海に咲く蓮よ

奏穏朔良

文字の大きさ
8 / 8
第二話 十字殺人事件

しおりを挟む
満頼達が情報集めに奔走している頃、女光龍率いる海蓮水軍もまた、各地から情報を集めていた。

しかし、満頼達と違い、女光龍達が集めている情報は

「お頭。やはり妙ですぜ。あの渋川満頼ってやつ。」

渋川兄弟の情報だ。

「何かわかったか?」

ゆらゆら波に合わせて揺れる船上で、女光龍は胡座に頬づえをつく。

「お頭曰く、渋川義行って御人が殺されたのは二十六年前……応安三年だろ?」

部下の問いかけに「ああそうだ。」と頷けば、ボリボリと頭を掻いた部下は、

「生まれてなかったぜ。渋川満頼。」

とあっけらかんと情報を落とした。

「……は?」

想定外の情報に女光龍は間抜けた音を口からこぼす。女光龍のぽかんと空いた口をそのままに、部下は言葉を続ける。

「産婆からァ話を聞けた。満頼が産まれたのは応安五年だとよ。」

ただなぁ、と部下は腕を組んで顔を顰め、唸るように言葉を発した。

「話聞いた感じなぁーんか隠してるっぽいんだよなぁ……」

確証はない、勘の域を出ないその違和感。部下は悩ましげにため息を吐いた。
それに、女光龍は

「お藤と一緒に行ったんだろ?それでも聞き出せなかったのか?」

と、意外そうに目を丸くする。
お藤、と呼ばれた少女は、ニ年ほど前に女光龍が筑前の人売から買った少女である。
これがまたよく口の回る少女で、人の心にするりと潜り込み、情報を聞き出すのが大層上手い少女でもあった。

「無理だったねェ。お藤も特に失敗したわけじゃねぇんだけど、ありゃ忠義で口を閉ざしてる。」

部下の言葉に女光龍は「口のうまいお藤でも無理なら産婆からこれ以上聞き出すのは難しいよなぁ。」と息を吐き出した。

恐怖や金での口止めは案外あっさり口を割る。より恐ろしい恐怖、より多い金、それらをチラつかせれば人という生き物は簡単にこちらへ靡くものだ。

だが、忠義というものほど口を固くさせるものは無い。
渋川氏族全体へなのか、それとも渋川満頼への忠義なのかはわからないが、お藤でも聞き出せないのなら産婆は死ぬまで口を割らぬだろう。

「満頼の名前を使う、お前は誰なんだろうなぁ。」

ゆらゆら揺れる水面を眺めながら女光龍がこぼした呟きは波の音に消えていった。

奴が何者なのか、それを判断できるだけの材料はない。味方になったのかと問われればすぐに答えられるだけの関係性も出来ていない。

ただ、満頼と名乗るあの男の、渋川義行を殺した仇に対する激情。

あれだけは間違いなく本物だった。


****


「少弐氏族の下っ端?」

女光龍が繰り返した死んだ男の身元に満頼は「ああ、地侍の男だ。」と説明に補足を加える。
昼の煌々と降り注ぐ太陽の光を避けるかのように、二人は鬱蒼と茂る森の中、それぞれの木に背中を預け腕を組む。
陽の当たる場所は少し汗ばむ程暖かいが、木々に遮られた森の中は少し肌寒く感じた。

「そうなると、ボクたちへの警告の線は薄いか……」

と、女光龍が顎に指を添え考え込む仕草を見せると、満頼は「いや、」と口を開いた。

「現段階ではなんとも言えない。仇の姿形がはっきりしていない今、どう関わってきているのかも分からないからな……ただ、戦になる可能性は高い。」

戦、という言葉に女光龍は眉を寄せる。そんな女光龍を横目に満頼は言葉を続けた。

「少弐氏族は先代九州探題の時から関係が悪化しつつある。南朝方でも特に抵抗している氏族だ。」
「……仮に犯人が幕府側の人間なら、攻め込む理由になるのか。」

女光龍の言葉に満頼も眉間に皺を寄せたまま頷いてみせる。

「……また、人が死ぬのか。」
「……そうだな。」

二人の吐き出した言葉は重い。命が簡単に散るこの戦乱の世で、大切な人の命の尊さを知っているが故の重みだ。

「……私は、」

不意に満頼が口を開いた。

「人が死なずに済むのならそれに越したことはないと思っている。」

武士としては甘い考え方だがな、とどこか自嘲するように言葉を落とす満頼に、女光龍は僅かに目を見開く。

満頼のその思想は、武家の人間としては異端もいい所。普通の武士ならば戦場での死は誉。民の命や下っ端の集めた足軽なんかの命は気にするものでもない。

命というものが極端に軽くなっているのが常だ。

だが、

「いーんじゃねぇの?アタシは好きだぜ?その考え方。」

女光龍は否定することなく口角を吊り上げ笑った。

「そもそも海蓮水軍も基本的に人殺しは厳禁にしてあるし。」

と肩を竦めて「倭寇にしちゃあ甘い考え方だけどな。」なんて先程の台詞をなぞる女光龍に、満頼もフッと僅かに口角を緩める。

その表情に、女光龍はかつての義行を重ね見た。

(……間違いない。顔だけじゃない、命を重んじるその考え方は義行とそっくりだ……間違いなく、満頼を名乗るこの男は義行の子供……だが、何故……)

わざわざ、恐らく兄弟であろう満頼の名を借りなければならないのか。

(義行の子供は三人、満頼、満行みつゆき義長よしなが……生まれた順番は満頼が先としかわからないが……)

満頼と名乗る目の前の男の常にそばに居た『長』と名乗る青年。恐らく彼が義長。そして先日囮として協力していた『行』と呼ばれていた少年。彼が満行と考えるのが妥当だろう。

(……だがそうなると本物の満頼はどこへ消えた?)

女光龍がその疑問を直接ぶつけるには、満頼と名乗る目の前の男への信用度が足りない。

(アタシの目的は義行の仇討ち……正直それに関係ないならどうだっていいしなぁ……)

下手に渋川のお家騒動に関係しているとなればわざわざ薮をつつくのも蛇が出て面倒くさそうだ。
このご時世、例え兄弟でも跡目争いが耐えないような時代なのだ。仇討ちに関係ない面倒事は御免こうむるのが本音だった。

「……なんだ?じぃっと見つめて。気味が悪いぞ。」
「お前も大概口が悪いよな?」

考え込む際に見すぎたのは間違いないが、気味が悪いはないだろう気味が悪いは。
ご丁寧に顔を顰めてそう言う満頼に呆れたようにはぁ、と息を吐き出した女光龍は「なぁに、お前は何者なんだろうなと思っていただけさ。」と試すように言葉を投げた。
それに、僅かばかり目を見開いた満頼はフッと口角を上げ、

「九州探題長官、渋川満頼。お前のような悪ぅい倭寇から民を守る者さ。」

と、悪戯げに告げた。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

2025.05.31 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2025.05.31 奏穏朔良

コメント、お気に入りありがとうございます!
頭パンクしそうになりながら書いているのでそう言って頂けて嬉しいです!
(誤字があり最初の返信を削除後、再度返信させていただきました。申し訳ありません。)

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

歴史・時代
うつけと呼ばれた男――織田信長。 政略の華とされた女――帰蝶(濃姫)。 冷えた政略結婚から始まったふたりの関係は、やがて本物の愛へと変わっていく。 戦乱の世を駆け抜けた「焔」と「華」の、儚くも燃え上がる恋の物語。 ※全編チャットGPTにて生成しています 加筆修正しています

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

 【最新版】  日月神示

蔵屋
歴史・時代
 最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。  何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」 「今に生きよ!」  「善一筋で生きよ!」  「身魂磨きをせよ!」  「人間の正しい生き方」  「人間の正しい食生活」  「人間の正しい夫婦のあり方」  「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」  たったのこれだけを守れば良いということだ。  根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。  日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。  これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」 という言葉に注目して欲しい。  今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。  どうか、最後までお読み下さい。  日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。    

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。