悪役従者

奏穏朔良

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校内に設置してある魔法具が反応するのは主に2つのパターンだ。

1つ、登録外の人間が敷地内に入った時。
2つ、校内にいる人間の生命力が著しく低下した時。

今回の反応は後者の方だった。
ナテュール様と一緒にいる時に反応が来たので、ナテュール様に危機はないが、理事長との交渉で学園内の警備は僕の管轄だ。
行かない訳にはいかない。

「という訳で連れてきた瀕死のイザック・ベルナールです。錬金釜貸してください。」
「何がという訳で??そしてどうして錬金釜??」

突然訪ねてきた僕に、理事長のラファエル・リシャールは、小じわのある目を丸くしてこちらを見る。
そして、僕が抱えるイザック・ベルナールの首元を見て「本当に瀕死じゃないか!?早くこちらへ!」と慌てて理事長室へと招き入れた。

ソファの所へ寝かせていいとの事なので一先ず、そこに寝かせる。

「す、直ぐに校医を呼んでこよう!」

と、理事長室を飛び出そうとする理事長に、

「いえ、結構です。来る前に首の傷は焼きました。血は止まっています。」

そう見向きもせずに告れば、ピタリとその足が止まる。
傷に布がつかないように、更にシャツの襟首を広げ、呼吸と脈拍を確認していれば、「なっ……!?いや、まあ、失血死の可能性を考えれば……しかし、これほど深い傷を焼いても、感染症が……」 と、早口でブツブツ呟き出したリシャール理事長。

「すぐに治せば問題ありません。錬金釜を貸してください。」

そんな理事長に再度そう告げると、流石に気づいたのか、その目が見開かれた。

「……まさか、作れるのかい?回復ポーションを……」
「はい。」

断言した僕に、リシャール理事長はふらりと1歩よろける。

「ま、まさか、そんな、可能なのか……?神殿でなくても神官じゃなくても、回復ポーションを作れるのかい……?」
「作れますよ。とはいえ知らない方がいいのは事実ですが。知れば神殿に消されかねませんからね。もちろん、作って売らなきゃバレませんよ。」

理事長の問いに淡々と答え「時間がありません、早く!」と錬金釜を急かすと、慌てた様子で書類を撒き散らしながら錬金釜を運んできた。

「ざ、材料は!?何かいるかい!?」
「手持ちにあるので十分です。」

ベストの下に隠してある細身のバックから精製水をボトル取り出し釜へ注ぎ、火をつけ、薬草を数種類正しい順番で釜に入れる。
そして規定の回数、撹拌棒を回し、一旦火を止めた所で、僕は紙に包んだ1つの粉末を取り出した。

サラサラとそれを釜の中に流し入れると、理事長がソワソワとした様子で

「その、不謹慎だとは分かっているのだがね、それは何の粉末なのかな??高級素材かい?それとも神殿でしか作られていないとか?」

と、尋ねてきた。やはり神殿だけの特別なポーションという価値に引っ張られるのか、中々手に入らない、もしくは神殿にしか作れない何かしらの理由があるのでは、という疑いが最初に浮かんでくるようだ。

「マンドレイクの粉末ですよ。」

そう簡単に答えた僕の言葉に、理事長の動きが止まる。

そして、「マンドレイクの粉末……?今、そう言ったかい……?」と、震える声で問い返した。

「はい、これはただのマンドレイクの粉末ですよ。」

首肯しつつ、再度火をつければ「B級素材じゃないか!?」と理事長の悲鳴のような叫びが上がる。

神殿がレシピを独占していること、そして正しい手順でなければ効果がないこと以外、回復ポーションを作ることで難しいことは無い。素材も特別高価なものは使われず、神殿はこれを高値で売り付け荒稼ぎしているだけだ。

「氷水を用意して頂けますか。」
「え、わ、わかった。」

仕上げに左に2回、右に3回撹拌棒を回せば火を止め、グツグツ泡吹くそれを少量瓶に入れ、リシャール理事長が用意した氷水に浸ける。
このままでは熱すぎて患部に塗れないので、とりあえず瀕死から重傷にまで治すために、手っ取り早く少量を冷やしたに過ぎないが、リシャール理事長はそれすら気になるようで、

「この量で足りるのかい?それともこれから神殿の販売量まで水で割るのかい?それともこれはまだ完成品ではなく、素材の1部が完成したに過ぎないのかい!?それとも……」

と、いつの間にか取り出しているノートにガリガリペンを走らせ、目も血走らせながら、顔をずいっと近づけてきた。

「いえ、釜の粗熱がとれるのを待っていられないので、ひとまず瀕死の状態を何とかなりそうな重傷にまで戻すために分けただけですが……」
「なるほど!!」

そんな使い方もあるんだね!なんて言ってより強い勢いでノートにペンを走らせるリシャール理事長。

ちょっと勢いが怖いな、と思いつつ、イザック・ベルナールの後頭部へと腕を入れ、少し頭部を持ち上げる。
そして口を指でこじ開け、喉まで指を突っ込み、首の傷のせいで腫れ上がったそこをより広くこじ開けた。そして小瓶から回復ポーションを流し込めば、僅かに喉が上下に動いたことを確認し、頭部をそっと寝かせ、腕を抜いた。

浅く小さかった呼吸音が、聞こえる程度には回復し、胸が上下に動くのを確認して、再度小瓶にポーションを注ぎ入れる。

冷やして粗熱をとったそれを今度は首の傷に直接かければ、じわりじわりと傷が元の綺麗な皮膚に戻っていく。

粗熱を取っては飲ませる塗るを交互に繰り返し、釜のポーションが無くなりそうになった所で、イザック・ベルナールの首の傷は完全に塞がった。
それを確認し、リシャール理事長と安堵の一息つく。

「……それにしても、学園内でこんな怪我を追うなんて……君が連れてきたということは君がやったのかい?」
「いえ、私は魔法具が反応したため駆けつけただけです。生命力が著しく低下した場合の感知ケースに当てはまりましたが、他者の侵入は感知されませんでした。恐らくは学園内の人間の仕業でしょう。」

そんな僕の言葉に、リシャール理事長は眉間のシワを深くする。

「……なるほど、だから校医を呼ぶのも嫌がったのだね。」
「ええ、誰が犯人か分かりませんので。……おや?」
「どうしたんだい?」

魔法具が感知した反応に、首をかしげれば、リシャール理事長がよりシワを深めた。

「正門に、登録外の人間が多数集まっているようです。何か心当たりは?」

そう問えば、リシャール理事長は「いや、」と顎に手を当てる。

「今日は特に来客の予定もないはずだ。」
「……調べてきますか?」
「いや、私が行こう。正門なら学園に正式に用があるはずだ。」

君はここに、とリシャール理事長が言いかけた時、ダダダダダと廊下に響く豪快な足音が聞こえた。

「この重さと足取りはニコラ教官ですね。」
「アダンが?」

と、リシャール理事長が子首を傾げた瞬間、バンッと理事長室の扉が勢いよく開けられた。

「おい!ラファエル!……君もここにいたか!?」

そして僕を見た瞬間「君何やらかしたんだ!?」と言われ、「心外ですね。何もしてませんよ。」と答える。

「血まみれじゃないか!それに今……」

と、顔を青くしたニコラ教官が更に言葉を続けた。

「神殿のヤツらが、罪人としてロイ・プリーストの身柄を引き渡せと乗り込んできやがった!」

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