海に咲く蓮よ

奏穏朔良

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第二話 十字殺人事件

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翌日早朝、満頼と女光龍の初めて出会った砂浜では、

「なんっっでこんな大事な時に死体があるんだよ!!!」

集まった二人が、波打ち際に置かれた死体と対面していた。

「一応聞くが、これ、倭寇お前らの仕業じゃないだろうな?」

と、満頼が眉頭を寄せて死体を指さす。

「んなわけねぇだろ!!普通さ!前話の流れ的にここで朝日見ながら義行の仇を取ろうって誓い合う場面だろ!!何で!死体!!!」
「前話とか言うな馬鹿たれ。」

まだ何も説明できてないのに!なんて更に叫んでガーッと頭をかきむしって叫ぶ女光龍の姿に、なんだか満頼は疑うことがバカバカしくなってきた。

(……それにしても……)

満頼は改めて死体を見やる。
どうにも不自然だ。

仰向けに倒れるそれは、足首だけ縛られ、両腕は横一文字に広げられている。年は三十代くらいだろうか。
打ち上げられたにしては顔や胸元に濡れた形跡や砂が付いていない。

そして、1番気になるのは

「……こいつ、武人だよな。」
「……そうだな。」

女光龍の言葉に満頼が頷く。そう、気になるのはそのがっしりとした腕だ。
服はそこらへんの粗末な平民の服装だと言うのに、覗く腕は肉付きがよく、鍛えられている。そして手のひら。
皮膚が固くなり、肉刺の跡もしっかりとその平に刻まれている。ずっと鍛錬を続けてきた者の手のひらだ。

探題そっちの人間じゃあねぇんだよな?」
「……恐らくは。流石に前任の代にいた人間なら分からないが、私が任についてからは見たことがないな。」

女光龍の問に答えながら満頼は更に遺体を調べていく。
すっかり冷たくなったそれは波の当たる足以外濡れていない。
やはり死後、わざわざここにこの姿勢になるように運び置いた人間がいる。満頼はそう確信した。

「この死体の置き方、わざわざこうしてるんだ。ぜってぇ何か意味がある。」

女光龍も気づいたようでそう言葉を吐いた後、縛られた足を指さして「生きてるうちに拘束したなら痣ができるし、手も拘束しなきゃ意味がねぇ。縄自体緩いし痣がない辺り死後にわざわざ縛ってる。」と顔に不快感を宿しながらそう告げる。

「問題はそれがなにを指し示しているかだな……」

と満頼が顎に手をやれば、あぁ、と同意を示す女光龍。

「それに、アタシたちへの警告とかだと面倒だぞ。」
「警告、だと?」

女光龍の言葉に満頼は思わず顔を顰めた。

警告、警告だと?つまり私と女光龍が手を組むと困る輩がいるということか?
即座に思考を回した満頼は、そういえば、と昨夜の女光龍の言葉達を思い出す。

「お前は自分は託されたと言っていたな?お前は父の仇ではないと。だがあの日あの場にいた。警告とはなんだ?お前が仇では無いとするのなら父は一体誰に殺された?」

今にも掴みかかる様な勢いで女光龍に詰め寄る満頼に女光龍は「わーっ!止まれ止まれって!そんないっぺんに聞かれて答えられるかよ!」と満頼に対して大振りに両手を振った。

「そもそもお前はどこまで……いや、ほぼほぼ何も知らないんだったな。」

と、顎に指を添え、少し俯くようにして考え込む女光龍。そして少しした後、考えがまとまったのか、ゆるりと口を開いた。

「……渋川義行は、私の恩人なんだ。まだ子供の頃。山賊に襲われた時に助けてくれたのがきっかけさ。」

女光龍の口から始まったその物語に、満頼は僅かに目を見開いた。

義行と呼び捨てにする辺り、やけに親しげだとは思ったが、まさか父が彼女を助けたことがあったとは。
しかし、ふと満頼は魚の小骨が刺さったような小さな違和感を覚えた。

「あの頃ここの辺は荒れに荒れてさぁ。昔に蒙古(※モンゴル)が攻めて来たことがあっただろ?アタシ達が生まれるよりも前の話だけど、当時蒙古に取られるくらいならって地侍が荒らし回るわで酷い有様だったらしくてよ。未だに農村や漁村はその時の影響が残っていて貧困が酷い。」

倭寇の中には未だに蒙古を恨んでるやつもいるしな、と水平線へと視線を向ける女光龍。その目に恨みや憎しみは見えないが、どこか遠くを見るその目は悲しんでいるようにも見える。

しかし、口ぶりからして女光龍はこの地で生まれ育った人間だ。
先程の台詞と合わせても、ここの辺り、と称した筑前のどこかで……この九州の地で、女光龍は父と会っていることになる。満頼の中で小骨のような違和感が明確な形を成す。

「大人は皆疲弊しきっててよ。親のいない子供なんざ売られて死ぬかその辺で野垂れ死ぬかの中、義行だけはなんの見返りもなく手を差し伸べたんだ。」

目を細めて「それがどうにも眩しく見えてさぁ。」と言葉を続ける女光龍。徳高い物でも見るかのような眼差しで、その思い出を語る姿に、満頼は「少し待ってくれ。」と片手で制した。

「父は菊池らの抵抗が酷く、この地には足を踏み入れられなかったはずだ。それなのになぜお前と会っている?他の者と勘違いしていないか?」

そう、満頼の父、渋川義行は九州の地に一度も踏み入ることの出来ないまま、探題職を更迭された。
当時は南朝方の菊池武光たけみつらが特に抵抗を強め、義行は山陽に留まざるをえなかったと聞く。

だからこそ、渋川家は無能と罵られ、後に先代の今川貞世が九州平定に大いに貢献したことで、その声はより強くなったのだ。

しかし、満頼の問に対し、女光龍は少し首を傾げた後「いや、あいつ普通に来てたぞ?じゃなきゃどうなってアタシと会うんだよ。」とけろりとした顔で言い放った。

「それに人違いもないだろうよ。そっくりだぞ?お前のその顔と。」

と、女光龍は満頼に人差し指を向け、くるくるとその指先を回す。

「でもあの時は商人に化けてたな。九州探題長官として、ではなく、義行個人としてなにか気になることがあったらしい。」

初めて聞く話に満頼の指先がぴくりと動く。
いや、そもそも父が九州に足を踏み入れていたことも、満頼は知らなかったが。

女光龍の言葉全てを鵜呑みにするつもりはないが、仮にこの話に事実が混ざっているとして、女光龍の言った「なんにも知らないんだな」という言葉が自身に深く刺さる。

「んで、義行は何かを秘密裏に探してるようだったから、アタシは礼がしたいと、それを手伝わせてくれって無理やり頼んだんだ。」

そんな満頼の様子など気にもせず、女光龍は当時の思い出を続けていく。

「最初は危険だとしぶられたよ。でも勝手について行くようになったら諦めたらしくてね。この辺の道案内を頼まれてあちこち歩いて回ったよ。」

女光龍はふっと口元をほころばせた。ただ歩き回るだけでも未だに大切に出来るほどの楽しい思い出だったのだろう。

しかし、次にはそのほころんだ口元が引き結ばれた。

「……んで、義行は何かを知ったらしい。義行が幕府からの呼び戻しを食らった時、アタシは義行に連れ出され、逃げろと言われた。このまま筑前にいるのは危険だとね。備後国(※広島県東部)で下働きを探していた商家に預けられた。」

言葉が連なっていく程、険しく歪んでいく顔。そして女光龍は低い声で「嫌な予感がしたんだ。とてつもなく嫌な予感だ。」と重々しく言葉を吐いた。

「だからアタシはその日、義行の後を追った。 」

その言葉に満頼の口からまさか、と小さく言葉がこぼれ落ちる。

「そう、それがあの日。義行が何者かに殺されたあの日だ。」

そう忌々しそうに言葉を吐き捨てた女光龍の目には、今までに見たことが無いほどの激情を灯していた。
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