好きになんてならないからな!

朔弥

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 課長から届けてくれると聞いていた斗真の秘書である江藤からパソコンや仕事で使う資料を受け取った柚月は、与えらた自室の小さなテーブルに広げるとさっそく仕事に取り掛かった。
 課長は明日からで良いと言っていたと江藤から伝言を受け取ったが、柚月は気を紛らわしたいと自室に籠もって仕事を始めた。
 仕事をしているといつ食事を取るか分からないので好きな時に自分で用意する、と自分の世話を任されている高瀬には悪いが出ていってもらった。高瀬は少し渋っていたが、勤務中はマンション内にいるので何かあれば必ず連絡する事を条件に承諾し、部屋を出ていった。


 今は···何時だ? 


 会社での勤務と違い、自宅で仕事をしているとなかなかキリをつける事が出来ない。軽く夕食を食べた後も斗真が帰ってくるまでは···とパソコンに向かっていた柚月だったが、深夜を過ぎる頃には資料の文字を追う事も出来ずにうとうとしてしまっていた。
 どのくらいの時間、机に突っ伏してうたた寝をしてしまっていたのだろうかとスマホを探す。
 資料に埋もれていたスマホを探し出し、時計を見ると2時を過ぎようとしていた。


 流石に帰ってるよな···


 しんと静まりかえった部屋の中で斗真の気配を探る。だが、起きている人の気配を探り当てる事は出来なかった。
 帰ってきたら仕事を続けられるように手配してくれた事のお礼を言うつもりだったが、帰った事にも気づかず寝入ってしまっていたのか、と天井を仰ぎ見た。


 しょうがない寝るか···


 パソコンの電源を落とし、立ち上がろうとした柚月の耳に玄関のドアが開けられる音が微かに届く。
 今、帰って来たのか?と柚月は耳を澄ませ、斗真の気配を探った。
 物音を立てないように気を遣っているのか、殆ど音が聞こえてこない。
 柚月は部屋のドアを少し開け、そっと耳を傾ける。
 暫くじっとしていると、シャワーを浴びる水音が微かに聞こえ、それが終わるとリビングに移動した気配を感じとった。


 いつもこんな時間に帰ってるのか?


 7時には着くように出社しているという高瀬の言葉を思い出し、明日も早いのに今出ていって声をかけていいのだろうかと柚月は口元に手をあて考え込む。
 お礼を言いそびれるのは、胸につかえを感じ落ち着かない。さっさと礼を言ってスッキリさせたかった柚月は、そのまま斗真がリビングから出てくるのを待つ事にした。
 リビングから出て寝室に向かう時にサラッとお礼を言ってしまおうと、部屋のドア付近で様子を伺っていたが一向に斗真が部屋から出てくる気配がない。
 何をしているのだろうか、と部屋を出てリビングにそっと近づいた。
 ドアにはめ込まれた硝子から中を覗くと、薄暗い部屋をパソコンの青白い光がぼんやりと照らすその中で、ソファーに座り真剣な表情でパソコンの画面を見つめている斗真の姿が見える。


 アイツ···まだ仕事するつもりか?
 いつ寝てんだよ······


 柚月はリビングのドアを開けた。その音に気づいた斗真は振り返り、そこに柚月の姿を見つけると、
「起こしたか?」
 と声をかけた。
 柚月はその問いかけには答えず、斗真の方へと近づいた。パソコンの周りに広げられた書類に視線を向ける。
 柚月は斗真が部屋の明かりを点けず、パソコンの明かりだけで書類を見ていた事に気づく。


 まさか、俺を起こさないように?


 疲れた躰でパソコンの明かりだけで書類なんて、文字を読むだけでも大変なのではないだろうか。
「···なんで····?」
 柚月は小さく呟いた。
「何がだ?」
 柚月が何について聞いているのか分からず斗真は聞き返す。
「···いや、他の奴の事なんか気にしそうにないと思ってたから···」
 斗真の行動が全て自分の想像とは違いすぎて、思わず本音が溢れる。
「······お前。俺の事をそんな風に思ってたのか?」
 斗真は眉間に皺を寄せた。

 確かに柚月以外の人間に興味はない。だが、これでも柚月を気にかけていたというのに、まるっきり伝わっていなかったとは···。

「気にかけない奴がわざわざベッドまで運ばないだろ···」
 と、溜め息と共に小さく漏らした。
 
 






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