騎士隊長と黒髪の青年

朔弥

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すれ違い (拘束)

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 執務室に入ると見慣れない二十歳くらいの青少年がいた。騎士団の隊服を着ているのだから何処かの隊の所属だろうが、騎士団にしては珍しく他の隊員と比べて華奢な躰つきをしている。
 彼は親しげにアシュレイと話しをしていた。
「リヒト、彼は第三部隊所属のエミリオだ。以前、魔物討伐の要請を受けて留守にした事があっただろ。長期間隊を離れていたからな、その穴埋めとして事務処理の仕事を数日間手伝いに来てくれる」
 エミリオはアシュレイの隣で涼やかな笑みを浮べ、よろしくと軽く頭を下げた。
「アシュレイ隊長は剣の腕が立つからね。第三部隊は魔物討伐を主に請け負っているから、時々うちの隊の応援に来てくれるんだけど、その間はただでさえ少ない第一部隊に負担をかけてしまうからね。こうして俺が事務処理の手伝いにまわされるって訳だよ」
 でも最近は···、と机の上に片手をつきアシュレイに顔を近づけて話しを続けた。
「あまり声をかけてくれないよね···」
 寂しいんだけど、と声には出さずそう唇が動くのを莉人は見ていた。
 エミリオからはアシュレイに対する態度が明らかに仕事上の付き合い以上のものを感じさせる。
「いいから仕事しろ、その為に来てるんだろうが」
 アシュレイの方は、他の隊員に接する態度と変わらない。
 エミリオは、はいはいと返事を返すと中央のソファーに座り書類を仕分け始めた。
 莉人もエミリオの前のソファーに座り、自分の振り分けられた仕事の続きに手をつける。
 時々、視線を感じ顔を上げれば、含みのある笑みを浮かべる彼の視線とぶつかる。こういう視線を送ってくる奴にろくな絡まれ方をしない。なるべく関わらないようにしたいものだが、今この部屋には自分を含め3人しかいなかった。
 グレース以外の3人は執務室にいる事は殆どないので何時もの事だが、グレースが居ないのは珍しい。彼が居れば、もう少しこの部屋の空気も変わりそうなものだが···。


「少し席を外すぞ」
 そう言うとアシュレイは立ち上がり、執務室を出ていった。
 エミリオと二人きりになってしまい、莉人は居心地の悪さを感じる。書類から極力視線を外さないようにしていたが、エミリオから「ねえ···」と声をかけられた。
「リヒト···だっけ?」
「···そうだけど」
「ここの生活にも慣れてきたんじゃない?」
「まあ···」
 色々あったが、生活自体は慣れてきたといえる。
「じゃあ···そろそろ彼を返してくれない?君が来るまでは彼の相手は俺がしてたんだけど」
 それは仕事上···ではなさそうだ。
 アシュレイの過去について聞いた事もなければ、気にした事もなかった。まあ、あれだけ端整な顔立ちをしているのだから、男女共にモテるだろうとは思っていたが。
「返してと言われてもな···」
 抱かれるのはアシュレイしか考えられないが、別に束縛はしていない。向こうは違うようだが···。
 気のない返事が気に食わなかったようで、エミリオは敵意に満ちた視線が莉人に向けられた。
「何でこんな奴をアシュレイ隊長は···!俺の方が愛してるのに」
「······」
 アシュレイもそうだが、この世界の住人は恥ずかしげもなく愛を囁く···。

 ····俺には真似できねぇな

 情事の最中でさえ女性に囁いた言葉なんて、「可愛い」や「好きだよ···」くらいが関の山だ。ましてや男とシテいる最中なんてそれ以下だ。
 そういえば、散々アシュレイには甘い言葉を囁かれているが、自分から言葉にして彼に返していなかったと今更ながら気づく。

 ···いや、流石に抱かれてる最中の態度で好きでいる事は伝わるだろ

 ······たぶん

「ちょっと!何黙ってんだよ!」
「いや、それ俺じゃなくて本人に言ってくれないかな···と思って」
「そんな··余裕ぶって···。お前なんか、殿下の命令で仕方なく隊長は面倒見てんだよ!」
「·····仕方なくで目隠しして縛ったまましねぇだろ」
 思わずボソッと呟く。
「······は?」
 見ればエミリオは引き攣った表情を浮かべている。
「お前···そんな趣味を隊長に押し付けているのか!?」
「ふざけんな···俺の趣味じゃねえよ」


「お前ら···随分と楽しそうな内容の話しをしているな」


 凍りつくような怒りを含んだ声に二人は恐る恐る、声のした方を振り向いた。
 そこには笑みを浮かべてるアシュレイが立っているが、その瞳は笑っていない。
「エミリオ、いつもお前の気持ちには答えられないと言っているだろう。俺との関係を仄めかす言い方も注意した筈だが?」
「何で···。何で隊長はそんな奴がいいんですか!俺の方がずっと···」
「悪いが···俺が愛してるのはリヒトだ」
「っ ──···」
 エミリオはそれ以上何も言う事が出来ず、目に涙を浮かべながら部屋を飛び出していった。


「ところでリヒト···」
 唇の端を上げ笑みを浮かべながら振り返るアシュレイの表情かおが怖い。

 俺もエミリオと一緒に部屋出て行きたかった···

「あれは俺の趣味ではないが?」
「俺だって縛られる趣味はねぇよ···」
「本当に?」
 アシュレイは自分の隊服のホックを外し詰襟を緩めながら近づいてくる。
 何で詰襟を緩める必要がある···と、嫌な予感を察知し、莉人はジリジリと後退った。

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