で、誰も二人の間に割って入れないほどの距離にいたのだ。
 それこそ、親友以上の間柄と言っても過言ではないくらい、親密な関係だと思っていた。
 それがどうして、こんなことになってしまったのか。
 いつから、こんなにも反発されるようになってしまったのか。

 思い返せば、隣国への婿入りを阻止して婚約してから、レグルスの態度が急変し、ひどく反発されるようになったと思う。
 そんなに隣国の王女がいいのか。そんなにあの女と結婚したかったのか。そう考えるたび、アルタイルは嫉妬で狂いそうになり、激情に駆られて衝動的になってしまうのが毎度のことだった。

 その王女はレグルスに一目惚れしたと語る一方で、アルタイルにまで平然と秋波しゅうはを送ってきたアバズレだ。
 高貴な身分の出生なだけで、品性も教養も貞淑ていしゅくさすらも持ち合わせていない――にもかかわらず、王女だというだけでレグルスから求められ、愛される対象になるのかと思うと、込み上げる憎悪ぞうお嫌悪けんおで発狂しそうになるのだ。

 王女とはまるで真逆の清廉潔白せいれんけっぱくで品行方正な王子――レグルスは婚前に恋愛はせず、政略結婚でも結婚した相手を愛すと語っていた。
 それなら、婚約者になったのだから、語っていた通りに受け入れて愛してくれたらいいのに――そう切望してやまなかった。
 どうしてこんなにも抗い、拒絶されてしまうのか、アルタイルにはわからなかったのだ。

 初めて出会った頃から、アルタイルはレグルスに特別な想いを寄せている。
 ゆえに、レグルスから親友だと嬉々として告げられても、アルタイル自身が友情と思ったことは一度たりともなかった。
 唯一無二の親友と言われ、苦々しく顔を顰めるような、長年の恋情を抱いていたのだ。

『レグ……好きだ。俺はお前を愛している』
『ああ、俺も愛している。大好きな唯一無二の親友だ。生涯の友でいような』

 決死の覚悟で告白したとしても、友愛として受け取られてしまい、親友だと思われたまま一向に響かない。
 どんなに関係を進展させようとしても、恋愛対象として見てもらえず、さらに踏み込もうとすれば一線を引かれた。
 歯痒くやるせない思いをしつつも、それでも諦めて離れていくこともできず、アルタイルの長年積もらせた恋慕れんぼこじれに拗れ、いつしか激しい執着と独占欲どくせんよくはらんでいった――。

 超人的な能力を持つ王太子の近くにいるせいで、何かと兄と比較されることが多く、レグルス本人は自分の能力が低いと思い込んでいた。
 だがしかし、決して劣っていることはなく、常人と比較すれば遥かに優れている、極めて優秀な王子だったのだ。
 高貴な身分の上に相当な実力があるにも関わらず、おごることなく剣術に打ち込む、ひたむきな姿勢に感銘かんめいを受けた者は多い。

 身分差などには頓着とんちゃくせず、誰にでも明るく笑いかけ、強者にも弱者にも分け隔てなく接する。
 有事の際にはいち早く駆けつけ、窮地きゅうちひんする民を守ろうと率先そっせんして戦う。
 そんな勇敢で美しい王子の姿を目の当たりにして、人々が魅せられないはずはない。

 黄金に輝く長い髪をなびかせ剣を振るう、真っ直ぐに澄み渡った青く強い眼差し。
 英雄的な勇姿に心を奪われた人々は、若き獅子しし――金獅子きんじし王子と称えたのだった。

 年を追うごとに、目覚ましい活躍をする金獅子王子の人気は倍増していった。
 そして、困ったことに、金獅子王子を次期国王へと推す熱狂的な支持者や派閥が現れてしまったのだ。
 当の本人は自分が王になりたいだなんて微塵も思っておらず、極端なことを言う者がいるなと、笑って聞き流すだけだった。
 兄や国を守る騎士になるのだと邁進してきたのだから、兄に反意して王位を奪いたいはずはない。

 しかしながら、様々な思惑が絡み合い、レグルスを次期国王へと推す派閥が力を強め、収拾がつかなくなりつつあった。
 このままでは、王位継承争いで国を分かちかねない事態におちいる。
 内乱にでもなれば、これ幸いとばかりに敵国から攻め入られる可能性すらあったのだ。
 王位継承で国が乱れることだけは、なんとしてでも阻止しなければならなかった。

 そんな折、隣国の王女からレグルスへ縁談の話が舞い込んだ。
 国王と王太子は検討を重ね、国の安寧のためにはレグルスを国外へ婿に出すのが得策だろうと考えたが、それを聞いたアルタイルは激情に駆られ、冷静な判断などできなくなっていた。
 国の未来を左右する政治戦略だったとしても、レグルスが他の誰かのものになることなど許せず、手の届かなくなる隣国にやることなど看過かんかできるはずもなかった。

 だからこそ、アルタイルは強引にでもレグルスの政略結婚の相手になり、婚約者の座に着いたのだ。
 王太子へ絶対の忠誠と服従を誓い、反意がないと示すことで、レグルスを降嫁させてくれるよううた。
 辺境伯家へ降嫁すれば、必然的に王位継承から外れることになる。
 王国一の軍事力を誇り、王家に次ぐ権力を持つ、辺境伯家に歯向かえる者はそうそういない。
 不穏なことを囁くやからをすべて黙らせ、反対派閥を徹底的に潰すことを条件に、降嫁の契約をしたのだ。

 降嫁させられることに、レグルスも最初は驚くだろう。
 けれど、事情が事情なだけに、話せばわかってもらえるとも思っていた。
 敬愛する兄に剣を向け、骨肉の争いなどしたくはないだろうから。
 親友だと思っているアルタイルと結婚することに戸惑うだろうが、これまで積み重ねてきた二人の関係性や長年の想いにほだされ、いずれは受け入れてくれる、愛してくれると思っていたのだ。

 だが、実際は政治的背景や政略結婚するに至った経緯を話しても、レグルスの態度は一向に軟化せず、反発が強くなっていくばかりだった。

 ――それもそのはずだった。
 レグルスが兄の代わりにされていると誤解しているだなんて、アルタイルは知るよしもなかったのだから。
 何をどう説明したところで、想いが届くはずはなかったのだ――。


 ◆◆◆

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