海に咲く蓮よ

奏穏朔良

文字の大きさ
5 / 8
第一話 連続女性行方不明事件

しおりを挟む
望月が欠け初め、夜が深くなった頃。
縁側でその月を眺めていた満頼は、はぁ、と小さく息をついた。

「……まさかこうも簡単に侵入を許すとは。」

月から伏せられた目が、庭の立派な松の木へと向けられる。

「女光龍。」

そう満頼が告げた途端、軽い音を立てて松の木から飛び降りた女光龍が着地する。
さらりと揺れた髪が、月明かりを反射した。

「状況の割には冷静だなぁ。」

と、口角を上げる女光龍に満頼は眉を顰める。仮にも敵陣にいるというのに、余裕綽々なその態度に僅かな苛立ちが胸に湧いた。

しかし、

「ひとつ提案に来たんだ。」
「何だと?」
「手を組まないか?」

その女光龍の言葉に苛立ちに困惑が混ざる。確かに場所によっては守護大名が水軍に金を支払い、自領の警護にあたらせることがある。

だがまさか、この誇り高き渋川の武士である私が、利さえあれば簡単に科人(※犯罪者)と手を組むとでも思っているのか。

ふざけるなよ、と満頼の胸に再び怒りが湧き出でる。
しかし、そんな満頼の心を知ってから知らずか、女光龍は「お前らも、」と言葉を続けた。

「義行の件、追ってるんだろ?」

その名が女光龍の口から出た瞬間、満頼は他全ての音が消え失せ、

「貴様の」

次の瞬間には腰の太刀を引き抜き、

「貴様のその口で父の名を呼ぶな!!!」

女光龍めがけて振り下ろしていた。

「この二十六年!貴様をずっと探していた!!あの日、あの森の中で月明かりの下、見下ろす貴様のその目!忘れたことなど1度もなかった!!」

次から次へとその刃を女光龍に向け、突き出すが、怒りに身を任せた直情的な剣技は、はらりひらりと避けられる。

「あの日!貴様は父から何を盗んだ!?」

女光龍は腰にある雁翅刀に手をかけることすらしない。

「何故父を殺した!!?」

怒りに顔を歪め叫ぶ満頼とは正反対に、表情をごっそり落とした女光龍は何も言わずにただただその刃を避け続けた。

「答えろ!女光龍!!」

満頼は知りたかった。それと同時に憎らしかった。

女光龍は人を殺さない。殺せないのか殺さないのかは定かではないが、ここ連日海連水軍を追い続け、満頼はそう確信していた。

ならばどうして。

どうして父だけ殺したのか。他の誰でもなく、優しく誇り高いあの父を。

「……あの末弟ガキの言葉で薄々感じてたが……」

ようやく、口を開いた女光龍の言葉は酷く冷たく聞こえた。

「お前ら、なんにも知らないんだな。」

そして、満頼を見やるその目は同じように酷く冷たく、いっそ失望しているようだった。

そんな女光龍の言葉と表情に、思わず満頼は動きを止める。
心底失望したと言わんばかりのその温度に、満頼は呑まれてしまっていた。

「ボクは義行を殺していない。そして盗んでもいない。」

真っ直ぐと、そして芯のある言葉で満頼に向けそう告げる女光龍に、満頼は刀の柄を持ち直し、再び女光龍を睨みつける。

「ふ、ふざけるな!私は確かに見たぞ!貴様が斬り伏せられた父から何か持ち去るその姿を!」

そう、見間違えるものか。
この鋭い眼光を、今日よりも輝く月の下で、確かに私は見たのだ。

真っ直ぐ自分を見下ろす・・・・・・・その双眼を!!

アタシ・・・は!!」

満頼の叫びを打ち消すように、ここに来て初めて女光龍の言葉に感情が乗った。

「託されたんだ!!」

悲痛そうに顔を歪め、左手で耐えるように胸もとの衿合わせ部分を握りしめた女光龍に、満頼は言葉を失う。

何故、何故貴様がそんな顔をするのか!

恨みと憎しみと、それをかき乱す困惑。
満頼の刃は、再び動かなくなっていた。

そして、そんな顔をしながらも光を失わないその双眼に、満頼は──……

「兄御!どうされました!?」
「渋川様!如何されましたか!?」

我々の大声に気がついたのだろう。
ドタドタと騒がしくなる中庭に、女光龍の姿を見た長が「曲者!曲者が侵入しているぞ!やつは女光龍だ!」と声を荒らげたことによりより一層騒がしくなる。

チッ、と小さく舌を打った女光龍はタンっと軽い音で地面を蹴ると満頼の隣をすり抜け、軽やかに塀へと飛び移った。そしてそのまま夜闇へと消えていった。
相変わらずの逃げ足の速さに、一拍遅れて部下たちが追いかけていく。

あっという間に人の居なくなった中庭で、長だけが満頼に駆け寄り、

「遅くなって申し訳ございませんっ!お怪我は!?どこか痛いところなどは……!?」

と、月明かりでも分かるほど顔を青く満頼の安否を気にする。

そう、これが今の九州探題。
今の渋川の権威。

上司が襲われようとも、誰も気にしない。皆、曲者を捉えて自分の出世の功績にしたいだけ。そこに忠誠も忠義もありやしないのだ。

これが、今の渋川氏族。渋川満頼なのだ。

「……なぁ、長。」
「は、はい。どうされましたか?」

「私は父の仇を望んだ。」

突然の満頼の言葉に長は何を言うわけでもなく、ただ「……はい。」とその言葉に相槌を返した。

「他でもない、私がすべきだと思ったんだ。長男・・たる私が。」
「……はい。」

満頼は淡々と語っていく。誰もいなくなった中庭は哀れなほど静かだった。

「……渋川の伸長と父の仇、双方を望むのは強欲だっただろうか。」

満頼は月を見上げる。
わからなくなってしまったのだ。女光龍の言葉は嘘と蹴るにはあまりにも真っ直ぐだった。力強かった。
だが、あの日父が殺されたあの日、自分が見た光景は紛れもない事実。

わからない。真実とやらは一体どこにあるのだろうか。

「……兄御はこの戦乱の世には優しすぎる質だと、私は思います。」

長は兄と女光龍が何を話したのか知らない。だが、満頼の何かが揺らいでいるということはわかった。

「ですがその兄御を私は誇りに思っております。」

満頼が父の仇を望むのは渋川氏族のため。だが、それは氏族全てではなく、我々弟たちの為だと長は知っていた。

父が死んだ時、満頼はまだ幼く、ましてや今よりも父が無能と罵られていた頃の話だ。親戚からは面汚しだと罵られ、全く関係の無い人間たちからも嘲笑われる。

兄はそれでも渋川家当主として立ち続けた。小さな手で、もっと小さい私たちを守り続けた。

そして少しでも私たち弟が息をしやすいよう、父の汚名を晴らし、氏族の伸長を望んだのだ。

「兄御、貴方がどの道を選ぼうと我らは着いていきますよ。」

貴方の弟ですから、と笑う長に、満頼はようやく気が綻んだように淡く微笑んだ。

「まあ、私ばかり兄御のそばにいて、そろそろよしに怒られそうですがね。」

と肩をすくめる長に、満頼も「義には安芸国あきのくに(※現在の広島県西部)を任せっきりだからなぁ。」と苦笑を漏らした。

「……うん、覚悟は決まった。」

満頼は月を見上げる。

「明日、少し出かけてくる。」

『手を組むなら明日の朝、最初に会った浜辺に来な。』

先程、女光龍が通り抜けざまに置いていった言葉。
満頼は、それを思い出しながら、月に背を向けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

歴史・時代
うつけと呼ばれた男――織田信長。 政略の華とされた女――帰蝶(濃姫)。 冷えた政略結婚から始まったふたりの関係は、やがて本物の愛へと変わっていく。 戦乱の世を駆け抜けた「焔」と「華」の、儚くも燃え上がる恋の物語。 ※全編チャットGPTにて生成しています 加筆修正しています

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

 【最新版】  日月神示

蔵屋
歴史・時代
 最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。  何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」 「今に生きよ!」  「善一筋で生きよ!」  「身魂磨きをせよ!」  「人間の正しい生き方」  「人間の正しい食生活」  「人間の正しい夫婦のあり方」  「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」  たったのこれだけを守れば良いということだ。  根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。  日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。  これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」 という言葉に注目して欲しい。  今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。  どうか、最後までお読み下さい。  日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。    

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

処理中です...