海に咲く蓮よ

奏穏朔良

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第二話 十字殺人事件

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「アタシが追いついた時、義行の背中はざっくり切り裂かれ血の匂いはむせ返るほど。手遅れだってのは薄々わかってた。でも認められなくて自分の汚ねぇ着物割いて傷に当ててよ。」

激情の灯った瞳とは反対に、その口調はやけに落ち着き払っていた。「でも、駄目だった。」とその長いまつ毛が伏せられ瞳に影を落とすと女光龍は何かに耐えるように一度、深く息を吐いた。

「……義行は最期の最期まで逃げろと言った。この件から手を引けと。アタシも狙われるかもしれないと。」

遠くを見つめたまま、言葉を落とす女光龍に表情はない。

「嫌だった。アタシに手を差し伸べてくれた義行をこんな風にしたやつをなぶり殺したくて、教えろって言ったんだ。敵は誰だって。誰を殺せばいいって。」

瞳に灯った激情が、更に燃え上がる。

ああ、女光龍も同じだ。
私と同じように父を殺した相手が憎くてたまらないのだ。満頼は無意識にその拳を強く握りしめる。

「……父はなんと?」

そう尋ねる満頼に、女光龍は小さく首を振った。

「……相手の名前は教えてくんなかった。いや、まだ義行もそこまでたどり着けなかったんかもしれねぇ。ただ、」

女光龍の視線が水平線から外れ、その懐へと移される。
懐から出てきたのは石に紐が括り付けられた物だった。

「これを、託された。」

女光龍は手にあったそれを満頼に渡す。
満頼はそれを受け取り、まず石の隅から隅へと視線を滑らせる。
丸っこいがよく磨かれたそれはどちらかといえば勾玉のようだ。

(素材は……滑石かっせきか?)

軽く加工がしやすい石。
しかし、穴に紐を結びつけてあるのが分からない。勾玉は奉納したり、儀式に使ったりと宗教行事に使われることが多い物。民間でも地面に埋めたりと厄除けの意味が強い。

だが、この紐の付け方はどちらかと言えば身につけられるよう取り付けた様に見える。

そして、更に異常なのは、

「……足利二つ引……」
「なんだそりゃ?」
「この石に刻まれた紋様だ。」

そう、つるりと磨かれた石に刻まれたその紋様。
丸の囲いに二つの横引線。足利家と一部の氏族が使う引両紋の家紋だ。

ただ、一点、違う所をあげるのなら

「これはその家紋に上から阿也都古あやつこ(※バツ印のこと)を刻んである。」

まるでこの家紋に恨みでも刻むかのように、上から掘られる二つの線。
見ていて快いものではなく、つい眉頭が寄ってしまう。

「あやつこ?」
「異界との行き来を禁ずる呪いの印だ。幼い子供があの世に連れていかれぬ様、額に施すことがあるが、元々は封印などの呪符の意味が強い。」

つまり、足利二つ引の紋を封じたい。表に立てぬようにしたい。そういう意味が込められていると推察できる。

「足利って名前に着いてるってことはこれは幕府に関係ある家紋なんだろ?幕府が気に入らないやつのものか?南朝方なら気に食わんやつは沢山いるだろうが……やっぱり義行が探っていたのは南朝方の方なのか?」

と、女光龍は顎に手を当てブツブツと考えを呟く。

ただ、この家紋。確かに足利家の家紋でもあるのだが、

「渋川氏族も足利二つ引だ。」
「……は?」
「……私たちの家紋も、この足利二つ引なんだ。」

渋川氏族もまた、その家紋を掲げる氏族のひとつであった。その事に女光龍が目を見開く。

「……他にもいるっつったな?具体的に幾つある?」
「さすがに全ては分からないが……知っている限りならば、斯波しばうじ氏族、畠山はたけやま氏族、吉良きら氏族、喜連川きれつがわ、石橋、一色いっしきあたりは使っているはずだ。」

そう満頼が答えれば「い、意外と多いんだな……」と女光龍は口の端をひくつかせた。

「足利氏一門の家臣は多いからな。」
「ってなるとどの氏族に対してなのか、いまいち絞れねぇな。」

女光龍は顔を顰めて、後ろ首を掻く。
満頼はそんな女光龍を横目に、横たわる死体へと視線を落とした。

「……この者が、もし足利二つ引の家紋を持つ者なら、父の件に深入りすれば渋川氏族お前らもこうなるぞという警告の可能性があるのか。」

女光龍の口ぶりではこれが家紋ということは知らなかったはずだ。しかし、この紋様と関係あると仮定した場合、自分たちへの警告にあたるのではと推測したのだろう。

ただ、現段階では判断がつかないのも事実。

「ひとまず、この男の身元を探すことからだな。」
「こっちでもその辺のやつらに聞いてみるよ。そっちは武士の方頼むわ。」
「ああ。」

水に浸っていると腐るのが早いので、海水から引きずり出し、ひとまず木陰まで運ぶ。
満頼はその際に身分の証明になりそうな持ち物を探すが、やはり身元がわかるような物は出てこなかった。

(……仮にこの者が幕府側ではなく、南朝方の人間なら面倒なことになりそうだな……)


****


「人相が少弐氏族の家臣と一致しただと?」

長の報告に、満頼は深くため息をついて片手を額に当てる。
死体の身元がわかったのはいいが、嫌な、しかもいちばん最悪な予感が的中してしまった。

「……よりにもよって少弐氏族か。」
「……はい。とはいえ、下っ端のようではありますが。」

そうは言いつつ長も渋い顔が晴れない。
少弐氏族といえば南朝方でも特に幕府に反抗的な氏族だ。

「……先代長官、今川貞世が在任中、八代目当主少弐冬資ふゆすけを暗殺してから少弐氏族は反発を強めている。今回の件、もし仮に我々幕府側の人間が関係していればあっという間に戦になるだろうな。」

満頼の言葉に長も頷き同意を示す。
表向き、三代目征夷大将軍足利義満により南北朝合一、明徳の和約が成されたが、九州の地は未だに南朝方との小競り合いが耐えない。
幕府は早く九州の南朝方を制圧したいが、結局制圧しきれていないのが現状だ。

九州探題は対倭寇以外にも南朝方を牽制、制圧をするための軍事機関でもある。
しかし、渋川の地盤がまだ弱く、民も貧困で憔悴している今、戦になるのは正直避けたいところだ。

(……わざわざ屍を積み上げるような真似はしたくないが……)

さてどうしたものか、と満頼は眉間の皺を解すように鼻根を指で揉む。

考えなければならない事が山積みだ。
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