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第一話 連続女性行方不明事件
四
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もし、女光龍の言うことが本当ならば、確実にそれは手がかりになる。
しかし、満頼は女光龍の言葉を素直には信じられなかった。
「我々探題でも目撃者は見つけられなかった。住人ですら持っていなかった目撃情報を、何故その娘が持っている?」
そう、事件発覚後、すぐに満頼は目撃者を探した。その前には小川家当主が目撃者を探している。
にも関わらず目撃者は見つからず、行方不明者の消息を辿れずにいたのだ。
「その、」と黒髪の女性がおずおずと口を開いた。
「私の家族、連雀商人でして……」
その言葉に、満頼はハッと息を飲んだ。
連雀商人。それは常に移動し続ける行商人だ。
この辺りで商売をするなら小川家との関わりも避けては通れないだろう。
なぜ気づかなかったのか。
満頼達が目撃者情報を探していた時には既に彼女たちは移動していたのだ。
「あの日、市で確かに小川家のご息女春子様をお見かけしました。取引先でもありますし、ご挨拶をと思ったのですが声をかける前に『待って!』とどこかへ走り去ってしまいまして……」
(女性が自分から……?)
もし、彼女の言うことが本当ならば、この不可解な行方不明事件がより一層不可解になってしまった。
満頼は顎に指を添え、今わかる情報を脳内で反芻する。
現場は市場。
時刻は朝方から昼間。
行方不明者は全員十代中頃の女性達。
連れ去る人物の目撃はなく、得た目撃情報は「待って」と自ら走り去る小川家の娘のことのみ。
そして、噂される山犬。
(……待て、それは本当に山犬か?)
満頼の指先がピクリと揺れる。それに僅かに女光龍が反応を示した。
しかし、それには気づかない満頼は長に
「……長、頼みたいことがある。」
と、小さく要件を耳打ちする。直ぐに長は「はい、兄御。」と頷き、去り際しっかり女光龍を睨みつけてどこぞへと走り去っていった。
女光龍という悪名高い倭寇の頭がいる場所に満頼を置いていきたくはないが、長は満頼の指示が最優先。公私混同はしない出来た側仕えだ。睨みはするけれど。
そんな長にべぇ、と小さく舌を出した女光龍は満頼に
「で?何何?何が分かったんだ??」
とニヤリとあげた口角をそのままに言葉を投げる。
「分かっていたとしても貴様に言うわけがないだろう。」
そう呆れたように息をついた満頼は、「目撃者を見つけてくれたことは礼を言う。さっさと行け。」と言葉を続け、追い払うかのように手をシッシッと振った。それに驚いたように目を丸くする女光龍。
「ただし、次会ったらとっ捕まえる。必ずな。」
呆れ顔から一転、キッと睨みつける満頼は先程の長によく似ていた。
さりげなく連雀商人の女性を女光龍から引き離し連れて行ってしまった満頼の背中を、女光龍は人混みに紛れ見えなくなるまで見送った。
「渋川ってのは、義を重んじでばかりだな。あいつも。……父親も。」
見えなくなったその背中に、女光龍はぽつりと言葉をこぼす。
そして自身もくるりと踵を返し、人混みへと紛れて行った。
****
市で賑わう町中を、小袖に身を包んだ少女が歩いている。
布に包んだ小さな荷を抱え、人にぶつからないようにその小さな身でスルスルと人混みをぬけていく。
しかし、これだけ人が多いと避けきれず、肩が僅かにぶつかり、「あっ。」と小さな声とともに荷が地面に落ちてしまった。
慌てて拾おうとしたその時、どこからかやってきた黒い犬がサッと荷を咥えると一目散に走り去ってしまうではないか!
「ま、待って!」
少女は急いで、小袖を翻し山犬を追う。
山犬はチラリチラリと少女を確認するかのように振り返り、まるで誘導するかのように人気のない空き家の裏へと入っていった。
少女が山犬を追いかけ、同じように空き家の裏へと入れば、先程まで逃げていたのに、どういうつもりか山犬は荷を地面に置き、静かにそこに座っている。
犬の行動がわからず小首を傾げた少女に、背後から伸びる影が重なった。
「山造(※林業者)山内景久だな。」
しかしその影が伸ばした手は、更に後ろから聞こえてきた声によって、少女に届く前に止まる。
「連続女性行方不明事件について、詳しく聞かせてもらおうか。」
鋭く光る抜き身の刃が、山内の頬に添えられた。
低い声でそれを突き立てるは渋川満頼、その人だった。
「な、なんのことか……お、俺はただこの子が困っているようだったから手助けしようかと……」
山内、と呼ばれた男はたらりと汗を垂らし、その刃から逃げようと身を引くが、動くなと言わんばかりにその刃を押し付けられる。
「ほう?手助け?」
満頼は僅かに口角を上げ、「言っておくが、」と言葉を続けた。
「お前が攫い、山小屋に閉じ込めていた女性たちは全員救出した。」
もう言い逃れはできないぞ、と鋭い視線を向ける満頼に山内はギリっと歯を鳴らす。
何故だ、何故俺の仕業とバレたのか。山内は恨めしげに満頼を睨みつける。
その飼い主の様子に、犬は満頼を敵だと判断したのだろう。
唸り声を上げ始めたかと思えば、バウッ!と満頼にその牙を向け飛びかかった。
「ぐっ……!」
咄嗟にその牙を刀で受止めた満頼だったが、ズキリと傷んだ肩の痛みに僅かに呻く。
先日、漁村の少女を庇った時の刀傷が開いてしまったのだ。
「兄御!」
そんな満頼の様子に狙われていた少女が悲痛混じりの声を上げる。
助太刀しようと隠し持っていた短刀を引き抜こうとする様を見て、山内はこの少女が探題の用意した囮だと気がついた。
騙された、と身勝手な怒りに顔を赤くした山内はその少女へと怒り任せに拳を振り上げた。
「ったくよぉ、詰めがあめぇんじゃねーの?」
しかし、その拳が少女に届く前に、山内は勢いよく吹き飛ばされ空き家の壁を突き破り土埃を上げて土間まで転がり落ちた。
「女光龍!?」
「よぉ、お偉い渋川サマ。」
なんてニヤリと笑って片足を上げている女光龍に、囮役の少女はようやく目の前の人物が男を蹴り飛ばしたのだと理解した。
「犬が山犬じゃなく、調教された家犬だって気づいたのは流石だが、女の子を囮に使うのはいただけねーなぁ?」
と、今日は男の格好でひとつにまとめあげた髪を靡かせる女光龍に、満頼はこいつの女性への執着は何なんだ、とため息をこぼす。
「そいつは私の末弟だ。手を出したら殺す。」
「弟ぉ!!?嘘だろ!!?こんな可愛いのに!!?」
思わずと言った具合で女光龍が少女、基少年を指さした瞬間、カチッと鯉口が切られ、短刀の刃が煌めいた。
突き出すように出されたそれをひらりと交わす女光龍が「可愛いは嫌だった!?ごめんね!でも可愛いよ!」と訳の分からない言い訳を叫ぶが、「黙れ!!」と声変わり前の少年の声は怒りに震えていた。
「貴様が、父の仇……!」
「……は……?」
一瞬、女光龍の動きが止まった。
しかし、次の瞬間には驚異的な跳躍で近くの木の枝まで飛び上がり、そこからまるで猿のように木から木へと飛び移り逃げていった。
「待て!」
と少年も追おうとするが、「辞めろ!行!」と満頼がそれを制止する。
「しかし兄御!」
「小袖で追えるほど奴は遅くないよ。……それに、お前は今、短刀しか持っていないだろう。分が悪い。」
そう諭す満頼を、行と呼ばれた少年はキッと睨みつける。
「ですがようやく見つけたのですよ!?兄御は仇を取りたくないのですか!?」
感情のまま声を荒らげた行に、満頼は眉尻を下げ、そして目線を合わせるように屈み、口を開こうとした。
「取りたいに決まっているでしょう。馬鹿ですかお前は。」
しかし、それよりも先に満頼ではない声がその場に響いた。
呆れたような視線を行に向け、現れた人物に「長兄!」と行は眉を寄せて口を尖らせる。
「お前はまだ未熟。相手は兄御と対等に切り結ぶほどの実力を持つ女光龍ですよ?お前なんぞ直ぐに斬り捨てられて終わりです。」
「長。」
長の声色はそんなことも分からないのかと言わんばかりの棘があり、つい満頼が止めに入る。しかし、満頼は長の言った内容については否定しなかった。
その事に気がついた行はじわりと大きな目に水の膜を溜める。
「……大丈夫だ。荒事は私がやる。今日は手伝ってくれて助かったよ。」
と、満頼が優しく行の頭を撫でるが、行は余計に耐えるように唇を噛む。それに長はまた呆れたような目線を向けたが満頼に睨まれ慌てて視線を外へと向けた。
「……女光龍はまた現れる。必ず仇は取る。」
満頼だって仇は取りたい。いや、取らねばならない。
「そのために、我ら兄弟はこの地へと来たのだから。」
しかし、満頼は女光龍の言葉を素直には信じられなかった。
「我々探題でも目撃者は見つけられなかった。住人ですら持っていなかった目撃情報を、何故その娘が持っている?」
そう、事件発覚後、すぐに満頼は目撃者を探した。その前には小川家当主が目撃者を探している。
にも関わらず目撃者は見つからず、行方不明者の消息を辿れずにいたのだ。
「その、」と黒髪の女性がおずおずと口を開いた。
「私の家族、連雀商人でして……」
その言葉に、満頼はハッと息を飲んだ。
連雀商人。それは常に移動し続ける行商人だ。
この辺りで商売をするなら小川家との関わりも避けては通れないだろう。
なぜ気づかなかったのか。
満頼達が目撃者情報を探していた時には既に彼女たちは移動していたのだ。
「あの日、市で確かに小川家のご息女春子様をお見かけしました。取引先でもありますし、ご挨拶をと思ったのですが声をかける前に『待って!』とどこかへ走り去ってしまいまして……」
(女性が自分から……?)
もし、彼女の言うことが本当ならば、この不可解な行方不明事件がより一層不可解になってしまった。
満頼は顎に指を添え、今わかる情報を脳内で反芻する。
現場は市場。
時刻は朝方から昼間。
行方不明者は全員十代中頃の女性達。
連れ去る人物の目撃はなく、得た目撃情報は「待って」と自ら走り去る小川家の娘のことのみ。
そして、噂される山犬。
(……待て、それは本当に山犬か?)
満頼の指先がピクリと揺れる。それに僅かに女光龍が反応を示した。
しかし、それには気づかない満頼は長に
「……長、頼みたいことがある。」
と、小さく要件を耳打ちする。直ぐに長は「はい、兄御。」と頷き、去り際しっかり女光龍を睨みつけてどこぞへと走り去っていった。
女光龍という悪名高い倭寇の頭がいる場所に満頼を置いていきたくはないが、長は満頼の指示が最優先。公私混同はしない出来た側仕えだ。睨みはするけれど。
そんな長にべぇ、と小さく舌を出した女光龍は満頼に
「で?何何?何が分かったんだ??」
とニヤリとあげた口角をそのままに言葉を投げる。
「分かっていたとしても貴様に言うわけがないだろう。」
そう呆れたように息をついた満頼は、「目撃者を見つけてくれたことは礼を言う。さっさと行け。」と言葉を続け、追い払うかのように手をシッシッと振った。それに驚いたように目を丸くする女光龍。
「ただし、次会ったらとっ捕まえる。必ずな。」
呆れ顔から一転、キッと睨みつける満頼は先程の長によく似ていた。
さりげなく連雀商人の女性を女光龍から引き離し連れて行ってしまった満頼の背中を、女光龍は人混みに紛れ見えなくなるまで見送った。
「渋川ってのは、義を重んじでばかりだな。あいつも。……父親も。」
見えなくなったその背中に、女光龍はぽつりと言葉をこぼす。
そして自身もくるりと踵を返し、人混みへと紛れて行った。
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市で賑わう町中を、小袖に身を包んだ少女が歩いている。
布に包んだ小さな荷を抱え、人にぶつからないようにその小さな身でスルスルと人混みをぬけていく。
しかし、これだけ人が多いと避けきれず、肩が僅かにぶつかり、「あっ。」と小さな声とともに荷が地面に落ちてしまった。
慌てて拾おうとしたその時、どこからかやってきた黒い犬がサッと荷を咥えると一目散に走り去ってしまうではないか!
「ま、待って!」
少女は急いで、小袖を翻し山犬を追う。
山犬はチラリチラリと少女を確認するかのように振り返り、まるで誘導するかのように人気のない空き家の裏へと入っていった。
少女が山犬を追いかけ、同じように空き家の裏へと入れば、先程まで逃げていたのに、どういうつもりか山犬は荷を地面に置き、静かにそこに座っている。
犬の行動がわからず小首を傾げた少女に、背後から伸びる影が重なった。
「山造(※林業者)山内景久だな。」
しかしその影が伸ばした手は、更に後ろから聞こえてきた声によって、少女に届く前に止まる。
「連続女性行方不明事件について、詳しく聞かせてもらおうか。」
鋭く光る抜き身の刃が、山内の頬に添えられた。
低い声でそれを突き立てるは渋川満頼、その人だった。
「な、なんのことか……お、俺はただこの子が困っているようだったから手助けしようかと……」
山内、と呼ばれた男はたらりと汗を垂らし、その刃から逃げようと身を引くが、動くなと言わんばかりにその刃を押し付けられる。
「ほう?手助け?」
満頼は僅かに口角を上げ、「言っておくが、」と言葉を続けた。
「お前が攫い、山小屋に閉じ込めていた女性たちは全員救出した。」
もう言い逃れはできないぞ、と鋭い視線を向ける満頼に山内はギリっと歯を鳴らす。
何故だ、何故俺の仕業とバレたのか。山内は恨めしげに満頼を睨みつける。
その飼い主の様子に、犬は満頼を敵だと判断したのだろう。
唸り声を上げ始めたかと思えば、バウッ!と満頼にその牙を向け飛びかかった。
「ぐっ……!」
咄嗟にその牙を刀で受止めた満頼だったが、ズキリと傷んだ肩の痛みに僅かに呻く。
先日、漁村の少女を庇った時の刀傷が開いてしまったのだ。
「兄御!」
そんな満頼の様子に狙われていた少女が悲痛混じりの声を上げる。
助太刀しようと隠し持っていた短刀を引き抜こうとする様を見て、山内はこの少女が探題の用意した囮だと気がついた。
騙された、と身勝手な怒りに顔を赤くした山内はその少女へと怒り任せに拳を振り上げた。
「ったくよぉ、詰めがあめぇんじゃねーの?」
しかし、その拳が少女に届く前に、山内は勢いよく吹き飛ばされ空き家の壁を突き破り土埃を上げて土間まで転がり落ちた。
「女光龍!?」
「よぉ、お偉い渋川サマ。」
なんてニヤリと笑って片足を上げている女光龍に、囮役の少女はようやく目の前の人物が男を蹴り飛ばしたのだと理解した。
「犬が山犬じゃなく、調教された家犬だって気づいたのは流石だが、女の子を囮に使うのはいただけねーなぁ?」
と、今日は男の格好でひとつにまとめあげた髪を靡かせる女光龍に、満頼はこいつの女性への執着は何なんだ、とため息をこぼす。
「そいつは私の末弟だ。手を出したら殺す。」
「弟ぉ!!?嘘だろ!!?こんな可愛いのに!!?」
思わずと言った具合で女光龍が少女、基少年を指さした瞬間、カチッと鯉口が切られ、短刀の刃が煌めいた。
突き出すように出されたそれをひらりと交わす女光龍が「可愛いは嫌だった!?ごめんね!でも可愛いよ!」と訳の分からない言い訳を叫ぶが、「黙れ!!」と声変わり前の少年の声は怒りに震えていた。
「貴様が、父の仇……!」
「……は……?」
一瞬、女光龍の動きが止まった。
しかし、次の瞬間には驚異的な跳躍で近くの木の枝まで飛び上がり、そこからまるで猿のように木から木へと飛び移り逃げていった。
「待て!」
と少年も追おうとするが、「辞めろ!行!」と満頼がそれを制止する。
「しかし兄御!」
「小袖で追えるほど奴は遅くないよ。……それに、お前は今、短刀しか持っていないだろう。分が悪い。」
そう諭す満頼を、行と呼ばれた少年はキッと睨みつける。
「ですがようやく見つけたのですよ!?兄御は仇を取りたくないのですか!?」
感情のまま声を荒らげた行に、満頼は眉尻を下げ、そして目線を合わせるように屈み、口を開こうとした。
「取りたいに決まっているでしょう。馬鹿ですかお前は。」
しかし、それよりも先に満頼ではない声がその場に響いた。
呆れたような視線を行に向け、現れた人物に「長兄!」と行は眉を寄せて口を尖らせる。
「お前はまだ未熟。相手は兄御と対等に切り結ぶほどの実力を持つ女光龍ですよ?お前なんぞ直ぐに斬り捨てられて終わりです。」
「長。」
長の声色はそんなことも分からないのかと言わんばかりの棘があり、つい満頼が止めに入る。しかし、満頼は長の言った内容については否定しなかった。
その事に気がついた行はじわりと大きな目に水の膜を溜める。
「……大丈夫だ。荒事は私がやる。今日は手伝ってくれて助かったよ。」
と、満頼が優しく行の頭を撫でるが、行は余計に耐えるように唇を噛む。それに長はまた呆れたような目線を向けたが満頼に睨まれ慌てて視線を外へと向けた。
「……女光龍はまた現れる。必ず仇は取る。」
満頼だって仇は取りたい。いや、取らねばならない。
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