海に咲く蓮よ

奏穏朔良

文字の大きさ
6 / 8
第二話 十字殺人事件

しおりを挟む
翌日早朝、満頼と女光龍の初めて出会った砂浜では、

「なんっっでこんな大事な時に死体があるんだよ!!!」

集まった二人が、波打ち際に置かれた死体と対面していた。

「一応聞くが、これ、倭寇お前らの仕業じゃないだろうな?」

と、満頼が眉頭を寄せて死体を指さす。

「んなわけねぇだろ!!普通さ!前話の流れ的にここで朝日見ながら義行の仇を取ろうって誓い合う場面だろ!!何で!死体!!!」
「前話とか言うな馬鹿たれ。」

まだ何も説明できてないのに!なんて更に叫んでガーッと頭をかきむしって叫ぶ女光龍の姿に、なんだか満頼は疑うことがバカバカしくなってきた。

(……それにしても……)

満頼は改めて死体を見やる。
どうにも不自然だ。

仰向けに倒れるそれは、足首だけ縛られ、両腕は横一文字に広げられている。年は三十代くらいだろうか。
打ち上げられたにしては顔や胸元に濡れた形跡や砂が付いていない。

そして、1番気になるのは

「……こいつ、武人だよな。」
「……そうだな。」

女光龍の言葉に満頼が頷く。そう、気になるのはそのがっしりとした腕だ。
服はそこらへんの粗末な平民の服装だと言うのに、覗く腕は肉付きがよく、鍛えられている。そして手のひら。
皮膚が固くなり、肉刺の跡もしっかりとその平に刻まれている。ずっと鍛錬を続けてきた者の手のひらだ。

探題そっちの人間じゃあねぇんだよな?」
「……恐らくは。流石に前任の代にいた人間なら分からないが、私が任についてからは見たことがないな。」

女光龍の問に答えながら満頼は更に遺体を調べていく。
すっかり冷たくなったそれは波の当たる足以外濡れていない。
やはり死後、わざわざここにこの姿勢になるように運び置いた人間がいる。満頼はそう確信した。

「この死体の置き方、わざわざこうしてるんだ。ぜってぇ何か意味がある。」

女光龍も気づいたようでそう言葉を吐いた後、縛られた足を指さして「生きてるうちに拘束したなら痣ができるし、手も拘束しなきゃ意味がねぇ。縄自体緩いし痣がない辺り死後にわざわざ縛ってる。」と顔に不快感を宿しながらそう告げる。

「問題はそれがなにを指し示しているかだな……」

と満頼が顎に手をやれば、あぁ、と同意を示す女光龍。

「それに、アタシたちへの警告とかだと面倒だぞ。」
「警告、だと?」

女光龍の言葉に満頼は思わず顔を顰めた。

警告、警告だと?つまり私と女光龍が手を組むと困る輩がいるということか?
即座に思考を回した満頼は、そういえば、と昨夜の女光龍の言葉達を思い出す。

「お前は自分は託されたと言っていたな?お前は父の仇ではないと。だがあの日あの場にいた。警告とはなんだ?お前が仇では無いとするのなら父は一体誰に殺された?」

今にも掴みかかる様な勢いで女光龍に詰め寄る満頼に女光龍は「わーっ!止まれ止まれって!そんないっぺんに聞かれて答えられるかよ!」と満頼に対して大振りに両手を振った。

「そもそもお前はどこまで……いや、ほぼほぼ何も知らないんだったな。」

と、顎に指を添え、少し俯くようにして考え込む女光龍。そして少しした後、考えがまとまったのか、ゆるりと口を開いた。

「……渋川義行は、私の恩人なんだ。まだ子供の頃。山賊に襲われた時に助けてくれたのがきっかけさ。」

女光龍の口から始まったその物語に、満頼は僅かに目を見開いた。

義行と呼び捨てにする辺り、やけに親しげだとは思ったが、まさか父が彼女を助けたことがあったとは。
しかし、ふと満頼は魚の小骨が刺さったような小さな違和感を覚えた。

「あの頃ここの辺は荒れに荒れてさぁ。昔に蒙古(※モンゴル)が攻めて来たことがあっただろ?アタシ達が生まれるよりも前の話だけど、当時蒙古に取られるくらいならって地侍が荒らし回るわで酷い有様だったらしくてよ。未だに農村や漁村はその時の影響が残っていて貧困が酷い。」

倭寇の中には未だに蒙古を恨んでるやつもいるしな、と水平線へと視線を向ける女光龍。その目に恨みや憎しみは見えないが、どこか遠くを見るその目は悲しんでいるようにも見える。

しかし、口ぶりからして女光龍はこの地で生まれ育った人間だ。
先程の台詞と合わせても、ここの辺り、と称した筑前のどこかで……この九州の地で、女光龍は父と会っていることになる。満頼の中で小骨のような違和感が明確な形を成す。

「大人は皆疲弊しきっててよ。親のいない子供なんざ売られて死ぬかその辺で野垂れ死ぬかの中、義行だけはなんの見返りもなく手を差し伸べたんだ。」

目を細めて「それがどうにも眩しく見えてさぁ。」と言葉を続ける女光龍。徳高い物でも見るかのような眼差しで、その思い出を語る姿に、満頼は「少し待ってくれ。」と片手で制した。

「父は菊池らの抵抗が酷く、この地には足を踏み入れられなかったはずだ。それなのになぜお前と会っている?他の者と勘違いしていないか?」

そう、満頼の父、渋川義行は九州の地に一度も踏み入ることの出来ないまま、探題職を更迭された。
当時は南朝方の菊池武光たけみつらが特に抵抗を強め、義行は山陽に留まざるをえなかったと聞く。

だからこそ、渋川家は無能と罵られ、後に先代の今川貞世が九州平定に大いに貢献したことで、その声はより強くなったのだ。

しかし、満頼の問に対し、女光龍は少し首を傾げた後「いや、あいつ普通に来てたぞ?じゃなきゃどうなってアタシと会うんだよ。」とけろりとした顔で言い放った。

「それに人違いもないだろうよ。そっくりだぞ?お前のその顔と。」

と、女光龍は満頼に人差し指を向け、くるくるとその指先を回す。

「でもあの時は商人に化けてたな。九州探題長官として、ではなく、義行個人としてなにか気になることがあったらしい。」

初めて聞く話に満頼の指先がぴくりと動く。
いや、そもそも父が九州に足を踏み入れていたことも、満頼は知らなかったが。

女光龍の言葉全てを鵜呑みにするつもりはないが、仮にこの話に事実が混ざっているとして、女光龍の言った「なんにも知らないんだな」という言葉が自身に深く刺さる。

「んで、義行は何かを秘密裏に探してるようだったから、アタシは礼がしたいと、それを手伝わせてくれって無理やり頼んだんだ。」

そんな満頼の様子など気にもせず、女光龍は当時の思い出を続けていく。

「最初は危険だとしぶられたよ。でも勝手について行くようになったら諦めたらしくてね。この辺の道案内を頼まれてあちこち歩いて回ったよ。」

女光龍はふっと口元をほころばせた。ただ歩き回るだけでも未だに大切に出来るほどの楽しい思い出だったのだろう。

しかし、次にはそのほころんだ口元が引き結ばれた。

「……んで、義行は何かを知ったらしい。義行が幕府からの呼び戻しを食らった時、アタシは義行に連れ出され、逃げろと言われた。このまま筑前にいるのは危険だとね。備後国(※広島県東部)で下働きを探していた商家に預けられた。」

言葉が連なっていく程、険しく歪んでいく顔。そして女光龍は低い声で「嫌な予感がしたんだ。とてつもなく嫌な予感だ。」と重々しく言葉を吐いた。

「だからアタシはその日、義行の後を追った。 」

その言葉に満頼の口からまさか、と小さく言葉がこぼれ落ちる。

「そう、それがあの日。義行が何者かに殺されたあの日だ。」

そう忌々しそうに言葉を吐き捨てた女光龍の目には、今までに見たことが無いほどの激情を灯していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

暁の果てに火は落ちず ― 大東亜戦記・異聞

藤原遊
歴史・時代
―原爆が存在しなかった世界で、大東亜戦争は“終わらなかった”。― 硫黄島、沖縄、小笠原、南西諸島。 そして、九州本土決戦。 米軍上陸と同時に日本列島は泥濘の戦場と化し、 昭和天皇は帝都東京に留まり、国体を賭けた講和が水面下で進められる。 帝国軍高官・館林。 アメリカ軍大将・ストーン。 従軍記者・ジャスティン。 帝都に生きる女学生・志乃。 それぞれの視点で描かれる「終わらない戦争」と「静かな終わり」。 誰も勝たなかった。 けれど、誰かが“存在し続けた”ことで、戦は終わる。 これは、破滅ではなく“継がれる沈黙”を描く、 もうひとつの戦後史。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...