海に咲く蓮よ

奏穏朔良

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第一話 連続女性行方不明事件

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父の骸の傍に立つ、月明かりに照らされその双眼を、今でもよく覚えている。

父の苦痛に満ちた顔も、その少年が立ち去る姿も、憤りも、憎しみも、無力さも、全て私は覚えている。


【第一話、連続女性行方不明事件】


九州探題。
それは室町時代、九州地方に設立された軍事的出先機関である。

倭寇わこう海蓮水軍かいれんすいぐんの『女光龍じょこうりゅう』が上陸しただと?」

慌てた様子で九州探題筑前(※福岡県)役所に飛び込んできた部下の報告に、渋川しぶかわ家七代目当主および九州探題長官である渋川満頼みつよりは顔をしかめた。

『女光龍』といえば、近年近くの海域を騒がせているお尋ね者だ。つまるところ現代で言う海賊であった。

「被害は?」
「港の守りをしていた者が何名か……」

その部下の言葉に満頼の眉間の皺が深くなる。
馬を走らせてもここから近くの漁村にたどり着くまでに一体どれだけの被害があるのか。

ただでさえ、筑前の民は貧困が酷い。ここで食料の生命線である漁村が襲われるのはかなりの痛手だ。

「馬を用意しろ。私が出る。」

そう部下に指示を飛ばし、満頼は持っていた筆を置いた。


****


海蓮水軍。

葉月8月まで在任していた先代の長官、今川いまかわ貞世さだよが倭寇の鎮圧を行った時にも逃げ延びた『ハス』を掲げる倭寇一味だ。

そしてその頭、女光龍。

上陸すれば近くの人売りから女を根こそぎ買っていってしまう程の女好き。
そして一度刀をふるえば何人もの男を弾き飛ばす程の剛力を持つという。その強さを龍に例え、女好きも踏まえて『女光龍』などという通り名がついたのだ。

(何とか民への被害を最小限に抑えなければ……!)

満頼は走らせる馬の手網を強く握りしめた。
山中の荒い道を抜け、開けた浜辺にたどり着くとそこには火を焚きどんちゃん騒ぎをする倭寇達の姿が。

酒を煽り、焼きたての魚を頬張り、よく分からない囃子を歌って踊る。
まるで初めからこの村の住民ですが?と言わんばかりのその寛ぎように思わず「は……?」と間抜けた声が満頼の口から溢れた。

唯一救いと言えるのは隅の方で様子を見ている漁村の民に怪我人や死体が見当たらないことだろう。

「あ、やべ。お役人来ちまったわ。ホラ、解散解散ー!」

しかし、やたら小綺麗な細身の男が持っていた箸でカンカンカンと器を叩き鳴らすと、荒くれ者どもは蜘蛛の子を散らすように一斉に散らばって逃げ始めてしまった。

「お、追え!逃がすな!民の安全を最優先にしろ!!」

そう慌てて声を張りあげればこちらの手勢も馬から降りて倭寇を追い始める。
この砂浜では馬も上手く走れないが、人も足を取られ思うような速さが出ない。

しかし、倭寇どもは硬い地面を走るかのように軽やかな足取りで距離を離していく。満頼が思わず舌を打ちそうになったその時、先程号令を掛けていた細身の男がくるりと踵を返し、抜刀の構えをとった。

それに満頼も応えるように太刀の鯉口を切る。

細身の男の長い髪が浜風にはらりと揺れ、その隙間から額に刻まれた蓮の紋様が見えた。

そして次の瞬間、ガキンッと金属のぶつかる嫌な音が響き、男と満頼の刀が切り結ぶ。満頼以外にも金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、部下の何人かが倭寇と応戦していることがわかる。

(……それにしてもこの刀、反りが強く、刃が広い……雁翅刀がんしとうか?)

確か、明の刀だ。倭国ではあまり見ないその形状に、満頼はどことなくやりにくさを感じていた。

いや、相手の武器に慣れないからというよりは、単純に目の前の男の戦い方が上手いせいだろう。
腕力はその細腕に見合ってあまり強くない。しかし、力の受け流しなどの細かな剣術や刃を振るう速度の速さ。

まるで舞うかのようなその戦い方に満頼の刀は簡単にいなされ、満頼は表面上は平静を装いつつも、内心憤りを感じていた。

何より、この荒くれ者の剣技を美しいと思ってしまったことに腹が立った。

「お頭ァ!」

海蓮水軍の船なのだろう。
木のそれに乗り込んだ男がこちらに向かってそう大声を飛ばした。

「いーから先行けぇ!」

そしてそれに、目の前の細身の男が答えるではないか!

「お前が……女光龍……!?」

まさか、こんななよなよしい見た目をした男があの百を超える荒れくれ者達を束ねる長だというのか!
満頼の驚きを他所に、

ちまたじゃあそう呼ばれることも増えたな。」

と、目の前の男、女光龍はそう言ってニヤリと笑った。
声もそれほど低くなく、噂のような剛力でもない。見ようによっては女にも間違えそうなこんなやつが、本当に水軍の長だなんて。

(……いやまて、この顔……どこかで……)

お互い切り結び、弾かれ離れて、再び切り結ぶ。
その度に記憶の遠くで彼の顔に既視感を覚え、懸命にその記憶を辿ろうとした時、鍔の競り合いになり、お互いの顔が近くなった。


かつて月明かりに光った双眼が目の前にあった。


「お前まさか……!」
「キャアアア!!!」

満頼の言葉をかき消すように響いた少女の悲鳴に、満頼は咄嗟に力押しで女光龍を雁翅刀ごと押し飛ばし、悲鳴の先を辿る。

しかし少女の前で刀を振り上げていたのは、倭寇ではなく、

「貴様!私を誰だと思っている!漁村の庶民風情が!」
「お、お許しくださっ……お侍様……!」

自身の部下だった。

(馬鹿者が……!!)

満頼は咄嗟に砂を蹴った。

そして、部下が刀を振り下ろす瞬間自らの身を滑り込ませ、少女を抱き抱える。

途端に左肩に氷が走ったかのような冷たさを感じれば、次の瞬間には火が吹いたかのような熱と痛みが走った。

「し、し、渋川様!?」

何故、と狼狽える武士に「私は、」と満頼の低い声が向けられる。

「民を傷つけていいと命じた覚えは無いぞ。」

そう鋭い眼光で睨まれた武士は情けなくヒッと引きつった音を喉で鳴らした。

「君、大丈夫か?」

と、少女から体を離しゆるりと頷いた事を確認した満頼はサッと辺りを見回す。

倭寇の船は既に大分沖に出てしまっている。先程まで切り結んでいた女光龍達も、その姿を消していた。
泳いで船に向かう様子も見えない以上彼らは陸路で逃走したはず。

「お役人が庇った……?」「あのお侍様だって貴族のはずだろ……?」と困惑する民達を横目に、サッと立ち上がった満頼は

「周辺を探せ。まだ女光龍は近くにいるはずだ。」

とすぐに指示を飛ばした。「はっ。」と揃った返事と共にすぐさま走り出した部下達を見送り、左肩を押さえれば、クイっと袖口を小さく引かれ、満頼は振り返った。

「あ、あの、お侍様……ありがとう……」

そう俯きながら小さく告げられた少女のお礼に、満頼は「こちらこそ、私の部下が申し訳ない。君に怪我がなくて良かった。」とその丸い頭をそっと撫でた。


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