イシュタムの手の上で踊る少女は死を望む。そして救済を求める

鴨酢

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【第四話】元凶、そして誓い

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夜が明け、布団を片付けていた。

台所で朝ごはんを作っているいろはから声がかかった。

「ちょっと配膳手伝ってください」

「あぁ」

まだ出会って二日なのにここまで馴染めるとは。

「新婚みたいだな」

「なにか言いました?」

聞こえていなくてよかった。

女子高生相手に何考えているんだ俺。

女子高生で思い出した。

「今日は平日だろ? 学校に行かなくていいのか?」

既に時間は9時を回っている。
通常の学校であれば登校時間はとっくに過ぎている。

「・・・・・・」
「学校行ってないんです」

「だが君は制服を着てるじゃないか」

そういえば昨日、一昨日は休日だったのにも関わらず制服を着ていた。

「なんでもないんです」

「・・・・・・」

彼女は何か隠しているようだった。

その時。

「ガチャッ」

玄関のドアが開いた音がした。

「誰だ?」

騒がしい声が聞こえてくる。

男性と女性の声だろうか、妙に楽し気だ。

居間のドアが開いた。

「ん? 誰だこいつ」

男から口を開いた。

出てきたのはだらしなくスーツを着た中年の男性と、彼の腕に抱きつく30代と見える女性だった。

「あぁ。分かったぞ。いろはの男か」

初対面の私に何か誤解しているようだ。

いろはは黙っている。

「どうでもいい。恵梨香、ベッドに行こうか」

男は連れの女性と別の部屋に入っていった。

「行こう」

するといろはが私の手を掴んで、外へ連れ出した。

「どこに行くんだ」

「・・・・・・」

彼女は私の手を引き、どこかへ連れてゆく。

着いた先は海だった。

いろはは私の手を離さず砂浜に座り込んだ。

「親御さんか?」

「ううん。違う」

「だろうね」

あの男は何かおかしかった。

「あいつは全部を奪っていった」
「母さんたちの家も遺産も、私の日常も」

「・・・・・・」

何も言えなかった。
男への怒りだけじゃない。

彼女の強い悔しさが伝わって来たからだ。

「高校に行けないのもかあいつのせいか」

彼女は黙って頷いた。

「君が泣いているのもか」

「……」

いろははスカートに涙を零していた。

「分かった」

私は彼女の手を離し、立ち上がった。

いろはの家に戻り、鍵の掛かっていないドアを開けると男はタバコを吸っていた。

「あぁ。またお前か」
「ここは俺の家だ。早く出ていけ」

「……」

私は強く拳を握り、男の鼻を思いっきり殴った。

「ブハッ!」

男は座っていた椅子から倒れ、血の出ている鼻を抑えていた。

「ここはお前の家じゃねぇ! いろはの家だ!」

「彼女はな、死にたくなるほど苦しい気持ちで生きてきたんだ。決して他人が彼女の帰る場所を奪ったりしてはいけない」

「あいつを養っている俺だ! 両親の代わりになってやってるんだ! 感謝の一つもないのか!」

男は私の後ろに立っていたいろはを指差して言った。

「ならお前は彼女に親としての愛情を与えたか? 決して寂しい思いをさせないように寄り添ったか? いろはを救ってあげられたか?」

「・・・・・・」

「お前に親を名乗る資格なんてない」

後《のち》に話を聞くと男は、いろはの叔父にあたる人物だったらしい。

両親を早くして亡くした彼女の保護者としてこの家に来たが、いろはの両親が貯めていた進学用の貯金を奪い、ほとんど家には帰らず、帰るときには知らない女性を連れて帰ってくる。

あの男がいろはをあそこまで追いつめていたのだ。

「もう大丈夫だから」

「うん……」

「僕が君を守るから」

「うん……」

いろはは私の胸に顔をうずめ、泣いていた。

これで彼女を暗闇から救い出すことは出来ただろうか。

いや。

何度でも救い出そう。

そう誓ったから。
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