イシュタムの手の上で踊る少女は死を望む。そして救済を求める

鴨酢

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【第五話】現実、そして幻覚

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「陽菜！　陽菜！　こっちだよ！」

僕の彼女、丹部谷陽菜にべやひなの名前を呼ぶ。

彼女は蒼い月を映した海へ走る。

「陽菜！　置いていかないでくれ！　どこに行くんだ！」

呼んでも止まることはない。
僕がそちらへ行くことを信じているかのように。

いや、彼女がそう望んでいるかのように。

彼女は水平線を目指し走って行く。

私も追いかけるように海に足をつけた。

その瞬間誰かに後ろへ引っ張られた。

「佐野さん！　佐野さん！　起きてください！」

目の前には、立波いろはがいた。

「……」
「なんだ自殺少女か」

「魔法少女みたいに言わないでください」

「じゃあ何なんだ」

「いろはです」

「いろは？　知らないな。私が知っているのは自殺はするくせに泣きじゃくって助けをせがんで来る可愛い可愛い女の子だけだ」

「はいはい、そうですね。さっさと起きてください」

照れる素振りもなく受け流されてしまった……。

そんなしょうもない話をしながら、私は考え事をしていた。

「さっきの夢。なんだったんだ……。」

夢の中で叫んでいた名前も思い出せない。
でも、確かにその人を知っている。
とても大切な人。

「佐野さん？　朝食出来てますよ？」

いろはの声で正気に戻った。

「あ、あぁ」

食卓には卵焼き、白米、味噌汁が綺麗に配膳されていた。

食事中、沈黙が続いていた。
でもその沈黙は息苦しいものではなかった。

誰かがいる食事。
そのありがたさだけで十分だったのかもしれない。

残っていた味噌汁を全て飲み干すと、一ついろはに質問することにした。

「今日は学校に行くのか？　学費は出すと言ったはずだが」

「今日は……まだ大丈夫です。で、でも！　明日からは行きます」

心の準備というものができていないのだろう。

「そうだな。でもゆっくりでいいからね」

「ありがとうございます……」

彼女は少し照れくさそうにして下を向いていた。

時刻は15時を回った頃、僕はいろはと散歩に来ていた。

「ここが大山祇神社おおやまづみじんじゃか」

「そうですね。辛い時いつもここに来るんです」

「どうしてここなのかな？」

「拝殿の前で悩みごとを話すと、声が聞こえるんですよ」

これもまた不可解な話だ。
本物の神様がこの神社にいるのだろうか。

「声？」

「はい。いつも暖かい言葉で励ましてくれて、その声を支えにここまで生きて来たんです」

「私もやってみようかな」

「その……。3年前から声が聞こえないんです」

「え？」

3年前。何かがあったような……。考えれば考えるほど鼓動が早まっていくのが分かる。

「声が聞こえなくなって、それで私……精神が不安定になって」

自殺しようとした。

「なるほど」

その声は彼女の精神的な依代よりしろになっていたのかもしれない。
それが無くなったことで、叔父による過度なストレス、そして孤独が徐々に彼女を蝕んだ。

「その『声』の話、もう少し聞かせてくれないかな」

「え？　分かりました」

彼女は楽しい思い出を振り返るかのような口調で話し始めた。

「その声は、私の悩みを親身に聞いてくれました。でも、その人にも悩みがあって……」

「え？」

そんな超常現象にも悩みというものがあるのだろうか。
謎は深まる。

「その悩みというのは……？」

「その人の……。愛していた人が\\@?(67!,:;7&」

いろはが何かを言おうとした瞬間、目の前の景色が歪んだ。

フラッシュバックのように勝浦の景色と謎の暗い景色がチカチカと視界に映り込んでくる。

暗い景色に目が慣れてきた。
ここは部屋……？　だろうか。
妙に薄暗く、不思議な臭いが漂っている。

女性らしき人影が見えてきた。

「首吊り……？」

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