海に咲く蓮よ

奏穏朔良

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第一話 連続女性行方不明事件

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「倭寇は結局見つからず、かぁ。」

すっかり夜も更け、空高くに煌々と満月が輝いている。
そんな普段よりも明るい月夜に、九州探題筑前役所の門を守る役職、守衛の一人がそう、口火を切った。

「しかも渋川様怪我したらしいぞ。」

と、もう一人の守衛も口を開く。

「うわー、まぁ父親があれ・・だもんな。」

そうどこか嘲笑じみた言葉にもう1人もどこか小馬鹿にするように「そうそう、あの」と口角を上げた。

「役たたずの渋川義行よしゆき。」

ふたりは意地の悪い笑みを浮かべた顔を見合せる。

「探題に任命されたにも関わらず、一度も九州に来ず更迭。」
「親が無能なら子も無能ってな!」

なんて門の守りなど二の次で、あの時はああだの、前任の時は良かったのに今はどうだのと動く口が止まらない。
そんな明るい月夜の雑談場に「どうやら、」と落ち着いた芯のある声が響いた。

「私語に夢中で仕事が疎かになっているようだ。」
「し、し、渋川様っ!?」

突然現れた今の長官、満頼の姿に「あ、いや、その」と守衛達は言葉にならない音をこぼす。
満頼の後ろに控える側仕えは不遜な態度のあれこれ全てが気に入らないと隠すことなくその表情を歪め守衛達を睨みつけた。

しかし、当の本人である満頼は怒る訳でもなく悲しむ訳でもなく、ただ淡々と「守衛は役所ここを守る最初の要だ。」と伝え、手にある包みを守衛に持たせた。

「……長月9月も半分過ぎ、夜も冷えるようになった。しっかり頼むぞ。」

それだけ告げ、くるりと踵を返し役所の中に入っていった満頼達を、守衛達は呆然と見送った。
守衛が受け取ったその包みはまだほのかに温かい。その中身を見てみれば、そこには握り飯が2つ入っていった。

「……俺、斬り捨てられるかと思った……」
「……俺も。……悪いことしちまったな。」

上の人間特有の傲慢さを勝手に満頼に想像していた守衛達は、どこか気まずさを感じながらその握り飯をひとつずつ手に取った。


「……宜しかったのですか?」

役所に入る折、傍に控えている男が満頼にそう問いかけた。

「何がだい?」
「あいつら下っ端の癖に我ら渋川家を侮辱したんですよ。斬り捨てても良かったのでは?」

と、不愉快さを隠すことなくその顔に示す男に満頼は「こら、ちょう。」とどこか柔らかい声色で窘める。本気で咎める気のないその声色に「全く、兄御あにごは。」と長は肩を竦めた。

自分とて父の悪口を許したわけではない。ただ今はそれを表に出せるほど渋川の地盤は固くないのだ。表に出すことが出来ない自分の代わりに不満を口にする長の存在は、満頼にとって救いでもあった。

「……まだ、前任の今川氏の影響が強く残っている。」

そう、ここは戦乱激しい九州地方。前任よりも我々の力が優れていると示さねばならない。
いつ失墜しても、引きずり下ろされても、殺されてもおかしくないのがこの世の中だ。

力がなければ守れないのだ。名誉も、誇りも。

「今は根を張る時間だ。我々の目的のためにね。」


****


まあ、渋川の地盤固めの前にやることは山ほどあるのが九州探題という機関の現状だ。
そう、特に目下の問題は

「居たぞ!女光龍だ!!」
「やっべ!!!」
「あんだけ瓶子へいし(※酒器のこと)持ってなんでそんなに速いんだ!!!」

「居たぞ!海蓮水軍の船だ!!」
「商船を守れ!」
「おーし!逃げんぞー!!」

「待て!!」
「待たん!!!」

ブツリッ。
常に傍に控えていた長は確かに満頼が何かが切れる音が聞こえた。

「だァーーー!!のらりくらり逃げおおせおって!!あんのハス野郎が!!!」

ガーっと頭をかきむしって叫ぶ満頼の姿に「兄御も心労溜まってるなぁ。」と長は遠い目を向ける。

連日海蓮水軍との追いかけっこで満頼の顔を覚えた住人たちも「今日もお役人さん元気だねぇ。」なんてほけほけ笑って魚を干していた。

そう、目下の目標は倭寇をいち早く捕縛することだ。
今、幕府に反抗的な少弐しょうに氏や菊池きくち氏たちは、不穏な動きをしているもののまだ動く気配は無い。

仮に彼らと事を構えるとなれば途中で倭寇に横槍を入れられる訳には行かない。特に兵糧や足軽となる男手を倭寇に取られれば間違いなく苦戦することだろう。

そのため、いち早く倭寇を捕え、万全な戦準備を進める必要があるというのに!

「陸でも海でもちょこまかと……!むじなかあいつは!!」

と唸る満頼。しかし、そう悔しがりつつも、満頼には形容できない違和感を感じていた。

あの女光龍。確かに人売から女を根こそぎ買い占めるが、今までの倭寇のように無闇に漁村を襲ったり、殺戮を行ったり、大陸から捕まえてきた人間を売り払ったりとそういった事が全くないのだ。
もちろん、商船は沈めないだけで品物を奪うし、漁村に勝手に入り込んでどんちゃん騒ぎを起こしたりもする。

だが、最悪の想定であった人死がないのだ。

それは今までの倭寇の在り方から考えるとありえない事だった。

たまたま我々が間に合い犠牲者が出なかっただけなのか。
それとも海蓮水軍の中で人殺しを禁忌としているのか。

(……いや、相手は科人とがびと(※犯罪者のこと)だ。それ以上でもそれ以下でもない。)

それに、あいつは父を──……

「春子ぉ!!」

満頼が物思いにふけっていれば、そんな悲痛の混じった声とドシャリと地を転び滑る音。そして「だ、旦那様っ!!」と慌てて走る足音が聞こえ、満頼はそちらへと視線を向けた。

旦那様、と呼ばれた男は汗をダラダラ流し、走りすぎて震えた足を無理に立たせようとして、再び膝を地に落とす。

その尋常じゃない様子に「どうされました!?」と慌てて満頼は駆け寄った。

「む、娘が……!娘の行方がわからないのです!」

溺れた人間が必死に縋り付くかのように満頼の袴を掴み縋る男の顔を見て、満頼は僅かに目を見開いた。

(この男……大商家の小川家当主か!)

この筑前において特に力のある商家。その娘が行方不明など、ただ事ではない。

「娘さんはいつ頃行方不明に!?」
「昨日の昼頃からです!」

満頼の問いかけに、息も絶え絶えな小川家当主ではなく、付き人が代わりにそう答える。

(既に丸一日経過している……!)

しかし、状況は最悪だった。

「倭寇は後回しだ!」

このご時世人売人買など沢山いる。
そして、人の命などその辺の木の葉よりも軽いのがこの戦乱の世だ。

そんな世で丸一日見つかっていないと言うのは絶望的とも言えた。

「壱班は人買を当たれ!弐班は目撃者を探せ!参班は海辺を、肆班は山を探せ!」
「はっ!!」

だが、とにかく探すしかない。
指示を出した満頼は再び小川家当主達に向き直った。

「心当たりがある場所は既に探された後でしょう。何かほかに、行方不明になる直前に気になることやおかしなことはありませんでしたか?」

「な、何も……娘は明後日に結納を控えておったのです。それはもう、楽しみにしていて……!」

満頼の問にそう答えた小川家当主は地に着いたまま拳を握りしめた。
しかし、周りの野次馬は結納という単語に反応し「駆け落ちかね?」「相手が嫌だったんじゃ……」とざわつき始める。

そんな周りを、小川家当主はキッと睨みつけ、

「えぇい!違う違うわ!春子は本当に楽しみにしておったんだ!!」

と握りしめた土ごと拳を振り上げた。

「昔馴染みの青年で、話が決まった時春子がどれほど喜んだことか……!」

終いには春子ぉと咽び泣いて蹲り、付き人が懸命にその背を摩る。

(結納を控えており、尚且つ駆け落ちの可能性も低いとなれば、娘に思いを寄せていた第三者が介入した可能性も……)

もしくは、その結婚が成立すると都合の悪い人間の仕業か。

満頼が思考を巡らせていると、長が「兄御、少し。」と少し焦りの滲んだ顔で声を潜めた。

「……近頃、この辺りでは若い女性の失踪が相次いでいるようです。……そしてあの子も昨日から行方不明だと。」
「あの子?」

長の言葉が示す人物がパッと浮かばず、満頼は片眉を上げた。すると、長は少し眉を寄せて、

「先日、兄御が庇ったあの漁村の少女です。」

そう、満頼に告げるのだった。
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